キャンディーのような艶やかな質感とカラーバリエーションのバッグは小さいながらに特別な存在感を放ち、持つことによって気分が高揚する。マサチューセッツ在住のアーティストEmma Kohlmann(エマ・コールマン)との出会いから生まれたアクセサリー、バッグは切り絵からインスパイアされた。一見、前衛的なファッションブランドに思える「EE HANDCRAFTED PRODUCTS」は、2人のアーティストが“作りたいと思ったもの”を自らの手で“形”にしているプロダクトレーベルなのだ。ベルリンに移住して3年の月日が経った今、遠藤絵美と友岡洋平、2人がモノ作りをする背景には一体どんな世界があるのか?インタビューを行った。
――「EE HANDCRAFTED PRODUCTS」をスタートさせたのが2018年ということですが、ベルリンへ移住されたのも同じタイミングですよね?
遠藤 絵美(以下、遠藤):そうですね。ベルリンで生活していく上で、やりたいことしかやりたくないと思っていました。自分のバックグラウンドを活かして、かつどこでもできることはないだろうかと考えていた時に、PVCのパーツを自身の手で組んだバッグを作るというアイデアが浮かんだんです。移住までに時間がなかったのですぐにサンプルを作り、とりあえず自分のイニシャル(※レーベル立ち上げ当初は遠藤のみ)から「EE HANDCRAFTED PRODUCTS」という名前を付けて日本のセレクトショップに売り込み、レーベルが始まりました。
Photography Sophie Green
――レーベルを立ち上げたいというよりもベルリンへ移住したいという気持ちが先行してたということでしょうか?
遠藤:ベルリンとは決めてなかったんですが、ヨーロッパに移住することはずっと考えていたので、そのために会社を辞めて、準備をしました。辞めてからすべてが始まったというか、動き出した感じですね。
――お2人は日本でも順調にキャリアを築いていたと思うんですが、ヨーロッパへ移住したいと思ったきっかけはなんだったんですか?
遠藤:NY発のステーショナリーブランドに勤務していた頃にNYで展示会を行っていたので、何度か出張でNYに行っていました。ヨーロッパではなくアメリカでしたけど、外の世界に触れながら日本だけでモノ作りをするという考えが当時からなかったんですよね。あと、大きなきっかけの1つとなったのは、3.11(東日本大震災)ですね。そこから日本で暮らすことに対してずっと引っかかっていたんです。ただ、転職したりして、結局そのまま日本で働き続けてしまって、2017年にようやく仕事を辞められるタイミングが訪れて、今しかない!と思って移住を決意しました。
あと、私は多摩美術大学でテキスタイルデザインを学んでいたのですが、学生の頃からヨーロッパの音楽シーンとか、アートに興味があったんですよね。バウハウスやドローグにも影響を受けていましたし、あとはウィーン工房や北欧のファイバーアーティストの作品も好きでよく見ていました。
友岡 洋平(以下、友岡):僕は多摩美術大学でプロダクトデザインを学んでいたんですけど、学生の頃からヨーロッパのデザインが好きだったんですよね。あと、日本の「カンペール」でバッグデザイナーとして働いていた時に、本国であるスペインのマヨルカに出張に行ってプレゼンをしたり、マヨルカ本社のディレクターとやり取りしたりする機会を多く持っていました。ヨーロッパの価値観に触れることができたし、「カンペール」での経験が移住のきっかけになった経緯もありますね。
――そういった中でベルリンを選んだわけですが、ベルリンは、パリやロンドンのようなファッションシティーではないし、ブランドを手掛けている日本人自体も少ないですが、その辺についてはどうですか?活動しやすいですか?
遠藤:私達はファッションがやりたかったわけではなく、プロダクトデザインとしての身につけるモノを作りたかったんです。だから、“ベルリンでファッションブランドを手掛けている”という感覚はありません。会社にいた時に、シーズンごとに商品をたくさん作ることに疲れてしまったし、アパレルの生産と消費、廃棄を繰り返す仕組みにも疑問がありました。だから、在庫を持たないスタイルでできることをやりたかったんですよね。あまりベルリンとは関係ないんですよね(笑)ベルリンでの生活は好きですけど、正直なところ私達にとってはモノ作りにおいて強い刺激を受ける街ではないです。制作に集中するといった面では最適な環境だとは思います。
――私も最初はバッグブランドとして認識してしまっていた1人ですが、作品を拝見させていただくうちに「EE HANDCRAFTED PRODUCTS」を“ファッション”という枠にカテゴライズせずに、アートなど別の観点から見たほうがいいと思うようになりました。
友岡:僕達はベルリン西側の住宅が並ぶ地域で生活のほとんどを送っています。街中にアルトバウと呼ばれる古い建築も多く、それらを見ながら散歩をするのが日課になっています。あとは負の歴史が街中にアートとして残されているのも新鮮でした。たとえば僕達の散歩コースに素敵なグラフィックの看板がいくつも立っているのですが、ある時これは何なんだろうと思って調べてみたら、昔ユダヤ人に禁止されたことが言葉とグラフィックで表現されているモニュメントだったんです。(Renata Stih & Frieder Schnockの“Orte des Erinnerns”)アルトバウもモニュメントも、普遍的なもので、すぐに僕達のモノ作りに影響を与えはしませんが、今後活動していく上でのインスピレーションとして残るんじゃないかと思っています。
――確かに街中で見たことがあります。街のアートの一部としか捉えていませんでしたが、そういった意味があったんですね。ユダヤ人に関してもそうですが、ベルリンは街の至るところに戦争の傷跡があって、知らないうちに目にしていますが、そこには私達には知り得ない深い意味や歴史があるのだと気付かされました。ベルリンだと最先端カルチャーに目を向ける人も多い中で、お2人の独特の視点や観点は非常に興味深いです。
Photography Hinata Ishizawa
遠藤:私達は会社にいた頃も今も、商品開発の過程から量産に至るまで職人と顔を突き合わせてモノ物作りをしています。そういう人達の努力や苦労まで投げ売られたり捨てられたりしてしまうような業界の在り方には加担したくないと思っていました。なので、量産を行う工場や職人に協力してもらいながら、基本的に自分達の手で製品にするという方法を採っているのですが、それによって大掛かりな設備のあるアトリエを構える必要もないので、自宅で作業ができるということも環境とマッチしていました。
――とても大切なことですよね。今はサステナビリティーに注目が集まり、物質社会から精神社会へ変わったと言われていますが、量産問題は未だに残っています。そんな思いから手作業によって、1点1点大切に作られているPVCのバスケットバッグシリーズについて聞かせて下さい。レーベルのアイコン的存在であり、目を引くデザインだと思いますが、どのようにアイデアが浮かんだのでしょうか?
遠藤:移住前にヴィンテージショップで発見した70年代の茶色の革で作られたアメリカのバッグがベースになっています。バッグを見つけたタイミングとベルリンでやることを考えていたタイミングとが重なって、そのヴィンテージのバッグを参考に透明な素材で作ったらキラキラしてきれいなんじゃないかと、PVCで作るアイデアが浮かびました。最初は、単色のみでスタートして、型数は少なめで4~6型だったのですが、現在は型とパターン(柄)を合わせると100種類以上あります。シーズンテーマなどは特に持たずに、半年に1回パターンを増やしていきました。
友岡:オーダーに関しては完全受注生産ですが、いわゆるアパレルブランドのそれとは違って、お客さんやお店からのオーダーに合わせてピースを自分達の手で組んで生産します。必要な数だけピースを職人に作ってもらっています。このような生産方法なので、たくさんの商品展開があっても過剰在庫や廃棄のリスクがほぼないことがバスケットバッグシリーズの特徴です。
――シーズンテーマは特にないということですが、カラフルな色使いや柄に関して何かインスピレーションを得ているものはありますか?
遠藤:レインボーカラーは、スイスに旅行した時にインスピレーションを受けて誕生した柄になります。シュタイナー建築が点在しているお気に入りの場所があるんですが、そこにはすでに4、5回訪れていて、ベルリンで初めての冬を迎えた年にも行きました。暗くてグレーなベルリンから、急に色であふれる場所に滞在し、自分の中に色が流れ込んでくるような体験をしたんです。滞在していた宿のご主人が公演に連れて行ってくれた“オイリュトミー(※シュタイナーによって新しく創造された宇宙神殿舞踊)”という舞踏があるんですが、衣装の色が照明や踊りの動きによって変化していくのが、とても美しくてプロダクトで表現してみたいと思いました。
それまで、単色や白黒のバッグしか作っていなかったのですが、自分のためのカラーセラピーのような感覚で、現地で見た色を製品で表現することに夢中になったのを覚えています。レインボーカラーを含めて色使いや柄作りに関しては、学生時代に専門的に織物を学んでいた影響が大きいのかもしれません。
――すごいキレイですね。スイスにシュタイナー建築のこんな場所があるなんて知りませんでした。こういった場所や舞踏のように現地の文化に触れることができるのも研ぎ澄まされた感性があるからじゃないでしょうか。新しいシリーズのアクセサリーとバッグは、マサチューセッツ在住のアーティストEmma Kohlmannとのコラボレーションとのことですが、同じようなインスピレーションがあったんでしょうか?
遠藤:Emmaとは実はまだ1回も会ったことはないんですが、縁があってインスタグラムを通じて知り合いました。街中でよく見かける、ベルリンの幼稚園などの窓に貼ってある切り絵がかわいいと思っていて、こんなものを身につけられたらいいなと思っていたんです。そんな時に、Emmaの作品をチェックしたらたまたま切り絵の写真が出てきて、これだ!と思いました。そこから本人にコンタクトを取ったら二つ返事でOKをもらえたんです。Emma自身は作品として切り絵を作ったわけではなく、ホームパーティ用の飾り付けとして作ったもので、Emmaの自宅の壁に貼ってあったものを撮影してたんですよね。
Photography Hinata Ishizawa
――偶然というか必然というか、でもやはり国を越えた繋がりからですよね。確かに、色紙に見える質感と切り絵をイメージできますが、これまでのバスケットバッグシリーズとはまた全然違うタッチのプロダクトになりますよね?
遠藤:もともと、このバッグだけをやりたいわけではなかったし、バッグブランドとして広げるのも、そう捉えられてしまうのも違うと思っていました。レーベルの立ち上げからずっと同じバッグを作り続けてきたんですが、シュタイナー建築だったり、さきほどお話したアルトバウやモニュメントのような普遍的なもの、素朴なものも好きな自分とのギャップを感じるようになっていた時期でもあります。
友岡:タッチは違うけど、見慣れた素材からデザインを始めているということと、自分達の手で組み立てるからこそ出来ることをしているという点では繋がっているんですけどね。本人も気に入ってくれていて、その後Emmaが所属しているコペンハーゲンのV1 Galleryで販売されて、Emma本人もシリーズ一式まとめて仕入れてくれました。
Photography Hinata Ishizawa
――Emmaのラインは買いやすいプライスですし、そうするとまたあっという間に広がって、今度はアクセサリーブランドって定義付けられてしまうかもしれませんね。作品が増えて、アパレルの展示会ではなく、アート展として個展を開催したら、お2人がやりたいことの世界観が伝わるのかもしれませんね。
遠藤:2人ともデザイナーというよりはアーティスト的な考えで活動をしていると思っています。自分達が心の底からやりたいことだけをやっているわけですが、物を作って売って生計を立てている以上、それが成り立つように考えています。でも、ビジネスとして大きくしていくだとか売れるとかのために、自分達がやりたくないことはできないんですよね。半年周期というファッションの消費の構造にも嫌気が差してしまって、今後はシーズンという括りで商品を作ることはやめることにしました。本当はそんなものは無意味じゃないか、と思って。
友岡:例えば、誰かに私はリンゴが好きですって言った時に、君はくだものが好きなんだねって捉えられてしまうことがあると思うんですが、でも、リンゴは好きでもオレンジが嫌いな場合もあるし、くだものが好きって一括りにされてしまうのは違うなと思うんです。それと一緒で、僕達をファッションデザイナーやアーティストってカテゴライズされてしまうとどうしても違和感があります。
「EE HANDCRAFTED PRODUCTS」は、サステナビリティーに特化しているレーベルではないですが、自分が生活している中で持つ違和感と向き合っていると、モノ作りにおいても自然にサスティナブルな考えにはなりますし、それは商品にも反映されています。ただ単にポップでカラフルでという単純なモノを作っているわけではなく、もっと、重層的なモノ作りをしているつもりでいます。レーベルとしてわかりやすく一貫性のあるものを作ってるわけではないですし、まだ商品数も少ないので、まだまだこれからですね。
――完全受注生産で在庫を持たず、機械ではなく、自分達の手で作っているハンドクラフトという点で、すでにサスティナブルな観点に立っているとは思いますが、いろんな考え方や定義があって理解されにくい部分ではありますよね。
遠藤:私達は廃棄したくないから在庫を持たないというスタンスでやっているんですが(Emmaのバッグは少量在庫)、PVCはプラスチックだからと批判されたこともあります。でも、サスティナブル素材を使って、いろいろな種類の商品を大量生産して、廃棄しているのと、私達2人の手に負える量でPVCのバッグを手作りで作っているのとどっちが正しいんだろう?って疑問に思ってしまいます。オーガニックコットンだからいいとか、リサイクルだからいいとか、プラスチックだからダメとか、ある面ではそういうことではないと思っています。
友岡:僕達は手作り感を前面に押し出していないので、ハンドクラフトだと理解されずに、量産して在庫を持っていると思われることもあります。サステナビリティーに関してはそんなに単純なことではなく、もっと複雑なんじゃないでしょうか。
例えば巨大メーカーのスニーカーとか、どんどんサスティナブル素材に移行していますが、移行過程でも大量にモノを作ってるわけですよね。雇用を守るとか、経済面での持続性の話があるから当然なんですけど、個人レベルで考えたら矛盾していると思いますし、それを称賛する気には、僕はなりません。当然、僕たちも環境負荷の低い素材でのモノ作りにできるかぎり移行していきたいと考えています。最近では、梱包資材は極力プラスチックフリーにしています。有限な資源や人の時間を使って活動している以上、社会的な責任については常に考えていますし、僕達のような小規模なレーベルだからこそできることは何なのか模索しています。
Photography Mika Kitamura
――そうですね。プラスチックリサイクルには限界がありますし、例えば、動物の革を使っていたとしても、それを一生使うつもりで大事にしていたら、それもサステナビリティーなのでは?と思います。お2人がやりたかったことが、バスケットバッグシリーズやアルミプレートのアクセサリーという形で表現されているわけですが、次はどんなアイデアが浮かぶか非常に楽しみです。
遠藤:ちょうど新しいアイデアを形にしているところです。あと、2人に共通して言えることは、学生の頃から素材に触れてきて、日本で勤務していたブランドが両方とも素材に強いブランドでしたし、モノの形を作るというよりも、まず素材があって、そこから何を作るかを考えて、そこに自分の好きなアートとかクラフトとか、その時々に自分達が感じている世間への違和感とかもミックスされてできあがっていくのが「EE HANDCRAFTED PRODUCTS」なんですよね。高級な革で高級なバッグを作るとかには惹かれなくて、もともと自分が知っていて身近な素材にも見過ごされているきれいなものはたくさんあるし、そういう素材で作りたいと思うことが多いです。
例えばEmmaのアルミのアクセサリーには、やかんを作るのと同じ技術が使われています。そういった素材がキレイなものに変わっていくのがおもしろいし、素材の持つ魅力ですよね。
友岡:素材の価値が変わることがすごくおもしろいです。それは、デザインの持つ重要な力の1つだなと思っています。