ヒロノ ニシヤマの浮動的に重なり合う音楽の世界

西山豊乃(ニシヤマ ヒロノ)は22年前から、人を引きつける音楽を作り続けてきた。さまざまな言語で歌われる彼女の万華鏡のような曲は、独自のシーンや世界観を含んでいる。西山は1999年に竹村延和のレーベル<Childisc>から自身の名義で3枚のアルバムをリリースした。これまで彼女の自然と遊び心が共存した音楽は、独創的なDJ兼プロデューサーの竹村と共鳴し、コラボレーションをしてきた。初期作品は、最近ストリーミングのプラットフォーム上で初めて視聴可能となった。

西山の独特な歌と声は、内田也哉子や矢野顕子、細野晴臣から称賛され、2002年には細野のレーベル<Daisy World Discs>から新しいアイデンティティを持つグーテフォルクとして作品をリリースした。スコットランドのミュージシャンで文化史家のモーマスは2000年代初頭に、彼女の作品を「かわいい形式主義」と形容し理想的表現と称えた 。

西山は自身の名前とグーテフォルクの両方で、言語やジャンル、スタイルの折衷的な感性に導かれるまま楽曲やミュージックビデオ、コマーシャルの制作を行ってきた。彼女が作品を継続的にリリースし、アーティストからの名誉ある称賛を受けても、自身の言葉で発言することは滅多にない。 2021年、西山はアイデンティティとプロジェクトの狭間のどこに立っているのか? 幸運にも彼女へのインタビューで、進化する過程をさらに知る機会を得た。

デビュー前夜から竹村延和との出会い

−−今年リリースされたシングル「Funé」は、ヒロノ ニシヤマ名義でリリースした20年ぶりの新曲です。また、最初の3枚のアルバムは、現在ストリーミング・プラットフォームで配信されていますよね。ヒロノ ニシヤマとして音楽活動をすることに、どのような考えの変化がありましたか?

西山豊乃(以下、西山):「Funé」は、あえて過去作を意識せず、今の自分のフィーリングで制作しました。なので、過去のヒロノ ニシヤマの作風とは違う印象を持たれた方が多いだろうと思います。今のグーテフォルクでの活動は、<Childisc>時代にやっていたことを再びやるために再開したというよりは、グーテフォルクではできないことをしています。例えば、友達と趣味のバンド感覚でライブをやるとか、他のアーティストとコラボレーションを楽しむとか。20年前のヒロノ ニシヤマの進化系なわけです。グーテフォルクの活動は毎回コンセプチュアルに作り込む世界なので、もうちょっとラフに、良い意味でテキトウにやる場所もあっていいなと思っていたので。

−−デビューアルバムをリリースする前の1990年代、西山さんはパリに滞在し、人類学者が集めた珍しい楽器の音を録音したそうですね。どのような経験でしたか?

西山:人類学者の人……誰のことだろう? すみません、思い出せないです(笑)。私が過去にどこかで話していたのなら、完全に忘れています。もしかして、その時期にパリで知り合ったモーマスのことなら、彼の父親が言語学者なので、話がミックスされてしまったのかも。当時、私の作りかけの曲があって、彼が造語で歌詞を作ってくれました。素敵な曲です。未発表のままなので、これも近々リリースできたらいいなと思います。

−−竹村延和さんとはどのように出会いましたか?

西山:音楽を作り始めた頃、数曲できたのでデモテープを作って友達に配っていて。その中の一人の友達が、竹村さんが都内でDJをするからデモを渡しにいこうと誘ってくれました。いざ会場に行ってみると、竹村さんはたくさんのファンに囲まれてずっと写真撮影されていて、入る隙がまったくなく私は端っこでモジモジしちゃって(笑)。それを見かねた友達が私のデモを、竹村さんに手渡ししてくれたんです。数日後に竹村さんから電話をいただき、当時<Childisc>を始めようとされているタイミングだったため、そのままデビューという流れになりました。彼の音楽や世界観がこの世で一番くらい好きだったので、自分の作品に共感してもらえたことが、とにかくとても嬉しかったです。

“カバーしたい症候群”から生まれたアルバム「Cover Syndrome」

−−「回旋塔」のジャケットの写真について詳細を教えてもらえますか?

西山:「回旋塔」のジャケットの写真は、鎌倉にある教会の屋根裏で、ステンドグラスと壁に映り込んだ私の影を、撮影してもらいました。

−−グーテフォルクとして最近リリースしたアルバム「Cover Syndrome」の選曲が素晴らしいです。タイトルは不思議なニュアンスを示唆しているようにも感じます。

西山:数年前から、いろいろな曲をカバーしたくなってはいたのですが、なかなかじっくり取り掛る時間を持てなくて。そんな風に、やりたいことを我慢してると人って病気になるんです……。最終的に、どんな音楽を耳にしても「この曲カバーできそう」「いや、これは違うな」とかばかりを考えるようになり、すっかり“カバーしたい症候群”にかかっていました(笑)。そんなわけで、タイトルは文字通り「Cover Syndrome」。ジャケットまでも「Vermeer’s image」の真珠の耳飾りの少女を真似た私の姿です。ここまで来ると、もう重症ですね。

今回は洋楽カバーに絞って進めました。制作は本当にとても楽しかったです。14曲くらいを同時に進めていたのですが、現状、自分で気に入るところまで仕上がったのが7曲だったので、結果的にミニアルバムになりました。とりあえずカバー症候群が治るまでは、今後も定期的にカバーシリーズを出していく予定です。

−−最近はどんな曲を聴いていますか?

西山:ごく最近よく聴いているのは、まずバレエ音楽などのクラシックかな。クラシックバレエをやっているので聴く機会が日常的に多くなってると思います。ボサノバ、ジョアン・ジルベルト、ジョアン・ドナート、エデュ・ロボ、若い頃のワンダ・ジ・サーも本当に好きですね。インド音楽やケルティックも聴きます。他には、映画や海外ドラマで耳にする音楽を後で検索して聴き直すことが多いです。海外ドラマの「ストレンジャー・シングス」のテーマソングが大好きですが、あまりに短くて残念です。グーテフォルク名義で今度はこの曲もカバーしようと思っています。気が遠くなるほどの長尺アレンジして(笑)。

−−音楽に関する一番古い記憶を教えてください。

西山:祖父がラテン音楽のレコードや民族楽器のコレクターだったので、幼い頃から日常的に音楽に触れる機会が多かったです。とてもおじいちゃん子でしたので。両親よりも早く起きて、同じ敷地内に暮らす祖父母のところに行って、お茶と梅干しをいただいて一緒に音楽を聴くのが毎朝のルーティン。私の持つリズム感やコード感や梅干し好きは、祖父による影響が一番強いと感じます。

−−日本語以外で歌う時は、どのように感じますか?

西山:何語でもしっくりくる感じで歌っていると思いますが、日本語はやはり好きです。ただ、作詞がうまく進まない場合は、オノマトペにしてしまうことが多いです。メロディのニュアンスを出しやすいというか、歌いやすい点ではオノマトペが一番しっくりきます。

−−インタビューはめったに受けていらっしゃらない印象なので、今回機会を持てて本当に光栄です。自分の仕事について話すのは好きですか?

西山:はい(笑)。

−−これからの予定について、教えていただけますか?

西山:Hirono Nishiyamaとしては来年にテニスコーツの植野隆司さんとのコラボレーションやボサノバのカバーアルバムをリリース予定です。いくつか曲ができたら、ゆるい感じのライブ配信でもやろうと思っています。

グーテフォルクとしては、4年ぶりとなるオリジナルの新作シングル「めざめる惑星」を7月7日にリリースしました。映像作家の辻川幸一郎さんが手掛けた、とてもかわいらしいMVが現在公開中です。今回、彼は制作過程をお互いのソーシャルメディアで日々リアルタイムに公開しながら、時間の経過とともにこのMVを完成させるというやり方を提案してくれました。スケッチ感覚で日々コマドリ撮影した映像の断片が送られてきて、それに私が音で応える、音と映像の交換日記として6月1日から7月9日まで毎日お互いのSNSで公開し続けました。彼の、子どものようにピュアな感性に触れているだけで毎日がほんとうに幸せで。つられるように自然に共振している自分がいて。こういう感覚になるのは初めてで す。とてもキュートなショートムービーシリーズになったので、ぜひSNSで楽しんでいただけたらうれしいです。第1章は終了しましたが、視聴者の方々からたくさん反響をいただいたこともあって、秋以降に企画の第2章として再開を予定しています。また、この交換日記によって新たに生まれたスピンオフ曲たちをマンスリーのシングル・シリーズとして9月からリリースの予定です。来年、2本目のMVが完成する頃にアルバムのリリースも予定しています。

※現在は廃止されているLiveJournalブログClick Operaから引用

西山豊乃
日本の音楽家であるHirono Nishiyamaによるソロ ユニット。電子音をべースにしながら多色な楽器や音が散りばめられ、さまざまなジャンルを食べ尽くしたような独創的なサウンドと、多国籍な言語や造語による歌詞で、イーヴィルでポップな世界観を表現している。1999年、竹村延和主催の<Childisc>より西山豊乃として活動開始。2002年に細野晴臣主催の<Daisy World Discs>に移籍し、グーテフォルク名義での活動をスタート。以降、国内外で多数の作品を発表する傍ら、ライヴツアーや、TV、CM音楽、舞台音楽を手掛ける他、DJや自作のミュージックビデオを公開するなど、ユニークな足取りで活動を続けている。
オフィシャルwebサイト:www.gutevolk.com
YouTube:Gutevolk
Instagram: @gutevolk_music
Twitter: @Gutevolk/グーテフォルク

辻川幸一郎
映像作家。CDジャケットや本の装丁などのアートディレクターとして活動をはじめ、友人のミュージシャンのMV制作を頼まれた事から映像制作をはじめる。現在ではCM、MV、ショートフィルム、などの映像作品を中心に、webやグラフィックなどの企画など様々なジャンルで国内外問わず制作中。
Instagram: @koichirotsujikawa
Twitter: @K_Tsujikawa

author:

トビー レノルズ

ニューヨーク出身のライター。音楽や映画、アート、ファッション、そしてそれらが交錯する可能性等、幅広い分野に興味を持つ。現在、東京に在住。

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