「誰の痛みも無視されない社会に」 埋もれた課題に光を当てる酒向萌実の挑戦

国内最大のクラウドファンディングプラットフォームの「キャンプファイヤー(CAMPFIRE)」内で、ソーシャルグッドに特化したサービスとして立ち上がった「グッドモーニング(GoodMorning)」。「誰もが社会変革の担い手になれる舞台をつくる」をミッションに掲げ、サービスを通して「誰の痛みも無視されない社会」の実現を目指す。その「グッドモーニング」の立ち上げから参加し、2019年にキャンプファイヤーから分社化された際にグッドモーニング社の社長を務めたのが酒向萌実(さこう・もみ)だ。

社会問題と向き合う人のクラウドファンディング「グッドモーニング」では、これまでに社会課題を解決するための資金集めを支援し、過去には渋谷区が子どもの学習機会を提供する「スタディクーポン」や、日本初の裁判費用クラウドファンディング「タトゥー裁判」のプロジェクト、伊藤忠商事や伊藤忠ファッションシステムと協働したファッションの課題解決をテーマとするプロジェクト「ドーン(DAWN)」など、多岐にわたるプロジェクトのサポートを行ってきた。

先日、今秋にグッドモーニング社が解散し、クラウドファンディング「グッドモーニング」の運営主体がキャンプファイヤーへ戻ることが発表された。「キャンプファイヤー」のサービスとして運営を継続するため、サービス内容に変更はないが、酒向は、体制変更に伴い8月から「グッドモーニング」のチームから離れ、キャンプファイヤーのHR部へ異動。働く人のダイバーシティをはじめとした組織の課題に取り組んでいくという。そんな新しいチャレンジをする決断をした酒向に、これまでの経歴を振り返ってもらいつつ、今求められる「ソーシャルグッド」とは何かを聞いた。

――初めて社会問題に関心を持ったのはいつ頃ですか?

酒向萌実(以下、酒向):公立の中学校に通っていた頃ですね。学区が比較的経済的な格差のある地域で、経済的に余裕のある家庭の子ども達は学費の高い私立の高校も選べるのに、そうでない家庭だと公立高校にしか行けないから偏差値を下げて受験しないといけないという人もいて。自分はチャレンジするようなレベルの高い学校をいくつも受験したので、経済状況で選択肢が狭まるなんて不公平な話だなと、子どもながらに感じました。

――確かに受験に限らず、家庭の経済状況によって、学習機会が奪われてしまうというのは、問題ですよね。そこで関心を持つようになって、高校時代はどういう社会問題に関心があったんですか?

酒向:部活でも学校でも、家庭でも塾でもない場所で何かやりたいことはないかな、と探すうちに、「カタリバ」というNPOを知り、イベントに参加したり、東日本大震災の時には被災地にボランティアとして行ったり、社会問題に関わる活動に参加していました。高校には環境問題に関わる先輩、NGOで活動をする人などもいたので、将来何かをするためという意識ではなく、自分が関心をもったこと、やりたいことにチャレンジしていました。

――高校の先輩も、社会課題への意識が高い方が多かったんですね。

酒向:私が通っていた国際基督教大学高校の授業ではディスカッションやディベートをすることが多く、「死刑制度」や「選択的夫婦別姓」といったテーマでも議論をする機会がありました。クラスメイトとの議論は考えるきっかけを与えてくれて、それが今の仕事にも活かされています。

他に忘れられないのが、校外学習で裁判を傍聴した時のことです。先生に「どう思った?」と感想を求められると、私達は被告人をどう裁くか、という話をしました。それに対して先生から「なぜ裁判官の視点なのか? もし自分が被告人としてあの場に立っていたらどう感じるか、考えましたか?」と指摘されました。それで、無意識に力のある側に立って考えてしまっていたことにハッと気付いて。視点の持ち方を意識するきっかけになりました。高校の友人とは今でも「あの映画観た?」みたいな話と同じくらいフランクに、LINEで政治や社会問題について話をします。

――それで、そのまま大学に進学し、卒業後はすぐキャンプファイヤーに入社したんですか?

酒向:いえ、新卒ではアパレル企業に就職しました。それまでいろいろな社会課題に関わり、勉強してきましたが、その延長線上にある就職先が思いつかなくて。納得して入社したものの、結局その会社は9ヵ月くらいで辞めてしまいました。働き始めてから改めて、社会課題に関連する、今までやってきたことと続く仕事があるんじゃないか? と考え直していた時に、学生時代に一緒にボランティアをしていた友人から「グッドモーニング」の立ち上げの話を聞いて、ぜひやってみたいと思って、キャンプファイヤーに入社しました。

埋もれた社会課題に光を当て、諦めず日々変えていく

――クラウドファンディング「グッドモーニング」のどこに魅力を感じたんですか?

酒向:特定の社会課題を選びきれず、社会課題を解決する人達を支えるプラットフォームの仕事なら、いろんな課題に対して興味があるという自分の良さが活かせるといった点に魅力を感じました。

――改めて「グッドモーニング」が行う支援について教えてください。

酒向:「キャンプファイヤー」で掲載するプロジェクトのカテゴリーの1つに“ソーシャルグッド”があり、このカテゴリーを選択いただいたプロジェクトを「グッドモーニング」に掲載しています。使っていただくサービスやシステム部分は「キャンプファイヤー」と同じですが、使っていただく方の負担を最低限に抑えたく、手数料を通常の17%ではなく、9%に設定、ソーシャルグッド専任のプランナーがプロジェクトのサポートをしています。

――実際にプラットフォームを運営し、感じる課題は?

酒向:ネガティブなニュースが多い中、それでも諦めずに活動している人達がいる、さらにその活動を支援する人が大勢いることには希望を感じます。しかし、直近では新型コロナの影響で保障が間に合わずに困窮している事業者が増え、経済的な損失をカバーするために自らクラウドファンディングを立ち上げられる方も多いです。本来政府が行うべき支援が間に合わない中、困窮する人が自助努力を強いられなければいけない状況は間違っていると思いますね。

――必要な支援の形というのがありますよね。

酒向:クラウドファンディングはまだ顕在化しておらず、うまくお金が集まってきてない課題に光を当てるために活用していきたい、と思っています。

――クラウドファンディングはPR的な側面もありますが、社会課題を広めるのは難しいことなのではないですか?

酒向:クラウドファンディングはSNS経由の支援者が多く、共感していただいた方から支援いただける点ではすごくいいことですが、一方でSNSで影響力がない起案者にとっては不利な状況。支援者をどう広く募っていくか、プラットフォームとしてできるサポートはまだ模索中です。

――課題解決にお金を払う、という流れはどうしたら生まれると思いますか?

酒向:クラウドファンディングのプロジェクトページの文章は、誰がどうやって解決するか、何にお金を使うかという情報がメインになることが多く、その背景にある社会課題や、なぜその課題が発生して、クラウドファンディングでお金を集めなきゃいけないのかという情報まではなかなか伝えられません。「グッドモーニング」がその背景を伝えるサポートをする形を模索しています。なるべく起案者が必要な活動に集中できるようにサポートしたいんです。

――活動のために資金が必要なのに、PRに時間をとられるのは本末転倒ですね。

酒向:そういう場合もあると思います。また、クラウドファンディングを1回やるだけで社会課題が解決されるとは思っていないので、どう長く支援していくかも課題の1つです。プロジェクトの掲載期間は最大80日間なので、“その後”が追いかけにくい。せっかく興味を持ってくださったので、継続的な関係性を作れると社会課題や活動についてもっと知るチャンスが増えるはず。「グッドモーニング」では継続的に月額で支援を集めるマンスリーサポーターという方法もあるので、起案者にご提案することもあります。

――これまで支援してきた中で、印象的だったプロジェクトを教えてください。

酒向:どれか1つを選ぶことは難しいですが、タトゥー裁判のプロジェクトや、選択的夫婦別姓の実現を目指すというプロジェクトは特に印象的でした。法律や制度って、選挙で間接的に人を選ぶことでしか変えられないと思っている人も多いと思うのですが、クラウドファンディングを通して活動費を集めて陳情を出したり、裁判で大きな判例を残すことによっても制度を変えられる、個人がそういった活動を支援できることを知ってもらえたのは、大きな意味があったと思います。選挙で負けたから諦めるというのではなく、日々ちょっとずつ変えていくための運動を続ける方法が増えていくといいなと感じます。

――酒向さんが、個人的に興味を持ったプロジェクトはありましたか?

酒向:最近すごく増えたのが、生理や性教育に関するプロジェクトです。生理用品の配布プロジェクトや、初めて生理を迎えた時に渡す勉強キットを作るプロジェクト、大規模なものから学生さんが起案するものまで大小さまざまです。こうしてオープンな場で、みんなで生理や性について議論ができるようになってきていることはすごく嬉しいですね。

「どんな働き方でもトップランナーになれる」ロールモデルに

――起案者もプロジェクトも多様となると、運営側もより多様性が求められるのでは?

酒向:日々知らない社会課題が上がってくるので、初めて聞く課題はちゃんと調べたり勉強会をしたり。それぞれ興味のある分野がバラバラなので、知見を深め合いつつみんなでアップデートしています。多様性については、働き方の面からも考えています。

――酒向さんが25歳で社長に就任した際、「しばらく子どもを産めないと思った」と過去のインタビューで答えていましたよね。今は妊娠・出産と仕事のバランスをどう考えていますか?

酒向:最初「社長になって」と言われた時は、しばらく妊娠しちゃいけないんだと思っていましたが、後々「私が、仕事で抜擢されたら妊娠しちゃいけないって思ったら、みんな産めなくなるな」と考えを改めました。そういうロールモデルになるのはあまりよくない。ポストに就いたばかりで「育休取ります」って言ったら怒られそうと思っていましたが、怒られるほうがおかしい。男性だったら、子どもが産まれるから昇進辞退しますとはならないじゃないですか。

女性はどうしても子どもを産むまでにキャリア形成しなきゃいけないとか、休んでも大丈夫なポジションが必要だから、そこまで全力で走り切らないといけない、と感じている方が多いように感じます。出産までに100点を出した人だけその先も仕事がある状態なんて……そんなの嫌じゃないですか。女性も男性も、ライフステージによって柔軟に働き方を選べる環境を作っていきたいと思います。キャンプファイヤーには育休から復帰した女性役員や、子育て中の社員も多くいます。

今後、「グッドモーニング」もキャンプファイヤーでの運営に戻るので、さらにみんなが安心して長く働ける環境を整えていけたらと思います。

——「グッドモーニング」がキャンプファイヤーの運営に戻ることで、何かサービスの変化はあるのでしょうか?

酒向:サービス内容や担当者、手数料などについて変更はなく、これまでと同じようにご利用いただけます。グループ会社という独立した組織としてのチャレンジはここで一区切りとなりますが、「グッドモーニング」はこれからも「誰の痛みも無視されない社会に」をビジョンに、社会問題と向き合う方のサポートを継続していきます。

――最後に、8月に酒向さんはキャンプファイヤーのHR部に異動となりましたが、今後どんなことをやっていくつもりですか? 

酒向:個人としては、男女共に緩急をつけて働ける環境を作れたらいいなと思っています。男性の育児休暇の取得率は全国的にまだまだ上がってないですし、育児と家事、家庭内での分担が女性に偏っている中では、女性が仕事で出せるパフォーマンスも上がりきらないと思っています。また、病気や介護、趣味など、仕事だけに時間を使わないタイミングはどんな人にもあると思っています。安心して休める、休んだあともまた活躍できる、そういう働き方ができる環境を作っていきたいです。

酒向萌実(さこう・もみ)
1994年2月生まれ、東京出身。国際基督教大学卒業後、アパレル企業を経て2017年1月からキャンプファイヤーに参画。ソーシャルグッド特化型クラウドファンディングサービス「グッドモーニング」の立ち上げメンバーとして、数百に及ぶプロジェクトのサポートに従事。2018年1月より事業責任者に就任。2019年4月にグッドモーニングを分社化し、社長に就任。担当した代表的な事例として、渋谷区・NPOなどによるコレクティブインパクト事業の「スタディクーポン」、日本初の裁判費用クラウドファンディング、全国子ども食堂の保険加入、国内外での緊急災害支援など。1人1人が連帯し合える社会を目指して、クラウドファンディングを活用した、社会課題の解決や認知拡大などに取り組む。2021年8月からキャンプファイヤーのHR部へ異動。
https://camp-fire.jp/goodmorning
Twitter:@SAKOMOMI

Photography Mayumi Hosokura

author:

臼井杏奈

フリーランスライター・青山学院大卒後、産経新聞社に入社。その後INFASパブリケーションズに入社し、「WWD BEAUTY」で記者職。現在は美容業界記者として外資ブランドおよびビューティテック、スタートアップ、アジア市場などの取材やインタビューを行う。

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