新しいアイドル像を表現する和田彩花 業界に必要な変革とは?

「私が女であろうが、なかろうが、私がアイドルであろうが、なかろうが、私の未来は私が決める。こんなことを口にせずとも叶えたいものだが、口にしなければ未来を自分でつかむことは難しそうだ」。

 この言葉はアイドル、和田彩花のサイトに掲載された一文だ。和田は2019年6月にハロー!プロジェクト(以下、ハロプロ)のアイドルグループ「アンジュルム」を卒業。ライブや執筆などの活動を続ける今も、肩書きはアイドルのままだ。一方、アイドルにとって不文律のタブーとされるフェミニズムやジェンダーについて積極的に発信することで大きな注目を集めた。和田がアイドルを続けてつかみたい“未来”とはどんなものなのか。

「濃い色のリップは良くない、なぜならアイドルだから」

――10歳の若さでハロプロに入りましたが、アイドルを目指したきっかけは?

和田彩花(以下、和田):両親の勧めでオーディションを受けてハロプロに入ったんですが、当時小学4年生だった私には習い事や部活のような感覚でした。それで2009年、15歳でS/mileage(スマイレージ、現・アンジュルム)のメンバーとしてデビューしたんですけれど、その時からアイドル活動を仕事として意識するようになりましたね。

――フェミニズムの意識を持つようになったのはいつ頃からですか?

和田:10代後半になって、自我が芽生え始めた頃に「なんだかモヤモヤするなぁ」と思うことが増えたような気がします。例えばある時、大人っぽくなりたくて前髪を伸ばし始めたんです。私はそれまで前髪パッツンの“かわいい”感じのスタイルだったので、急に大人っぽい雰囲気に変わって否定的な意見も出ました。そのほかにも周囲の人に、「濃い色のリップを塗るのは良くない、なぜならアイドルだから」と言われたこともあります。良かれと思って言ってくれていたと思うんですが、私は「音楽を表現する上でそうするべき」だと考えていたので、その説明だけでは納得できなくて。

――アイドルの中にはそういった周囲やファンの期待に反することがないよう、自分の意見や趣向を控える人もいます。和田さんはどう向き合いましたか?

和田:グループ卒業の2年ほど前、23歳の頃にフェミニズムというものにすごく自覚的になってきて、人前でもジェンダーの話をするようになりました。やっぱり批判の声もありましたけど、それ以上に、私の発言をきっかけに問題を知ったという方、共感してくださる方もいたので、その喜びの方が大きかったです。

絵画の中で描かれる女性と、現代のアイドルの共通点

――フェミニズムという概念を知ったきっかけは?

和田:美術を学ぶ中で女性の描き方からフェミニズムに行きついて、強く意識するようになりました。フェミニズムを知ってからは、今まで感じていた違和感が「おかしいと思っていいものだったんだ」と気がつくことができたんです。

――そもそも美術を学ぶきっかけになったのは、高校時代に美術館でエドゥアール・マネ(19世紀・フランスの画家)の絵を見たことだそうですね。なぜ美術を学ぼうと考えたんですか?

和田:私は好きなものができると、熱中して深掘りしたくなるタイプ。作品や画家自身に興味を持っていて、よく美術館に行っては、買ってきた絵画の解説書を読んでいたんです。そうしたら当時のマネージャーさんが美術史という学問があることを教えてくれて、自然と大学進学を考えるようになりました。

――大学ではどういったテーマで深掘りしていったのですか?

和田:エドゥアール・マネについて学び、卒論ではマネと先行する世代の流れについて研究しました。マネは近代美術の画家ですが、どうしてマネの時代の絵が生まれたのか知るために、前の世代との比較研究を行ったり、その革新性とともにマネの作品や画業に見られる伝統的な側面との接点も理解しようと努めました。その流れで、私は一つの作品を選んで研究していたのですが、それがベルト・モリゾという女性を描いた肖像画だったんです。ベルト・モリゾもまた画家だったんですが、彼女の作品はフェミニズムの視点から考察されることも多く、私もアートやフェミニズムに関する本を読みようになりました。

――マネが描いた肖像画は、他の作品とどう違うんでしょうか?

和田:美術作品の中では、女性は受け身で描かれることが多いんです。描き手の対象を見るまなざしが反映されている作品も多いですし、体のラインが強調された描写も多いです。また鑑賞者が一方的に「見る対象」として、その場面を覗くような描かれ方もよくあります。一方でマネが描いたベルト・モリゾの肖像画は、描かれた女性がこちらを見返してくる構図になっているから、すんなりとは見ることができない。視線だけでなく、女性の体の向きも正面だと「向き合う」という印象が強くなります。こうやって「見る」「見られる」という構図ができていくんだなと学びました。

――アイドルもまた「見られる対象」ですが、そこで感じる違和感はありましたか?

和田:私はずっとアイドルという仕事をしているので人から見られることに慣れてはいますが、見られ方、受け取られ方に違和感を持つことがあります。私はセクシャリティの揺れ動きやジェンダー規範(男性と女性がどのようにあるべきで、どう行動し、どのような外見をすべきか、という考え)に疑問を持っていたので、異性愛を前提にしたアイドルという職業にまつわるあれこれに疑問を抱きました。曲の歌詞1つ取っても、多くの場合は異性愛で成り立つ心情描写や、従来的なジェンダー規範にならう曲の主人公が登場したりもします。なぜ、こんなにも性が限定され、従来的な役割が当てはめられがちなのだろうと違和感を覚えましたし、それをステージで演じる私自身もそう見られ、受け取られていることをたびたび感じていました。

「根本的には変わっていない」これからのアイドル界に必要な変化は?

――ハロプロを卒業してからは、アート関連に関する仕事が増えていますが、今でも「アイドル」という肩書きで活動を続けているのは、どんな意図があるのでしょうか。

和田:私は今のアイドルに幅を持たせたいんです。これまで、10代後半から20歳にかけては、「アイドルだからダメだ」と言わる不自由さの理由がわからず、悔しい思いをたびたびしてきました。同じ思いを次世代のメンバーにはしてほしくないんです。私は、主に美術を通してさまざまな文化に触れることで、不自由は男性中心的な視点に傾倒することで生まれるものだと気付けました。だからこそ、気付きや声を発信することで、アイドル像の幅を1つ増やせられたら嬉しいです。

――最近は、以前と比べていろいろなタイプのアイドルが出てくるようになりましたが、それでもまだ変わらないことは多いですか?

和田:確かにアイドル界も以前よりもさまざまタイプの人やグループが出てきていますし、アイドル像も広がってきています。それでもまだ根本的には変わらなくて、何か社会的な発信するのはとても勇気がいることです。だからこそ、発信することは気が付いた私にできることの一つかなと思ってます。

――ジェンダーの話をするのも、勇気がいることだったのでは?

和田:私がジェンダーの話を始めたときに、「アイドルがジェンダーの話を持ち込むなんておかしい」と言われたこともありました。ジェンダーの話をしておかしいところなんてないはずだけど、そういう風潮の中で発言するのはアイドルにとって勇気がいることだとは思います。

――そういう風潮が変わるにはどういう変化が必要だと考えますか?

和田:服装や見た目、発言も、どんなことも選択できるようになればいいですよね。ただしアイドルには未成年も多いので、全部本人に任せちゃうというのも無責任だと思います。例えばグラビアの仕事で、水着を着るか、着ないかという選択であれば、まず年齢制限を設けて、自分で考えられる歳になってから本人が決めるとか。事務所が何よりもその子を大切にすることが大事だと思います。その上で「その子の何を大切にするのか」という視点でプロデュースしてあげるのがいいかなと思います。

――自分の意見を発信する今の和田さんを、ファンの方はどう見ていると思いますか?

和田:最近はジェンダーだけでなく、生理の話もするようになりました。アイドルってあまりそういう話しませんけど、生理って普通のことで、おかしいものじゃない。アイドルという世界に限らず、一般的に生理にまつわるさまざまな情報がオープンになることは少なかったこれまでを踏まえると、必要な情報に誰もがアクセスできる環境や人の意識の変化は、重要なことだと思います。ファンの方の中には同じように生理がある人もいるので「あやちょ(和田さん)が同じように、同じ人間として生きているんだって知れてうれしい」と言ってくれる人もいて、こちらもうれしくなりました。

――和田さんは、アイドルの新しいロールモデルですね。

和田:後輩達はこれまで、あまり多様性やジェンダーを意識する機会もなかったと思うので、感じるところはあるかもしれないですね。けれどその子たちに意見することで不用意に影響を与えるようなことはしたくない。それでもいつか、悩んだり、おかしいと思うことがあったら、私もその子のために協力したいなと思っています。

和田彩花
1994年8月1日生まれ。群馬県出身。アイドル。2009年4月アイドルグループ「スマイレージ」(後に「アンジュルム」に改名)の初期メンバーに選出。リーダーに就任。2010年5月「夢見る15歳」でメジャーデビューを果たし、同年「第52回日本レコード大賞」最優秀新人賞を受賞。2019年6月18日をもって、アンジュルム、およびHello! Projectを卒業。アイドル活動を続ける傍ら、大学院でも学んだ美術にも強い関心を寄せる。特技は美術について話すこと。特に好きな画家は、エドゥアール・マネ。好きな作品は《菫の花束をつけたベルト・モリゾ》。特に好きな(得意な)美術の分野は、西洋近代絵画、現代美術、仏像。趣味は美術に触れること。
http://wadaayaka.com
Instagram:@ayaka.wada.official
Twitter:@ayakawada

Photography Kosuke Matsuki

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author:

臼井杏奈

フリーランスライター・青山学院大卒後、産経新聞社に入社。その後INFASパブリケーションズに入社し、「WWD BEAUTY」で記者職。現在は美容業界記者として外資ブランドおよびビューティテック、スタートアップ、アジア市場などの取材やインタビューを行う。

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