社会の変革には気付きが不可欠 辻愛沙子が作り出すさまざまな「きっかけ」の形

日本社会には問題が山積している。男女格差1つとっても、そこに紐付く多くの問題があり、どれも解決まで長い道のりだ。そもそもこれらの問題に社会が意識を向け始めたのも、つい最近のこと。意識の及ばない問題はまだまだあるはずだ。

arcaのクリエイティブディレクターである辻愛沙子は企業広告を手掛ける傍ら、女性をエンパワメントするプロジェクト「Ladyknows」を主宰し、報道番組「news zero」のコメンテーターとしても意見を発している。さまざまな形で社会課題と向き合っているが、なぜこういった発信方法に至ったのだろうか。

女性らしさって何? 話題の広告の原点はパーソナルな経験

――大学在学中にエードットに入られましたが、なぜ広告業界を選んだのでしょう?

辻愛沙子(以下、辻):私はもともと絵を描いたり曲を作ったり、“作ること”が好きで、「言語化できていない社会に対するモヤモヤ」をアウトプットできる場所を考えて、広告に行き着きました。映画のようなコンテンツだと深い体験が作れる一方で、見ようと思った人にしか届けることができない。それも尊いことですが、社会に対してより多くの人に届けるためには、良くも悪くも不特定多数に届けられる広告という場がいいのではないかと思い、広告業界を志しました。

ーー2019年に制作されたミルボンの広告では、「『女子力』って何だろう。」と社会に向けてメッセージを発信していましたね。

辻:広告コピーって社会全体に当てはまる言葉でありつつ、結構パーソナルなところから出てくるものが多いと思っています。「社会」より、「私」や「あなた」に向けられたメッセージの方が自分ごと化しやすいですよね。このコピーも、私の個人の思いやルーツが強く反映されています。

ーー「『女子力』って何だろう。」というコピーにつながった辻さんのルーツとは?

辻:幼稚園から小学校まで一貫の女子校に通っていたのですが、中学からは自分の意思で、保守的で閉鎖的な一貫校とは真逆の、多国籍で多様性のある海外の学校に進学しました。そういう環境で育ったので、大学で帰国するまで“女子力”の存在を感じたことがあまりなかったんです。けれど大学に入ったら、女子は慎ましくしっかりしていて、男子は自由で多少やんちゃでもいい、といったような性別による役割分担が慣習としてあって衝撃を受けました。

ーー社会に出たら、より「女性である」ことを意識させられたのでは?

辻:中学生で一貫校を辞めて海外に行った時は、そういった前例が私の周りの環境にはあまりなかったので「女の子なのにやんちゃね」と嫌味を言われたこともありました。社会に出て仕事で実績を残していくと、今度は「女の子“なのに”仕事頑張っていてすごいね」「男子も顔負けだね!」といったように、褒め言葉として無自覚なステレオタイプを向けられることが増えていったんです。女性が仕事を頑張ることが普通でないことのように捉えていたり、男性と勝ち負けを競っているかのように捉えているがゆえの褒め言葉。すごく違和感を感じます。

また、学生時代は女子が自由に自分で決めた道を歩んでいくだけで「やんちゃ」と言われていたのに、社会に出ると「行動力がある」とそれが一気に評価に変わる。外からの評価なんてそれくらい不確実なものだし、そこに縛られる必要なんてないと改めて感じました。龍崎翔子さん(HOTEL SHE,を運営するL&G代表)が「性差よりも個人差の方が大きい」と言っていて、すごく好きな言葉なのですが、まさにその通りだと思っています。

ーーそういった「らしさ」の押し付けが、コピーにつながったんですね

辻:ミルボンさんは顧客層のメインが女性なので、クリエイティブの着想として、女性から連想した「女子力」というキーワードを画像検索したのですが、そこにあったのは、想像通りの画一的で保守的な女性像でした。控えめで三歩下がって……みたいな。けれど「女子力」を英語で言い換えて「GIRLS POWER」という言葉にして画像を見てみると、全く違う印象になるんです。自立していて、誰かのためではなく自分のための力や美しさを持っているような。本来、「力」って性別に宿るものではなく個人が持っているものだと思うので、個々人の数だけ多様な女子力があるんだ、ということを表現したいと思ったんです。

キャスティングもゆうこす(菅本裕子)さんやユーチューバーのあさぎーにょさん、整形を公表された有村藍理さん、アーティストのカネコアヤノさん、公募で600人の中から選んだ2人など、多様な方を起用させていただきました。それぞれの方が思う「GIRLS POWER」を取材したり、それぞれの強さや美しさを最大限に表現するヘアメイクでビジュアル制作をしました。控えめで柔らかい女性像を目指してもいいし、自立した強い女性像を目指してもいい。その多様性と自由さを広告に込めたかったんです。

ーー「『女子力』って何だろう。」と問いかける形のコピーが新鮮でした。

辻:正解を提示するのではなく、見た人それぞれの解釈ができる広告にしたかったので、問いかける形になりました。広告に付いているQRコードをスキャンすると、起用した方々に「あなたにとっての女子力とは」と問いかけたインタビューが読めるんですが、みんな回答が違うんです。自分を主語で考えられるメッセージであって欲しい、考えるきっかけになってほしいと意図しました。

答えは自分が作るもの 発信するのは気付きの「きっかけ」

ーー辻さんが代表を務めるプロジェクト「Ladyknows」社会課題に気付くきっかけを発信していますね。

辻:社会のさまざまな問題って根本的には、その要因って同じものでつながっていたりするんです。出産に関する課題も、女性のキャリアや男性の育休取得、賃金格差や非正規雇用などいろんな問題が紐付いています。しかし点で見ると、女性がまだ権利を獲得できていないとも捉えられるし、一方で男性に育休を取らせてくれない社会環境があることも分かる。一見、対立していそうな問題もつながっていることが多い。「Ladyknows」では問題に関連するデータをインフォグラフィックス化(データを視覚的にわかりやすいかたちで表現したもの)して発信していますが、事実を見て話すことで、1つの問題についていろんな視点から考えていくことができるのではないかと考えています。

またデータに合わせて記事も配信しているのですが、常に意識しているのは、すべての記事で答えを作らないようにするということです。大事なのはあくまで選択肢を知ることで、何を考えるのかや、最後に何を選択するのかは読み手が決めることだと思うからです。

ーー知らないこと、無自覚でいることで生まれる問題についてどう考えますか?

辻:無自覚な偏見や差別は、別の視点を知らないだけ。なので頭から否定するのではなく、なぜその考えに至ったのか聞くようにしています。すると大体理由があって「なるほどな」って気付きが生まれるんです。賛同はできない、でも理解はできた。その棲み分けをしっかりすることが大事だと思っています。

ーー「news zero」では、コメンテーターとして、意見を発信する上で何を心掛けていますか?

辻:テレビは不特定多数が見る場なので、主語を大きくしないように意識しています。どうしても短い時間でコメントしなければいけないので、簡潔に話すことを意識すると二元論的に聞こえてしまいがちなんです。だからこそ、後の言葉を削ってでも「当然いろんな人がいると思うんですが……」とか、ステレオタイプを作ってしまわないように、丁寧に前置きを入れることが多いですね。視聴者の方もいろいろな意見を持った方がいらっしゃると思うので、自分の意見も大切にしつつ「そういう意見があるんだ」と学びながら日々発信しています。絶対的な正解不正解で物事を二分化せず、違いを理解するよう心掛けていますね。

ーーこれまでコメンテーターは「正解」を示す役割が求められてきたように思いますが、どう意識していますか?

辻:SNSでも選挙や時事ニュースについて「誰を支持しますか」「どう思いますか」と意見を求められることが多くあります。正解を求める人が多いのは、日本の「正解は1つ」という教育の影響が大きい気がしています。私も専門家やお世話になっている家庭教師の先生にいろいろと質問しますが、最後に解釈を決めるのは自分であるべきだと思っています。自分で答えを出すのは責任も生まれるし怖いことで、その気持ちはすごく共感できるんですけれど。

あいまいさへの不寛容とどう向き合うか

ーーSNSでの炎上などを見ていると、日本では誰もが自由に意見を述べられる雰囲気ではなくなっているなと感じます。

辻:日本ってすごく学術信仰が強いなと思うんです。フェミニズムも「学んでないと語っちゃいけない」というような空気感がうっすらと漂っているように感じます。以前、「これまで考えてこなかったあの男性に、今フェミニズムを語る権利があるとは思えない」という言葉を耳にしたことがあって。それにはすごく違和感を覚えました。

もちろん学んでいない人が発信することで、言葉の解釈が違ったり、概念を間違えていて危うい啓蒙になることもあるとは思います。けれど、特に社会課題はその問題意識を一部の関心がある層だけではなく、より多くの人々に向けて民主化していかなければ変わっていかない。誰でも、どのタイミングからでも問題に気付くことができるし、学ぶことができるし、変わることができる。だから「語る権利」なんてものは必要なくて、みんなが感じたこと、気付いたことを、率直に発信していくことが、多くの気付きにつながるんだと思います。

ーー日本の社会にある、他人への不寛容さがそうさせるのでしょうか?

辻:新しい視点に気がつく過程とか、間違えたとしても反省して学んで変わっていく過程とか、誰にでもあるそういう変化の過程への不寛容さが、先ほどの正解を求める話にも現れていると思います。誰も完璧な人なんていなくて、それぞれ無自覚な偏見や気付けていない視点があるものなので、今この瞬間だけを切り取って減点方式で批評し合うのではなく、行動して変わっていくことにこそ意味があるわけで、失敗や間違いを断罪するのではなく一緒に見直していくことが必要だと思うんです。

ある時友人が、人種差別問題について「話題になっているけれど、ぶっちゃけ何が問題かわからなかった。教えてほしい」って連絡をくれました。そういう疑問って、理解しよう学ぼうと思っての疑問なのに、「わかっていない」というだけで問題視されたりたたかれてしまうこともあるため、なかなかSNSなど公の場で書くことは難しい。けれど、わからない時に学べる場所があることや、学ぶ姿勢を持つことが何より大事だと思っています。

そして周囲も、悪意を持って誰かを踏みつけようとしているのか、わからないことを自覚して学ぼうとしているのかをしっかりと見極めて、頭ごなしに「分かっていない!」と“批判”しないこと。そのためにも講義でも討論でもなく、学ぶため、話し合うためのコミュニティがあればいいですね。

ーー最近は広告の炎上などを筆頭に、世に出して失敗することへの不安もあります。

辻:強く非難する気持ちはわかるのですが、それをやりすぎると「リスクになるから、もうああいう(社会課題の)テーマはやめよう」と変化の流れが後退していってしまうんですよね。こういう減点方式って、日本的だなと感じます。ドラマ「半沢直樹」でも一回役職につけて、お手並み拝見して、失敗したらはしごを外されていたじゃないですか。そうならないために、まず企業側やクリエイターがしっかり学ぶこと。何が問題で、これまでの背景でどんな議論が起こってどんな運動があったのか。今、それらはどういう状況になっているのか。取り組むのであれば、ファッションではなく本気で向き合うのが前提だと思っています。その上で、企業が勇気を出して声を上げる一歩目を“リスク”にしないためにも、個人の怒りと社会が前進していくために必要なことは切り分けて考えなければいけないと、私は思います。

ーーメディアに出ることも1つの“リスク”になりえますが、それでも発信し続ける理由は?

辻:社会の変化に必要なのは「前例を作ること」だと思っています。女性の参政権、口座を開くこと、女性が会社を興すこと、すべてその時代を生きた人たちが一歩目を踏み出し、前例を作ってくださりルールや常識が変わっていったので。例えば、25歳の一般女子が報道番組に出て発言する、というのも若年層世代の言葉が社会に届く1つの事例になったらいいなと思いますし、広告クリエイティブの領域で社会課題に対する発言をしていくことも、続けることで道ができればいいなと思っています。

辻愛沙子
arca CEO、クリエイティブディレクター。社会派クリエイティブを掲げ、「思想と社会性のある事業作り」と「世界観に拘る作品作り」の2つを軸として広告から商品プロデュースまで領域を問わず手掛ける越境クリエイター。リアルイベント、商品企画、ブランドプロデュースまで、幅広いジャンルでクリエイティブディレクションを手がける。2019年春、女性のエンパワメントやヘルスケアをテーマとした「Ladyknows」プロジェクトを発足。2019年秋から報道番組「news zero」にて水曜パートナーとしてレギュラー出演し、作り手と発信者の両軸で社会課題へのアプローチに挑戦している。
Twitter:@ai_1124at_
https://arca.tokyo

Photography Mayumi Hosokura

author:

臼井杏奈

フリーランスライター・青山学院大卒後、産経新聞社に入社。その後INFASパブリケーションズに入社し、「WWD BEAUTY」で記者職。現在は美容業界記者として外資ブランドおよびビューティテック、スタートアップ、アジア市場などの取材やインタビューを行う。

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