「The Feuerle Collection」が写真家・アラーキー作品や明王朝時代の家具に見い出す普遍的な美とエロス

一度展示室に足を運んだら、今までのものの見方や価値観がまるっきり更新されてしまう。大げさに聞こえるが、つい興奮気味にそう誰かに伝えたくなる私設ミュージアムがベルリンにある。ミュージアムの数が多い中でもひときわ異彩を放つのが完全アポイントメント制のクロイツベルグ区にあるミュージアム「The Feuerle Collection(ザ・フォイエルレ・コレクション)」だ。防空壕の跡地の建物を買い取り、改修して作られたのが2016年のこと。一度足を踏み入れたら最後、建築物を含めて、鑑賞というよりもむしろ新しい体験をするようなユニークな展示構成に魅了されてしまう。この私設ミュージアムを建てたのは、世界的な蒐集家としても知られるデジレ・フォイエルレ。本来であれば、5月に大々的に行われたであろうベルリンのアートウィークに伴い、ベルリンに滞在していたということもあり、貴重な時間を割いて場を設けてもらい、ミュージアムを巡りながら話を聞いた。

時代性を超越して感じ取れる普遍的な美

世界中を旅する蒐集家・デジレ・フォイエルレはミュージアムを創設するにあたり、半世紀以上前の第二次世界大戦時に建設された防空壕跡地にほれ込んだ。その後廃墟となっていたミュージアム用に内装を手掛けたのは、イギリス人建築家ジョン・ポーソン。2016年に開ける地にベルリンを選んだのは彼のこれから始めようとしている時代性を超えた表現をする上で、ある意味必然でもあった。

「ベルリンは私が見た中で群を抜いて魅力的な街でした。世界各国から若者達が集まる一方で、ヨーロッパ社会全体に影響を及ぼすような若いITベンチャー企業と同時にアンダーグラウンドなアーティスト達も活動の拠点にしている。街そのものがひとつのコンテンポラリーアートのような魅力を感じ取ったのです。もちろんベルリンがヴェニスといったエレガントで美しい街かどうかといったら決してそうではありません。けれどもおもしろいコントラストが街全体にあふれている。このさまざまな価値観が混ざっている街に私のギャラリーを加えることにしました」

そうにこやかに語るデジレ。確かにこちらのミュージアムにおける最大の特徴が、11世紀のクメール彫刻、16世紀中国王朝時代の美術品や家具、そして写真家の荒木経惟が手掛けた緊縛の作品などが混在していることだ。西洋の現代アーティスト作品がフォイエルレの審美眼によって時代性、西洋芸術のみにとらわれず、ライトや配置まで彼自身のこだわりによって配置されている、ということだ。

「このミュージアムをオープンする前から、世界を旅する中で美術品を収集してきました。そこで惹かれたものの中から、私自身で共通する『美』のセンスを選び抜きました。大きなテーマとしては、“生と死”そして“エロス”。それらの価値観が通底するものを選んでいます。なぜ、私は数世紀以上前の作品と現代アーティストの作品を混ぜて展示するのでしょう。

私は北イタリアに住んでいた時、美しい日本製の日傘を街の人がこれはとてもエレガントだと感心しました。つまり異なる文化圏の、異なる生活様式を送る人々でも、美しいアートピースを見た時に、それを美しいと捉えるということです。まさにこれが私が期待することです。異なる文化や異なるアイデアを掛け合わせることで、新しい価値観が見えてくる。新しい気づきを得た人にとって、その世界は全く新しい必然性を常に持つのです」

ミュージアムを巡る前に話してくれた彼の声は落ち着きはらっていて、聞き取りやすい英語の端々に含蓄がある。

「作品を鑑賞する前に、まずはジョン・ケージのサウンドルームで、非常にミニマルな音楽の中に身を浸します。それは展示物を見る前に行う一種の儀式であり、展示作品に向き合うための準備です」

デジレに促されるまま、ほとんど真っ暗な「サウンドルーム」に移動する。スピーカーから流れるジョン・ケージの「Music for Piano No.20」を聴く。まさに普段の日常生活を切り離すための儀式が執り行われる感覚を覚える。鑑賞というよりももっぱら、体験といったほうがふさわしい。その空間の後に巨大なフロアに入った瞬間、圧倒的とも言える美術品との対峙が待っている。

紀元前から今に至るまでの道筋を示す作品群との対峙

奥にはおよそ1フロア2000㎡にわたる空間が控えている。そこに点在する展示作品に1つひとつの説明文や作品に対する注釈は一切つけられてない。常設の展示でもあくまで各個人がそれぞれの作品と真っ新な状態で向き合う。何か気になることがあれば、案内をしてくれるアテンダントが質問に答えてくれる。

異なる大陸で異なる時代に造られて、そして数世紀にわたり現在まで丁寧に残された作品群を一堂に目にする。すると過去、現在、未来の普段の捉え方はただ消え失せ、目の前の作品との濃厚な沈黙の対話を強いられる。これこそがデジレの狙いだろう。

「展示空間のライトや配置等の細部にはこだわりぬきました。日常生活で見逃してしまいそうな小さな感情のうねりや、驚き、ささやかなシグナルを感知できるようにしたかったのです」

そう話す通り、デジレは蒐集家としての審美眼を研ぎ澄ます部屋作りに成功している。部屋の1辺はガラス張りのレイクルームが設置されている。水面が反射しており、どこからどこまでが隣の部屋なのか、奥行きや境界線が曖昧になる感覚に陥る。鑑賞者達は目の錯覚をも活用した展示スペースの静謐な空間に時間をかけて馴染ませて慎重に作品に対峙するのだ。

反対の壁際には緊縛された女性や果実の荒木作品。そして王朝時代の長椅子が鎮座している。単に言葉を羅列するだけではそれぞれの親和性も感じられないようなものである。だが、その場所に馴染むように時間を経過させていると、次第に何か小さな関連性やつながりそれぞれを自身の感覚を駆使して紐解いていけるような仕組みになっている。

部屋の中央から数段の階段を上がったところに「Incense Room」と呼ばれる香道の部屋が出現する。「The Feuerle Collection」では古代中国の洗練された香文化を世界で初めて美術館内に再現しているのだ。

当時の宮廷から始まり、数世紀にわたり中国全土で親しまれるようになった儀式を、温故知新のもとひとつの体験として提案している。

中国では、数世紀をまたぎ儀式は洗練され、文化人達へと伝播し、調度品が作られた。宋時代(960 –1279年)には陶製の、明朝時代(1368 –1644年)には銅製の薫炉が作られている。

この日はデジレが自ら純金でできた容器に、コンゴウインコが自然に落とした羽で製作された扇で香木から漂う香りをつかみ、客人にもてなしてくれた。

「今あなた達は私の儀式をもって歓迎されました。コンテンポラリーにも思える一連の動作の中に何か親密さと美学を感じ取れたのではないでしょうか」

そして儀式も終えたところで1つフロアを上がると、いよいよ荒木作品と中国の王朝時代の作品の対比を楽しむ展示スペースになる。

荒木作品と王朝時代の寝具。限られた空間の親密なやりとりに見るエロス

「私がコレクションしている王朝時代の作品は、基本的に王室のパーソナルな場所で利用されていたものばかり。寝具や本棚など個人的なスペースでなされていた営みを想像する。普段面会が限られている王家の人が限られた相手とのみ過ごしていた場所に思いを馳せること、そして荒木作品の果実や緊縛という世界観も親密な限られた空間から発せられる共通した感覚を覚えます」

「例えば、この16世紀王朝時代にプライベートな部屋で使っていた古琴のための机に荒木作品の果実を対比させました。特別なあしらいをなされた机の奥に、太古からのモチーフでもある果実の断面が覗く。まるで性器のようでもあり、自然の美しさを感じさせます。その両方に私自身は神秘的なエロスを見出すのです」

そういえば、買い付けを行った荒木とのやりとりを嬉しそうに語ってくれた。

「荒木から買い付ける際に、『なんでもっと大きなサイズの写真を買わないのか?』と質問されたことがあります。でも私はできる限り小さな写真を選ぶようにしました。なぜなら小さな写真であることは、私達に注意深さを喚起させるからなのです。小さい分、対象物に近づいて見ることを強いられる鑑賞者達は普段とは違った慎重な姿勢で写真に向き合うことになるんです。そう伝えると、『なるほど』と納得してくれました」

東洋芸術以外の現代作家作品にも見出せる「生と死」の美

2階の展示スペースには現代作家の作品も並んでいる。

「この川の作品はクリスティーナ・イグレシアスというスペイン人現代女性作家によるものです。絶えず流れる水は、永続性を想起させますし、内臓の器官や血管にも通じる生命の神秘を感じさせてくれます。生と死、そしてエロスというテーマにふさわしいものは現代の西洋作家の作品でも展示するのにふさわしいと思っています」

彼自身が長い年月をかけて世界各国から作品を取り寄せて回った作品群が鑑賞者達に与える強烈な印象は一度の体験ではすべてを理解することはできそうにもない。咀嚼するのに時間がかかりそうだ。

そう伝えると、彼自身は満足そうにこう答えた。「少しでも若い世代がこういった作品群から自分なりの気付きを得たなら、これ以上の喜びはありません。私自身、展示ルームに来るたび、気持ちが解きほぐされて、また若返ったような気持ちで別の視点から作品を見ています」

百聞は一見にしかず。ぜひ、いつかコロナ禍が収束した時の旅先の1つにベルリンを候補に入れ、その際にはこのギャラリーを行き先に必ずや加えてほしい。

■The Feuerle Collection
住所:Hallesches Ufer 70, 10963 Berlin
URL:www.thefeuerlecollection.org
※個別ガイドツアーのみ、要予約。日本語ガイド付き

Photography Hinata Ishizawa
Direction Kana Miyazawa

author:

冨手公嘉

1988年生まれ。編集者、ライター。2015年からフリーランスで、企画・編集ディレクションや文筆業に従事。2020年2月よりドイツ・ベルリン在住。東京とベルリンの2拠点で活動する。WIRED JAPANでベルリンの連載「ベルリンへの誘惑」を担当。その他「Them」「i-D Japan」「Rolling Stone Japan」「Forbes Japan」などで執筆するほか、2020年末より文芸誌を標榜する『New Mondo』を創刊から携わる。 Instagram:@hiroyoshitomite HP:http://hiroyoshitomite.net/

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