「アニメのグラフィックデザイン」をシンプルに向かわせる、その理由

「端的に言えばアドビとアップルのおかげ」。

自身がグラフィックデザイナーという仕事をしていることについてそう話すのは、数々の人気アニメ作品のアートディレクションを務める草野剛。幼少期から、ゲームのパッケージデザインや企業のロゴに興味を持っていたという草野は、グラフィックデザインのプロセスはビデオゲームに類する感覚があると言う。

「グラフィックツールの操作感はビデオゲーム(UI&UX)の延長線上であり、考えをまとめて形にしていく感覚や過程に関しては、言ってみれば『マインクラフト』のような、“デジタルな工芸品を作成するツール”のプレイに似ているかも知れません」。

そんな草野が手掛けるアニメ関連のグラフィックデザインは、その多くが最小限の要素で構成されるシンプルかつクリーンな作風。アニメやゲームの影響を受けながら、1990年代後半〜2000年代前半にかけ広告やアパレル、エディトリアルなど数々の分野でグラフィックデザインを手がけてきた彼は、なぜ2000年代以降アニメを主戦場に選んだのか? そしてアニメのグラフィックデザインの特色とは? 草野剛デザイン事務所で話を聞いた。

自分で選び、アニメを主戦場とするようになった

——草野さんはグラフィックデザイナーとして独立して以降、カウンターカルチャーからマスメディアまで、幅広い分野の書籍、広告、ロゴ、アパレル、パッケージなどのデザインを手がけていました。そんな中、現在のようにアニメを中心とする仕事にシフトしたきっかけとは?

草野剛(以下、草野):基本的に僕は流されるようにキャリアを歩んできたのですが、アニメに関しては能動的に選択した結果です。当時の僕は勤めていたエンターブレインという出版社から独立し、その最寄り駅である三軒茶屋に事務所を構えます。事務所には、大さん(脚本家:佐藤大)が深夜にフラッと遊びに来ることがありました。ちょうど大さんが『カウボーイビバップ』のシナリオに携わっていた頃です。当時の僕と言えば“ビバップ”に心が動かされており、「僕もアニメーションに携わることは可能ですか?」と持ちかけたんですよ。

——のちに『交響詩篇エウレカセブン』を手掛ける佐藤大さんですよね。

草野:そうです。その後、大さんがBONES(ボンズ)の南(雅彦)さんを紹介してくださって、『カウボーイビバップ』劇場版で使用するBONESのモーションロゴのコンペに参加させていただくことになり、運良く採用されました。これを機に、アニメに関する仕事へのシフトが始まります。

——『カウボーイビバップ』での仕事が大きく評価されたわけですね。

草野:いや、そんなことはなかったと思います。それからしばらく依頼はなかったので、以前と同じように広告や音楽、アパレルの依頼を受けながら生活していましたから(笑)。それから『カウボーイビバップ』の1〜2年後に、南さんから「きみ、ファッション(仕事)やってたよね?」と、『WOLF’S RAIN(ウルフズ・レイン)』という作品のグッズ展開で声をかけていただいたんです。けれども、僕は「グッズじゃなく、作品に関わることはできませんか?」と持ちかけたんです。すると……南さんは「プレゼンに出すからポートフォリオを用意できる?」と言ってくださって。結果として『鋼の錬金術師』に参加することが決まりました。

——なるほど。『鋼の錬金術師』では具体的にはどのような仕事を担当されたのでしょうか?

草野:ロゴデザインから始まりました。いきなり監督やプロデューサーをはじめとした主要スタッフがそろう打ち合わせにも参加させてもらうことになったので、今思うと本当にありがたい話だったなと感じます。それとともにDVDのパッケージ、広告など担当いたしました。さらにはそこから書籍、おもちゃ、フィギュア、プラモデル、アパレルなどさまざまな分野に広がっていきましたね。ですので、『カウボーイビバップ』がアニメの仕事を始めるきっかけではありましたが、現在の仕事につながる入り口は『鋼の錬金術師』だったと思います。この仕事を見たクライアントからの依頼が多かったですし、なにより大山さん(プロデューサー:大山良)と関係を育むきっかけにもなりました。

——草野さんの代表的な仕事として『交響詩篇エウレカセブン』を記憶されている方も多いと思います。

草野:『エウレカセブン』では大さんや京田(知己)監督、吉田(健一)さんとご一緒することになります。さまざまなチャレンジやブランディングが可能になった背景は、このお三方のデザインに対する理解やイメージがあってこそでした。

——『エウレカセブン』では、1話のAパートとBパートをつなぐアイキャッチにもデザインが施されていたのが印象的でした。

草野:本編にもこだわるようになったのはこの作品からとなります。少し定かではないのですが、京田監督に「アイキャッチも担当させてください」と提案し、任せていただいたと記憶しています。

——過去のインタビューを拝見する限り、一度『エウレカセブン』の仕事が終わったあとに燃え尽きたとか。

草野:『エウレカセブン』はメディアがウェブに移り変わる頃の作品でした。漫画、ライトノベル、広告、音楽など幅広い展開があった上に、アニメ本編は4クールという大ボリューム。あの規模の展開は今ではなかなか難しいと思います。とても大きな経験でした。そして「これでもう(アニメのグラフィックデザインに関して)門外漢の顔はできないな」と(笑)。

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デザインを通して、アニメを取り巻く環境を変えたい

——アニメに関するグラフィックデザインを手掛ける上で、どのような点に気を配られていますか?

草野:1つ「キッズカルチャーからのアップデート/脱却」というテーマは、自分の仕事の根底に大きなものとしてあるように思います。僕が中学生の頃、宮崎勤事件がきっかけでオタクという言葉が社会に認知され、その結果として僕自身非常に息苦しい思いをしました。そこで「アニメに関する悪いイメージを払拭したい。映画や音楽、文学と同様に深々とたしなめる表現であると言いたい」と考えるようになりました。そしてそれは僕だけの話じゃなく「『鉄腕アトム』を見て理工学の道に進んだ」とか「『キャプテン翼』の影響でサッカー選手になった」なんて話はよくあることですよね。それも日本だけじゃなく世界中でそういう話がある。そう考えると、意外とみんな漫画やアニメからの影響って大きいはずなんです。僕にしても、自分の中の正義感って大部分が漫画やアニメからインストールされたものなので、実は親や教師よりも大きな影響をもたらすこともあるんですよね。

ただし、アニメは切り取られたフェチズムが強く表出している分野でもあるので、そこが他の表現に比べて幼く見えるのだろうとは思います。例えば女の子しか登場しない物語とか極端な作品が多いですよね。それは「利己的で社会性のない態度」だと捉えられてもおかしくないかもしれない。……とはいえ、アニメ以外のあらゆる分野も、表面をきれいに包み隠しながら資本主義的に無駄な消費を駆り立ててきた部分は間違いなくあるはずです。そういう意味では、アニメは表現以前に「消費喚起の手段が素直で幼い」とも言えるかもしれませんね。

——なるほど。

草野:この「キッズカルチャーからのアップデート/脱却」というテーマについて考えると、とりわけ『機動戦士ガンダム』の富野(由悠季)さんがことを進めた人だと思います。アニメが商品のターゲットとして子どもにフォーカスを当てると、市場原理として次第にわかりやすさが重視されるようになります。しかし、もちろん『宇宙戦艦ヤマト』や『ルパン三世』という前例があるにせよ、『ガンダム』における演出とは、大人の視聴にも耐えうるものですよね。…それはデザインにおいても同様で、低年齢でも理解できるガイダンスが求められます。さらには「多様性」という概念が認知されていない昭和時代においては、その分野の作法から逸脱するものがなく、より表現が画一化されてしまうのです。

——たしかに『ガンダム』以前は、「昭和アニメ」とでもいうような画一化されたイメージがありますね。

草野:富野さんはそういった固定化されたものを打開していったんです。安彦良和さんが描くキービジュアルや、『哀・戦士』『めぐりあい宇宙』なんていう作品タイトルの提案によって。それに伴いパッケージデザインも変わっていき、ガンプラなどのおもちゃだけじゃなく関連書籍やレコードが売れていくようになりました。そうして子どもたちだけじゃなく、高校生や大学生、新社会人もユーザーになって作品自体も大ヒットしていったんです。

——草野さんが手掛ける「アニメのグラフィックデザイン」は、基本的にシンプルなレイアウトでイラストを最大限に見せながら、ロゴなどのタイポグラフィーでフェティッシュな感覚をプラスオンしている印象があります。この「シンプルさ」はそうした「キッズカルチャーからのアップデート/脱却」というテーマによるものなのでしょうか。

草野:そうですね。「より多くの人に届けたい」と考えると、そういう印象になるんだと思います。例えば無印(良品)やユニクロはバリアフリーなイメージを構築しています。そのブランディングにおいて、ロゴは印象を左右する要素です。一点物のレタリングではなく、既存のフォントを選び、それを調整することによって「誰のものでもあり、誰のものでもない」表情に仕上がっています。……とはいえ、“なんでもない”ものだけで構成すればいいのかというとそんなことはなく、主体となる情報を見抜いてレイアウトの粗密やカウンタースペースの有無に気を配りながら、高い精度で仕上げる必要が出てきます。

——草野さんのデザインからは、特にタイポグラフィーに対するこだわりを強烈に感じます。

草野:僕は先ほどの理由から、作品に沿った装飾を施してハイコンテクストにデザインを仕上げるのではなく、シンプルな方向に持っていきます。となると、デザイン上の要素は「視覚情報としての絵」と「言語情報としての文字」に限定されますよね。さらには絵は僕が描いているわけじゃない。となると、自然と“装飾”の役割を担うのはタイプフェイスになってくるので、僕は位置、サイズ、書体の持つ表情、カーニング、レディングを通して、文字にデザイン上の装飾や印象表現を代替させているんだなと思います。

——ありがとうございます。草野さんのデザインを見て感じる印象がどこから来るものなのか、その理由がよくわかりました。

草野:もう1つ、シンプルなデザインには「より多くの人に届けたい」という考えと同時に「ファンができるだけ長く作品と向き合えるムードや世界観を作りたい」という思いもあります。深夜アニメブーム以降、アニメの回転数は1クール3ヵ月というサイクルになって、翌年にはもうその作品の話題はどこにもないような状況になりました。その大きな流れには抗えないとは思いますが、できれば5年、あわよくば10年は、そのファンが大切に作品と向き合えるように、デザインで雰囲気(居場所)を作っていきたいんです。そこにジャンルの特色や時代感を投入してしまうとすぐに陳腐化してしまう恐れがあるので、デザイン上での派手な振る舞いはふさわしくないという思考になっていくんですよね。

ただ最近は『フォートナイト』のようにアップデートされ続けるコンテンツが増えてきているので、物理的なパッケージ以外のところではシンプルに限定せず都度変化する方向性のデザインがあってもいいのではないかとも考え始めています。

草野剛
アートディレクター、グラフィックデザイナー。1973年生まれ、東京都出身。グラフィックデザイン全般の制作を行う。 アスキーを経て草野剛デザイン事務所を設立。 武蔵野美術大学デザイン情報学科非常勤講師。中央大学国際情報学部兼任講師。 コヤマシゲトと同人サークルCCMSを行う。 2015年から一般社団法人 JMAGクリエイターズ協会 の理事を務める。
http://www.kusano-design.com

Photography Hironori Sakunaga

author:

照沼健太

編集者/ライター/写真家。合同会社ホワイトライト代表。音楽メディア「AMP」編集長を2014年から2016年まで務めたのち、音楽やカルチャーほか、ビジネス、テクノロジー、広告等の幅広い分野にてコンテンツ制作全般を請け負っている。 https://kenta-terunuma.com

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