比類なき歌声を持つ次世代の星・にしな——彼女が表現する、日常に横たわる影と光

天性の歌声と中毒性が高く心地よいメロディによって織りなされる楽曲で、リスナーからミュージシャンまで、さまざまな音楽好きを虜にしている、アーティストのにしな。

楽曲すべての作詞・作曲を手掛けているのはもちろん、時には映像やアートワークといったビジュアル面もクリエイトする新世代の注目株だ。そのことを示すように、Spotifyの「RADAR : Early Noise 2021」に選出され、6月には「Zepp Tokyo」での自身初ワンマンライヴを成功させた。10月には、デビュー前から大切に温めてきた「夜になって」をリリース。続く11月には、コロナ禍に制作された新曲「debbie」をリリースし、映画『ずっと独身でいるつもり?』の主題歌にもなり、話題を集めたばかりでもある。

そのキャリアや評価だけに目を向ければ、Z世代&J-POPの新星という扱いになるのかもしれない。しかし、彼女が表現する作品の世界には、幸福や絶望、不安や希望、儚さと狂気と一筋の光、人それぞれの存在意義や価値観など、誰の日常にも横たわっている今の時代のリアルが潜んでいる。
にしなが自分自身を通して表現するものとは一体何か。

曲の核の部分には自分自身が映し出されている

ーーそもそも、小学生の頃はフォトグラファーになりたいという夢を持っていたそうですが、何かを表現したい気持ちがあったのですか?

にしな:子どもの頃から歌手になりたい気持ちはあったのですが、一番強い想いということもあって公に話すことができなくて。それで、周囲には2番目になりたかったフォトグラファーになりたいと話していました。表現するという意味では、何かを0から1にする作業は昔から好きでしたね。

ーーということは、子どもの頃の一番の夢はかなったわけですね。

にしな:そうですね。

ーーすべての楽曲の作詞・作曲を、ご自身で手掛けていますよね。どんな時に制作しているのですか?

にしな:以前は、ライヴで歌いたいから作ろう、と思った時に作っていたことが多かったですね。音楽が仕事の一部になってからは、創作する意識を持って常にテーマや良い言葉を探すように心掛けています。感情的には、怒った時や悲しい時の心情が一番歌詞につながっているのかもしれません。最近は怒ることも少なくなりましたけど(笑)。

ーーメロディに関しては、どうやって生まれるのですか?

にしな:何も考えずに自然に降りてくる、ということはあまりないかもしれません。ギターを触っていたり、誰かの曲をカヴァーしたりしている時に、頭の中でコードが鳴ってメロディを鼻歌で歌うという感じ。先に歌詞がある場合は、それに合うメロディを考えたりもします。

ーー先程の話にもあったように、今は音楽が仕事にもなっていますよね。日頃から音楽のスイッチは入っているのですか?

にしな:常に考えていようと思っているのですが、いつの間にか忘れて、音楽を作る意識を失って「あ、ヤバイ忘れてる。作ろう!」ってなります(笑)。なので、苦しい時もあるし、楽しい時もありますね。

ーーちなみに、にしなさんの音楽には、にしなさん自身がどれくらい反映されているんですか?

にしな:曲の核の部分は自分自身が映し出されていて、それに対して必要な要素があれば想像しながら装飾していきます。割合的には、3割が自分自身で7割が音楽に必要な要素という感じですかね。

概念にはなるべくとらわれたくないし、逆に押しつけないようにしていきたい

ーー10月にリリースされた「夜になって」は、デビュー前だった20歳の時に作られた曲ですよね。この曲が生まれたきっかけの1つは、当時の恋人と同性愛について話していた時に“同性愛って遺伝子のバグらしいよ”と言われて、それが許せなかったからということですが。

にしな 「夜になって」

にしな:本人としても悪意はなく言っていたと思うんです。でも、人が人のことを好きになる感情に“バグ”という言い方はどうなんだろう? と。私は嫌でしたね。

ーーその件に限らず、いろいろな物事に対して「許せる/許せない」を判断する基準などありますか?

にしな:許せなかった、という言葉も間違っていたかもしれません。ただ、それに関しては相手によるかもしれないですね。まったく関係性がない人だったら感情的にならなかったかもしれない。近しい好きな人だったからこそ、些細なことでも敏感になってしまう。相手との距離によって変わるのかなと。

ーーもちろん人それぞれ考え方や感じ方って違いますが、にしなさんは自分の価値観をどう捉えていますか?

にしな:他の誰かとの考え方や想いの違いがあることに関しては嫌いではなく、むしろおもしろいなと思えるし好きではあるんです。ただ、考え方を押しつけられると嫌になる。ぐっと押された時に沸点が上がっちゃうかもしれないです(笑)。なので、自分もそういうことをしないように気をつけています。

ーー過去のインタビューで「概念」についても話されていたと思います。決められた概念にとらわれるのが嫌だったりするのでしょうか?

にしな:完全に概念にとらわれないで生きていくのは難しくて、そこを考え出すとどんどんこんがらがってきちゃうのはわかっているんですが……。ただ、とらわれ過ぎてしまうと、どこかで自分自身も誰かも否定せざるを得ないことになる。なので、なるべくとらわれたくないし、逆に押しつけないようにしていきたい、ということは思っています。

ーー例えば、友人などと話していて、相手の意見と自分の意見が違っても「それはそれであるよね」と受け入れながら関係を続けていくというか。

にしな:そうですね。でも、もし相手が「そうじゃなくて」と押してきたら、私も跳ね返しちゃうかもしれないですけど(笑)。

ーーそんな風に考えるようになったきっかけはあるんですか?

にしな:今振り返ってみると、小学生の頃に「女の子だからスカートを履きなさい」と言われて「なんでだろう?」って思うことはありました。学校の制服とか女性用のスーツも、なぜかスカートがあたりまえになっていますよね。

ーー大学時代はジェンダーについて学ばれたんですよね?

にしな:はい。それは「夜になって」を書いたあとなんです。その理由というのも、自分自身が何かにとらわれることにどこか苦手意識があって。その感覚や考え方が、ジェンダーと近いものがあったからなんです。大学で学んだことで、いろいろな要素によって自分自身が成り立っているんだな、って客観的に思えるようにもなりました。

“わかってほしい”、“わかり合いたい”ということを諦めきれない気持ちが強くある

ーー作品を作る時に、女性性の部分は意識していますか? にしなさんの歌詞には、女性だからこそ書ける内容も含まれていると思うのですが。

にしな:そう言っていただいて初めて意識しましたね。女性であることだったり、女性視点だったりを用いて曲を書いたことはないんですよね。

ーーちなみに、今現在の自分のアイデンティティはどう考えていますか?

にしな:難しいですよね……。中学、高校の頃は、それを知りたくて結構悩んだりもしましたが、今思えばあまり決めたくないとも思っていて。きっと、これから自分自身もどんどん変化していくと思うんです。だから、どこにでも自由に行けるよう、今は決めないでおいてあげたいというか。うん……考えれば考えるほど難しいですね。そういう意味では、どんなことに対しても曖昧な人間でもあるかもしれませんね。

ーーアーティストの方は、自分そのものを投影しながら作品を作ることもあるのかなと。そういう意味では、作品を生むために自分を犠牲にしている部分もあったりすると思うのですが。

にしな:それで言うと、私は自分の曲を書く時点で“わかってほしい”とか“わかり合いたい”ということを諦めきれない気持ちが強くあるのかもしれないです。

ーーああ、なるほど。

にしな:例えば「夜になって」であれば、相手に対して本当はわかり合いたかったから怒りが湧いてしまった。だけど、冷静になった時に何か言葉にすれば伝わるかもしれない。そういう風に、“わかってほしい”とか“わかり合いたい”ということを諦めきれないことが曲にもつながっているのかなと。

ーーそういう気持ちや感情を、ちゃんと伝わるように意識しているからなんでしょうか?

にしな:やっぱり、諦めきれないんでしょうね。

ーーとはいえ、すべてを曝け出しているわけではないんですよね。

にしな:曲によって違いますが、本当に心の奥底で思っていることはあまり言うタイプではなくて。ただ単に表に出して、自己完結している時もあります。

振り返った時に、あの時だからこそ書けたという曲もあってもいいし、自分の暗い部分も表現してもいい

ーー11月にリリースした「debbie」は、どちらのタイプですか?

にしな:まさにこの曲は、わかってほしいということよりも、まず表に出すことが大切だったというか。この曲のように、人との関係性を題材にした曲は、みんなに向けてというよりも、その人だけにでもいいから表現したい気持ちがあるかもしれません。その結果、リスナーの誰かが同じ気持ちの時に聴いてもらえていたら、自分にとっては嬉しいしありがたいことなんですが。

ーーリスナー側の立場を考えて、楽曲制作をすることもありますか?

にしな:考えているとは思います。自分の感情のまま書き上げることもありますが、どちらかといえば一旦距離を置いて、客観的に聴いてどう感じてもらえるのだろう? と考えますね。

ーー歌詞を読む(視覚で見る)と内容や表現が難しいと感じる部分もあるのですが、でも実際に曲として聴くとその難しさを感じさせないですよね。

にしな:そう思ってもらえるのは嬉しいですね。

ーーそうさせているのは、ちゃんと伝えることも考えているからなのかなと。

にしな:もしかしたら、アレンジも影響しているのかもしれないですね。

ーーそういえば、にしなさんのイメージをアレンジャーさんに伝える時は、色彩で表現するなど少し独特なんですよね?

にしな:そうですね。扱っているのは音楽ですが、私自身はその中で奥行きをイメージしてたり、どこか映画みたいな感覚もあって。アレンジャーさんには事前に世界観を伝えますが、それ以外にもいろいろと汲み取っていただいているので、歌詞の字面だけでは表現しきれなかったものも形になっていると思います。

ーー「debbie」は、映画『ずっと独身でいるつもり?』の主題歌にもなっていますが、コロナ禍に書いた曲だそうですね。コロナ禍は、どのように過ごしていたのですか?

にしな:コロナが騒がれるようになった頃はまだ学生だったので、卒論を作ったりもしていました。あまり人に会わないほうがいいと思って、1人でこもったりもしていましたね。

ーー学生でありアーティストである。その立場から、コロナ禍はでどんなことを考えたり感じたりしていましたか?

にしな:自分の人生だけのことを考えた時には、発表するはずの作品が出せなかったり、先のことに対する不安もあったりしました。でも、今得た時間をどれだけ前向きに捉えて、準備を深くできるかと考えて一生懸命やっていました。とはいえ、いつまでも状況が変わらないので、どんどん暗くなって苦しいなって思っていたのも事実ですね。

ーーその気持ちは、制作した楽曲にも反映されていますか?

にしな:そうですね。本当は暗くなりすぎる曲はあまり良くないとも思っていましたが、振り返った時に、あの時だからこそ書けたという曲もあってもいいし、自分の暗い部分も表現してもいいのかなと。曲を出すことができれば、1人1人がどこかで聴いてくれるはずだと。

ーーそういった心情を絶妙なアプローチで楽曲に落とし込んでいることが、リスナーからの共感を得ている理由の1つかもしれないです。改めて、自分の表現方法はやっぱり音楽になりますか?

にしな:そうですね。今一番、表現しやすいのは音楽だと思っています。それはやっぱり、歌うことが好きだから。そこに楽しさを感じています。小さい頃から映画をたくさん観てきたかといえばそうじゃなくて、やっぱり音楽をたくさん聴いてきたので自分の中に染みついちゃっているんでしょうね。でも、いろいろなことをやってみたいという気持ちはあって、例えば映像も自分で作りたいとは思っているんです。

MVは、企画から細部まで可能な限り、自分の意思だったり色味や質感だったりを伝えてディスカッションしながら進めている

ーーこれまでのMVでも、増田彩来間宮光駿スパイキー・ジョンマザーファっ子内山拓也小林光大など、さまざまなディレクターと一緒に仕事してきています。「夜になって」 では、香港で活躍するミス・ビーンが監督しています。にしなさんと各クリエイターとで、どのような役割分担をしているのですか?

にしな:曲にもよりますが、特に「夜になって」は私が深めに関わっています。監督には「楽曲の中では女性同士を描いているけど、根本はそこじゃなくもっと大きく愛を捉えて自分を表現してほしいです」と。そういうことを伝えた上で、赤と青が混じってその果てに濁る感じ、といったような世界観も伝えましたね。基本的にどのMVも、企画から細部まで可能な限り、自分の意思だったり色味や質感だったりを伝えてディスカッションしながら進めています。

ーーさらに「debbie」のMVでは、もっと深い関わり方をされたそうですね。増田彩来さんと一緒に作られたということですが。

にしな:最初はMVを作る予定はなかったのですが、どうしても自分で作ってみたいという気持ちがあって。自分1人でやるのか、誰かに相談しながらやるのかも悩みましたが、彩来ちゃんに声を掛けて一緒に作ることになりました。

にしな 「debbie」

ーこのMVでの狙いやコンセプトは?

にしな:悲しい内容の曲ですが、映像ではすごく無邪気に笑っている、自分にとって大切な誰かが映っていたり、誰かの記憶を見たりしているような感じになったらいいなとは思っていました。ストーリーがあるわけでもないので、漠然と自然に沈んでいく感覚になれたらいいなと。そのことを効果的に表現するため、群馬と北海道で撮影しました。

ー実際に映像作品を作ってみた感想は?

にしな:すごくおもしろいと思いました。と同時に、今まで一緒に関わってくださった監督の方々にはより一層感謝しました。やっぱり大変だなって(笑)。でも、今後もタイミングが合えば作ってみたいですね。

ーアーティストとして活動の幅も広がっていますが、現段階でイメージしている今後のビジョンがあれば教えてください。

にしな:すごく先のことは考えられないのですが、近い未来のことで言えば、やっぱりいろいろな場所へ歌いに行きたいですね。定期的に楽曲をリリースできているのですが、まだツアーなどで各地を回ったことがないので。素直に、自分の音楽を聴いてくれている人達に会ってみたいです。

あとは……そう言われるとビジョンって難しいですね。私って飽き性で嘘つきなんですが、嘘をつけないというか(笑)。なんだろう、とにかくそのときどきで作りたいものを作っていくことでしょうか。

にしな
新時代に天性の歌声とともに現れたアーティスト。優しくもはかなく、中毒性のある声に、どこか懐かしく、まどろむように心地よいメロディライン。そして、無邪気にはしゃぎながら、繊細に紡がれる言葉のセンス。穏やかでありながら、内に潜んだ狂気を感じさせる彼女の音楽は、聴くひとびとを魅了している。ゆっくりとマイペースにリスナーを虜にしてきた彼女の声と音楽が、静かに、そして、より積極的に世の中へと出会いを求めに動き出す。
https://nishina247.jp
Instagram:@247nishina247
Twitter:@nishina1998
YouTube:nishina_official

にしな ワンマンライヴ「虎虎」
出演者:にしな
日程
2022年4⽉ 2⽇ 大阪・NHK大阪ホール
2022年4⽉17⽇ 東京・中野サンプラザホール
時間:OPEN 17:00 / START 18:00
料金:¥5,950
https://nishina247.jp

Photography Kuuga
Styling Koromo Ishigaya
Hair & Make-Up Eriko Yamaguchi
Text Analog Assasin

author:

相沢修一

宮城県生まれ。ストリートカルチャー誌をメインに書籍やカタログなどの編集を経て、2018年にINFAS パブリケーションズに入社。入社後は『STUDIO VOICE』編集部を経て『TOKION』編集部に所属。

この記事を共有