#映画連載 萩原みのり 泣き顔もかっこ悪さも。人間らしさをさらけ出して「戦う」役者を映した2本

映画鑑賞は動画配信サービスの普及によって、もはや特別な行為ではなくなり、感想の共有やレコメンド検索も簡単になった。しかし、それによって映画を“消費”しているようにも感じる。同連載では、映画を愛する著名人がパーソナルなテーマに沿ったオススメ作品を紹介する。

俳優・萩原みのりは2013年のデビュー以降、着実にキャリアを重ねてきたが、今年は『佐々木、イン、マイマイン』『アンダードッグ(前後編)』(ともに11月27日公開)など7本の映画に出演、さらには銀杏BOYZによる「DO YOU LIKE ME」のMVに起用されるなど、その名を目にすることが一気に多くなった。そんな萩原に「映画館で観て衝撃を受けた作品」「新しい作品の撮影前に観る作品」の2本を語ってもらった。両作品からは、出演者の無様な姿もさらけ出す覚悟が共通してにじみ出ている。

今まで観た映画の中で、一番衝撃を受けた作品は『宮本から君へ』です。映画館で観たのですが、観終わった後自分の中で受け止めきれないほどの衝撃がありました。勝手に涙があふれて止まらなくなって、しばらく天井を眺めていた記憶があります。もう映画を観ていることを忘れてしまうほど、役者が役者に見えない作品で。映画に喰われるというか、のみ込まれる感覚になって、その経験が忘れられないんです。

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(c) 2019『宮本から君へ』製作委員会

役者全員が身体全体、髪の毛の先までその役になっている。役者って、本来そうでなくちゃいけないってことはわかるんですけれど、この作品はその究極。泣いている姿が、もはや芝居ではないというか。蒼井優さん演じる中野靖子が井浦新さん演じる風間裕二と部屋で揉み合いになった後に、靖子が泣くシーンは特に心に残っていて。「よーいスタート!」で始まる世界だとは到底信じられないんですよね。そのシーン以外でも靖子の表情はすべて心に焼き付いているんですが、もうすごいだとかそういう言葉では表現しきれない。ただただ圧倒。一生忘れないし、一生あの演技を目指してしまうし、意識してしまう。そんなことを言っている時点で役者として全然良くないんですけれど、現場に立つと、毎回あの靖子の顔が頭をよぎってしまうんです。

ただ実際、ここまでの感情になる役とはなかなか出会えないのも事実で。それでも、あそこまでの思い入れを持って作品に挑むことが理想です。映像作品では同じシーンを何回も違う画角から撮影することがあるのですが、私は一から芝居を繰り返すうちに感情に慣れてしまうことがあります。本番の時間に感情を出し切ることが私のお仕事なのに、それができないってめちゃくちゃ悔しくて、現場でどんよりしちゃったりすることも。家に帰ってからもそのシーンの失敗が忘れられなくて、なんならその時だけではなく、一生後悔することになるんです。そういうことがなくなるように、『宮本から君へ』の役者達のような芝居を毎回できたら良いなって心から思っています。

新しい作品の撮影が始まる際によく観るのが『百円の恋』です。この作品は自分を強くしてくれる作品で、役に入る前とか、不安になった時に繰り返し観ています。私、弱い人間であることが長年のコンプレックスで。“萩原みのり”という名前で役者を始めてからなぜか強いイメージを人に持たれるのですが、全然そうじゃなくて。人見知りもひどいし、皆が自分を悪く思っているのではないかと思いつめてしまうほどのシャボン玉より弱いメンタルだって自負があるぐらいで(笑)。だからこそずっと強い女性に憧れていて、自分も強くなりたい、強くありたい、という気持ちがすごくあるんです。だから、主人公の一子がどんどん強くなっていく姿を観ていると自分も強くなれたような気になれる。すごくかっこ悪いセリフを叫び散らしているシーンもすごく良くって。多分、どこかで自分と一子とを重ねて観ているんだと思います。かっこいい女性を描いているわけでは決してなくて、一子は日常の中でボクシングと出会って、そこから生まれる決意とか行動が一瞬カッコよく見えるだけで。エンディングは、さっきまで試合して死ぬほどかっこよかった一子と同じ女性とは思えない。一回逃げられた男に飯でも行くかと誘われて、一度ちゅうちょするけど結局ついていってしまう。最高にダサいんですよね。

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でもその後ろで流れる歌(クリープハイプ/『百八円の恋』)の「こんなあたしのことは忘れてね/これから始まる毎日は/映画になんかならなくても/普通の毎日で良いから」という歌詞が聞こえた瞬間、ああ、一子もまた普通の日常に戻っていくんだなってぐっときてしまう。普通の人生に戻っていく後ろ姿に救われるんです。「ああ、これで良いんだ」って思える。常に輝く人にはなれないけど、一瞬だけでも、輝ける瞬間を残せたら。この映画を見るとしばらくこの曲しか聴けないし、仕事に行く前にふとこの曲を聴くと、あの映画の世界に浸れるし、本当に何度も救われています。

私自身、役者という仕事がすごく好きです。自分から「これをしたい!」と思えるものに出会えたのは初めて。すごくコンプレックスにまみれた自分が、役をもらって現場に立つと少し自信が持てる気がして。演じる際には、カメラの前でどれだけかっこつけずにいられるかが大切だと思っています。もちろん、きれいに映してもらったカットを見るとめちゃくちゃ嬉しい気持ちになります。でも、かっこ悪くて泥臭い姿を切り取ってもらえた時のほうが喜びが大きいんです。一度、出演したドラマを観た母親に「あんたの泣き顔、ブスでおもしろい」って言われたことがあって、自分で見返したら「こんな顔が世に出たの!?」って思うほどブスだったんです(笑)。でも、実際そのドラマでは、その芝居が一番褒められたんです。その経験があって、人の心がざわつく瞬間だったり、すべての表情や感情が崩れてしまって、かっこよくいられなくなる瞬間だったりが切り取られているほうが、観ている方の心に届くのかもしれないなと思うようになりました。

今までは、芝居が好きだけれど自分の思うような演技ができなくて、緊張や苦しさ、悔しさが伴うことのほうが多かったのですが、今年はすごく楽しくやれている気がします。監督やスタッフとたくさん話すことができるようになって、作品に“参加”しているのではなく、“一緒に作っている”感覚になれたことが大きいと思います。『佐々木、イン、マイマイン』の現場もそうでしたが、組の一員にきちんとなれている感じがすると、とても嬉しいです。

今年の夏に撮影していたドラマの現場では芝居中にセリフということを意識せず、勝手に自分の言葉のように口からあふれてくる、スポーツ選手でいうところの“ゾーン”に入ったような感覚を体験できました。この感覚って時々あるんですけど、どれだけ思い入れを持ってその役を演じていてもなかなか経験できない感覚で。完全に身体に役も感情も溶け込んで、目の前にいる役者と空気感、呼吸すらキャッチボールし合えて、しかもお互いに「今やばくなかった!?」とその思いを共有できてて、大興奮で。こういうことがずっとできるようになれたら本当に理想だなと思うし、そのためにもっと頑張らなきゃなと思います。

そういったことが全編にわたって起きているんじゃないかと、観ていて思ったのが『宮本から君へ』と『百円の恋』の共通点。この両作品は、人間らしさが鮮度の高すぎる芝居で観ることができるし、泣いてるのか笑ってるのかわからない、観る日の観客側の感情によって、全く別の感情に見えてしまうような生々しさが感じられる。人間って本当はそうだと思うんです。記号のように、その時の感情が相手に伝わることなんてない。それがカメラやスクリーンを超えて、心にグサグサと突き刺って焼きつく。映像作品は言語化できなくていいと思うし、だから映像にしてるんだと思うし、枠にはまらない、そんな素敵な役者に私もいつかなりたいと、思わせてくれる大切な作品です。

Photography Ryu Maeda
Edit Kei Watabe

author:

萩原みのり

1997年愛知県生まれ。2013年に『放課後グルーヴ』(TBS)で女優デビュー。2020年は『転がるビー玉』『37セカンズ』『ステップ』『僕の好きな女の子』『13月の女の子』『佐々木、イン、マイマイン』『アンダードッグ(前後編)』と7本の映画に出演、また『Memories~看護師たちの物語~』(BS日テレ)の主役を演じた。2021年公開予定の出演作として『街の上で』『花束みたいな恋をした』が決定している。その他、ASIAN KUNG-FU GENERATION「ボーイズ&ガールズ」(2018年)や、銀杏BOYZ「DO YOU LIKE ME」(2020年)などのMVにも出演している。Instagram:@hagi_mino https://www.stardust.co.jp/section1/profile/hagiwaraminori.html

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