フォークをベースにしながら、エレクトロニクス、ホーン、ストリングスなど多彩な要素を加えた独自のサウンドで注目を集めるバンド、ROTH BART BARON(ロットバルトバロン)。リリースされたばかりの新作『無限のHAKU』では、これまで以上に緻密に作り込まれた音作りで新境地を切り開いた。そんな彼らの音楽は国内外のアーティストに刺激を与えているが、その1人がダンサーの辻本知彦だ。シルク・ドゥ・ソレイユに日本人として初めて起用された辻本は、東京2020オリンピック開会式出演。米津玄師、RADWIMPS、Siaなど、さまざまなアーティストのミュージックビデオで振り付けを担当してきた。そんな辻本にとって、ROTH BART BARONの音楽は自分の体に一番フィットするという。
そこで今回、ROTH BART BARONの中心人物、三船雅也と辻本知彦が初顔合わせ。音楽、言葉、身体など、さまざまな話題を行き交うトーク・セッションを前編と後編の2回に分けてお届けする。辻本がROTH BART BARONと出会った経緯から、お互いの創作に対する向き合い方、言葉とダンスの違いなど、興味の赴くままに2人が語り合う。
——辻本さんはどのようにしてROTH BART BARON(以下、ロット)のことを知ったのですか?
辻本知彦(以下、辻本):僕のアシスタントがストレッチや練習をする時にかけていたんです。『けものたちの名前』とか『極彩色の祝祭』なんかを。それを聴いて、めちゃめちゃ良いなあ、と思って。それで、いろんなところでかけるようになったんです。さも、自分が見つけたように(笑)。
——そのアシスタントがロットのファンだった?
辻本:どこで見つけたんだ? って聞いたら、ダンスのクラスで使っている先生がいて、それで知ったみたいです。
三船雅也(以下、三船):マジですか。自分では踊れない曲を作っていたつもりだったのに(笑)。
——辻本さんはロットを聴いて、どんなところに惹かれました?
辻本:一番は体に合うところですね。踊っていて気持ちがいい。三船さんの声の響かせ方とか歌い方が自分のダンス感にフィットするんです。三船さんの歌声って楽器に近い気がする。僕は楽器ではストリングスとハンドパンが大好きなんですけど、三船さんの声はストリングスの伸ばし方やハンドパンの心地よい音色に近い。
三船:そうなのかな。倍音の持続感みたいなところは近いかも。
——他に好きな声ってありますか?
辻本:最近、日本の曲をよく聴くようになったんですけど、声が好きだと思えるのは。アイナ・ジ・エンドとかmilet、yamaとかですね。
——インストはあまり聞かない?
辻本:昔はインストをよく聴いてました。やっぱり、ダンサーとして自分が主になりたいので、歌詞がある曲では踊ってなかったです。でも、MVの振り付けをするようになってから、「歌詞が入っているのに踊れるか?」っていう挑戦をするようになりました。
——歌声が曲のメインだとしたら、ダンサーはそこでどんな風に存在すべきなのか。立ち位置が難しいですね。
辻本:そう。だから今は自分が主役というより、一緒に闘うって感じです。時には譲り合うこともある。例えば曲のサビ。普通、ダンサーならガッと前に行きたくなるけど、逆にそんなに踊らないようにするとか。
——ロットの曲で踊っている時はどんな感じですか?
辻本:ロットの曲は僕がどれだけ失敗しても拾ってくれるというか。表現が行き過ぎたりしても、曲全体の中では失敗にならない。普通の曲だと「外れた」って感じてしまうことがあるんですけど、(ロットの曲は)「これもありなんじゃないの?」って思わせてくれる。音楽が直線的じゃなく、どんどん広がっていくような感じ。僕の印象ではアートに近い。
——ーーアートに? 興味深い話ですが、辻本さんにとってアートとはどういうものなのでしょうか。
辻本:価値観が変わるものかな。アートは新しい価値観を示してくれる。
三船:確かに優れたアートは世界を変えてくれますね。美術館を訪れてインスタレーションを観たりするんですけど、そこで価値観が変わる瞬間がすごい好きだし、そういうものに影響を受けてきた。音楽も聴く前と聴いた後で自分が全然違う感覚になってるものが好きだし。そういうものを作りたいと思ってきたので、辻本さんに〈アート〉って言ってもらえたのはすごく嬉しいですね、そんな風に言ってくれたのは辻本さんが初めてかもしれない。僕は辻本さんのダンスを生で見たことがないし、ダンスに詳しいわけでもないから偉そうなことは言えないけど、映像で見る限り辻本さんのダンスもアートだと思います。
辻本:よかったら、すぐここで踊りますよ!(笑)。
「ダンスは言葉にはならないことを表現できるけど、一方で言葉のわかりやすさにも惹かれる」
——三船さんは辻本さんがリハーサルでロットの曲で踊る映像を見られたそうですが、どうでした?
三船:「あ、俺の曲で踊ってる!」みたいな、ちょっと恥ずかしい気持ちもありつつ(笑)、辻本さんの体を通して自分の曲を伝えられるみたいな気がしました。辻本さんのダンスを通じて、自分が意図していなかった、全然違った角度から曲を受け取ることができる。「俺が作っていたのはこういうものだったのか」って、辻本フィルターを通してフィードバックが返って来るっていうか。
辻本:どんな映像を見られたのかわからないんですけど、今日、初めてロットの曲で踊った時の映像を持ってきたんです。ここで見てもらってもいいですか? (PCをとり出して映像を流しながら)この取材のための自分なりのストーリーがあって、今日は踊った時に着ていた服できたんです。ほら、同じでしょ?(笑)。
三船:そうなんだ! 嬉しいな(笑)。
辻本:(映像を一緒に見ながら)今、こうして自分のダンスを見てて思うのは、いつもだったらもっと攻めるんですよ。でも、ここでは引いている。曲が“行ってくれる”から自分は落ち着こうと。
三船:このダンスを見たら毛穴が開きますね。この動き!
辻本:(ロットの曲は)歌詞からもすごく刺激されるんです。好みの言葉が耳に入ってくる。例えば「永遠」とか言われると、それだけでグッときちゃうんです。人が生きて死ぬまでに問わなくちゃいけないようなサゼスチョンや「?(はてな)」もくれる。「アイスクリーム」って何だろう? とか.
——ダンスをする時には歌詞も重要なんですね。三船さんは歌詞を書く時に意識していることはありますか?
三船:毎回、言葉が出てくるまで、広い海に釣り糸を垂らしている感じですね。6時間、ずっとテーブルやコンピューター、ノートの前に座って、「1行出た」とか「1個も出なかった」とか。道を歩いてて思い浮かぶこともあるし、誰かの表現を見てすごく泣きたくなった時に、ダムが決壊したように出る時もある。そうやって、言葉を1つ1つ紡いでいくしかない。
人が言葉を紡ぐっていうのは、自分の領域から外に出たい、という気持ちの表れでもあると思うんですよ。マサイ族が重力から逃れようとして、ぴょんぴょんジャンプするみたいに。だから自分が歌詞を書く時は、「自分の殻を破って出られるのか?」ということを言葉に入れたいというか、勝手に出てきてしまう。そういうものに辻本さんが反応してくれているような気もします。自分がいる世界から飛び出したい、という気持ちはロックもダンスも同じだと思うし。
辻本:ほんとに不思議だな、と思うのは、「あ」と「い」がつながって「愛」になるんですよね。そのシンプルなメカニズムが素晴らし過ぎて。前に舞台で(ダンスで)五十音を作ったことがあるんです。でも、それで「あ」と「い」をつないでも「愛」にはならないんですよ。素直に「愛」って言えるダンスが欲しい。ダンスって抽象的だから、そのなかで具体的なものを見つけたいと思っていて。だから言葉には嫉妬するんですよ。ここは言葉で簡単に言えたらなって思うこともあるし。
三船:なるほど。面白いですね。
辻本:僕らは言葉にならないことをダンスでやってるんだっていう自覚はすごくあります。言葉を使わないからこそ、言葉にはならないことを表現できる。その一方で、言葉のわかりやすさにも惹かれる。だから最近では、ピクトグラム的なものも入れるようにしているんです。こんな風に(指でハートの形を作る)わかりやすいものを。そうすると見ている人にすぐ伝わるので。以前はわかりやす過ぎて嫌だったんですけど、最近は(見る人の気持ちを)誘えるように入れるようにしています。
三船:音楽では、言葉だけじゃなく、メロディーや楽器の音色がそういうピクトグラム的な役割を果たすことがあって。曲のピークのところにそういうものを持って来て、そこに隠し味のように自分の言いたいことや、やりたいことを潜ませる。そのピークのところをどういう風に見せるかはすごく吟味しますね。
辻本:普通の楽曲だとAメロ、Bメロ、サビっていうシステムがあるじゃないですか。ダンスもそんな風に作るべきなのか、以前は悩んで歯向かったりしてたんですよ。歌詞が違うんだからダンスも全部変えてやれ、と思って。でも、そうすると覚えないといけない振り付けの量が半端ない。それに振りが一緒で歌詞が違うほうが、歌詞が入ってくるんですよね。昔は決まりごとに反発して自分のアインデンティティを出すタイプだったんですけど、今は先人の恩恵を受けてやるべき、と思うようになってきました(笑)。
既存のものを再定義して中指を立てる
三船:既存のものを再定義して中指を立てるっていう姿勢は僕も同じです。辻本さんがやった「ポカリスエット」のCMのダンスも中指立ててましたよね。それまでのポカリのCMって、みんながハッピーに踊ってる感じで、見てて「ここに俺はいない」って思ってた。でも、辻本さんのダンスはクラスの隅っこにいるような奴の逆襲感があって楽しかったし、見てて励まされたんですよ。
辻本:あれは好きなようにやってよかったんですよ。それで曲を聴いてそのイメージでやったんですけど、おちょくっているのに攻めた感じで振り付けをしました。
三船:あれはおちょくりだったんだ。
——三船さんは「ポカリスエット」のCMにA_oというユニットで「BLUE SOULS」という曲を提供していましたね。辻本さんのヴァージョンは生徒たちの爆発、といった感じでしたが、三船さんが曲を書いたヴァージョンは一人の少女に焦点を当てた映像になっていました。
三船:そう。1人の人間の葛藤ですね。監督が「極彩|IGL(S)」を聴きながら絵コンテを書いていたそうで、アコギをかき鳴らして歌ってほしいって言われたんですよ。監督も俺もレオス・カラックスが好きだから、カラックスみたいな感じで行こう! っていうことになって、1人の少女が荒波に向かっていく疾走感を意識して曲を書きました。
辻本:あのCMもいいですよね。CMでは1分しか曲が聴けなかったけど、新作(『無限のHAKU』)には全部入っててよかった。あ、そういえば、あの曲はアイナと一緒に歌ってたじゃないですか! そんなつもりでさっき名前を出したわけじゃなかったけど。
三船:そうなんですか? そんなつもりで言ったんだと思ってた(笑)。
辻本:新作ずっと流しっぱなしで聴いてますよ。びっくりするくらい連続で、4回も5回も続けて聴いてます。あえて深く聴きこまないようにして、そこで何が自分の中に残るんだろうって思っていたら、それがさっき言った「アイスクリーム」だったんです(笑)。
後編に続く