書道家 万美のインディペンデント。自分らしい文字をつづるために―前編―

国内外からのオファーが絶えない書道家 万美。グローバルブランドからヒップホップアーティストのCDジャケット、さらには個人経営の飲食店といったものまで、作品の提供先は多岐にわたるが、そこには共通する信念があると話す。

現在、自主企画の個展「MAMIMOZI」が代官山「STUDIO 4N」で開催されている。展示されている作品の数々は、書道を身近なアートに昇華し、その表現を通じて心を揺さぶってくれるが、彼女本人にとっての書道と作品とは。クライアントワークをこなしつつ、好きなことを追求し続けるからこそ見出した、インディペンデントな活動に迫る。

自ら切り開いた書道家の道

――万美さんが書道家を志したのはいつですか?

万美:幼い頃から書道を習っていましたが、書道家を目指したのは高校生の頃で、書道を学べる大学に進学するために上京しました。学費や下宿代をアルバイトだけで補うのではなく、少しでも書道でまかなおうと考えていて、その時にいただいた仕事が初めてのクライアントワークになりました。

――いただいた依頼はどんな内容でしたか?

万美:最初の仕事は、ヒップホップアーティストのCDジャケットです。ピンゾロ(ラッパー・鬼が率いる3ピースバンド)のアルバム『P.P.P.』に、“ピンゾロ”とカタカナで書かせていただきました。

――依頼はどういった経緯できたのですか? 鬼さんと知り合いだったんですか?

万美:いえ。鬼さんとのつながりは一切ありませんでした。私は日本のヒップホップが大好きで、CDをたくさん持っていたんです。その多くに「ULTRA-VYBE(ウルトラ・ヴァイヴ)」というロゴが入っていることに気付いて、調べてみたらそれはレコード会社でした。これだけ音源をリリースしているなら、なにかしらのジャケットで私の作品を使ってもらえるのではと考えて、直接ウルトラ・ヴァイヴにメールを出したんですよね。すると、3ヵ月くらいたってから返信があって、仕事の依頼をいただきました。

――依頼があって、率直な感想はいかがでしたか?

万美:驚きましたよ! 「鬼って、あの鬼さん!? 本当に!?」って(笑)。

――それが2009年のことですが、その後はどんな活動をしてきましたか?

万美:依頼されたジャケットを書いて以来、他のラッパーさんにも私のことを知っていただけるようになり、狐火さんのジャケットやイベントのフライヤーを書かせてもらい、憧れていたシーンの中にどんどんとつながっていきました。

――書道家として駆け出しの頃は、『P.P.P.』の時のように、自分からアプローチすることが多かったですか?

万美:当時は、私から声がけさせていただくことが多かったですね。書道1本で生計を立てたいと思うようになってからは、なんでも書こうと思って作品の提供先を選ばなくなりました。でも、厳選したほうが私の意思が通るんですよね。「なんでもいいから使ってください」のスタンスだと、メールの返信率が悪かったです。

――今ではDJ MUROAwichなどのアーティストから、「シュウ ウエムラ」や富士通といったグローバルカンパニーまで作品を提供していますが、クライアントによって書き方や表現に違いはありますか?

万美:取り組む際の意気込みは何も変わりません。CDジャケットなら音源のラフを先に聴かせてもらって世界観に浸って書いています。そして企業案件なら、まずはその企業精神について調べて、それを理解した上で書くので、書き方としては一緒。相手の気持ちになることが大事です。最近だと、漫画『刃牙』の連載30周年プロジェクト「異種創作技戦ッッ!」でコラボレーションした際、花山薫の気持ちになって書きました(笑)。

――印象に残っているのは、2020年に開催された「ミッキーマウス展 THE TRUE ORIGINAL & BEYOND」です。3つの円相に、ミッキーマウスを世界共通の文字ととらえて表現した作品「ZEN Micky」が展示されていました。そして、その飾られた1枚の掛け軸の下には、何百枚もの同じ作品が積み重ねてありましたね。展示や提供する作品は1枚ですが、完成に至るまでたくさん書いているのが作品を通して伝わりました。

万美:基本的に、展示する作品は1つなんですが、本当にたくさんの枚数を書いて厳選しています。「ZEN Micky」で展示していた枚数は、比較的少ないほうで、220枚書きました。観てくださる方は、1つの作品を数百枚書いていることまで気付きませんよね。普段は厳選した作品だけを展示して鑑賞していただきますが、もちろんそこに至るまでの過程もあるので、その時間を表現するためにあの時はすべてを展示しました。制作期間は、筆が進む日があれば、まったく進まない日もあります。気持ち次第で1日に何十枚も書く日があれば、1枚しか書かない日もあるんですよね。

――気分が乗っている日は、どんなところでわかりますか? スイッチの入れ方があったりしますか?

万美:気分が乗っていると思っても、実は乗っていなかったりもします。体調が優れないけどとりあえず手を動かさなきゃと思って書き始めてみたら、とてもいい感じだったりも。筆の調子をコントロールできるようになればいいんですけどね。

畑違いの依頼も自分のこやしに

――基本的な質問になりますけど、書道の良しあしはどこで判断されるものなのですか?

万美:書道をやっている人とやっていない人で、判断基準は違うと思います。書道経験者による良しあしの判断は、専門的すぎて未経験者にはわからない部分が大半です。例えば、余白の使い方や墨と紙の相性だったりと。書道になじみがない人なら、難しい言葉よりわかりやすい言葉のほうが響きますよね。だから、書道の業界から離れたところで活動してみたら、その判断されるギャップを感じて、今もそのギャップと戦っています。

――書く文字の個性をどのようにして表現されていますか?

万美:私自身もまだわからないけれど、私らしい文字というのがあって。その個性を個人的に“匂い”と呼んでいるんですけど、自分にしかない匂いは、消したくても消せないものです。消せないからこそ、私が書いたと気付いてもらえます。でもその匂いがコンプレックスだったこともありましたけど、今は匂いがあって良かったと思っています。

――匂いをもっと強めたいと思いますか?

万美:そうですね。でも、ただ単純に匂いを強めるのも違うと思っていて。私らしい匂いを前面に押し出す作品もありますが、やりすぎるとエゴでしかありません。匂うくらいだからいいのであって、臭くなるまで強めたくはありませんね。

――ちなみにその匂いは、クライアントワークと個人の作品によって使い分けていますか?

万美:意識していませんでしたが、今考えてみるとクライアントワークで個性を出した作品が続いたら、個人の作品は堅実な作風になっているかもしれません。その逆もあって、クライアントワークで堅実な作品を書いたら、作品で個性を全開にしてバランスを取っていて。今となっては、私らしさを出してほしいという要望をクライアントワークではたくさんいただけているので、とても楽しめています。葛藤もありますが、ストレスはありません。

――大手企業からのクライアントワークの他に、個人経営の飲食店の看板も書かれていますよね。

万美:シンプルに、食べることが好きなんです(笑)。外食する際は、自分が看板を書いた店ばかり行っています。なので自分がおいしいと思える店でしか書いていません。

――好きなアーティストのCDジャケットを書くように、好きな店でしか書かないと。

万美:好きなアーティスト、好きな飲食店、好きなショップ、好きなブランドというように、私が自信を持っておすすめできるところに対しては、積極的に書いていきたいですね。

――クライアントワークは自身にどんな影響をおよぼしますか?

万美:予想だにしない要望があると、それに応えるために試行錯誤するので、私自身の可能性が広がります。ですので、クライアントワークは好きですし、私の活動において欠かせないものだと感じています。

――理想とする活動はありますか?

万美:今の活動の軸となっているクライアントワークは楽しいですし、勉強にもなっているので、それを続けながらも自分の書きたい作品を中心に制作していきたいです。それこそ、自分の生き様を曲にしているラッパーのように。クライアントワークで知識や表現を深めつつ、作品の質をより高めていきたいです。

万美
書道家。山口県出身。9歳から書道を始める。日本のヒップホップカルチャーから影響を受け、DJ やラッパーのCD ジャケットや出演イベントで協業する。現在はジャンルを問わず、世界的に展開する企業にも作品を提供している。アジアを中心に展覧会を開催し、世界中から注目を集めている。
Instagram:@mamimozi

■MAMIMOZI
会期:〜2022年1月17日
会場:代官山 STUDIO 4N
住所:東京都渋谷区猿楽町2-1 アベニューサイド代官山Ⅲ 3階
時間:12:00〜19:00
作家在廊:毎日16:00〜18:00、18:30〜19:00
毎日18:30から作家によるライヴパフォーマンスを予定。

Photography Cho Ongo

author:

コマツショウゴ

雑誌やウェブメディアで、ファッションを中心としたカルチャー、音楽などの記事を手掛けているフリーランスのライター/エディター。カルチャーから派生した動画コンテンツのディレクションにも携わる。海・山・川の大自然に溶け込む休日を送るが、根本的に出不精で腰が重いのが悩み。 Instagram:@showgo_komatsu

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