イラストもファッションも アーティスト・雪下まゆが表現する“少しダークな世界観”

雪下まゆ

イラストレーターとして、東京モード学園2019年版CMイラストや川谷絵音ソロプロジェクト美的計画ジャケットイラスト、単行本『スター』(朝井リョウ著)の装画など、さまざまな分野で活躍する雪下まゆ。昨年6月に自身のファッションブランド「エスター」を立ち上げた。なぜ、イラストレーターの彼女がファッションブランドを立ち上げるに至ったのか。そしてそこにはどんなコンセプトが込められているのか。これまでのキャリアを振り返りつつ、その想いを探っていく。

イラストと写実の絶妙なバランス

——雪下さんのイラストは写真のようなリアルな感じが特徴ですが、もともとイラストを描き始めたのはいつ頃からですか?

雪下まゆ(以下、雪下):イラストや漫画は小さい頃から趣味で描いていたんですが、本格的にネットで発表し始めたのは大学生になってからです。当時はPixivで自分の作品を発表して有名になる人もいて、私も将来はイラストの仕事で食べていけたらと思って、ウェブにアップし始めました。

——その頃から今の作風だったんですか?

雪下:当時はパステル調で今よりも柔らかい作風でしたね。大学2年生の時に初めてアパレルブランドのショッパーのイラストを描くお仕事をいただき、そこから少しずつ仕事が増えていきました。そのあたりから、もともと写真が好きだったのもあって、今のリアルな作風になっていきました。

——仕事の場合、具体的にこういうイラストを描いてほしいと依頼があるんですか?

雪下:たまにそうした依頼もありますが、基本的には自分で本を読んで、こちらで具体的なイメージを考えて描くことの方が多いです。私の場合、写真を元にして描くので、実際にモデルや衣装、小物なども配置して、それを一度撮影するんです。そして、それをデジタルで描くので、アートディレクター的なトータルディレクションもします。

——あのリアルな感じは写真を元にしているのもあるんですね。イラストとリアルさの絶妙なバランスです。

雪下:もともと漫画を真似して描いていて、途中からデッサンや油絵を学び始めたので、漫画っぽい2次元的なイラストに、油絵の写実的な手法が反映されているのではないかと思います。具体的には、少し目を大きくしたりはしています。

——作品はすべてデジタルで描かれているんですか?

雪下:基本的にはデジタルですが、展示用の作品は油絵で描いています。最近は映画の告知用のイラストも頼まれるようになって、そういった時は全然違うモチーフが描けるので、楽しいです。昨年からもともとやりたいと思っていた本の装画の仕事も増えてきて、ある本屋では「雪下まゆコーナー」もできていて、それがすごく嬉しかったです。

凶暴性と上品なムードが共存する「エスター」

——イラストレーターとしての仕事が増える中、2020年6月から自身のブランド「エスター」をスタートしました。何かきっかけがあったんですか?

雪下:もともと大学の卒業制作で、油絵のイラストをプリントした洋服を制作したことがあって。その時に、いろいろなブランドの生産管理をしている人と知り合いになったんですけど、それをきっかけに「一緒にブランドをやらないか」と誘っていただいて。昔から洋服には興味はあったんですけど、それまではイラストしかやって来なかったので、自分がまさかファッションブランドをやるとは思ってもいなかったです。

——それで、その方と一緒にブランドを始めたんですね。

雪下:そうです。私がデザインを考えて、その人が実際の服に落とし込んでくれるんですが、0から服を作る難しさを実感しています。2020–21年秋冬と2021年春夏の2シーズンやってみて、ずっと作り続ける人のすごさがわかりました。ブランドを始めて、自分が服を着る時も、よりその服の作りを意識するようになりました。

——ブランド名の「エスター」の由来は?

雪下:ホラー映画の「エスター」からです。この映画では大きなコンプレックスを抱えている女の子が登場するんですが、人間は誰でもグラデーションがあるにしろ、コンプレックスを抱えているものだと思っていて。私はそんな「エスター」が大好きなんです。

主人公のエスターはコンプレックスや過去を隠すために、上品なリボンやクラシックなワンピースを身に着けていて、そこに共存する凶暴性と上品なムードみたいなものを表現したくて「エスター」というブランドにしました。

各シーズンでは、そうした「エスター」全体のコンセプトがありつつ、それぞれのテーマを決めて、それに沿った服を作っていきます。

——メンズ、レディースは特に分けずにやっているんですか?

雪下:そうですね。女性、男性のどちらかのためのブランドと定義したくなかったので、特に分けずユニセックスなブランドとしてやっています。2021年春夏の2人のモデルもそうしたイメージで選びました。

——シーズンのビジュアルは雪下さんが考えているんですか?

雪下:基本的にはフォトグラファーさんと相談して決めています。2020年秋冬の時はフォトグラファーが成田英敏さん、スタイリストは菅沼愛さん。2021年春夏はフォトグラファーはIDAN(BARAZANI)さん、スタイリストは島田辰哉さんでした。そのシーズンのやりたいことによってスタッフは考えるようにしています。

21年春夏は「レイン」というアニメをテーマにしたんですが、IDANさんがその雰囲気を上手に表現してくれて。電線がよく出てくるアニメだったんですが、洋服にもそれが反映されています。

——次に発表される2021年秋冬はどのようなテーマになりますか?

雪下:最近森に行った時に、暗闇の奥へと入って溶けてしまいたくなるような魅力と、目を凝らしても何も見えない畏怖に近い恐怖を覚えました。「静寂」とそこに存在する生命の「激しさ」、この2面性は「死」に似ていると感じて、それを表現しました。これまでの2シーズンは形にこだわって作っていたんですけど、次は自分のイラストなどグラフィックも使っていこうかなと考えています。

——「エスター」の服にもビジュアルにもアニメっぽい雰囲気を感じます。

雪下:洋服を専門的に学んでこなかった自分だからこそ、絵で学んできたことを洋服にも生かしていければと思っています。

服を作るようになって、絵を描く時にも衣装を意識するようになりましたし、自分の作品を作る際にも、モデルに「エスター」の服を着てもらうことも増えています。

今は「エスター」の公式サイトのみでの販売ですが、今後はセレクトショップへの卸しもやっていきたいです。アーティストさんの衣装としても使えるので、ぜひ使ってほしいですね。

デビッド・リンチや田島昭宇などから影響を受ける

雪下まゆ

——雪下さんは以前のインタビューで映画から影響を受けたと話されていますが。

雪下:映画は大好きで、洋画を中心にたくさん観てきたのですが、よく言っているのはデビッド・リンチ監督ですね。特に『ツイン・ピークス』のようなダークで謎めいた雰囲気に影響を受けました。他にもホラー系は好きです。

映画以外では、高校生くらいまでは漫画の影響が大きくて、特に田島昭宇さんの『多重人格探偵サイコ』はすごく好きで、洋服もおしゃれだったし、ずっと真似して描いていました。あとは、押見修造さんの『惡の華』や浅野いにおさんの『おやすみプンプン』なども好きですね。

——雪下さんと言えばラジオ好きでも知られていますが。

雪下:大学生の時に伊集院(光)さんの深夜ラジオ(『JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力』)を聴いて、こんなにおもしろいんだって知って、『爆笑問題カーボーイ』や他の曜日の『JUNK』をはじめ、いろいろと聞くようになりました。そこからインスピレーションを受けることはないですが(笑)、深夜に1人で作業している時に聞いていると安心して作業がはかどります。基本的には朝から深夜までずっとTBSラジオを聞いてますね。

先日行われた空気階段の単独ライブ「anna」では、ロンTのイラストも描かせていただいて、私自身も空気階段のラジオ(『空気階段の踊り場』)を聴いていたので、嬉しかったです。

——最近は仕事の幅も広がっていますが、自身の肩書きはどう考えていますか?

雪下:もともとイラストレーターと名乗っていたんですが、イラストの仕事だけではなく、作家活動やブランドのデザインなど、肩書きによってやりたいことを固定化したくなかったので、今年からはやはり「アーティスト」で良いかなと思っています。

——最後に、今後の展望を教えてください。

雪下:映画に携わる仕事は楽しくて、映画コラムの連載とかやっていきたいです。あと、せっかくイラストとファッションの仕事をやっているので、相互作用でどちらにも良い結果が出ればいいなと思っています。

雪下まゆ
アーティスト兼ファッションデザイナー。1995年12月6日生まれ、多摩美術大学デザイン学科卒業。写実的でありながら、イラストならではのデフォルメやラフなタッチを残した個性的な画風で人気を集める。装丁、音楽業界、ファッション業界などからの注目度も高く、タイアップ作品も多く手掛ける。2020年6月に自身のファッションブランド「エスター」を立ち上げた。
https://yukishitamayu.com
Twitter:@mognemu
Instagram:@mayuyukishita

Photography Takahiro Otsuji(go relax E more)

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author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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