グラビアモデルとして活動し、2019年には海外雑誌「PLAYBOY」の表紙を飾り話題を集めた渡辺万美。彼女が2019年に始動したジェンダーフリーアンダーウエアブランド「ブッシー・パーク(Bushy Park)」は、「性別によるカテゴライズをせず、誰が履いてもいい下着」を提案している。そのアイテムは、股間中央部分に “PLEASE ACTIVATE”や“Click here”などのメッセージが刺しゅうされた遊び心や、性差を感じさせないポップなカラーリングが特徴だ。
彼女が、難しく捉えられがちなLGBTQ+の問題へのアンチテーゼのようにも感じられるデザインの下着とともに目指しているのは、身体的な特徴を超えて着たいものを着られる、受け入れられる多様性だと話す。
好きな人にしか見せない下着、人間の内面に一番近い衣服であるアンダーウエアを性差なく展開する「ブッシー・パーク」を通して渡辺万美が伝えたいこととは。
性別によるカテゴライズをせず誰が履いてもいいジェンダーフリーな下着
――海外雑誌「PLAYBOY」では表紙を飾り、PLAYMATE(同誌のモデルのこと)に就任するなど、グラビアモデルとして活動されてきた渡辺万美さんですが、現在は“ジェンダーフリー”を掲げるアンダーウエアブランド「ブッシー・パーク」のディレクターとして精力的に活動されています。なぜまたブランドをスタートさせたのですか?
渡辺万美(以下、万美):高校生の頃から、グラビアモデルや下着モデルのような露出が多い仕事をしてきたのですが、それ以外にも自分で事業をやりたいなって考えるようになったことがあったんです。具体的に何をやるか悩んでいましたが、仕事で着てきた下着を使った事業だったらできるかなって思ったのが、最初のきっかけでした。
――高校生からグラビアモデルや下着モデルをされてきたんですね。
万美:はい。2008年に開催されたトリンプ・インターナショナル・ジャパン主催のヒップコンテストの日本大会で優勝したんです。それでグラビアアイドルが中心の芸能事務所にスカウトされて、高校生の時に芸能界デビューしたんです。
――「PLAYBOY」の表紙を飾ったのは日本人初と聞きました。出演までの経緯を教えてください。
万美:3年ぐらい前にオーディションを受けたんです。当時、日本でのグラビアモデル達がファンに媚びるような感じに悩んでいたんです。黒髪の妹キャラのほうがいいとか、髪の毛を染めてはいけない、メイクは薄くしないといけない、肌は焼いてはいけないって。それってすごく嘘の自分だなって思っていました。そのタイミングでニューヨークに行った時に「このまま日本のメディアにいたら、自分がダメになってしまう」と実感したんです。それでインターナショナル版の「PLAYBOY」のオーディションを受けることにしました。
――なぜ「PLAYBOY」を選んだのですか?
万美:高校生の頃から、女性の体ってすごく美しいなと思っていろんな雑誌を集めていたんですが、その中でも海外の成人向け娯楽雑誌が好きだったんですよね。特に「PLAYBOY」に出演しているモデルの方はきれいで尊敬していました。
――「ブッシー・パーク」では「PLAYBOY」とコラボレーションをしていますよね。これはPLAYMATEになったからこそ実現できたのですか?
万美:コラボレーションは、PLAYMATEとしてのコネクションがあったらからではないんですよ。ただ私がPLAYMATEになれたから、せっかくなら私のブランドでも、あの有名なウサギのロゴを使いたいなって思ってお願いしました。するとブランドのテーマやデザインに共感してもらえて、オフィシャルでのコラボが実現したんです。
――その「ブッシー・パーク」では、「性別によるカテゴライズをせず、誰が履いてもいい下着」をコンセプトに掲げています。ジェンダーフリーにはなぜ着目されたんですか?
万美:最初に下着を作ろうと思った時は、自然とレディース向けのブランドにしようと考えていたんです。でも理想の下着のデザインを考えたら、予算的に現実的ではなかったんですよね。そこで一旦白紙に戻すことにして、男性用の下着の型で試作品を作ってみたんです。すると作っていくうちに「これって女性が履いてもかわいいかも」「私も履きたい!」って思うようになりました。さらに偶然ですが、ブランドを始めるにあたりお願いしていた私の幼馴染のデザイナーが、LGBTQ+の当事者だったこともあって、ジェンダーフリーのブランドにすることにしたんです。
――そういえば、アメリカの映画やドラマでは、女性が男性用のブリーフを履いている姿を見かけることがあります。
万美:そうなんです。アメリカでは、女性がブリーフを履いているのは、珍しいことではないんですよ。そして、そもそもアメリカやヨーロッパでは、ジェンダーフリーの下着は結構あるんですけど、日本にはあまりないこともあり、日本では女性がブリーフを履くカルチャーは浸透していないんです。だから「ブッシー・パーク」をきっかけにして、もっと下着に対する価値観を変えていってもらえたら嬉しいですね。
――スタート時からジェンダーフリーの下着を作ろうとしたのではなかったのですね。もとからLGBTQ+に対しての関心があったから、ジェンダーフリーのブランドにしたのだと思っていました。
万美:私が通っていた和光小学校は自由な風潮が強いこともあって、誰かが誰を好きといった、セクシュアリティにおいての疑問を持つことがあまりなかったんです。だから、LGBTQ+的な差別があることに気付かずに20代を過ごして育ってしまいました。でもデザイナーの幼馴染の友人と仕事をしていくうちに、当事者だから感じてきたリアルな話しに耳を傾けることが増えました。
例えば、私の幼馴染の友人達の中には、高校を卒業すると海外に行く人が多くて、みんなそのまま移住してしまうんです。その移住した友達と現地で会うと、男性だけどハイヒールを履いていたり、メイクをしていたり、パートナーが同性だったりするんですよね。そんな彼らになぜ日本に帰ってこないかを尋ねると「日本でこんな格好していると笑われるでしょ」とか「まだ親にカミングアウトしていない」など、日本では自分の個性のまま生活することが生きづらいと聞きました。それでも私の友人達は、日本で受け入れられなければ海外に行けばいいって考えで、すごくポジティブだったので良かったですし、だからこそ私も良い意味でジェンダーに対して差別を感じてきませんでした。でも、日本が「生きづらい」と聞いた時は、すごく悲しいことだなって感じました。
――確かに、日本では肩身が狭い印象です。
万美:数年前に比べると、東京は少しずつオープンになってきていて、後ろ指を指されるみたいなことは少なくなってきましたが、地方に行くとまだまだイジメがあったり、親に言えない、学校で馴染めないなどのつらい思春期を過ごしたりしている人は多くいるんです。そういう話をLGBTQ+の当事者の方や、新宿2丁目で働いている方からは聞きますね。
――LGBTQ+について真剣に向き合うようになったのは、ブランドを始めてからなんですね。
万美:そうですね。きちんと向き合うようになったのは「ブッシー・パーク」がきっかけです。もちろんLGBTQ+に関しては知ってはいましたが、アジアでも日本が大きく遅れていたり、イジメがあったりすることなど、そういったさまざまな事実を知ったのは、先程のLGBTQ+の当事者の幼馴染と仕事をするようになってからです。今は、新宿2丁目に話を聞きに行ったり、ニューヨークのLGBTQ+のパレードやヨーロッパのイベントに参加したり、あとはアジアで初めて同性婚が認められた台湾のパレードなどにも積極的にも参加して、さまざまな人の話を聞きながら勉強しています。
当事者とそれ以外の人の間にある境界性を越えるため。ストリートでユーモアを持って表現している
――LGBTQ+やジェンダーについて学んだことは、ブランドにどのような影響がありましたか?
万美:ブランドを始めて私が感じたことは、このLGBTQ+やジェンダーの差別の問題ってすごく難しい話なのかなって思ってしまうこと。そしてその問題について何かを発信するならば、きちんとした知識が必要なんだと思ってしまうことです。もちろん、知識や理解も大事かと思うのですが、実はもっとシンプルで簡単なものだっていうことを、LGBTQ+の当事者にも当事者じゃない人にも知ってもらえるようにアプローチするようになりましたね。
――具体的にはどのようにアプローチされていますか?
万美:LGBTQ+のイベントや講演などに行くと、あたりまえなんですが、集まる人達ってみんな当事者なんです。講演で話す人も当事者ですし、聞いている人も当事者です。でもそれだけだと、広がりがなくて差別はなくならないと思います。だから、「ブッシー・パーク」は、LGBTQ+の当事者や関心のある人に届けるのではなく、真逆の層の人達に届けたいんです。そこで「ブッシー・パーク」はストリート界隈や、そういったシーンをあえて意識しています。モデルにスケーターを起用してビジュアルをストリートっぽい写真や色味にしてみたり、刺しゅうを「葵産業」にお願いするなどしてアプローチをしているんです。ただ「当事者じゃない人がやってるブランド」と言ってくる人もいたりします。でも当事者とか当事者じゃないとかではなくて、その境界線を取っ払わないと、差別はなくならないと思います。この境界線をなくすことが使命だと感じています。
――デザイン面で意識していることはありますか?
万美:デザイン面で一番意識していることは、サイズと色です。サイズは、S、M、Lの3サイズで展開しているのですが、いろんな体型の方がいますし、男性でも女性でもちょうど良い絶妙なサイズ感を体現するために、しっかりと伸び縮みして窮屈になりすぎないゴムを使ってアイテムを作っています。色は性差別をイメージさせないように、カラフルでいろんな色を使うようにしています。この2つがジェンダーフリーな下着を作るためのキーになっています。
――アイコンの位置もユニークですよね。これも意図的なんですか?
万美:はい。やっぱりジェンダーフリーって難しい話って思われたくないので、ブランドのことを初めて見た人でもおもしろいなって思ってもらえるように、ユーモアがある言葉やモチーフを、わざと股間の中心に置いたりしています。
――ちなみにブランド名の由来は?
万美:「ブッシー・パーク」は、イギリスに同名の公園もあったりしますが、直訳すると繁みや森など、もじゃもじゃした楽しいところみたいな意味があります。ただ、スラングだと別の意味があって、知ってる人は「ヤバいブランド名だね(笑)」「最高だね(笑)」って笑ってくれますね(笑)。
――「ブッシー・パーク」は、今後どのようなブランドを目指していますか?
万美:もともとは下着を売るだけではなく、ショーやパーティといったイベントも積極的に行う予定でした。でも2019年に設立してすぐにコロナ禍になり、それができなくなってしまったんです。2020年は、池袋西武でのポップアップや宮下パークのイベントでブースを出展させていただいたりはできたのですが、私がやりたかったショーやパーティは、やっぱりまだできなくて……。でも、いずれは単純なジェンダーフリーな下着ブランドとしてではなく、フィジカルでのイベントを実現していきたいですね。新宿2丁目だけじゃなく渋谷や原宿や、まだまだ多くの問題が残っている地方の街でもやりたいと考えています。そこに「ブッシー・パーク」のアイテムがついてくるっていうイメージでしょうか。
――ブランドのイベントやショーを行うことで商品がついてくるっておもしろいですね。
万美:下着って本当に好きな人や愛している人にしか見せない、すごくセンシティブなものだと思うんです。それこそ衣服の中で一番内面に近いものですし、心に寄り添っているものですよね。男女での身体的パーツには違う部分はありますが、だからこそ内面に一番近い下着で、男女平等を実現、浸透させていきたいんです。身体的な違いを超越して、内面にアプローチしていきたいんです。
――最後に、日本で男女平等を実現、浸透させていくために私達でもできることがあれば教えてください。
万美:すごく簡単なことで、単純に周りの人の個性や多様性を認めてあげればいい。友人が同性を好きだったり、男性だけどメイクをしていたり、ハイヒールを履いていてもバカにしたり笑ったりせず、その人の個性を受け入れてあげるだけで十分だと思うんです。本当にすごく簡単なことなんです。でもそれが意外とできない。だから、難しく捉えず1人1人が意識していくしかないと思います。それが男女平等を実現、浸透させていくために重要なことです。
――確かに。周りの人の個性や多様性を認めてあげることは、言葉にすると簡単ですが、実現できていないという事実が今の差別を生んでいるわけですもんね。
万美:私もLGBTQ+のメディアなどで取材を受けると、すごく根深いところまで聞かれたり、難しい話を求められたりすることもあります。でもやっぱり当事者でないと話せないことも多くて。だから私が伝えていることはすごくシンプル。その人の個性を認めてあげるだけです。それを伝える方法の1つとして、好きな人にしか見せないアンダーウエアで発信していけたらいいです。
――ユーモアたっぷりな下着というのが素敵ですね。知識が少ない私でも、共感できる部分が多かったです。
万美:それこそ今はNetflixといったサブスクで、たくさんの海外ドラマやドキュメンタリーが観られるようになっていて、誰でもそういったところに目を向けられるようになっています。ジェンダーだけではなく、サステナビリティや環境問題でも。それこそ今の若い子達は私達の世代より、知識も教養もあると思うんですよね。だからもっとわかりやすく、関わりやすいようにしていければ、今はすごく変われるチャンスだと思うんです。「ブッシー・パーク」が、小さなきっかけになれれば嬉しいです。