広告はステレオタイプとどう向き合うか haru.が考える「社会彫刻」

最近は、ジェンダーや人種に関する多様性や、女性の権利、生理に関する課題など、社会的なメッセージを発信する広告が数多く出ている。しかし、その内容によっては炎上してしまうものも少なくない。そんな中、コンテンツプロデュースとアーティストのマネジメントを行うHUGの取締役、haru.は、貝印が発表したカミソリと“ムダ毛”処理に関する広告で「ムダかどうかは、自分で決める。」というキャッチコピーを生み出した。そんな彼女は昨今溢れているさまざまなメッセージをどう見ているのだろうか。

性や政治の話題は生きている上で避けては通れないもの

――東京藝術大学の学生時代から「HIGH(er)magazine(ハイアーマガジン)」を発行していましたが、その頃から性や政治といったトピックスを扱っていましたね。

haru.:高校時代にドイツにいたんですが、そこでは完全に“外国人”であり、最初はうまく周りの人達とコミュニケーションが取れなくて。「自分のことを周りの人にわかってもらいたい」という気持ちで作ったZINEが後に「HIGH(er)magazine」に繋がっています。私は基本的に、トピックスよりも「人」におもしろさを感じています。

例えば「HIGH(er)magazine」では「BIG ISSUE」の編集長や販売者に話を聞いたり、性やセックス、女性の身体にまつわるトピックスを取り扱ったことがありますが、さまざまな課題を私たちが解決するぞ!というよりはそのトピックスに関わることを「人」を通して伝えていきたいんです。統計や数字を見ることはもちろん大切ですが、ある個人の個人史を通して初めて見えるものがあると思うんです。今までマガジンの中で自分のストーリーを話してくれた方々には本当に感謝しています。ご本人たちはどう思われているかわからないのですが、見えている世界を少しだけ私たちに分けてくれているということなので。本当にすごいことだと思います。

――昨年6月にHUGという会社を立ち上げた経緯は?

haru.:両親から大学院進学を勧められてとりあえず受けたんですが、その中途半端な気持ちが面接で見透かされて、落ちてしまって。じゃあどうしよう?と思った時に、今まで個人としてやってきたことを仲間と仕事にするために会社を立ち上げようかな、というのが始まりでした。

コンテンツプロデュースとアーティストのマネジメントをメイン事業にしているんですが、最近はお米の定期便「まっしろ」、シアバター「イージー ケア バター(EASY CARE BUTTER)」、ルームウェア「虹のガウン」の3つを、普段の自分を大事にできるような“ご自愛”グッズとして製作し、オンラインで販売しています。

――それぞれの製品にはどんな思いが込められているんですか?

haru.:「イージー ケア バター」は、収益が西アフリカのブルキナファソで働く女性達に利益が還元されるんです。2年ほど前にブルキナファソのビゾンゴという団体で働いていた方から初めてシアバターを購入したんですが、とても良くて。世の中には選べないほどコスメがあるけれど、これ1つあれば顔から体、髪までケアできるし、適当に化粧品を選ぶより、女性達に還元されるならそれがいいなと思って作りました。

「虹のガウン」は国内で生産していて、真っ白だったから寂しいなと思って、自分達でタイダイ染めしました(笑)。お米は所属アーティストの実家がお米屋さんだったことがきっかけ。お米を買うのも重いし大変だって話をしていたところから、冷めてもおいしいお米(朝)と味の濃い料理に合うモチモチしたお米(夜)の2種を用意して、単品だけでなく定期便でもお送りしています。

「あなたが決めることは“あなたごと”」育った環境から受けた影響

――学生時代から自立していた印象ですが、周囲の環境が影響している?

haru.:うちの家族、「基本的にあなたが決めることは“あなたごと”よ」ってスタンスなんです。中学校の卒業式って両親が列席することが多いですけれど、私の場合は卒業式の日に「これはあなたの卒業式なんだから、あなたが楽しんで」って玄関で見送られた。高校時代も離ればなれで暮らしていたけど、そんなに連絡を取ることもなく。両親にめちゃめちゃ褒められることも、叱られることもないけれど、自分の存在を否定されることはないです。それが自分にとっては大きな支えになっていると思います。

――高校生時代をドイツで過ごし、日本との違いは感じましたか?

haru.:ドイツでは小学校の2年半と、高校時代の4年間をシュタイナー教育*の学校で過ごしました。音楽や美術といった感覚的な部分を培う授業に力を入れていて、通知表もない。「存在を認められている感」がすごかったです。だから日本の学校では「アレもダメ、コレもダメ」と言われてギャップに驚きましたね。制服のシステムも窮屈に感じていました。中学生の頃から服が好きだったのに、いつ自分のセンスを磨けばいいんだろうって思っていました。。

*シュタイナー教育:1人ひとりの個性を尊重し、その能力を最大限引き出すことを目指すカリキュラムが組まれる。最初のシュタイナー学校はドイツに建てられた。

――ドイツと日本では、性別に関する意識も違いましたか?

haru.:ドイツで私は「外国人」だったので、それが私の第一のアイデンティティ。自分の性別が何か、どう見られたいかとかはその後でした。まずは一人の人間として認めてもらわなきゃ、というプレッシャーを抱えて過ごしていました。日本の中学に通っていた時は、いわゆる「モテ」の範疇に収まろうとしていたと思います。その方がラクなんですよね、きっと。

そもそもドイツと日本では、求められる女性像も全然違う。ドイツでは自立していて知性があり、自分の意見をはっきり言えるのがセクシー。日本とドイツを行き来して、どちらの価値観にも当てはまれない自分がいたから、大学で帰国した時には「ありのままの自分でもいいということを、自分で体現していくぞ」と吹っ切れていました。

――日本では「女性らしさ」というステレオタイプが求められる場面が多いが、違和感はありましたか?

haru.:中学時代は埼玉の田舎にいて、まだネットもSNSもなかったので、“他の場所”にアクセスできるところは地元のTSUTAYAだけ。そこで最新のファッション誌や女性誌を読み漁っては「これが自分がもう少し進んだ先の世界なんだ」と思い込んで、知らず知らずのうちに、メディアが提示する“理想の女の子像”に近づこうとしていた。そのことにあとから気がついて、ショックを受けましたね。

大学で帰国した時も、電車の広告は「脱毛しろ」と言うし、取材を受けたら「フェミニストって言うならそんなに胸を出すな」ってコメントを受けるし、驚きがあった。最近では私の周りも結婚についての話題が増えていたりして。社会的には結婚が幸せの形とされがちですが、実際はすごくお金がかかったり同性結婚が認められないとか、夫婦別姓にできないとか色々問題もありますよね。誰がこれをいいと言ってるの?という謎のシステムが多すぎます。

炎上広告の中に“生身の人間”はいるのか?

――貝印のカミソリの広告で使用されたキャッチコピーは話題になりましたね。

haru.:あのコピーは「EYESCREAM」と貝印のオリジナル冊子の制作時に作ったもので、“ムダ毛”に対して「ムダかどうかは、自分で決める。」というメッセージを発信し、その後の広告でも使用していただきました。ただ私は企業広告の方には関わっていませんが、あの完成したクリエイティブには少し違和感を感じました。CGモデルが起用されていましたが、CGではすぐ毛が生やせるし、“ムダ毛”に関する苦労や葛藤もしていませんから。でも、こんな人がまだ見ぬ未来に存在していたらいいな、という意味でCGモデルを使うという選択はよかったのかなと思います。そもそも貝印という大手がこういうメッセージを発信したのはすごく意義があることだと思います。

――広告が目指すべき、メッセージの発信の仕方をどう考える?

haru.:広告って人と人とのコミュニケーションでできてくるものだと思うんです。けれど広告業界の中で、物事の上澄みだけをすくって、それを利用するような状況が少なからず出てきているのではと感じることも多いです。

最近は炎上する広告もありますが、健康的な炎上もあると思います。いいなと思った韓国の生理用品のCMは、「生理って辛くて何もできなくなるけど、何もしなくてよくない?辛いのに輝く必要なんてないじゃん」という内容でした。仮に日本で同じようなCMを作って炎上したとしても、生理によって起きる体の変化に対して本当の理解が得られたり、女性たちにもちゃんと寄り添っていますよね。けれど、その上澄みだけすくって、キレイなものにしちゃうことが多い。作る側が本当の問題が何かわかっていないこと、わかったふりが一番危険ですよね。自分でもいつも気をつけなきゃと思っています。

――広告もメディアも、世の中も、カテゴライズして語ることが多い。

haru.:私も女性起業家って括りの中に入れられたりして、そこにどうこう思うことはないけれど、私は自分のこと「ただのharu.」って言ってるんです。ビジネスのことには疎いのに、周りが起業家って名付けてくれたりするのがなんだか面白い。だから、オフィシャルな場でどこまでカジュアルでいけるかな?ってゲームしたりしています。

国際女性会議WAW!(World Assembly for Women)に登壇した時は、かっちりしたイベントだったんですが、そこで友人に作ってもらったTシャツを着ました。それが中指を立てたグラフィックで「and u?(で、あんたはどうする?)」ってメッセージを書いたTシャツ(笑)。

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and u????????? T shirt by @ka_ta_ko_to

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――自ら枠にハマりにいかないのがharu.さんらしいですね。

haru.:何にでもなりたいんですよ。中学生の頃からK−POP大好きで、JYP入りたいな〜とか。最近はパラグライダーで飛ぶんですけれど、このまま習得してパラグライダーの先生になりたいなとか。自分の他の人生を想像するのっていいですよね。自分にはこれしかない、なんて思いがちですけど実際そんなことなかったりするから。

革新的じゃないことで「社会彫刻」を広げていく

――HUGを立ち上げた時に「社会彫刻をしたい」とお話しされていましたね。

haru.:「社会彫刻」という言葉は、現代アーティストのヨーゼフ・ボイスの言葉から引用しています。今、弊社に所属しているメンバーは活動内容がバラバラですが、全員アーティストと呼んでいます。彼らが発言したり取ったりした行動がすべて社会とつながっていて、私達全員が社会を形成する一個人である、ということを忘れないための“合言葉”なんです。

言葉一つでも周りに影響を与えますよね。例えば私は「旦那」とか「奥さん」って言葉が嫌なんです。気にせず使うのと、意識的に「パートナー」と呼ぶのとでも関係性とか理想のコミュニケーションが変わってくると思います。私とあなた、というミクロな関わりの連鎖が、コミュニティを作っていく。大きなことがしたいというより、態度とか言葉遣いで、1対1レベルから「社会彫刻」がしたいです。

――「社会彫刻」って具体的にどうやって取り組めるのでしょう?

haru.:HUGにはチョッパー乗りのクール アンド スパイシーという2人組(大木優吾、内田隆也)がいるんです。私と同じ小・中学校だったんですが、小さい頃の彼らは「わき毛が生えてる!」とか茶化すようなやんちゃな子で。彼らは先ほど言った「EYESCREAM」と貝印の冊子にもモデルとして登場しました。そこで「ムダかどうかは、自分で決める。」というメッセージに触れて、女の子達にありもしない幻想を抱いていたよね、毛を剃るのって男女ともに自由でいいよね、みたいな話を彼らとできるようになったのは、とても新鮮な体験でした。

変化ってすごく時間がかかる。一度広告を見ただけでは思想ってなかなか変わらないですよね。逆を言うと、今ある固定概念って本当に長い時間をかけて私たちの中に蓄積されてしまったものだから。

だからこそ、みんなの信頼を大事にしようとか、裏切らずにいようとか、そういうことを大事にしています。革新的なことを急に言い出すんじゃなくて、ことあるごとに理想の状態は何かを話し合う。周囲にいる人との日々の接し方が未来に影響を与えるんだと思います。

haru.
HUG Inc. 取締役。1995年生まれ。2015年に東京藝術大学に入学し、同年に「HIGH(er)magazine」を創刊し、“同世代の人と一緒に考える場を作る”をコンセプトに企画・編集・制作に携わる。大学卒業後の2019年6月にHUG Inc.を設立し、取締役に就任。インスタグラムでは4.5万フォロワーを抱え、若者を中心に支持を集める。
https://h-u-g.co.jp
Instagram@hahaharu777

Photography Yusuke Abe(YARD)

author:

臼井杏奈

フリーランスライター・青山学院大卒後、産経新聞社に入社。その後INFASパブリケーションズに入社し、「WWD BEAUTY」で記者職。現在は美容業界記者として外資ブランドおよびビューティテック、スタートアップ、アジア市場などの取材やインタビューを行う。

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