フィクションとノンフィクションが交差するモノクロ世界 アーティスト・寺本愛が表現する少しミステリアスな人物像

独特な目のキャラクターに、どこか懐かしさを感じさせるファッションで、注目を集めているアーティストの寺本愛。武蔵野美術大学で美術と服飾を学び、以降は作品制作と並行して、ファッションやファブリックのブランドとのコラボレーションも行うなど、独創的な作品が魅力の彼女。寺本の人物作品を観ていて気になるのは、その個性的な目と見入ってしまうポージングだ。

寺本が描きたいものとはどんなものなのか。2021年の12月に、東京・神田にある看板建築「海老原商店」で開催された個展「living」で展示された作品を起点に、これまでの経歴を含めて語ってもらった。

幼少期の“お絵かき”とファッションとの出会い

――これまでの経歴をたどりながら、最新作に関する話をお聞きしたいと思います。まずは絵を描き始めた原点を教えてください。

寺本愛(以下、寺本):子どもの頃から絵を描くのは好きでした。チラシの裏に鉛筆やペンでキャラクターを描いたり、家族共有のパソコンがあったので、小学生くらいからはお絵かきソフトを使ったり、インターネットのお絵かき掲示板に投稿したりしていました。
その頃に少女漫画雑誌「りぼん」で『GALS!』(藤井みほな作)という漫画が連載されていて、渋谷のギャルの女の子達の話なので、ファッションがとても細かく描かれているんです。身に着けているアイテムも「〇〇の店でいくらで買った」と設定がしっかりあるのもリアリティがあり、ストーリーよりもファッションを楽しんでいましたね。出てくるキャラクターを参考にしながら服のコーディネートを考えて、オリジナルのギャルを描いていたのを覚えています。そのことが今の作風に生きている部分もあると思います。

――小さい頃から人物を描くのが好きだったんですね。

寺本:そうですね。マンガ的な人物を描くのは楽しかったです。

――進学先の美大では、服飾を学ばれたそうですね。

寺本:絵を描くのは好きでしたが、マンガやイラストレーションが身近で、油絵や日本画にはその頃の自分は親しみが持てず、かといってグラフィックデザインに興味があるわけでもなかったので、武蔵野美術大学の空間演出デザイン学科という舞台美術やインテリア、ファッション、照明など幅広く学べる学科に進学しました。
在学中も絵を描き続けていて、油絵学科への転科試験を受けたくらいには熱心に取り組んでいたのですが、「ヤブ・ヤム(YAB-YUM)」というブランドをされているパトリック・ライアンさんのゼミに入ったことでファッションに興味を持ちました。ファッションを広く捉えているゼミだったので、自分が絵を描いていることを受け止めてもらえたことも大きかったです。

――在学中はどんな絵を描いていたんですか?

寺本:入学して初めて油絵の具に触れて、当初は顔のない、幾何学的なシルエットの宇宙人のような人物画を描いていました。その後アクリル絵の具を用いた時期もありましたが、どちらにせよキャンバスに筆で描くのが性に合わず、だんだんとなじみのある鉛筆やペンで描くようになりました。
当時、Tumblrをよく見ていたのですが、シンプルな描線で描かれた少し幼さのあるはかなげな雰囲気の女の子といいますか、そういうイラストが多く載っていて、もともとマンガ的なキャラクターを描くのが好きだったので、わたしもそのような女の子を描くようになりました。その頃から現在の目の原形となるものを描いていましたが、まだファッション要素はありませんでした。
その絵をパトリックさんに見せた時に、否定はされなかったのですが「今描ける絵を描くのではなく、いったんゼロから絵を学んでみたらいい」とアドバイスをいただき、卒業制作ではこれまでとはまったく異なる、チベットの仏教画や春画を元にした絵を描きました。

――その経験は今も生かされていますか?

寺本:そうですね。卒業後は、もともと描いていたキャラクターをベースに、パトリックさんの元で学んだことを考えながら描くようになりました。

ミステリアスだけど身近にいそうな人物像

――続いて現在の作風について聞かせてください。寺本さんが描かれる人物のファッションなのですが、奇抜さや派手さのない、例えるなら、昭和の日本のような懐かしい感じがします。流行やトレンドといったものは描かないようにしているのですか?

寺本:近年は日本の昭和頃の古い写真を元に制作することが多く、また個人的に好みということもあり、昭和感の強い服装が続いていますが、もとから現在の流行やトレンドを直接的には描かないようにしています。時代感がつかめない、いつ見ても新鮮に感じるファッションが描けたらと思っていますが、最近は少し昭和に偏ってますね。
はじめは最新のコレクションから世界各地の民族衣装まで幅広く作品に取り入れていたのですが、次第に日本各地の生活に密着した服飾に惹かれるようになり、だんだんとその背景、文化そのものに興味を持つようになりました。例えば、お遍路さんの白装束や、長崎の潜伏キリシタン、戦後の沖縄などです。ファッションというより、人間の生活そのものです。

――なるほど。あとは表情も気になります。無表情といいますか、喜怒哀楽、特に怒りの表情を作品から感じることはないです。これには理由があるのですか?

寺本:もとからわかりやすい表情は描かないようにしています。マンガ的な顔の描き方をしているため、表情までわかりやすく描くと記号的になってしまうので。幅を持たせた表情にしたいと思っています。

――それは観る側に委ねたいと?

寺本:そうなりますね。観る人が想像する余地を残したいと思っています。わかりやすい表情だと、受け取るだけで終わってしまうので。

――そうなんですね。そして、寺本さんの作品の特徴といえば、“目”です。この目へのこだわりは?

寺本:当初はイラストレーターを目指していたこともあり、人に覚えてもらえるような特徴のあるキャラクターを作らなければという思いから、目に着目しました。
直接影響を受けたのは、小学生の頃に読んだ漫画『サイボーグ009』(石ノ森章太郎作)です。黒ベタの目に白い点がランダムに入ってるキャラクターがいて、それがミステリアスで好きでした。もう1つは大学生の頃に知った横山裕一さんの漫画です。目がギラギラしたキャラクターがいて、少女漫画のようなスクリーントーンを用いず、シンプルに線だけで描かれているのに、本当にオーバー過ぎるくらいにギラギラに輝いているんです。こんなふうに目が描けるんだと驚きました。目に関してはこの2人に大きな影響を受けています。
初期の目はラフなタッチで描いていましたが、だんだんと「キャラクター」を描く意識から「人間」を描く意識に変わっていったことで、現在のような描写に変化していきました。

――アップデートされているんですね。

寺本:目はしばらく大きな変化はないのですが、顔つきや身体の描き方はこの8年間ほどでかなり変化し、より人間らしくなってきました。だからこそ目の異様さが際立つんだと思います。
人間離れした目をしていてちょっと不気味だけど、宇宙人と言い切るほど遠い存在というわけでもなく、むしろ人間の生々しさがある。そのつかめなさ、緊張感は常に意識しています。

モノクロ世界に潜む一筋の色

――では個展「living」について聞かせてください。開催場所をギャラリーではなく、東京都・神田にある1923年に建てられた看板建築である「海老原商店」を展示会場にしました。なぜ「海老原商店」で?

寺本:これまでギャラリーでの展示がほとんどだったのですが、2019年に参加した芸術祭で小学校の教室を使わせていただいてから、ホワイトキューブ以外での展示に興味を持つようになりました。今回はご縁があって「海老原商店」さんを紹介していただきました。

――昭和の香りが残る建物と寺本さんの作品が違和感なく溶け込んでいてすてきでした。展示作品はどのようなコンセプトなのですか?

寺本:ここ数年は古い資料や写真を元にフィクションや自分の経験を織り混ぜながら描いていて、今回も「海老原商店」さんで代々受け継がれている家族写真や資料を見せていただいたり、現当主の海老原義也さんから海老原家や建物にまつわるお話を伺ってから制作を始めました。
私の実家は10年ほど前に建て直したのですが、それ以前はなかなかの築年数で、もちろん和室もありました。「海老原商店」さんの和室の空間にいると、実家の和室で過ごしていた幼少期を思い出し、同時に今住んでいる自分の家にも和室があるので、私の身体を通して3つの和室、時空が重なるような感覚になりました。

――フィクションとノンフィクションを織り混ぜながらということは、家族写真を見ながらというわけではないのですね。

寺本:そういった作品もありますが、近年は自分自身を撮影した写真をベースに作品を描くことが多くなってきました。自分の部屋で三脚にカメラを置いて、いろいろなポーズをとったり、見せていただいた写真の人物と同じポーズをとって撮影しました。その中からいいなと思ったものを使います。

――セルフィーした写真というのは、おもしろいですね。何かきっかけがあったのですか?

寺本:以前は描きづらいポーズを描く際の参考資料として撮影していたのですが、「キャラクター」ではなく「人間」を描く意識に変わっていったと同時に、だんだんと、単なる資料としてではなく、絵の人物に受肉させるための方法として「自分の身体を用いる」感覚になりました。

――では個展「living」に関しては、聞かせていただいたエピソードや印象に残った写真が作品のモチーフになっているのですね。

寺本;はい。「living」は住居空間での展示だったので、これまで以上に「生活」というものを強く意識させられました。生活するなかで自分自身を意識しない瞬間、例えば歯を磨く時って、磨いている間は鏡に映る自分をぼんやり眺めたり、口内のどのあたりを磨いているか意識しますが、磨き終わったあと次の行動に移るまでの間って、自分がどういったふるまいをしているか思い出せないですよね。そういう意識が薄れている時の姿を描きたいと思いました。

――確かに、生活の一場面を切り抜いたようなポーズと、部屋での生活に寄り添ったような作品サイズが印象的です。

寺本:今回は「海老原商店」の空間にも浸ってほしいと思ったので、作品で空間を占領するというよりはさりげなく、あくまでも建物があって、作品が飾ってある、というバランスにしました。

――今回の人物画には、肌に真珠のようなものがついたのもありました。こちらの作品は?

寺本:これは以前「Ceaseless」というシリーズで描いていた表現で、私自身、皮膚疾患で悩んでいた時期があり、その時に海外のファッションコレクションでモデルの肌に直接真珠をつけているものを見ました。それにインスパイアされて描き始めたのがきっかけです。宝石とは違う真珠特有の生々しさと美しさ、それが皮膚に異物として、装飾物として付着しているのは、自分にとってなんとなくしっくりくるものがありました。

――そして、作品の色数の少なさも印象に残りました。

寺本:絵を描くにあたって、線や形の気持ちよさを重視しているので、色が邪魔に思えてしまうんです。色を使うことにあまり興味が持てず、苦手意識がありました。
最近になってその気持ちもほぐれてきて、少しずつ使うようになりました。色を「色」としてでなく「効果」として使う方法もあることに気付いて、今回の展示でも、身体の輪郭にほんの少し色鉛筆を使っている作品もあります。

――本当ですね! これは盲点でした。でも繊細な作品の中に入った色も作品をより強調していてすてきですね。そういえば使っている画材はなんですか?

寺本:鉛筆とシャーペン、墨を使っています。ペンを使っていたこともあるのですが、今は使っていません。

――最後に今後の展望を聞かせてください。

寺本:「living」の展示会場ではフィギュアも展示していたのですが、これはフィギュアメーカーさんからの声がけをいただいて製作しました。これが予想以上に大変で、あたりまえですが絵を描くようには作れないというか……。絵を描く「脳」ではなくフィギュアの「脳」にならないといけなくて、その切り替えが難しかったです。細かいニュアンスを何度も修正し、時間はかかってしまいましたが、おかげで愛らしいフィギュアができました。

今はまた次の制作に向けて準備を始めているところです。興味のあるものに向き合いながら、自分の表現を更新していけたらと思います。

寺本愛
アーティスト。1990年東京都生まれ。武蔵野美術大学で美術とファッションを学んだのち、作品制作を開始。個展や芸術祭での作品発表を続けながら、さまざまなクライアントへのアートワーク提供やイラストレーション、漫画なども手掛ける。近年の主な展示は、個展「coastline」FARO Kagurazaka (2021)、「やんばるアートフェスティバル2020-2021」(2021)への出展など。
https://aiteramoto.com/
Instagram:@aiteramoto
Twitter:@ai_teramoto

Photography Shinpo Kimura

author:

相沢修一

宮城県生まれ。ストリートカルチャー誌をメインに書籍やカタログなどの編集を経て、2018年にINFAS パブリケーションズに入社。入社後は『STUDIO VOICE』編集部を経て『TOKION』編集部に所属。

この記事を共有