アンドロイド・オペラ®『MIRROR』は、渋谷慶一郎とアンドロイド・オルタ3、藤原栄善をはじめとした1200 年の歴史を持つ仏教音楽・声明、そしてUAE現地のオーケストラである「NSO Symphony Orchestra」による新作オペラ作品。
本オペラは、本来2021 年12 月11 日のドバイ万博における日本のナショナルデー「ジャパンデー」で初演が予定されていたものの、オミクロン株の世界的流行を踏まえ公演が見合わせとなっていた。しかし、公演中止の決定を受けた渋谷は、現地での発表機会を見つけるべく私費でのドバイ行きを決行。同イベントに出演予定だった仏教音楽・声明の演奏家・藤原栄善とともに渡航を果たした。現地では、「BROWNBOOK」というドバイ発の中東、北アフリカのデザインやカルチャーを紹介する雑誌を創刊し、日本文化にも造詣が深いドバイカルチャーのキーパーソンである双子、ラシッド・ビン・シャビブとアハメッド・ビン・シャビブが渋谷の渡航を聞きつけ、自邸の庭を提供し急遽コンサートを主宰。かくして、「TOKION」の連載で先日レポートした通り、12月9日に「Mirror in the Mirror」と題された、渋谷のピアノと電子音楽、そして藤原栄善の声明が融け合う一夜限りのパフォーマンスが実施された。
そしてこの度、本オペラの振替公演がついに決定。3 月2 日にドバイ万博会場内にて世界初演が行われる運びとなった。
昨年8月に世界初演された『Super Angels』に続くオペラ作品となる『MIRROR』は、渋谷によるピアノと電子音、そしてオーケストラの演奏に合わせ、オルタ3がAI によって生成されたテクストを即興的に歌い、そこに高野山に伝承される声明の声がかさなっていくという、多様な人種や文化、最新のテクノロジーと最古の仏教音楽の重なりあいから新しい芸術的調和のモデルを探求する作品となっている。
ステージでは中央にオルタ3、その周りを声明家たちと渋谷のピアノとコンピュータが円形に囲み、さらにその周りを45 名のオーケストラが囲む配置となり、演奏には強力な電子音やノイズが加えられ、祝祭的で儀式的な時間が演出されるという。これまでの渋谷とアンドロイドの協働によるオペラ作品『Scary Beauty』(2018)や『Super Angels』(2021)が西洋的なオペラの脱構築であったのとは異なり、本オペラ『MIRROR』は祝祭的な形式であると同時にアンドロイド、声明、電子音楽、オーケストラ、ピアノといったここ数年の渋谷の活動の集大成ともいえる作品にもなっている。
世界初演の決定に際して、本作のコンセプトテキストをフィーチャーした予告編動画も公開された。
(動画テクスト日本語訳)
アンドロイドは鏡である。
音楽もまた鏡である。
それらは私たち自身を映し出す。
存在と非存在の境界はどこにあるのか?
過去と未来の境界はどこにあるのか?
そしてそれらはどこに存在するのか?
この新しい経験を共に祝祭しよう。
当日は、現地時間午後6時半よりJubilee Stage(ジュビリーステージ)という、万博会場内にある大規模な音楽用野外ステージにて開催。舞台上の大型スクリーンに投射される映像は、渋谷が長年コラボレーションを続けている仏人ビジュアルアーティストのJustine Emard(ジュスティーヌ・エマール)が担当する。会場3面のスクリーンには、リアルタイムでのオルタ3の表情が映し出される他、高野山の仏教的モチーフをアーティスト自身が撮影・3D スキャニングを行い制作した映像もミックス。会場全体やオルタ3に投射される照明効果なども用いて、視覚的な演出も最大化が図られる。
演目には一昨年渋谷が音楽を担当した映画「ミッドナイトスワン」のメインテーマのオーケストラバージョンが加わり、アンドロイドのヴォーカルと声明、電子音がミックスされた新たなバージョンとして披露されるという。スタッフについて、アンドロイドが歌うAI、GPT3 によるテクスト、歌詞の生成には人工生命研究者の池上高志(東京大学教授)、アンドロイドのヴォーカル開発やプログラミングには電子音楽家の今井慎太郎が全面参加。アンドロイド、AI とオペラ、伝統音楽という、多様な要素の均衡を作り出していく。
渋谷は今回の世界初演に際し「ドバイは厳格かつオープンなイスラム文化とハイテクノロジー産業が共存している真に未来的な国家。今回初演する新作『MIRROR』では1200 年前に書かれた仏教音楽のテクストを唱える僧侶の声に、AI によるテクストを歌うアンドロイドの声が重なり、UAE のオーケストラがそれを支える。コンテクストもコントラストも高い作品を発表するにはこれ以上ない場所だと思ったので、やっと実現出来てすごく嬉しい」と話す。
また、UAE現地オーケストラ「NSO」の創設者兼エグゼクティブ・ディレクターのジャネット・ハスネからは「NSOは中東で10 年以上活動しており、今回ドバイ万博で渋谷慶一郎氏のアンドロイド・オペラ®『MIRROR』を演奏できることを非常に光栄に思います。2020 年にも中東で渋谷氏の『Scary Beauty』で共演し、今回またドバイ万博で観客を熱狂させることを楽しみにしています」とのコメントが、今回のオーケストラ指導を行うNSO の音楽監督であり、指揮者のアンドリュー・ベリーマンは「この作品は日本人作曲家による素晴らしい音楽と視覚的な世界を楽しめるだけでなく、ロボットの世界で実際に何ができるのかを知ることができるチャンスです。音、音楽家、ロボットなど全てが融合するのは興味深いことです」とのコメントが寄せられた。
■渋谷慶一郎 アンドロイド・オペラ®『MIRROR』
日時:2022 年3 月2 日 18:30-19:00(予定)
会場:ドバイ万博 ジュビリーステージ
出演:渋谷慶一郎、オルタ3(Supported by mixi, Inc.)、仏教音楽 南山進流声明家、NSO Symphony Orchestra (UAE)
制作:ATAK

渋谷慶一郎
音楽家。東京藝術大学作曲科卒業、2002 年に音楽レーベル ATAK を設立。作品は電子音楽作品からピアノソロ 、オペラ、映画音楽 、サウンド・インスタレーションまで多岐にわたる。 代表作は人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』(2012)、アンドロイド・オペラ®『Scary Beauty』(2018)など。 2020 年に映画『ミッドナイトスワン』の音楽を担当、毎日映画コンクール音楽賞、日本映画批評家大賞映画音楽賞を受賞。2021 年8 月 東京・新国立劇場にてオペラ作品『Super Angels』を世界初演。人間とテクノロジー、生と死の境界領域を作品を通して問いかけている。

オルタ3(Supported by mixi, Inc.)
人間と人工生命体とのコミュニケーションの可能性を探るために開発されたアンドロイド。2019 年にコミュニケーション創出カンパニーであるミクシィと、アンドロイド研究で世界的に有名な大阪大学石黒研究室、人工生命研究のパイオニアである東京大学池上研究室、そして本プロジェクトの実証実験の場を提供するワーナーミュージック・ジャパンの4 社共同研究により誕生。「オルタ3」は機械が露出したむき出しの体、性別や年齢を感じさせない顔を特徴に人の想像力を喚起し、これまでにない生命性を感じさせることを目指し開発されている。

仏教音楽 南山進流声明家
1200 年の歴史を持つ高野山に伝わる「南山進流声明」。声明を専門とし高野山真言宗六甲山鷲林寺の住職でもある藤原栄善とその伝統を引き継ぐ弟子たち。藤原栄善は南山進流声明の大家である中川善教師とその弟子宮島基行師二人より南山進流声明を学び、25 年の修行を経て2003 年に皆伝を許される。音楽家 渋谷慶一郎とは2017 年よりコラボレーションを開始、2019 年にはオーストリア・リンツで行われた「Ars Electronica」にて『Heavy Requiem』を初演するなど活動を世界に広げている。

NSO Symphony Orchestra (UAE)
UAE を拠点としたNSO 交響楽団、NSO 室内管弦楽団、NSO シンフォニック・ポップス・オーケストラ、NSO オペラ&コーラス、NSO ミュージック・エージェンシーで構成される。約20 カ国の国籍を持つ100 人以上の音楽家を擁し、数多くの交響曲やオペラ作品に加え、ポピュラーなクラシックや音楽劇などを演奏。年間を通じてコンサートを開催しているほか、個人、企業、政府のイベントでも定期的に演奏を行っている。2020 年にはUAE シャルジャで行われた渋谷慶一郎のアンドロイド・オペラ®『Scary Beauty』公演にて共演、本作では二度目の共演となる。
ドバイ万博 日本館公式ウェブサイト
https://expo2020-dubai.go.jp/