連載「ジャパンブランドのトリビア」Vol.6 長尾悦美が見るメイド・イン・ジャパンの美しい佇まいと唯一無二の魅力

デザインや機能性、トレンドやスタンダードという軸があるように、“メイド・イン・ジャパンであること”も、もの選びの基準の1つになっている。連載「ジャパンブランドのトリビア」では、最先端であり、ソーシャルフルネスというステートメントに沿った、“メイド・イン・ジャパン”のものを、さまざまなクリエイターが紹介。今回は髙島屋のウィメンズ・クリエイティヴ・ディレクターを務める長尾悦美。ファッションを通して長年培ってきた審美眼で選ぶ“メイド・イン・ジャパン”のものとは。独自のこだわりをもって選ぶ条件を伺うと、自分の好きなものと真摯に向き合う彼女のセンスの源を感じることができた。

−−ファッションや百貨店勤務という環境の中で、さまざまなものと触れ合っている長尾さんですが、改めてメイド・イン・ジャパンのものの価値や魅力をどのように感じていますか?

長尾悦美(以下、長尾):百貨店で働いているからこそ、幅広い視野で見られるという意味では、ファッションに限らずメイド・イン・ジャパンの製品に触れる機会は多いです。もともと興味もあったので、潜在的な感覚にスイッチが入るような。今の仕事を通して、あらためて日本の四季の大切さや、豊かな色彩、文化をきちんと学べる機会も増えました。

メイド・イン・ジャパンの製品は、すべてにおいて職人気質。日本独自の美学の丁寧さや華美じゃない美しさ、佇まいやオーラまでも醸し出されているように感じます。それは建築しかり、器や骨董品、今の日本のものづくりの産業を見ても同じく。仕事で、ヨーロッパやアメリカに行く機会が多いので、街を見ていると長い歴史の中で大切に残されてきた装飾が多く見られますが、日本は奥ゆかしさや生活の中に溶け込んでも過剰ではない美しさを感じるものが多い気がします。

−−ものづくりにおいて海外と日本の違い、またそのおもしろさはどんなところにあると思いますか?

長尾:ヨーロッパは街全体が芸術作品のようで、まるで映画のセットの世界。見ていて楽しくて美しい。日本もまた違う意味で美しく芸術的な見方ができるけれど、ヨーロッパとは対極にある気がします。アメリカはもう少し雑多な印象。いろいろな文化が混ざっているのを感じますしね。北欧はミニマルな世界の中で、独特の色彩感覚と機能美をすごく感じる。それぞれの国の美に対する意識の違いをあらためて見るとおもしろいです。

−−ファッションにおいては、どのような目線で見つけていますか?

長尾:洋服を選ぶときにまず最初に見るのは、ファブリックのクオリティです。テキスタイルの佇まいや品質は一番重視するところ。ヴィンテージ・ショップでもファブリックから手にとって、その後にスタイルを考えるというのが私のファッションの組み立て方です。仕事としてバイイングする時は、売れる売れないの判断はあるものの、ハンギングされているときのファブリックの佇まいが安っぽくないかどうかも、ジャッジする時の重要なポイントの1つになっています。2つ目は、毎シーズンたくさんの展示会を周りますが、ファブリックとテキスタイルのバランスはもちろん、オリジナルのスタイルをちゃんと作っているか、流行ではなくデザイナー本人のルーツや好きなものでもって、自分のスタイルを築けているかどうか。この2つがポイントになっています。何かどこかで見たことあるなとか、どこかの何かっぽいみたいなことでは、私は心が動かなくて。もちろん売れると思うものもあるので、ビジネス目線では取り入れることもあるけれど、やっぱり唯一無二のスタイルを作っている人、デザイナーに惹かれますね。

唯一無二のスタイルを作る「FUMIKA_UCHIDA」

日本のヴィンテージカルチャーって、すごく独特。世界のどの国にも古着はあるものの、それをファッションとして確立させているのが東京。スタイルとして築き上げられていて、トレンドもあるというのは、東京ならでは。ミリタリーやデニムなど、ギアに偏っているのがメンズヴィンテージのイメージですが、レディースにおいて「FUMIKA_UCHIDA」はその先駆者だと思っています。すごく軽やかに、カッコよく、古着をスタイルとして確立させ、びっくりするようなスタイルやバランスを築き上げた。デザイナーの内田さんはレディースのヴィンテージカルチャーを作った人だと思っています。 彼女自身、ヴィンテージの背景をしっかり理解し生活に取り入れているからこそ、自分らしく編集しスタイルを作れる。その強みは唯一無二で、感度は素晴らしく高い。デビューコレクションから見ていますが、毎回違うアクションのスタイルを作ってくる。テキスタイルのこだわりも随所に感じられて完璧だなと。

このニットは、2014年のデビューコレクションで発表されたアイテムの1つ。当時これを着てニューヨーク・コレクションを訪れた時のこと。たくさんのセレブリティにカメラが向けられる中、フォトグラファーのビル・カニンガムが、このニットを着て、レザーパンツにコンバースでいた私にカメラを向けてくれたことがありました。その瞬間、他のカメラマン達も集まってきて……。帰り際、「Nice Sweater!」って言ってくれたのは、忘れられない思い出です。すごくクラシックなフィッシャーマンのニット、誰もが知っているテキスタイル。パッチワークされていて、肩が抜けたシルエット、そのバランスがとても新鮮だったんでしょうね。私にとっては伝説的なニットだと思っています。

トライバルな模様がモダンなアイヌのお盆

日本橋髙島屋で、日本民藝展が開催された際に購入したもの。アイヌ文化が注目される今、生活に取り入れてみるとトライバルなデザインのモダンさが際立って、特別なものに。私は北海道出身で、アイヌの家系ではないですが、アイヌをルーツに持つ同級生がクラスに1人はいましたし、アイヌの文化は当たり前に身近にあったもの。逆に東京に出て百貨店で働くようになってから、彼等のものづくりや歴史、ルーツをあらためて知る機会が増え、帰るたびにゆかりの場所を訪れるようになりました。

彼等の生活に基づいたものづくりは、美しいものを作ろうと商業的な考え方ではなく、生活と自然の中で生きていくために、木々や動物の革を使って作られたものばかり。その精神はネイティブ・アメリカンに精通するところがあると感じています。以前、阿寒湖の近くにあるアイヌ木彫りの第一人者だった藤戸竹喜さんのお店「熊の家」を訪れた際、私が身につけていたアクセサリーを見て、奥様が「ネイティブ・アメリカンのジュエリーが好きなの?」と声をかけてくれたことがあったんです。アイヌの民族衣装にも、ブルーターコイズを使ったアクセサリーがあるからだと思うのですが。その時に、作品の貯蔵庫になっているお店の地下を案内していただきました。藤戸さんのご両親はアイヌ民族でお父様に弟子入りし技術を継承した方。熊だけでなく狼や鹿、海洋生物等、まるで命を吹き込まれたように木から彫りだされるモチーフをみていると、貯蔵庫はまるで博物館のようでした。神居古潭(カムイコタン)には、実際にネイティブ・アメリカンの人が焚き上げにきたことがあるそうで、その際に置いていったのであろう、羽の飾りなどが祀られていたり。彼らもまた同じスピリットを感じていたということですよね。藤戸さんの作品もそうですが、アイヌの民芸品は、本当にかっこいい、心奪われる佇まいがあるものが多いなと感じます。

どの季節も自然の色彩が美しい故郷、十勝・帯広

アイヌ文化を始め、ニセコなど世界的にもフォーカスされている北海道。雪のシーズンだけでなく、夏生まれのせいか夏の北海道をおすすめしたいです。出身地である十勝・帯広は、実は暑さも寒さも全国1位になる地域。冬から春までが長く真冬はマイナス20度の白銀の世界。5月に雪が溶け出し、6月に急に暑くなって、夏は40度を超える日もある。そしてお盆明けには秋に。そんなふうに四季がはっきりしているというのが、自然の彩りを濃くさせているのだと思います。とかち帯広空港に降り立つ飛行機から見える景色は、イギリスの田園風景のように美しいと、イギリスに住んでいる人が言うほど。農業のイメージが強いエリアですが、実は美術館など文化的な施設も多いです。六花亭が運営する「六花の森」や「中札内美術村」は、広大な敷地の中にギャラリーが点在していて、大自然の中で帯広の綺麗な空気や景色と一緒にアートや観光を楽しめるところが魅力だと思います。都会にいると、ひっきりなしに入ってくる情報量に支配されてしまいがち。ここに帰ると、それが一旦遮断されるんです。広い空と大地、すぐそこに山が見えて、自然の色彩が美しい。そういう景色の中に身を置くだけで、人間本来の生命の指針みたいなものが正しい位置に戻るような感じがして。頭の中がクリアになって、またフレッシュな気持ちでいろいろなものが見えるようになる。ありきたりだけど、やっぱりリセットできる場所なんですよね。

長尾悦美
髙島屋」ウィメンズファッションクリエイティブディレクター。セレクトショップの販売員を経て上京。髙島屋STYLE&EDITのバイヤーを務めたのち、ウィメンズファッション部門のクリエイティブディレクターに就任。卓越したセンスで、自由にミックスするスタイルとおしゃれな自宅から垣間見えるライフスタイルにも注目を集めている。
Instagram:@yoshiminagao

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奥原 麻衣

編集者・ライター。「M girl」、「QUOTATION」などを手掛けるMATOI PUBLISHINGを経て独立。現在は編集を基点に、取材執筆、ファッションブランドや企業のコンテンツ企画制作、コピーライティング、CM制作を行う他、コミュニケーションプランニングや場所づくりなども編集・メディアの1つと捉え幅広く活動中。 Instagram:@maiokuhara39

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