連載「ジャパンブランドのトリビア」vol.2 癒しとエネルギーに満ちた日本食 唯一無二の魅力をフード・アーティスト前田まり子が再考

デザインや機能性、トレンドやスタンダードという軸があるように、メイド・イン・ジャパンであることも、モノ選びの基準の1つになっている。本連載では、最先端であり、ソーシャルフルネスというステートメントに沿った“メイド・イン・ジャパン”のクリエイションにフォーカスする。今回はナチュラル・アンド・ヘルシーをテーマに活動するフード・アーティストの前田まり子に、日本の食文化の魅力を改めて考察し、自身の日本食に関するものやお店を紹介してもらった。

−−「カノムパン』から「ブッダボウル』を作るまで、その経緯を教えてください。

前田まりこ(以下、前田):イタリアンで働いたり、ケーキやクッキーを作って販売したりと、ずっと料理の世界と近いところにいました。パンとの出合いは突然で、ある1冊の本に出合ってから。その本は、日本各地で暮らす人が、自分の生活に沿ったパン作りをしているという内容。残った野菜の皮やお米から酵母を作ったり、その無理のない感じが、ちょうど生活を田舎へシフトしたいと思っていた気持ちと重なって、葉山へ移住しパンを作り始めました。「カノムパン」を始めて、気付いたら13年が経っていた。あっという間でした。毎日酵母の様子も変わるし、中に入れてから焼けるまで、1日たりともオーブンの中を見ない日はなかった。毎日が必死だったんです。10年が経った時、周年パーティーを開いて、その時自分の中で100点が出せた。そこから次に新しいことをやってみたいと意識が変わって、東京に戻ってきました。

しばらく抜け殻状態の中、「ムスムス」でアルバイトをしているうちに、食のクリエイティブ欲が再燃。葉山に住んでいた時に知ったヴィーガン食、どんなに忙しくても半年に1回のペースで行っていたほど大好きなタイのヴィーガンも網羅していたんです。そのヴィーガンを生かし、間借りしていたお店でヴィーガンプレートを始めました。その時、たまたまFacebookでブッダボウルの存在を知り、もともと作っていたプレートを少しアレンジして、色とりどりの野菜と穀物、果実を1つの皿に盛るブッダボウルに。私自身がヴィーガンというわけではなく、シンプルに野菜が好きだった。それに新しいことを考えるのも楽しかった。ブッダボウルというネーミング力も強くて好きで、これはいける! 私ブッダボウルの先駆者になる! と確信しました。それから『ブッダボウルの本』を出版しました。本を出してからは、ヴィーガン、プラントベース、ブッダボウルというワードがすごく身近に感じるようになって、なんとなく1つのブームを作れたような感覚になりましたね。

伝統のある料理、旬の食材を通して日本の風情を味わう

−−食人生においてさまざまな節目を経て、改めて思う日本の食文化の魅力とは?

前田:例えば、お節料理とか、受け継がれてきた料理や日本ならではの習慣が消えつつあるような感じがして、寂しいですし、なくなってほしくない。うちは毎年必ずお節料理を作ります。やっぱり日本人の体には日本の食材が一番合う。カノムパンをやっていた時もブッダボウルを作っていた時も、お店で野菜を見て食材ありきで、今日何しようって考えていました。それを考えている時に一番アドレナリンが出ていたかもしれません。そういう時も日本の食材を使うことが多かった。意識はしていないけど、ナチュラルに自分の中でそれが目利きとなって染み付いていたのかもしれないですね、ルーツですから。葉山での生活は、日本の生活に沿ったものをなるべく自分の手で作ろうと思った始まりで、お味噌作りや梅干しを漬けたのはその頃から。特別な何かというよりはいつもの生活の中にある普通のこと。魚を焼いて、玄米を炊いて、自分で作った味噌でお味噌汁を作って、糠床から糠漬けを出して。そういう食卓がやっぱり好き。干物や、余裕があれば、がんもどきも手作りする。それが夢のようにおいしい。季節の変わり目に、旬の食材でお祝いするとか、食べると体が喜ぶのを感じられるとか、日本食にはそういう魅力が詰まっていると思います。

季節や体調の変化を料理で感じる「麹」「糠」「梅」

−−おすすめの食材に麹と糠、梅を挙げた理由を教えてください。

前田:タイ料理店、「カノムパン」、「マリデリ」、「ムスムス」……と、これまで忙しく働いてきて、おいしいものを食べてもらいたい、その一心で続けてきたので、自分が食べるもののことまで気にかける余裕がなかった。今人生で一番自分のことにちゃんと時間をかけて、丁寧に生活できている気がしています。発酵させていく過程を楽しむこと、自分の手で作った味噌を使ったお味噌汁や、糠漬け、梅干しが日々の食卓に並ぶ。それが何よりも嬉しいんです。

−−和食に欠かせないこれら3つの食材ですが、手作りする時の楽しさはどのようなところに感じていますか?

前田:麹と納豆菌のダブルだからきっとすごく免疫力が高い。納豆麹にすると納豆の賞味期限も延びるので、そこに日本食文化ならではの保存食の魅力が詰まっています。梅は毎年漬けていて、今年は梅シロップとカリカリ小梅を漬けました。梅雨の鬱陶しい時期にする梅仕事はワクワクしますし、晴れたら外に干すので、じめっとした日が続く中で晴れを待つ。そういう季節の移り変わりとともに在ることが毎年楽しみなんです。日本独時の侘び寂びみたいな感覚が好きですね。糠床は、自分に余裕がないとすぐだめになってしまう。自分の気持ちのゆとりのバランスを教えてくれるような、そんな感覚や自分の中の小さな変化を作っていると感じることができます。

すり鉢で胡麻をする、ひと手間にこだわる

−−おすすめのアイテムにすり鉢を選んだ理由について教えてください。

前田:炊飯器は台湾のもの、土鍋も日本らしさがなく、鍋はタイやインドで買ってきたものばかり、あとはストーブなので、自分の持っているものの中で何か日本らしいものはあるかな……とふと台所を見回した時に、目に入ってきたのがこのすり鉢。夫からのプレゼントでもらったものです。する時のゴリゴリという音も好きですし、だんだんといい香りがしてくるのもワクワクする。改めて日本ならではの、いい道具だなと思います。

−−どんな料理を作る時にこのすり鉢を使いますか?

前田:胡麻は擦りたてが、格段に香りが良くておいしい。ほうれん草の胡麻和えを作る時は、ほうれん草を茹でてボウルの中に入れ、そこにすり胡麻を入れるより、すり鉢ですって、そこに調味料とほうれん草を入れて、すり鉢の側面についた胡麻までも、満遍なく和えるのが好き。その方がおいしい気がするんです。

日本の食材の魅力とオーガニックを学んだ「ムスムス」

−−「ムスムス」のおすすめポイントは?

前田:まず、本当においしいです。お米は天日干ししたものを使っていて、私が働いていた頃はランチはそのお米がおかわり自由だった。天日干ししているだけで普通のお米と味が全然違うんです。玄米と白米とを選べて、お惣菜も食べられる。「ムスムス」という店名は、野菜をせいろで蒸す料理名から名付けられたそうです。

−−前田さんにとってどんなお店ですか?

前田:「カノムパン」を辞めて1年くらいアルバイトしていたお店。日本食の勉強は、「ムスムス」での経験が生かされています。日本のものしか使わない「ムスムス」は、日本の端から端までの日本のオーガニック食材を仕入れ、調味料までこだわって料理を出していたので本当においしい基本の日本食と出合うことができました。私はランチタイムに働いていたので、丸の内のOLさんやサラリーマンで常に忙しく、優しい日本食を提供しているけれどキッチンの中は、体育会系でしたね。料理はすごく細かくて、丁寧。例えば針生姜は、針より細く切るように言われていて、私が切ったのだけ太くてすごく怒られたこともありました。技術力や腕、料理。自分にないものを知り、かなり鍛えられ、本当に勉強になりました。

前田まり子
フード・アーティスト。さまざまな飲食店で料理の腕を磨き、2000年には葉山に「カノムパン」をオープン。野菜をふんだんに使ったヴィーガン料理を得意とし、日本にブッダボウルを広めた第一人者。

Text & Edit Mai Okuhara

author:

奥原 麻衣

編集者・ライター。「M girl」、「QUOTATION」などを手掛けるMATOI PUBLISHINGを経て独立。現在は編集を基点に、取材執筆、ファッションブランドや企業のコンテンツ企画制作、コピーライティング、CM制作を行う他、コミュニケーションプランニングや場所づくりなども編集・メディアの1つと捉え幅広く活動中。 Instagram:@maiokuhara39

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