日本の“たしなみ”を理解することをテーマに、ジャンルレスで人やコミュニティー、事象を通じて改めて日本文化の本質を考える本連載。2017年にオープンした「kabi(カビ)」はコペンハーゲン帰りのシェフ・安田翔平とメルボルン帰りのソムリエ・江本賢太郎が共同オーナーを務める。自分達のスタイルを崩さない“攻めの姿勢”を取り続ける原動力を2人の言葉から紐解く。
コロナ禍で足並みよりオリジナリティを選んだ決断
新型ウイルスのパンデミックによる影響で、社会は大きく変化した。特に「みんなが集って飲食をし、語り合う」レストランやバー業界は感染の危険が高い場所として、幾度となく規制を受けることとなった。
規制を強いられるというのは、レストランの営業形態が変わることだけに留まらない。夜の営業時間短縮や座席数の減少により、昼の営業をスタートさせたり、ノンアルコールのペアリングを充実させたりというビジネスとしての「対応」も伴うことになる。しかもそれらが「攻め」に転じることは難しい。どうしても保守的になってしまう。2019年まで、世界中で盛り上がりをみせていたレストランカルチャー。世界同様、日本でも一気にしぼんでしまった。
目黒通り沿いではあるが、どこの駅からも遠いレストラン「kabi」。コペンハーゲン帰りのシェフ・安田翔平と、メルボルン帰りのソムリエ・江本賢太郎が共同オーナーとなり2017年にオープンした。当時は2人とも20代、スタッフも全員20代。休日も一緒にキャンプに行くような仲の良さで、未だにオーナーシェフも皿洗いをする。それまでの、上下関係が非常に厳しいという業界のあたりまえとは対極にあるような店だ。
声高に主張したり肩肘張ったりわけでもなく、そして日和ることもなく自分達のスタイルで店を続ける彼ら。その姿は、コロナによる混沌の中でも変わらない。しかも、レストランは自分達が追い求める姿に近づこうと、攻めの姿勢を続けている。
「店鋪を経営してからの半分ぐらいの期間は、コロナの影響を受けていることになります。また日本橋のK5というホテル内に“CAVEMAN”という姉妹レストランがありますが、ここはオープンが2020年3月。営業期間がコロナ禍とほぼリンクするような状況でした」(江本)。それ以前のインバウンドで賑わう東京から事態が一変したことは、周知の通り。彼等だけでなく、業界全体の厳しい状況は続き、ミシュランの星付きレストランですら、閉店や休業へと追い込まれることになった。政府から緊急事態宣言や自粛要請などが発せられ、「kabi」でもコース料理とワインを中心とした飲み物のペアリングがメインという営業形態を変更することとなる。しかし、長く続く要請に対し、彼等は大きな決断をする。
「昨年から、コロナ前の営業形態に戻すことにしました。2020年は要請に従って、ノンアルコールとのペアリングをアップデートしたり、ショートコースやランチ営業などを行ったりしていました。けれど自分達がそれをどうしても楽しめなかったんです。提供する側が楽しんでいない店を営業することに矛盾を感じ、元の形に戻そうと翔平と一緒に決めました」(江本)。
自粛要請期間に、補助金を辞退し通常のスタイルで営業をスタートさせることを「kabi」はSNSを通じてアナウンス。すると馴染みの客達から次々に「待ってました」とレスポンスがあったそうだ。
自分達が楽しくないことはやらない。言葉でいうのは簡単だが、彼等は経営者として経済的効率性を考えなければいけない。さらに今は、グルメポータルサイトに匿名で誰もが書き込みができる。そんな中で足並みをそろえることではなく、オリジナリティを選択するのは相当困難なことだろう。しかしオーナー2人に、苦渋の色は見えない。コロナで店はどう変わったか、という問いに彼等は「店は変わったけれど、それはコロナというより食材の変化である」と答える。自粛という守りではなくレストランとしての進化によって店が変わったと答えるのだ。
「店をオープンさせた頃よりも、良質な食材を提供する人達との縁が増えました。彼らを通して本当に良い、そして本当に使いたいと思える食材を手に入れることができるようになりました。徐々にコースの金額を上げ、そんな上質な食材を料理するようになったことで、今は調理もあまり手を加えず、素材の良さを引き出すような料理に変わっていきました」(安田)。
自分達の楽しみという聖域を守る姿勢こそが混沌とした世の中をサバイブする1つの術
ユニークなのは、素材の特徴を前面に出す料理となったことで、「kabi」の名前の由来ともなった発酵ものの皿が減ったこと。そしてかける音楽も同様に、作り込みすぎないものに変わったことだ。「前は打ち込み系とかも結構かけてましたが、今はもっとオーガニックな感じ。また料理も、素材が素晴らしいのであえて発酵を多用しなくても良い皿ができるようになったように思います」(安田)。
自分達の本当にやりたいことは何か。社会が不安に覆われていると、情報や他者の評価に過度に引っ張られてしまう。しかし彼らは、まず自己の内面から湧き上がる事柄を始まりとして、1つひとつ店のコンテンツに落とし込んでいっている。
かつては、権威にも全く興味がないように思えたオーナーの2人。ミシュランの発表当日に店に行きその話題を切り出したら「いつ、発表だったんですか?」と答えていた。全くフォローしていなかったのだ。「今は星やランクなども獲得していければと二人で話しています」(江本)という。しかし権威への野心は生まれても、店を長く続けようとは考えていない。「長野県の白馬の近くに土地を買いました。将来的には、そこで家族とオーベルジュを経営したい」(安田)。
支配より協働のベクトルを選択したオーナー2人が、店に立つ日には期限があるよう。変わらないために変わる。つい揺らいでしまいがちな時世に、「kabi」は独自の道を歩んでいる。その姿勢には賛否両論あるかもしれない。しかしコロナ禍であっても、自分達の楽しみという聖域を守る姿勢は、この混沌とした世の中をサバイブする1つの術ともいえるのではないだろうか。