ピースビルダー・香港人建築家のジョウ・ジュン・リャオによる移動式茶室「FUUUN」とオンライン瞑想「UnXe」という禅体験

香港人、廖醇祖(ジョウ・ジュン・リャオ、以下ジュン)は、香港やタイ、日​​本でウェルネス・リビング・ネットワークを積極的に構築し、個人のウェルネスとコモングッドの向上を実現しているアントレプレナーだ。ハーバード大学院で建築を学んでいた時に、空間をデザインすることで価値ある体験を生み出せば、心豊かな社会が生まれ、社会問題を解決することにもつながるのではないかと考え始めた。その後、ソフトエンジニアの職を経て、香港初のカプセルホテル「SLEEEP」を幼なじみの起業家、アレックス・コトと創業。現在は香港に3店舗、バンコクに1店舗を展開している。自分をいたわってもらいたいという願いから、ホテル内にはIoTシステムを完備し、利用客が自由に調整可能な目覚めの質を高めるライティングや音響設定を導入し、リラックスできる居心地の良さに最大限のこだわってデザインされている。

2020年に香港から日本へ家族で移住したジュンは、まず京都建仁寺塔頭両足院の仏教僧侶、伊藤東凌とともにオンライン瞑想コミュニティUnXe(ウンゼ)をスタート。日本語・中国語・英語の3ヵ国語で同時配信される瞑想体験は、時差という壁はあるものの、欧米からの参加者も少なくない。さらに2021年、世界を旅するように学び、暮らし、働く中で出会った長年の友人達とともに「瞑想」と「移動」を掛け合わせたキャンピングカー「FUUUN(浮雲)」を開発。

物事に執着せず、雲のように自由自在に浮遊するイメージでデザインされた車内は「移動する茶室」とも言われ、茶室や日本家屋にインスピレーションを受けている。メインスペースはテーブルを囲んだ座席やフラット畳、茶室等、5種類以上のパターンに変化する禅空間。最新テクノロジーを取り入れ一切の無駄を省いた空間は、ユーザーのライフスタイルに合わせてノマドなワーケーション、家族・友人とのミニマルなキャンプや旅、そして全く新しいスタイルの瞑想や茶道といったさまざまな目的に対応が可能だ。「FUUUN」の3つの「U」には、1つの定義に収まらない、躍動する可能性「不二(Undefined)」、所有というこだわりから離れ、喜びを分け合う「不執着(Unattached)」、あらゆる枠を超えてどこへでも、空は繋がっている「不或(Unlimited)」という禅における3つの“不”が込められている。

近年、さらに注目を集める、必要最小限の物だけで暮らすミニマリスト、あらゆる瞬間に意識を向けるマインドフルネス等にも通ずる禅の思想を取り入れる、ジュンの多彩なアイデアの根源を自身の禅体験とともに伺った。

禅に興味を持った学生時代の経験と禅僧・伊藤東凌との出会い

−−「FUUUN」は静岡県富士宮市を拠点としていますが、ご自身も住んでいるのですか?

ジョウ・ジュン・リャオ(以下、ジュン):東京に住んでいて、富士宮には1週間半に一度は来ています。香港から日本に移住した後は、息子の学校がある東京に引っ越しましたが、富士宮に小さな拠点を置いて、頻繁に通っています。

富士宮は妻の故郷なのですが、結婚前に初めて訪れた際に自然の風景や余計なものがない生活様式に魅了されました。富士宮では毎日、どこからでも富士山が見え、空を見上げると雲が変化していく様がとてもきれいでした。義父が庭でやっている農作業を手伝ったりもしました。妻の実家から見える富士山の眺めも見事でしたし、強く印象に残っていることがたくさんあります。海外からの観光客は、東京や大阪などの大都市を訪れることがほとんどだと思うので、富士宮に旅行したことのある香港人として自分自身に誇りを感じます。

−−「FUUUN」では、禅僧の東凌さんによる瞑想会が行われています。お2人の出会いは、東凌さんの寺で6週間、アーティスト・イン・レジデンスをされた時と伺いました。この時に禅に興味を持たれたのでしょうか?

ジュン:東凌さんから大変多くのことを教えていただきましたが、禅に興味を持ったのは香港にいた中学生時代です。図書館でランダムに本を選んで読む習慣があり、その時に禅と出会いました。その後も禅には興味があり、毎回旅先で瞑想のできる場所を訪ね、巡礼のようなことをしていました。

東凌さんにお会いした際、私は香港の「SLEEEP」のチームを率いて、日本のおもてなしの心や美意識、茶道などの深いルーツと感性で知られる文化に触れるために京都を訪れていました。その時に東陵さんの瞑想教室に参加し、参加者が理解しやすいように工夫されている瞑想の教え方に好感を持ち、連絡先を伺いました。その後、東陵さんが香港のアートバーゼルを訪れた際に再会し、一緒にランチをするなど親睦を深めていき、宿坊の許可を頂きました。東凌さんは以前から、お寺でのアーティスト・イン・レジデンス・プログラムを企画したいと思っていたようで、私の滞在がプログラムを立ち上げる動機になると考えたようです。プログラムは6週間、朝は4時半から5時くらいまで散歩をする日が多く、一緒にお経を唱え、私は木魚を叩いていました。朝の散歩では、京都の山や川を訪れ、哲学、人生、芸術、禅について深く語り合い、相互理解を深めていきました。そういった深い信頼関係があったので、東陵さんと一緒に日本でビジネスを始めることは自然な流れでした。

−−「FUUUN」の活動とは別に、日本語・中国語・英語で同時配信される瞑想体験ができるコミュニティ「UnXe」の運営をされています。世界中から参加者が集まっていますね。

ジュン:現在、参加者の7〜8割は日本人ですが、何かしらの国際交流をされている方がほとんどだと思います。他には、シンガポールや香港、ヨーロッパからの参加者もいます。ヨーロッパから参加する人達は、時差があって夜中の1時、2時から開始となるため一番熱心な参加者と言えますね。アメリカからの参加もありますが出入りがまばらなのは、現地時間の毎週金曜日の夕方を瞑想のために確保することが難しいからだと思います。ネット検索やソーシャルメディアを通じて、世界中の人達がUnXeを体験しています。

−−「UnXe」の魅力や独自性は何でしょうか。

ジュン:世界中にあるすべての瞑想グループを知っているわけではないですが、自分達が信じる正しいと思うことを実行しており、個性的な点がいくつかあります。まずは、質の高い通訳、トリリンガルの環境での瞑想体験です。グループ内の対話は全て、日本語と英語のバイリンガルにするよう心がけています。英語のコメントがあった場合は日本語に通訳しますし、その逆も同様です。瞑想中は、中国語の話者にも開放するため、広東語の通訳も行っています。特に広東語を学びたい、理解したいというわけではないけれど、言葉を聞くのは楽しいという方もいます。同じ内容を違う言語で聞いていると、ある単語が違う言語の単語になるとどのように聞こえるかを意識するようになります。無意識のうちに異文化理解や他言語の良さを実感しているようです。

もう1つは、東凌さんがやさしく教えてくれる視覚化とコーチングを取り入れた参加者が上手に集中できるガイド付きの瞑想法です。無言で15分間座っている瞑想法もありますが、それぞれの方法があって良いと思います。お寺で瞑想して15分間じっと座っていると、周囲に意識を向け、鳥のさえずり、木々の間を吹き抜ける風の音に耳を傾けという体験の共有ができます。当初は全員、Zoomのマイクをオンにして他の参加者のバックグラウンドの音に耳を傾けて瞑想していました。ところが、ネット環境が安定しない場合もあり混沌としてしまい、ミュートでの参加をお願いすることにしました。しかしそうなると、自分の部屋の音を聴くだけになってしまい、全員の共有体験がなくなってしまうことに気づきました。そこで、空間を再構築し、特定のトピックやテーマで共有体験をすることを思いつきました。

−−どのような共有体験なのでしょうか?

ジュン:瞑想にテーマを導入することにも繋がったのですが、テーマを設け、それを 探索、表現、実験、拡張という4段階のステップを踏んで、掘り下げていきます。各セッションの終盤は、参加者同士の質疑応答、自身の成功体験や課題を共有します。また、ライヴ投稿で質問を投げかけ、グループ内で回答をシェアできるようにもしています。同じ質問でも人によって反応が違うのが興味深いですね。これらのテクニックは、活発なビジネスミーティングをするためのものですが、そこに禅の知恵や瞑想を足すことで独自の瞑想体験を提供しています。

日本語を学ぶ誰しもが考える「気」とは何か?という疑問

−−日本人と外国人の瞑想やマインドフルネスに対する行動、考え方に違いはありますか?

ジュン:いい質問ですね。「UnXe」を運営する中で気付いた傾向の1つは、ヨーロッパとアメリカの参加者の中には、表現力がより豊かな人がいるということです。私達が質問をする際、参加者に答えをチャットで入力をするか、ミュートを解除して発言するように促しますが、発言する方を選ぶのはたいてい欧米の人です。ほとんどの人がどこから来て、どんな人なのかまったくわからない人達の集まりで発言するのは勇気がいります。

私の簡単な仮説ですが、マインドフルネスという点では、たとえ10分間のガイド付きの瞑想であったとしても、日本人よりも外国人の方が目新しさを感じて、集中できるかもしれません。人は目新しいことに出会うと、より注意深くなり、違いに気付きやすくなり、よりマインドフルになれます。日本の方々は京都という場所を知っているし、実際にお坊さんを見たこともあるでしょうから。

−−日本の生活には、禅の思想が入り込んでいると感じますか?

ジュン:私は日本文化の中で育ったわけではありませんので、観察者としての立場からの意見ですが、仏教は日本文化に大きな影響を与えたと思っています。日本語を学ぶ人なら誰しもが疑問に思うことの1つに、「気」とは何かということがあると思います。「気をつける」は注意を払うこと、「空気を読む」は、ある場面で全体的な雰囲気を読むことなど、「気」を使った言葉はたくさんあり、意味もそれぞれ存在する。一方で、日本人に「『気』とはどのようなものですか?」と聞くと、「わからない」と言われます。私が思うに、「気」とはマインドフルネスです。どこにでもあるもので、それに気付くか気付かないか。仏教哲学者・鈴木大拙の本にも、そのようなことが書いてありました。瞑想が上手になることや、悟りを開くということは、「気」が自分の内側と外側を自由に行き来している状態です。あくまで独自の解釈ですので大目に見てもらいたいのですが、マインドフルネスがある状態に達すると同時に自身とその文脈を意識できるようになり、自分と周囲との間に壁はないと感じられて自我が解消されます。私は論理的に物事を深く考えるので、ついあらゆるものを分析、解釈してしまうのですが、直感的に物事を捉えることも必要だと思います。

−−日本での生活、ビジネスを確立する中で挑戦はありましたか?

ジュン:過去2年間は幸運に恵まれました。妻とともに日本へ移住した後、東陵さんのお寺に滞在し、特別な視点を持ちながら京都を毎日歩き回りました。その後、妻のいる静岡に戻り、東京に移動しました。3ヵ所で生活する中で、地域によって少しずつ文化が違うことがよくわかりました。日本人は美意識が高いと言われていますが、それは空気を読むこと、人の振る舞いや話し方、他人への視線に敏感であることに繋がります。生活をする中で、私の意識もずいぶんと鍛えられました。空気を読むことは挑戦ですが、行動における美意識を高められる社会の存在は素晴らしいと思います。

−−今後、重要視されることは何でしょうか?

ジュン:総合的な面での最大の課題はコミュニケーションです。情報が氾濫する時代に奥深い話をするのは難しく、考え抜くには時間が必要です。仮に難解なプロジェクトがあった場合でも、10秒以内に人の注目を集められるようわかりやすく、かみ砕いて伝えなければなりません。そこから徐々に距離を縮め、より多くの注目を集め、交流する機会を増やせるような仕掛けも考えていかなければなりません。世界には人の注目を集めることが上手な人やプロジェクトが溢れていて、その中には中身が空っぽだったり、偽物だったりするものもあるかもしれませんが、注目を集められること自体はとても重要です。多くの人にとって注目を集めることは困難な課題で、判断力も求められます。

仕事については、誠意を忘れず、多くの努力と資源を投入して土台作りができていると思います。より魅力的なプロジェクトと競合する中で、自分達のプロジェクトの価値を存分に伝えることにやりがいを感じています。偽りや誇張は決して用いず、真摯に粘り強く伝えていくことで、私達が出している小さな音を雑音の中であったとしても聞き分けてくれる人がいればいいですね。 UnXeは慈善事業ではありませんが非営利団体のように運営していて、恩恵を受けている参加者の方々がいると思い、楽しみながら続けています。瞑想をすることが、都市でコロナ禍による未知の世界に生きる人達の生活の中で生まれるあらゆる種類のストレスを軽減するのに役立つと信じています。私の行動の指針は、ガンジーが残した言葉『あなたがこの世で見たいと願う変化に、あなた自身がなりなさい』です。私達が見たい変化は、戦争のない世界、持続可能な平和な社会です。現在、世界中が戦争の恐ろしさを目の当たりにしているので、この願いはとても切実なものになりました。自分達にできることをやり、小さな1歩を積み重ね、行動で伝えていきたいですね。

廖醇祖(ジョウ・ジュン・リャオ)
雲云CEO。香港出身。UCLAにてデザインメディアアートの学位を取得後、ハーバード大学院にて建築の修士課程を卒業。米国にて4年ほど都市設計ソフトウェアのデザインエンジニアとして従事。2016年、香港にてテクノロジーベンチャー「SLEEEP」を立ち上げ、香港初となるカプセルステイを経営。上質な睡眠と多拠点生活を支援する。2020年、日本へ渡り雲云を設立。モバイルカプセルとしてキャンピングカー「FUUUN」を制作。現在は「EXP.」名義のグループにて、「SLEEEP」や「FUUUN」、その他のプロジェクトにおいてボーダーレスに活躍する。
FUUUN 浮雲

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NAO

スタイリスト、ライター、コーディネーター。スタイリスト・アシスタントを経て、独立。雑誌、広告、ミュージックビデオなどのスタイリング、コスチュームデザインを手掛ける。2006年にニューヨークに拠点を移し、翌年より米カルチャー誌FutureClawのコントリビューティング・エディター。2015年より企業のコーディネーター、リサーチャーとして東京とニューヨークを行き来しながら活動中。東京のクリエイティブ・エージェンシーS14所属。ライフワークは、縄文、江戸時代の研究。公式サイト

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