台湾人作家・チョウ イ 「どんな未来が来ても、リアルの壁は揺るがない」

変わろうとするエネルギーにあふれている台湾。世界に先駆けて、新型コロナウイルス封じ込めの初動に成功したIT担当大臣オードリー・タンの存在で、世界的な評価を高めたことは記憶に新しい。近年は若い世代のカルチャーの発展も目覚ましく、日本のメディアはこぞってオシャレなカフェ、かわいい雑貨、美味しいローカルフードを紹介し、「今アジアで一番おもしろいのは台湾」と言う人は少なくない。その勢いは、アート、文学、音楽、アニメーション、映画などといったコンテンツで見られる。その背景には、日本を含む植民地支配のあと、複雑に形成されたために、未だに独立国として承認されないという危機感、アジア社会特有の女性の生きづらさなどがあり、これらが若者を中心とするカウンターカルチャーへの渇望を高めている。

さまざまなアイデアがぶつかり合いながら創り出される台湾カルチャーを牽引する1人として注目を集めているアーティスト、チョウ イ(周依)。自国の伝統や言語、今では非常に珍しい台湾の原風景を残す地元、新莊の日常をテーマに選び、アジアや欧米のブックフェアに参加し、国内外で活躍する姿は、外国文化の影響を柔軟に受け入れ、独自のクリエイティヴィティを追求しながら進化を続ける台湾そのものと共鳴する。取材時に、チョウとのインタビューの中国語通訳をしてくれたのは、台湾のユースカルチャーの現状を伝え、彼女のパートナーでアーティストの永岡裕介。「日本語、英語だけでは台湾の本当におもしろいカルチャーは探せない」と言われ、ますます興味が湧いた。今、チョウは何を考え、どこへ進んでいこうとしているのだろうか?

「パンデミックを経験して、自由の意味は大きく変わっている」

ーー多くの作品は「現実と空想を行き来するような世界」と評されていますが、現実と空想はどのように定義していますか?

チョウ イ(以下、チョウ):仕事や日々の生活の中でフラストレーションがあり、どうしても逃れられない現実との葛藤があります。その反対側に(自分の中に)幻想の世界があって、そこはどんなことをしても許される、やりたいことが形になる場所。現実の世界は複雑で、自分で対処が不可能なこともある。でもそれが困難であればあるほど、それに反発するように私の幻想は輝いていくように感じています。相反するものですが、補完し合っているのです。

ーーその共存世界は、人生のあらゆる側面を表現しているようですね。

チョウ:自分の気持ちが沈んでいる時ほど幸せを感じられるような作品が作りたくなり、その感覚が作品を生み出すモチベーションにもなっています。絵をコントロールしようと思わなくても、そちらの方に手が動いていくのです。Instagramなどに作品をアップすると、「絵を見て、元気になった」とコメントをもらったりするので、そこからの相乗効果もありますね。女性が自分らしく生きられるようになるといいなと思っています。

ーー活動初期から現在まで、表現方法が変化したタイミングが何度かありましたが、どのような状況だったのでしょうか?

チョウ:自分を取り巻く社会や時代の変化に影響され、自分の作風が変わったという意識ははっきりあります。作品の変化とともに、友人を含めコラボレーションするアーティストやクライアントも変わり、SNSのフォロワー数は増えていますが、全く違うタイプの人達が今の作品を見てくれています。

活動初期に周りにいた友人やフォロワーは、カウンターカルチャー、サブカル的思考の人達が多く、自分の正当性を主張し、「そんなことをしても意味がないんじゃないか」と自分とは違う価値観を徹底的に否定し、反逆精神的であることがクールだと考えていました。現在も台湾では、世の中を嫌い、明るい未来はないと悲観的な考えに満ちている層が一定数いて、1つの大きなムードとして盛り上がっていました。そういう価値観がカッコいいという意識を持っている人達を中心に、1990年代の日本のロックやグランジのような退廃的な音楽が台湾で流行し、大きなムーブメントになっていました。当時の私は、そういった人達と価値観を共有していましたが、今は政府や一般企業とも仕事をしています。

ーー作品に共通するテーマをあえて挙げるなら「自由」だと仰っています。この数年で世界は大きく変化し、不自由な状況が続いていますが自由の定義は変わりましたか?

チョウ:過去に定義した自由は、社会と自分の関係であり、社会的な圧力、こうでなければいけない、こうあるべきという、凝り固まった価値観から逃れることを意味しています。台湾は日本と同じように伝統的、保守的な価値観が強く、そういったものから自分を解放したかったのです。

今もコロナ渦ですがパンデミックを経験して、私の中での自由の意味は大きく変わってきています。自由に外出して人に会ったり、外国に行くことができなくなったので、自分のメンタルを保つことを大事にするようになり、最近はメディテーションをしたり、パワーストーンを持ったりしています。以前は社会でどのように立ち振る舞うかを考えていましたが、今は、精神的な自由がテーマです。自由の解釈はだいぶ拡張していて、それは作品にも反映されています。以前はきっちり下書きをしてその通りに書いていくことが多かったのですが、今は下絵をあまりせずに、自分が一番気持ち良い状態で書いて完成させるスタイルが多くなっています。

ーー上海、アメリカのアートブックフェアに出展し、メキシコの出版社等とも仕事をされています。現地での交流で得た刺激、発見はありましたか?

チョウ:国外での初めてのブックフェアは、シアトルで1日限定で開催されるオルタナティブ系の「ショートラン」でした。そこで販売した本は「TOWN」という、自分が生まれ育った新莊の実際の風景と、自分の幻想の世界を表現したものでしたが、外国でどう解釈されるのか予想ができませんでした。当時は、少しスランプに陥っている時期で作品の方向性を迷っていたのですが、自分を信じてなんとか形にした本でした。

「ショート・ラン」はローカルなブックフェアで、多くは西海岸のシアトルやポートランド、バンクーバーから集まってきています。他にはシカゴのオルタナティブコミックの出版社がゲストで来ていたりと、アジアから参加する人はほぼいませんでした。最初に作品を気に入ってくれたのは、ブースを出している人だったのですが、彼が「おもしろいアーティストがいる」と他の参加者に拡散していたようで、その後、人がひっきりなしにブースに来て、売れ行きは好調でした。ブックフェアでは時間が経つのも忘れるくらいたくさんの人達と話し、刺激を受けました。自分の住んでいる街を誇りにしているという部分でシアトルやポートランドの人達は、私の作品に共感したようです。私は全くそんなつもりで作ったわけではなかったのですが、自分の考えや表現に自信をもつきっかけになりました。台北と比べて、新莊は最先端ではないし、かっこよくないけれど、自分がおもしろいと思うままに表現すれば受け入れられることを体感しました。

上海のブックフェアは、言葉の壁はありませんが、現地で顔を合わせて会話をしないとその場所のことを知ることはできません。メキシコの出版社とも上海のブックフェアで出合い、いろいろな話をしました。その後にメキシコでブックフェアがあるから作品を使いたいと連絡があり、仕事をするようになり今も交流が続いています。1、2日のフェアに参加して大きく価値観が変わり、影響を受けるという経験を何度もしているので、現実の交流をとても大切にしています。オンラインでも活動の場を広げることはできますが、フィジカルな体験は何ものにも代えがたいです。

「社会は目まぐるしく変わるけど、どんな状況でも自分らしくありたい」

ーー仕事が遠隔でできれば、好きな場所、居心地がいいところに住みたいと考える人は増えています。国内外で活動されていますが、新莊を拠点にし続けていますね。

チョウ:海外にも住んでみたいですが、どこに行ったとしても私のルーツは新莊にあり、絶対に揺るがないと思っています。この街は、台北の中心地から電車で1時間くらいのところにあって、距離的にはそんなに遠くありませんが、台北とは全く雰囲気が違う。台湾の伝統文化との結びつきがとても強いので、友達とは「新莊は台北にとっての(ブルックリンの)ウィリアムズバーグ」という冗談を言うのですが、実際の文化的成熟は成長過程にあります。若い人がアートに興味を持つことは稀ですし、カフェやレコード屋等も少なく、日本で言う“ヤンキー気質”が強いです。日本の郊外のように、「イケア」や「ユニクロ」の巨大店舗がオープンしたり、郊外の雰囲気と昔ながらの下町のような雰囲気が混ざり合っている不思議な場所。外国から戻ってくる度に、自分の街はこんなに変わっていて、おもしろくて、不思議だと知るんです。台湾の中を探してもこんな個性的な場所は無い。

ーー世界はどのように変わっていくと思いますか?

チョウ:オンラインでのコミュニケーションが増え、NFT(複製・偽造の不可能な証明書を付与したデジタルデータ)のような実態が無いものに価値がついていくようになることは理解しています。友達に誘われてNFTをやってみたのですが、実際に売れてマネタイズできる魅力を理解しても、のめり込むほどの魅力は見出せませんでした。2ヵ月前までは全く話題になっていなかったのですが、「作品がいくらで売れた」という話が周りで徐々に出てきたので、今はどうやってNFTに取り組むかという話題ばかりです。人生何が起こるかわからないから、取りあえずできるだけ最短で成功したい、儲けたいといった事を急ぐ人達の言動に危機感があります。金銭的な価値観からいったん離れて、自分の好きなものを作らないと良いものは生まれないと思います。社会は目まぐるしく変わり、予想外のことが起こりますが、どんな状況でも自分らしくありたいです。個人的にはフィジカルなコミュニケーションや筆跡がはっきりした絵画等に興味があります。次に展覧会をするなら、油彩や水彩画、鉛筆で書いた筆跡が見えるような作品を中心にしたいです。

チョウ イ(周依)
2010年から台湾を拠点に活動するアーティストでグラフィックデザイナー。世界最大の国際人権NGOであるアムネスティの人権アクションに関するグラフィックデザイン、日本の「ルミネ」のディスプレイとデジタルサイネージのイラストレーション、「ビームス 台湾」や「ナイキ」等とのコラボレーションワークなどで活躍。女性であることを意識した作品を多く手掛けている。
chouyi.co

author:

NAO

スタイリスト、ライター、コーディネーター。スタイリスト・アシスタントを経て、独立。雑誌、広告、ミュージックビデオなどのスタイリング、コスチュームデザインを手掛ける。2006年にニューヨークに拠点を移し、翌年より米カルチャー誌FutureClawのコントリビューティング・エディター。2015年より企業のコーディネーター、リサーチャーとして東京とニューヨークを行き来しながら活動中。東京のクリエイティブ・エージェンシーS14所属。ライフワークは、縄文、江戸時代の研究。

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