フィンランドの憂鬱は日本の憂鬱でもあった? 世界中が共感する人気コミック、『マッティは今日も憂鬱』の著者の人生観

フィンランドの人気コミック、『マッティは今日も憂鬱』の新刊で、シリーズ第3弾となる『フィンランドの不思議なことわざ: マッティの言葉の冒険』(以下、マッティの冒険)が出版された。日本を含めたアジア、欧米で人気を博している同書のキャラクター、マッティの控えめで1人の空間を大切にする姿に自分を重ね、癒されている読者も多い。そして先日発表された世界幸福ランキングでは、2018年から3年連続でフィンランドがトップとなった。パンデミックが長期化する中、フィンランドのライフスタイルに対する関心が高まっている。

日本の幸福度は56位と年々順位を下げており、それなりに豊かな生活を送りつつも毎日に幸福を感じられない背景には社会の自由度が大きく関係しているという声もある。日本とフィンランドでは、歴史や文化的背景も異なり、社会保障体制も違う。北欧では医療費・教育費が基本無償なので、老後の生活の不安やストレスも日本とは異なり単純な比較はできないが、「世界一幸せな国」といわれるフィンランドのことを知り、その良さを取り入れることで日々の幸福度を上げ、生活の質を向上させることができるのではないか? 『マッティは今日も憂鬱』の作者、カロリーナ・コルホネンにマッティが誕生した経緯、フィンランドの幸福感について話を訊いた。

“マッティ”には自分の経験がたくさん反映されている

――2015年に、ウェブサイト「Finnish Nightmares」を立ち上げ、マッティというキャラクターを作りましたね。 どちらも2016年に人気になりました。ウェブサイトを立ち上げる前のキャリアについて教えてください。

カロリーナ・コルホネン(以下、コルホネン): UIデザイナーやグラフィックデザイナーとして働いてきました。今も本業を続けながら、空いた時間にマッティの制作をしています。

――マッティは、フィンランドの男性に多い名前と聞きました。

コルホネン:最初は、名前も性別もない棒人間を描きましたが、ヨーロッパの友達に、ステレオタイプのフィンランド人の厄介な状況を説明したかったので、このフィギュアを作りました。フィンランド人の名前で1番多いのはカリ(Kari)で、マッティは2番目に多い名前です。何となくカリという名前がしっくりこなかったので、マッティにしたんです。書籍に描かれているステレオタイプや状況は男女問わず普遍的なものなので、特に性別は考えていませんでした。

――ご自身の考えは、どれくらい反映されていますか?

コルホネン:マッティに描かれていることは、私自身の経験がたくさん反映されています。私のフォロワーや、私のことをあまり知らない人達も、日常生活で遭遇するある種の経験を知ることができます。この内容は間違いなく本のタイトル通り『フィンランドの悪夢』です。(『マッティは今日も憂鬱』の原題:『Finnsh Nightmares/フィンランドの悪夢』)

――『マッティは今日も憂鬱』を制作したことで、これまで知らなかった自国の文化について何か新しい発見はありましたか?

コルホネン:たくさんのことを学びました。すべてのフィンランド人がマッティのようではなく「こんな風に行動する人を知っているけど、私は違う」と言う人もいます。いろいろな人の意見を聞くのは新鮮でしたし、自国のことをより深く知る機会にもなり勉強になりました。

フィンランド語を学ぶためのクールな方法

――フィンランドのことわざを題材にした『フィンランドの不思議なことわざ: マッティの言葉の冒険』が発売されましたが、出版したきっかけは何ですか?

コルホネン:以前から、フィンランド語やその他の言語の奇妙なニュアンスを持つことわざや格言に興味を持っていました。意味を知らないで、文字通りに解釈するとおかしみを感じます。例えば、フィンランドのことわざに「目に拳を入れるようなものだ」というものがあります。かなり奇妙で残酷な響きがありますが、実際の意味は“手に手袋をはめた時のように、ある事柄がフィットする”もしくは“何かが完璧にフィットする”という意味です。おもしろいですよね? だからこそ、外国語に翻訳したいと思ったのです。同書は、フィンランド語を学ぶためのクールな方法だと思います。最近は、学校でフィンランド語やフィンランドの文化を教える際に『マッティは今日も憂鬱』が使われることも多いんですよ。

――2018年に中国を訪問した時に多くの現地の大学生と交流し、その中でマッティは中国人と似ていると指摘した学生がいたそうですが、同じように日本でもマッティに共感する人がたくさんいます。他のアジア諸国の反応や意見に類似点はありましたか?

コルホネン:まだ中国にしか行ったことがありませんが、いつか日本と韓国にも行ってみたいです。文化的な違いはありますが、私がアジアのファンと交流する中で学んだことは、私達のコミュニケーション方法は驚くほど似ているということです。アジアの国々では、お辞儀をすることが多いですね。尊敬の念を示すボディランゲージがあります。フィンランドでは、敬意は距離から生まれます。物理的な距離、さらには精神的な距離も含めて、他人に敬意を示すために距離を保つ。例えば、相手に自分の意見を押し付けず多くの質問はしません。私達のコミュニケーションのベースは、口数を減らして言葉を選び、どう語り合うかです。

――日本での人気は知っていましたか?

コルホネン:出版社から聞いています。マッティが広告塔になったりして大々的に宣伝されることは期待していませんが、いつか日本に行ったら書店を訪れて、マッティが好きな人達と会いたいです。

――イギリスの作家リチャード・D・ルイスなどは、「フィンランド人のジレンマは、西洋の価値観でアジアのコミュニケーションスタイルをまとっていることだ」と分析しています。これに対して、どのような意見を持っていますか?

コルホネン:私は西洋の価値観についての専門家ではないですし、フィンランドの文化については個人的な経験しかありませんが、フィンランド人には独自の価値観があり、それは日本の価値観と似ている、あるいは近いものだと思います。私達はEUに属していますし、ヨーロッパ人でもありますが、全体的にはそれほど西洋的ではなく、独自の文化を持っているんです。

フィンランドでは「すべてが順調で、歌いたくなるほど幸せであること」が幸福

――最近、フィンランドの「シス」(困難に耐える力、あきらめずに努力する力、不屈の精神で立ち直る力)が、日本でも注目されています。シスは生活のどのような場面で使われていますか?

コルホネン:例えば、小さな子供が食べものの好き嫌いがある時、親は「食べなさい」と言うでしょう。すると子供は我慢して食べ終えて、誇らしい気持ちになります。苦しい時にどうやって立ち向かうか、あきらめないか、苦しい時にどうベストを尽くすか、といった心構えや姿勢を正す貫くことです。難しそうだったり、やりたくなかったり、不快だったりしても、それをやり通すのがシスです。

――「世界幸福度ランキング」では、今年もフィンランドが1位となりました。フィンランド人の幸福度を高める要因や価値観は何でしょうか?

コルホネン:まず、「世界の幸福度」という言葉が好きではありません。私は幸せですし、笑って日々を過ごしていますが、それは数字で測られるものではありません。

フィンランド人が、自分の人生に満足している要因に次のようなものが挙げられます。例えば、私達は自由に動き回り、話すことができますし、プライベートな空間と自然がたくさんあります。ヘルシンキは人口が多いですが、フィンランドの北部は人口が少ない。安全を確保できて政府への信頼度も高い。自由と安全、そして周囲の人々を信頼できるという感覚が人生に充足感をもたらし、幸福感につながっているのだと思います。 

――マッティが1人の時間やパーソナルスペースを大切にしているように、日本ではソロ活が流行しています。フィンランドらしいソロ活はありますか? 自身の1人時間の楽しみ方はありますか?

コルホネン:最もフィンランドらしい例をあげるなら、サマーコテージに行くことです。フィンランド人は森に行って野いちごやキノコを採ったり、釣りをしたり、湖で泳いだりして1人の時間を過ごすのが大好きです。最も大切な祝日である夏至祭の時期になると、街から人がいなくなります。みんなコテージで家族や友人と過ごしているんです。でも、私は1人の時間に本を読んだり、絵を描いたり、散歩をして過ごします。野いちごやキノコを採るのはそこまで好きではありません。

――フィンランドはヨーロッパで最も新型コロナウイルスの感染者数が少ない国ですが、パンデミック後、生活やコミュニケーションは変化すると思いますか?

コルホネン:感染者数が少なかったことに安心していますが、私達は社会的な孤立に直面しています。フィンランド人はある程度、孤立して生活をしていても問題ないのですが、コロナ禍で強制的に孤立を強いられる状況が続き精神的ストレスを感じている人が多くいます。政府がまず解決しようとしているのは、子供や10代の若者たちの生活を正常化することです。パンデミックが彼らの将来に大きな影響を与えないことを心から願っています。

カロリーナ・コルホネン
フィンランド中部に位置する都市のオウルに住み、デジタル・グラフィックス・アーティストとして活動。夫と二匹の猫と暮らす。趣味はコンピュータゲームと空想。毎朝、コーヒーは必須(できれば2杯)。2017年に『マッティは今日も憂鬱 フィンランド人の不思議』は、翻訳出版された邦訳海外マンガを対象とした読者が選ぶ翻訳海外マンガアワード、ガイマンの「センバツ!作品賞」部門で優秀賞を獲得。
finnishnightmares.blogspot.fi
Facebook:Finnish Nightmares
Twitter:@Finn_Matti
Instagram:@finnishnightmaresofficial

author:

NAO

スタイリスト、ライター、コーディネーター。スタイリスト・アシスタントを経て、独立。雑誌、広告、ミュージックビデオなどのスタイリング、コスチュームデザインを手掛ける。2006年にニューヨークに拠点を移し、翌年より米カルチャー誌FutureClawのコントリビューティング・エディター。2015年より企業のコーディネーター、リサーチャーとして東京とニューヨークを行き来しながら活動中。東京のクリエイティブ・エージェンシーS14所属。ライフワークは、縄文、江戸時代の研究。

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