生地から解き明かす「ターク」の哲学 後編 「着てくれた人の1日が幸せになる」ための服作り

森川拓野が手掛けるファッションブランド「ターク」の服にはどこか違和感がある。アイテムは、テーラードジャケットやシャツ、トレンチコート、MA-1など普遍的なものが中心だ。しかし、それらをじっくりと観察すると違和感の正体に気付く。

「ターク」は、上質さを追求するだけでなく、デザインのアイデアを元に服の根幹とも言える生地を独自に開発することで、見たこともないアイテムを生み出している。素材がグラデーションのように切り替わるファブリックを用いれば、ジャケットとシャツの境界線が曖昧な1着となり、デニムのダメージを加工ではなく織りによって表現すれば、見慣れたアイテムが新たな一面をのぞかせる。そして、確かな技術によって作られる生地とアイテムは、違和感をまといながらも、日常に取り入れやすいのも特徴だ。

前後編にわたる今回のインタビューでは、生地に焦点を当てて「ターク」の服作りの哲学を探っていく。後編では、2022年春夏コレクションのアイテムから、服そのものが持つ力について語ってもらった。

ギミックが効いた生地と、高揚感のあるデザインのミックス

――今シーズンは、素材がグラデーションで変わっていくシリーズには特に驚きました。素材が切り替わるにつれて、トレンチコートからMA-1というように、アイテム自体も変化しています。どのような部分を意識してアップデートしたのでしょうか?

森川拓野(以下、森川):このシリーズ自体が新しすぎたから、初めてできあがった時は楽しんでやっていたんです。その次のシーズンは素材違いを試したんですが、今回は、厚みと膨らみを出すというのが隠れたテーマでした。シングルの織りだったこれまでに対し、今回は二重織りでボリュームを出しています。

――アイデアだけでなく、生地そのものの質も追求したんですね。

森川:最初はどこまでアップデートできるかがわからなかったけれど、機屋さんと一緒に考えていて試作を続けることでようやく見えてきました。それに、コロナが流行り始めてから1年は、表現よりも技術開発に注力して定番アイテムを底上げしていたんです。

――グラデーションに合わせて施した植物の刺しゅうも目を引きました。

森川:生地の変化に合わせて桜の枝が成長している刺しゅうを施しました。デザインを加えることで、生地の技術的な驚き以外で高揚感を出したかったんです。コロナ禍中に培ってきた技術に表現をどうやって乗せるかが、今回の全体的なテーマでした。

――リネンのジャケットは裾に向かってコットン地のシャツに切り替わっていて、タックインできる仕様です。過去のインタビューでは、できあがった生地からどのようなフォルムにしていくかを考えるとお話ししていました。このアイテムはまさにそのように作っているように思いました。

森川:素材に差があればあるほどアイテムの形に差を作りやすいし、生地の特性に合わせたものを作ることにはこだわっています。無理にデザインしないというか、それぞれの素材が求めている形を作っているような感覚です。

――他にはどのような生地がありますか?

森川:このユリをモチーフにしたアイテムは、主にウィメンズでよくあるカットジャカードと呼ばれるもの。大柄にすることで柄と抜け感のコントラストが生まれて好きですね。ジャカードは作れる幅が決まっていて、ここまで大きくできる機械の台数も多くないんですが、それがある産地を知っていたので作ることができました。

――既製品の生地を加工した生地も作っているのでしょうか?

森川:そうですが、さまざまな加工を施して見たこともない生地に変化させています。服を作っている人であれば簡単に買える生地に、綿を溶かすオパール加工をし、さらに顔料を加えることで(透ける部分と顔料の部分に)ギャップが生まれて、見たことのない生地になる。

――見慣れた生地でも見せ方1つで変わるんですね。

森川:これもありものをいじった系です。医療に使われるようなポリエステルのジャージー素材で服を作り職人がその上からスプレーすると、人間の仕事だから絶対にムラ感が生まれるじゃないですか。それがレザーっぽく見えるんです。元はファッション的な生地ではないけど、それぞれの加工に適しているものを選んでいます。

――そういった大胆なアイデアを工場はすぐに理解してくれるのでしょうか?

森川:工場によって何ができるのかをあらかじめ理解しておくと、こちらも経験があるから「ここをこうすれば、こんなものができるでしょ」と提案できます。その作り方のロジックを考えていくのがおもしろいんです。

自然の美しさと技術が混ざり合ったアイテムを目指す

――今回のコレクションテーマ「自然」にはどのような思いを込めたのでしょうか?

森川:このコレクションを発表する頃にはコロナも終息し、パリに行けると思っていたのでハッピーなテーマでやりたかったんです。自然はみんなが良いと感じられるものだし、自然の力強さに魅力を感じたんです。それにみんなコラボばかりしているから、僕は地球をアーティストに見立ててコラボしようと(笑)。

――地表や、波が削ってできた海岸線のグラフィックを落とし込んでいますね。

森川:この造形美って人間が描こうと思っても描けないし、意図していない美しさがある。グラフィックをただプリントするのではなく、ちゃんと技術と融合させようと思いました。コラボという言葉を使ったのも、自然の美しさと技術が混ざり合ったような1着にしたかったからなんです。

――これも景色がグラデーションでだんだんと溶けてなくなっていくようですね。どのような仕組みになっているんですか?

森川:生地自体は、透けない白から透ける黒に切り替わっています。そこに柄をプリントすると、透けない白にはうつるけど、透ける黒にはうつらない。だから徐々に消えていくように見えるんです。

――すごい発想ですね!

森川:黒地にはインクジェットプリントが乗らないってことは服を作る人にとっては常識なのでそれの組み合わせのアイデアです。でもプリントして服のパターンに合わせて裁断してって、結構大変ですけどね。

――タイダイもインパクトがありました。

森川:絵の具を水面にぽたっとたらすときれいに広がるじゃないですか。その様子をイメージして、花が水に溶け出したらすごく素敵なんじゃないかと考えて作ったグラフィックです。だからパッと見何かわからないけど、由来はお花です。

服の魅力、そしてデザイナーがやるべきこと

――今シーズンはムービーで発表していますが、森川さんがデザイナーの使命として「服を着てくれた人の1日が幸せになればいい」って仰っていたのが印象的でした。

森川:それがデザイナーの一番の仕事だと思います。気分に合わないTシャツを着て出ちゃった日は1日嫌じゃないですか、人にも会いたくなくなりますし。でも、気に入った洋服を着た日はそれだけで幸せになる。それこそ洋服が持っている力で、そういう服を一生懸命作るのがデザイナーの使命なんです。

――着る側は純粋にかっこいいと思ったものを感覚的に着ることも多いですが、それでも驚きのある服を見ると、ファッションの根本のおもしろさを感じられるのではないかと。「ターク」はまさにそんな服だと思います。

森川:そこに応えたいですし、着る人には絶対伝わるものがあると思います。あと、僕はよく「デザインをしないように、デザインをする」って言っているのですが、ブランドとして強い個性を打ち出すためにしっかりデザインしているけど、あくまで着る人の日常に溶け込むことは大事にしています。切って貼ってみたいな表層的なことがデザインと言われてしまうこともありますが、うわべだけでは伝わらないし、芯の強さを見せたいです。

――肌に触れるという意味でも、生地はデザインの根底とも言えますね。

森川:さまざまな要素が合わさった上で服が成り立っていますが、その一番の根本である生地からデザインすべきです。三つ星シェフだって、スーパーとかではなく、契約農家さんの野菜を使うじゃないですか。自分の料理に合う野菜を選んで、生産者とコミュニケーションをとって、時間を費やして感動させるものを作る。ファッションも同じだと思います。だから糸から研究するし、織機のことも全部理解しようとするし、自分が求めているものはこうだと職人に突っ込んで話す。そんなあたりまえをひたすらやり続けています。

Photography Kohei Omachi

author:

等々力 稜

1994年長野県生まれ。大学卒業後、2018年にINFASパブリケーションズに入社。「WWD JAPAN. com」でタイアップや広告の制作を担当。『TOKION』復刊に伴い、同編集部に異動。

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