小林私とは何者か 非凡なシンガー・ソングライターが語る、その表現の源泉・「配信者」としての心得・これからのこと

面影ラッキーホールもAKB48もボカロも同時に弾き語る感性から紡がれる、「自分だけにしかできない表現」

万人が名乗れる一人称を個人名義にしてしまったシンガー・ソングライター、小林私(こばやし・わたし)。その動向に今注目が集まっている。

基本のスタイルはアコースティック・ギターの弾き語り。しめやかに爪弾くバラードもあるが、弦を掻き鳴らす激しい曲調も多く、ケレン味たっぷりの歌い方には昭和歌謡にも近いムードがある。事実、過去に出したカバー集では浅川マキや面影ラッキーホールなどの楽曲を自ら選出。しびれるセンスだ。ただし、同時にカバーするのがAKB48の「フライングゲット」や大人気ボカロ曲だったりするから、話はいささかややこしくなる。

YouTube配信を主戦場とし、現在の登録者数は14万人以上。ライブとなれば必ずソールドアウトになるこのシンガーは、果たして、新しい存在なのか。

「僕は基本的に若い感性のほうが正しいと思ってます。理論でいえばもう正解って出ちゃってますよね。耳なじみのいいコード進行やメロディは出尽くしていて、その中で何が最良なのか、その時代にいる人達の耳が無意識的に選んでいくものだと思うんです。僕の音楽に反応してくれるのは、まぁ同じ世代の人達になってきますけど、ただ、新しいものがいいという感覚もない。高校の頃に流行ってた音楽ってほとんど高い声のものだったから、自分の低い声は需要がないのかと思ってたくらいで。でも、意外と受け入れてもらえてますね」

昭和歌謡のニュアンスは意識しているのか、という質問には笑って首を振る。1999年生まれ。音楽に興味を持った源流は意外なことにボーカロイド・カルチャーだった。ただし、低音ヴォイスで歌い始めた小林は、そのままDTMの作曲ではなくアコギの弾き語りに向かう。

「単純に、僕みたいなやり方で僕みたいな曲を作る人がいないからやっているところはありますね。聴きたいと思う曲が今のシーンになくて、自分で書く以外の手段がないから、しぶしぶ自分でやってるところが大きくて。僕以外で同じことやってくれる人がいたら、僕は聴くだけで済むんですけど」

圧巻のライブ・パフォーマンス力、配信時に流れる文字情報に感じるもの

どこまで本気なのか。先日、Ginza Sony Parkで行われた配信ライブの現場を見たが、裸足にグリーンのスーツをまとい目を閉じて歌う姿の、非凡な輝きはなかなか忘れ難い。そこにいるだけで絵になってしまう佇まい。ネット発の音楽クリエイターは、匿名であったり顔出しNGであったりすることが多い。つまり「音楽はやりたいけれどスターになりたいわけではない」タイプの人間が多いのだが、その中で小林私は明らかに異質である。存在感だけでなく、自己演出能力がフル回転する唱法においてもだ。

ドラマティックに乱高下するメロディラインに、圧倒的な声量。ファルセット、濁声、巻き舌や破裂音などを効果的に使い分け、一曲のドラマ性をさらに高めていく魔性の歌い回し。さらにはドキッとする言葉を多用する内省的な歌詞。アコギの弾き語りといえば「シンプルだけど素材の良さが伝わる」とか「柔らかな温もりを感じる」ものに着地しがちだが、小林の歌には強い毒がある。危険だとわかっているのに巻き込まれたくなり、いっそ業火に焼かれたいとさえ願ってしまう、少し後ろ暗いロマンのようなもの。歌う本人が照れてしまっては台無しになってしまう強烈な世界観。そういうものを持ったスターが現れたと生のライブを見て理解した。

「そんな、別に考えてないですよ(笑)。単純に続けていって、慣れて、ちょっと歌も上手くなって、説得力が上がってきただけじゃないですか?」

この発言をどう捉えたらよいのだろう。同じくギャップを感じるのがライブ中のMCである。夢から覚めたように素に戻った彼は、スマホを片手にリアルタイムのチャットを確認。届く声に軽口をたたき、本気でオンラインのトークを楽しみ始める。ライブ配信が本格化したのはコロナ禍以降で、初めての配信に挑戦したミュージシャンは多いが、後日聞こえてきたのは「目の前に人がいないと心が折れる」「チャットは逆に虚しい」という多くのボヤキ声だった。だから、小林の表情がここまでイキイキすることには驚かされる。

「心、全然折れない(笑)。むしろ『文字キタキター!』みたいな。目の前にお客さんがいても基本は無言じゃないですか。文字のほうが反応としては雄弁。目の前のお客さんより文字だけの奴らのほうがパッと見は元気だったりする。これって、コメントを文字情報として捉えているのか、その奥に人がいると捉えているのか、そういう感じ方の違いでしょうね。僕はさんざん配信をして、文字=人なのだっていう感覚があるんですよね。目の前に人がいなくても……むしろいないほうがやりやすいかな。コメントがあれば」

基本、お喋りは好きだが、かなりの人見知りだという小林。「顔を覚えられた飯屋には二度と行きたくない」とのことで、親密になり過ぎる関係性が苦手なのだろう。不特定多数と生身で対峙するのは重たいが、しかしコミュニケーションは取っていたい。歌う快感とはまた別の楽しみがある。

「僕は単純に文字が好きで、本読むのも好きなんですけど、単純にコメントの文字情報がワーって流れてくるのがそもそもおもしろい。あとは、深夜に人と喋りたいと思ったら、友達1人に電話をかけるよりは、圧倒的な人数が来て、コメントなりなんなりを残してくれるほう楽しいんですね。ちゃんと向こうに人がいると認識しつつ、認識しない匿名同士の文字として扱う感じ。そういうシステムだから喋りやすいし、ときどきマニアックな話題が通じたりすると『この話できる人がいる!』って一気に視界が開ける。そういう喜びもあると思います」

「ただかっこいいのは、誰でもできるから」

「歌い手」と「推し」ではなく、クラスの隅っこにいる「秘密の共犯者」めいた関係性。そのコミュニティの中心には、やはり小林私の歌がある。30秒でスキップされるような軽いものではない、3分なら3分間、どっぷりとムードに浸れる言葉とメロディ。2021年には1stアルバム『健康を患う』が発売され、最新作『光を投げていた』では清竜人作詞作曲・プロデュースの楽曲に挑むなど、活動の幅は次々と広がっている。音楽を作るのは楽しいからで、なんであれ創作が好き。配信も楽しそうだからと始めたが、これは当然、創作とは別である。

今年3月にリリースされた2ndアルバム『光を投げていた』
今年3月にリリースされた2ndアルバム『光を投げていた』

「あれはたぶん寂しさとか暇の延長にあるもので。例えば暇だからスマホいじろう、アニメ見よう、映画見よう、みたいな選択肢の1つとして僕には配信があるんですね。だからバズった時は怖かったです。把握してるコミュニティからどんどん飛び出して、自分の名前が独り歩きしていく感じ。それは気持ちが悪いし、怖いなぁと思いつつ、でもそれがエンターテインメントだっていう諦めもあり(笑)、それが好きでインターネットやってるところもあるんで。だからインターネットとか配信って、暮らしの延長ですね」

この発言が、圧倒的オーラを放つ歌手の小林私と、歌い終えた直後からチャットに夢中になる小林私の謎を解くヒントになりそうだ。エンタメの世界の人にはなりきれない。あるいはステージと普段の暮らしを切り離したくないのだろう。Ginza Sony Parkでのライブは照明もカメラワークもかなり凝ったものだったが、黙って歌えばクールに終了するものを、あえてMCで崩しにかかる。そのやり方に強い主張を感じた。

「ただかっこいいって、それは誰でもできるんで。それは自分が見たいライブじゃないから、いいかな。せっかく人前出るんで喋っておきたいとも思うし。圧倒的に、歌より、普通に喋ってる言葉のほうが雄弁だと思ってるんで。スカしてるイケメンなんてムカつくじゃないですか(笑)。だから、自分が好きな自分になろう、みたいな。そんな感じでやってますね」

強烈な歌唱力に恵まれながら、ここまで歌手業を特別視しないシンガーも珍しい。今後、猛烈な速度でスターになっていくことも容易に想像できるが、同時に、ある日突然歌はやめますと言い出しかねないアンバランスな魅力もある。全く未知数の未来像。本人はどう考えているのだろう。

「あんまり人生設計を決めると、より自分の行動範囲を狭めちゃう気がする。いろいろ手ぇ出してはやめて、みたいな人生なんですよ。だから決めてないです。ただ、何か作ったり、表現方法は探していくんだろうと思ってます」

小林私

小林私
1999年1月18日、東京都あきる野市生まれ。多摩美術大学在学時より、本格的に音楽活動をスタート。シンガー・ソングライターとして、自身のYouTubeチャンネルを中心に、オリジナル曲やカバー曲を配信。楽曲をコンスタントに発表し続け、チャンネル登録者数は14万人を超えている。2021年には1stアルバム『健康を患う』がタワレコメン年間アワードを受賞。過去行ったワンマンライブのチケットは全てソールドアウトしている。2022年3月には自らが立ち上げたレーベルであるYUTAKANI RECORDSより2ndアルバム『光を投げていた」をリリース。
オフィシャルサイト:https://kobayashiwatashi.com/
Twitter:https://linktr.ee/kobayashiwatashi
Instagram:@yutakani_records
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCFDWRdFhAFyFOlmWMWYy2qQ

4月16日のライブ本番の様子はSony Park公式YouTubeチャンネルのアーカイブから視聴可能。
https://youtu.be/E8LddTIyndg

Photography Taichi Nishimaki

author:

石井恵梨子

1977年石川県生まれ。「CROSSBEAT」への投稿をきっかけに、97年より音楽誌をメインにライター活動を開始。パンク/ラウドロックを好む傍ら、ヒットチャート観察も趣味とする。現在「音楽と人」「SPA!」「リアルサウンド」などに寄稿。 Twitter:@Ishiieriko

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