多重録音 / 宅録音楽家・浦上想起という新たな才能 その音楽遍歴と思想について

2020年10月23日、多重録音 / 宅録音楽家・浦上想起による待望のデビュー・ミニ・アルバム『音楽と密談』が配信限定でリリースされた。……と紹介してみて、「待望の」というのは本来、それなりの時間を活動にあててきた音楽家にふさわしい形容だということに気付く。そう、大きな話題となった2019年公開の「芸術と治療」を皮切りに、現在20代の浦上想起の本格的な活動歴はまだ2年にも満たないのだ。けれど、その注目度の急速な高まりからいって、これほど「待望」という表現が似合う才能もまれだろう。

例えば、ヴァン・ダイク・パークス、ハリー・ニルソン等から連綿と続く、多重録音アメリカン・ポップスの伝統。あるいは、それらにも大きな影響を及ぼしてきたアメリカン・クラシックや、ウォルト・ディズニー映画などによる新旧アニメーション作品スコアを含む映画音楽の歴史。はたまた、フランク・ザッパのめくるめくアヴァンギャルド・ポップや、エグベルト・ジスモンチ、エルメート・パスコアールなどによるプログレッシブなブラジル音楽。さらには、ヴルフペックやルイス・コールなど、現代のオルタナティブかつ先鋭的なファンクとの共振。

浦上想起の音楽に触れると、そういったさまざまな固有名詞が奔流のように押し寄せてくるようでありながら、一方で、特定のムードに固定されることなく走り抜くスリリングな速力というべきものを味わうことにもなる。トリッキーなリズム・アンサンブルやリハーモナイズ(*)を駆使し、複雑な(けれどポップな)構成物を間断なく建て替え続けるようなその方法は、あくまで打ち込み工程が主体になっているという点からしても、現在の宅録音楽の最先端にして極めてオリジナルな一例ということができるだろう。

『音楽と密談』の制作についてはもちろん、これまで謎に包まれていた彼の音楽遍歴やその思想にも迫った。

特定のメロディーに対して想定される和音を入れ替えることによって、通常とは違った効果的な響きを得る技法のこと

「小さな頃から音楽は身近な存在だった」

——これまでの経歴を教えていただけますか。

浦上想起(以下、浦上):小さい頃から母親の車に乗った時にカーステレオから流れてくる音楽を聴いて「いいなあ」と思ったりしていました。カーペンターズ、ビートルズ、ユーミン……あとはビル・エヴァンスとか、ジャズも流れていましたね。今考えるとだいぶ生意気な話ですが、街中に流れているポップスに対しては、はっきりと好き嫌いがあって「これは良いけど、これは聴けない」という、自分の中での基準みたいなものがありました(笑)。

演奏のほうは、クラシック・ピアノが最初ですね。それと、ブラスバンド。転勤の多い親だったのでたびたび引っ越しをしていたんですけど、どこに行ってもその土地の子ども向けの音楽クラブに所属していました。担当は主にパーカッションです。地域の音楽好きの大人達と交流する機会もあって、クラシック音楽についての知識を教えてもらうことも多かったですね。

中学時代を思い返して大きな存在だったのはラジオです。気になった音楽をネットで調べたりも一応していたんですけど、受験勉強をしながらラジオを聴くのが好きで、そこで知ったアーティストを掘り下げて聴いたりしていました。高校に入ると、そこで仲良くなった友達にクラシック・ロックとか当時のインディー・ロックを教えてもらって、自分でも聴くようになりました。コピー・バンドをやるにしても人手が足りないから鍵盤以外にもギターとかドラムとかいろいろとやらされることになって(笑)。大学へ進学すると同じ専攻のクラスの友達で音楽仲間ができて、バンドをやってみたり。そのつながりで友人のサポートとかアレンジとか頼まれるようになって、自分名義の活動を始めるまではそういう活動がメインでした。

――特に影響を受けた音楽家は誰でしょう?

浦上:1人は、アラン・メンケン。例えば『美女と野獣』(1991年)とか『アラジン』(1992年)とか、小さい頃からディズニー映画が大好きでよく見ていたんですけど、映画の内容そっちのけで音楽自体にすごく惹かれてしまって。彼の音楽ならではのめくるめく展開というか、シリアスなクラシック音楽とも違ったきらびやかな和声が魅力ですね。『ウェスト・サイド物語』(1961年公開。音楽:レナード・バーンスタイン)とかミュージカル映画も大好きでした。いわゆるフィルム・スコアには昔からとても惹かれまし、映画館に行って映画を観ること自体もずっと大好きです。

もともと、ブラスバンドをやっている時から譜面を眺めるのがとても好きだったんです。オーケストラ譜とかは「指揮者だけが見てよいもの」みたいな謎の思い込みがあって、コソッと眺めては全体の音を想像してみるみたいなことをしていました(笑)。

もう1人は、ジョニ・ミッチェルです。最初はおそらくラジオ番組の洋楽特集的な企画で知ったんだと思います。あの独特の声にまず興味を惹かれました。曲自体も、「A、A、B、A」みたいなよくあるポップスの構成の型にはまっていない不思議な魅力を感じました。どの時期も素晴らしいですけど、ジャコ・パストリアスとやっていたジャズ色の強い時期は特に好きです。

本当にやりたいことを再認識して、音楽の道へ

――現在の自作自演に通じる活動はいつ頃から始めたんでしょうか?

浦上:最初のきっかけにさかのぼるなら、幼稚園の頃かもしれません。スーパーの呼び込みの音楽に似せたオリジナルのメロディーと歌詞を自作したりとか、そういうレベルですけど(笑)。まだ音源を残すという発想はなくて、ノートに五線譜を書いて音符を並べたりしていました。

本格的に自分主体の活動をするようになったのは本当にごく最近で2019年に入ってからです。卒業後の道も決まりつつあったのですが、ある時点で急に全部ほっぽりだして、本当にやりたいことってなんなんだろうと考えていくうちに、1人で音楽を作ってみたいなと思い立ちました。そこから、カヴァーやオリジナル曲の断片をネットにアップしていくようになりました。

――当初は「浦上・ケビン・ファミリー」という今とは違う名義でしたよね。

浦上:家族や周りの友人など誰にも言わず1人で始めてしまったから、どうしても孤独感というか寂しさがあって、とりあえず架空のバンドというか集団というか、そういう設定でいこうと思ったんです。実際は1人でやっているから寂しさは全然紛れなかったんですけどね(笑)。曲をアップしていくうちにその設定もだんだんうやむやになってきて、結局今の名義に変わってしまいました。だから今の「浦上想起」も確固とした音楽的コンセプトがあるわけでもないんです。

――すべて宅録で作られているということですが、使用機材やソフトはどんなものを使っているんですか?

浦上:DAWはアレンジの仕事をやっていた時代からCubase一筋ですね。ソフトシンセの打ち込みが軸にはなっていますが、すべて打ち込みにしてしまうといかにもデジタルな質感になってしまうので、効果的に生楽器を混ぜることも意識しています。マイクに関してはチープなものを使っているので、特にヴォーカルとかはEQで加工してとっぴな個性を出したり逆になじませてみたり、いろいろ工夫をしています。

――「芸術と治療」をアップしていろいろな反応があったと思いますが、ご本人的にはいかがでしたか?

浦上:最初は人に聴かせるということへの心理的なハードルがすごく高かったし、発表までミックスとかも迷うことが多かったんですが、結果的に自分の予想を超えて多くの人に聴いてもらえて驚きつつも嬉しかったです。やっぱりSNSがこれだけ発達しているおかげだなと思うことも多くて。それまでなかなか可視化されてこなかっただけで、自分みたいに一人で音楽を作っている人が結構いるということが見えてきたし、聞き手に見つけてもらえる可能性もずっと増したと思います。

リハーモナイズの面白さは作曲の重要な要素

――以前からリハーモナイズのおもしろさをいろいろなところで発言されていますが、具体的にどういったところに惹かれているんでしょうか?

浦上:リハーモナイズとか和音を再構築することのおもしろさって、単なるアレンジにとどまらず作曲を行う上でもとても重要な要素だなと感じているんです。自分の場合、主にジャズを聴きながら養ってきた感覚だと思うんですけど、理論で組み立てることも可能な一方、本質的にはもっと感覚的な部分が大事な作業だと思っています。はじめから定石的な和音を当てはめていくんじゃなくて、そこをまっさらに考えて、都度都度で気持ちよく響くコードを探しながら当てはめていくような方法が好きですね。

――曲に取り掛かる前から完成予想図的なものが頭の中に構築されている感じなんでしょうか?

浦上:そうですね。今回の作品は「密談」とタイトルにもあるように、トラックも歌も、自分の内側に向けたものが多いかなと思っていて。自分の中にある音楽の「イメージ」そのものと対話する趣向というか。でも、実際には思い通りにいかないことも多くて。1人で作っていると、どうしても他者の意見とか偶然性みたいなものが入り込んでくる余地がなくなってしまうんですけど、自分で作ったものを3日間くらい寝かせてみたらすごく変に聴こえたりとか、思ってもみなかった要素があったりとか、時間を隔てた自分が別の視点を提供してくれるっていうおもしろさもある気がします。

浦上想起 1st mini album 「音楽と密談」

――打ち込み音楽というと、一般的にループ的構造をもったものを思い浮かべがちですが、浦上さんの音楽の場合、ひとところへ回帰することなくすごい速度で次から次へ移り去っていくような感覚があります。なんというか、壮大で緻密な一筆書きを見ている気分というか……。

浦上:次々とカラフルに切り替わっていく連続的なイメージみたいなものを和声で表現したいというのはあります。音で色彩の移り変わりが見えたらおもしろいかなと思っています。

――一方で、それぞれ一個の歌もののポップ・ソングとしても完成されている。歌詞は、いわゆる「内面の吐露」というより、ある特定の「視点」を設定した上で描写的にその心象風景を描いていくものが多いように感じました。

浦上:曲ごとに主張みたいなものはわりとはっきりあるつもりなんですけど、それをストレートに書いてしまうことへの照れみたいなものも自分の中にあって。なんというか、「意味のあるもの」の氾濫に対しての疲れがあるというか、理に落ちてしまわないように気をつけているところはありますね。実の部分は確固としてありつつも、その周りにまとわせる衣の部分をいかにおもしろいものにできるかということに挑戦している感じです。

誰かにとって「生きるための刺激」になってほしい

――プレス用資料に「図らずもこのような時世の中で、音楽や文化・芸術の持つ意義を問うていきたいという気持は変わらずあります」とコメントを寄せていますが、より突っ込んで言うとどんな気持ちなんでしょうか?

浦上:ここ最近はコロナをはじめ暗いニュースが多くて、自分でも思いつめてしまうことが多かった気がしていて。こういう時こそ「文化や芸術の存在意義とは?」という話になってくると思うんですけど、内にこもるしかないような世の中で、何がしかの安らぎや刺激を提示しうるのが芸術だろうなと思っているし、自分の内側へ新しい認識の世界とか避難所を作り得る可能性を信じたいと思っていて。知らず知らずのうちに自分達を取り囲んでいる呪縛から解き放たれること。だから作り手としても、あえて「無駄」を磨くことで美しい刺激物に昇華できればいいなという気持ちで取り組んでいます。おこがましいですけど、ちょっとでも誰かにとって「生きるための刺激」みたいなものになってくれたら嬉しいなと思っています。

――今後挑戦してみたいことを教えてください。

浦上:今回は、音楽はもちろんそれに付随するジャケット・アートワークやミュージック・ビデオまですべて自分1人で構築してみるっていう願望があったので実際そのとおりにやってみたんですけど、やっぱりどうしても寂しくなってしまって……全部1人でやるのは正直今回だけでいいかなと(笑)。

だから今は、もう一度バンド・サウンドで音楽を作ってみることに興味があります。ミニマルなファンク・ミュージックが以前から好きなんですけど、ファンクを基調にしつつ、多重録音とフィジカルな演奏の魅力を融合させたような音楽をやってみたいなと考えています。

それと、少しずつライブも再開していきたいなとも思っています。

浦上想起
2019年1月頃、おもむろに活動を始めた多重録音 / 宅録音楽家。YouTubeやSNSにアップした音源が、著名ミュージシャンにTwitterで賞賛されるなど、本人の想定を越えた支持を集める。並行して、秋頃からライブ活動もスタート。2020 年にシングル「新映画天国」をリリースしさらに支持を広げる。「未熟な夜想」がドラマ「名建築で昼食を」のエンディィングテーマとして起用され、8月21日にシングルとしてリリース。10月23日に自身初となるミニアルバム「音楽と密談」を上梓した。
YouTube:https://www.youtube.com/c/SoukiUrakam
Twitter:@urakamifamily
Instagram:@urakamifamily

Edit Atsushi Takayama(TOKION)

author:

柴崎祐二

1983年埼玉県生まれ。2006年よりレコード業界にてプロモーションや制作に携わり、多くのアーティストのA&Rディレクターを務める。現在は音楽を中心にフリーライターとしても活動中。編共著に『オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド』(DUブックス、2020)、連載に「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」(『レコード・コレクターズ』)、「未来は懐かしい」(『TURN』)などがある。 Twitter @shibasakiyuji

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