日本シンセポップの歌姫、山口美央子 80年代3部作と最新作を米気鋭ジャーナリストが読み解く

2010年代初頭の米国でいかにして山口美央子と出会ったか

日本の音楽は今、かつてないほど欧米に浸透している。インターネットが普及し、コミュニケーションツールが進化するにつれ、日本発の音楽は世界の隅々まで届くようになった。日本で流行った曲は、わずか数回クリックするだけで他の国の人の耳にも届いてしまうのだ。新しい音楽は、この相互接続性から恩恵を受けているが、古い音楽もまた、これによって大きな後押しを受けている。竹内まりやの「プラスティック・ラブ」が、YouTubeのレコメンドアルゴリズムによって大ヒットし、同じようなサウンドを求めるシティポップ信者の支持を着実に獲得していったことは有名な話だ。近頃は、こういった事態がより急速なスピードで起こるようになった。例えば、大貫妙子の「4:00 A.M.」はTikTokにアップされると、一夜にして何十万人もの若いリスナーにその名を知られるようになった。しかし私が初めて山口美央子のことを知った時、事態はこれほど簡単ではなかったのだ。

2010年代初頭、私のように日本の音楽、特に80年代と90年代の音楽に興味を持っていた人にとっては、口コミは極めて重要な要素であった。情報は、ブログや掲示板を介して徐々に広がっていった。そして自分で調べようと思えば、アルバムのクレジットという貴重なツールを使うことができたのだ。気に入ったレコードがあれば、誰がそのレコードに参加しているのかを確認し、さらにその参加アーティストが他にどんな仕事をしているのかをチェックしたものだった。そして、ある程度ミュージシャン達の名前がわかるようになってくると、頭の中に相関図ができてきて、それらの名前がクレジットされているレコードに何を期待すればいいのかがわかってくる。見知らぬ名前を見つけるとわくわくするものだ。まるで突如として、次に追いかけるべきパンくずリストができるような感覚だ(レコードに関して言えば、いまだにこれが新しい音楽を発見するベストな方法だと思っている)。キャッチーなアイドルソングの作詞作曲に山口の名前を見かけるようになり、注目するようになった。さらに、私の大好きなアニメ『らんま1/2』のエンディングテーマを手がけていることにも気づいた。そして、彼女自身が3枚のアルバムを制作していることを知り、当然ながら、それらを遡ってチェックした。

『らんま1/2』エンディングテーマ – CoCo「EQUALロマンス」

シティポップではなく、シンセポップの歌姫として

1980年のシティ・ポップ(大貫、竹内、山下達郎など)を聴いてきた私は、山口のデビュー作『夢飛行』は、それらのアーティストの作品とは違うとすぐに感じた。その音色はよりシンセ感が強く、従来のスタジオ・ミュージシャン達の演奏を排し、エレクトロニクスに顕著な重きが置かれていた。山口は全曲をほぼ1人で作曲、演奏しており、同世代のシティ・ポップというよりは、その2年前にシーンに登場したテクノ・ポップのパイオニア、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)に近似するところがあった。特に山口の「A Dream of Eμ」は、YMOの「Tong Poo」を強く想起させる、まるでクリスタルのような透明感のあるシンセの音色が特徴的だ。

そのことは単なる偶然の一致ではない。なぜなら、『夢飛行』のシンセサイザーのプログラミングは、当時、すでに業界で最高峰の腕前を誇っていた松武秀樹が担当していたからだ。松武は、YMOの2枚のアルバムや、坂本龍一、高橋幸宏のソロ・プロジェクトに参加しており、事実上の4人目のメンバーとして、YMOがスターダムにのし上がっていく過程で、その才能をいかんなく発揮していたのである。山口は、インタビューでYMOの魅力に取りつかれ、自分自身の音楽にもYMOのような超然とした世界観の音色を取り込みたかったと語っている。

この2人の組み合わせはごく自然になじみ、翌年の山口の2枚目のアルバム『NIRVANA』で再び一緒に仕事をすることになった。この時は、山口は夢のような顔ぶれのスタジオ・ミュージシャン達とも手を組んでいる。作曲はより大胆に、より濃密になったが、より伝統的なリズムセクションや「Telephone Game」で見られるような印象的なギターソロがあるものの、山口が愛するシンセが中心であることに変わりはなかった。シンセサイザーをこよなく愛する彼女の姿は、その控えめなボーカルとは好対照をなし、仲間内で「シンセの歌姫」と呼ばれるようになった。『NIRVANA』は、『夢飛行』を土台として、それを縦横無尽に展開した、山口にとっては過渡的な作品といえるだろう。

1983年『月姫』が放った異質性、土屋昌巳がもたらした決定的な変化

『夢飛行』や『NIRVANA』も素晴らしいのだが、彼女の最高傑作である『月姫』は、その2作から予想だにしない展開だった。山口と松武は、本作でもコンビを継続することになり、さらにそこに伝説的なアレンジャーである土屋昌巳が加わった。シンセポップの巨人、一風堂の結成メンバーである土屋は、サウンドに決定的な変化をもたらした。彼のアレンジは、いい意味でまばらで隙間があり、それによって山口のヴォーカルが前面に押し出されている。華やかな音の響きの1つひとつが重要に感じられる。楽器編成はより日本的な伝統を踏襲したものになったが、シンセ音に関してはますます異質なものになっている。「シンセ」と「歌姫」という概念の並置が、これほどまでにしっくりくる作品はなかっただろう。ここでもまた、『月姫』は1983年の他のシンガーソングライターの音楽とは趣を異にするサウンドだった。むしろ近縁にあるのは、一風堂の名作『NIGHT MIRAGE』(ともに優美な神秘性をまとっている点において)や、土屋自身のソロ作品『RICE MUSIC』(ともに日本的なメロディーを未来志向のシンセポップに変換している点において)といえる。とはいえ、この作品は本当に、他に並ぶものがない、比類なき存在なのだ。

今現在、山口は興味深い岐路に立っている。80年代テイストのリバイバルの中で、彼女は35年間の活動休止から復帰した。再び松武秀樹を迎えての音楽活動は、彼女が最後に活動を離れた地点からの、ごく自然な次なる一歩と呼ぶにふさわしいものだ。最新アルバム『FAIRYTHM』(2022年2月)は、『月姫』のDNAを受け継ぎながらも、単に過去の遺産に頼ったものではない。そう思わせるのは、山口の前向きな姿勢もさることながら、過去の音楽に対する関心が新たなものになったことも一役買っている。山口美央子は前へ前へと進んでいるが、昔の自分を見失ったわけではない。そして昨今私達が実感しているように、どんな古いものも新しく生まれ変わることができるのだ。

Translation Shinichiro Sato
Edit Takahiro Fujikawa

author:

シャイ・トンプソン

音楽とインターネットカルチャーを専門とするフリーランスライター。Bandcamp DailyやPitchforkに記事を寄稿し、Tone Glowではコントリビューターとして執筆と編集を務める。 Twitter: @mewfeuille

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