石岡瑛子「絶対に流行は追わない」 知られざる”ロールモデル”

現在、東京都現代美術館で大規模な回顧展「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」が開催されている。同展ではアートディレクター、デザイナーとして世界を舞台に活躍した石岡瑛子による初期の広告キャンペーンから、映画、オペラ、演劇、サーカス、ミュージック・ビデオ、オリンピックのプロジェクトなど、その唯一無二の個性と情熱が刻印された仕事を総覧できる。今回、改めて石岡瑛子とは何者だったのか。書籍『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』の著者である河尻亨一に解説してもらった。

あらゆるステレオタイプへの挑戦

石岡瑛子はミステリアスなデザイナーだ。

アカデミー賞やグラミー賞など著名なアワードをいくつも受賞し、オリンピックはじめ世界的ビッグプロジェクトでも成果をあげている。グローバル時代のクリエイターの先駆けのような存在である。フランシス・F・コッポラ監督やアップルのスティーブ・ジョブズ等、世界の巨人達を魅了した人物でもある。

にもかかわらず、なぜかその功績はスルーされてきたように思える。没後9年になろうとしているが、デザイナーとして再評価する動きはあまり見られなかった。まるで歴史の中に封印されたかのように。

彼女の仕事への情熱があまりにも激しく、その志も巨大過ぎたせいか? 組織に属さず、周囲との摩擦さえ恐れなかったためか? 渡米して”亡命者”のように活動した時間が長かったからか? あるいはデザイナー、クリエイターという職業の社会的ポジションがいまだ低いのだろうか?

理由は判然としないが、1つ言えることがある。

石岡瑛子はあまりにも多岐にわたる分野の仕事を手掛け過ぎた。グラフィックデザインに映像、舞台美術、衣装デザインetc……。日本で仕事をしていた頃は、雑誌や書籍のアートディレクションだけでなく、編集にまでどっぷり入りこみ、一時期はインタビュアーの肩書きを名乗っていたことさえある。

越境したのは分野だけではない。業界の壁も果敢に超えた。広告から映画、ファッションショーにオペラ、サーカスなどの舞台まで。人種や国境も超えてプロジェクトごとにチームをつくり、1960年代末に資生堂を退社してからは、特定の組織に属さなかった。

本物の「ノマド・クリエイター」だったのだ。ノマドという言葉がちまたで流行するはるか昔から、石岡瑛子自身、そう自称していた。

世界の異才達との飽くなき”お手合わせ”を望んで、決して「ひとところ」にとどまろうとせず、ジャンルも国境もジェンダーも年齢もこえて、タイムレスな表現を目指し続けた瑛子。クライアントワークでありながら、そのすべてに強靭な「私」を貫こうとした瑛子。その生涯はあらゆるステレオタイプへの挑戦でもあった。

石岡瑛子、生涯のテーマは「サバイブ」

そんな型破りなデザイナーの創造の旅を記録したのが、私がこのたび上梓した『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』である。瑛子の晩年、彼女に出会い、仕事を続ける上でのエネルギーをもらったことが、この物語を書くきっかけになった。

こんな日本人がいた——ということを次世代のクリエイターや新しく何かを生み出そうとしている人達に知ってほしかった。「知られざる”ロールモデル”がここにいる」と。仕事に全エネルギーと愛を注ぎこんだ瑛子のパワーを”おすそ分け”したい。執筆の理由はそれに尽きる。

「デザインに男も女もありません」
「テレビも、舞台も、ポスターも、新聞も、何もかもが、私のキャンバスになる」
「創り手と観客は、密接な共犯関係でありたい」
「着地は熱情であらねばならない」
「私は本能的な人間です」

そんな言葉を遺した石岡瑛子は、人生もドラマティックだ。彼女の生涯のテーマは「サバイブ」だった。

2011年、6月。私がニューヨークの彼女のアトリエでロングインタビューを行った時のこと。瑛子はふとこんな言葉を口にした。

「私の考え方として大切なのは、『絶対に流行は追わない』ということ。人のまねもしたくない。そうやって自分のやりたいことを表出しながら、なんとか生き延びてきた。デザイナーもアスリートと同じで、徹底的に自分を鍛えないと——それが私の考えね。そうしてオリジナルな何かを生み出せないと、サバイブなんてできないですよ」

そう言ってこう続けた。

「いつも崖っぷちにつま先で立ってる。そんな実感があるわね。ヘタをすると落っこって命を落とすわけだけど、そこに踏ん張って生き残るみたいな——そんな瞬間が何度もある。クリエイティビティの本質はそういうことの中にありますから」

忘れられないひと言だ。

著作『私デザイン』(2005年)の前書きにもこう記している。

「このような時代をサヴァイヴしていくために最も大切なことは、内側から湧き上がってくるほんとうの“自分力”を培うことかもしれない。宙を舞う塵の数ほどもある情報も、使いようによっては確かにこの混沌とした世界をサーフィンしていくための武器になるかもしれないが、情報収集のパッチワークのような考え方や表現を世に向かって提示してみても、結局は人の心をつかむことはできない」。

「TIMELESS(流行に同調せず)」「ORIGINALITY(私だけができることを)」「REVOLUTIONARY(革新的なマインドで)」——瑛子が繰り返し口にした3つの信念は、デザイナーやクリエイターだけの専売特許ではない。あまりにも多くの事柄がデジタライズされ、血の通った「私」らしさを感じることが困難になっている、今という時代をサバイブするためのマントラでもある。

そう思うと、時代はやっと石岡瑛子に追いついたのかもしれない。

東京都現代美術館で開催中の「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」展が、コロナ禍の中で異例の盛り上がりを見せている(2021年2月14日まで)。瑛子が手掛けた代表的プロジェクトをほぼ網羅し、”世界初の回顧展”にふさわしい充実した内容だ。

一方、銀座のデザインミュージアムとして知られるギンザ・グラフィック・ギャラリーでも、「石岡瑛子 グラフィックデザインはサバイブできるか」がスタートした(2021年3月19日まで)。

両展とも会場には若い世代の姿が目立つ。ソーシャルメディアにはこんなコメントが並ぶ。
「すごい熱量」「衝撃」「すさまじいパワー」「意志の強さを感じる」「圧倒的な美力」「見ている人をポジティブにする力がある」「もはやパワースポットと化している」——

石岡瑛子のクリエイティブには、時代を超えて人を惹きつける生命力が宿っている。固定概念でガチガチになった心を動かし、行動へと駆り立てる力がある。激しくもラブリーな”命のデザイン”は観客を魅了し、その輝きは、世の中が見て見ぬ振りをしてきた”危ない何か”さえ覚醒させる。人の本能を揺さぶるのだ。

もしかすると瑛子は、その”危なさ”ゆえにタブー視されてきたのかもしれない。徹頭徹尾ラディカルなのだ。だが、没後9年、石岡瑛子というミステリーを封印したパンドラの匣はついに開かれた。僕達はその奥に、未来への「希望」を見つけ出せるだろうか。

石岡瑛子
1938年東京都生まれ。アートディレクター、デザイナー。東京藝術大学美術学部を卒業後、資生堂に入社。社会現象となったサマー・キャンペーン(1966)を手がけ頭角を現す。独立後もパルコ、角川書店などの数々の歴史的な広告を手がける。1980年代初頭に拠点をニューヨークに移し、映画、オペラ、サーカス、演劇、ミュージック・ビデオなど、多岐にわたる分野で活躍。マイルス・デイヴィス『TUTU』のジャケットデザインでグラミー賞受賞(1987)、映画『ドラキュラ』の衣装でアカデミー賞衣装デザイン賞受賞(1993)。2008年北京オリンピック開会式では衣装デザインを担当した。2012年逝去。

石岡瑛子 
1983年 
Photography Robert Mapplethorpe
©Robert Mapplethorpe Foundation. Used by permission.  

■『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』
著者:河尻亨一
判型:四六判上製
定価:2800円
発行:朝日新聞出版
本文544ページ+口絵(ビジュアルページ)32ページ

■展覧会「石岡瑛子 血が、汗が、涙がデザインできるか」
会期:2020年11月14日~2021年2月14日
会場:東京都現代美術館 企画展示室1F/地下2F 
住所:東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
時間:10:00-18:00(入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日(2021年1月11日は開館)、1月12日
入場料:一般1,800円/大学生・専門学校生・65 歳以上1,300円/中高生700円/小学生以下無料
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/eiko-ishioka/

■展覧会「SURVIVE – EIKO ISHIOKA /石岡瑛子 グラフィックデザインはサバイブできるか」
会期:(前期 広告・キャンペーン)2020年12月4日〜2021年1月23日、(後期 グラフィック・アート)2021年2月3日〜3月19日
会場:ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg) 
住所:東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル1F/B1
時間:10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休日:日曜・祝日
入場料:無料
https://www.dnpfcp.jp/gallery/ggg/jp/00000761

author:

河尻亨一

編集者。1974年大阪市生まれ。雑誌「広告批評」在籍中には、広告を中心に多様なカルチャー領域とメディア、社会事象を横断する数々の特集を手がけ、国内外の多くのクリエイター、企業のキーパーソンにインタビューを行う。現在は取材・執筆からイベント、企業コンテンツの企画制作ほか、広告とジャーナリズムをつなぐ活動を展開。カンヌ国際クリエイティビティフェスティバルを取材するなど、海外の動向にも詳しい。2020年、伝説のデザイナーの評伝『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』を上梓。訳書に『CREATIVE SUPERPOWERS』がある。

この記事を共有