リバイバルから取り残された1980年代を継承 シンセデュオ・CRYSTALが新作で聴かせる歌謡曲とファンクのマリアージュ

新たにデュオ編成となったシンセサイザー・バンドのCRYSTALが、約6年ぶりとなる新作アルバム『Reflection Overdrive』を完成させた。イルカという象徴的なマリンイメージをモチーフに、テクノポップや歌謡曲、フュージョン、ファンクなどを取り入れた音楽で、近年改めて注目が集まるリバイバル・ムーヴメントとは別の角度から1980年代的なものに切り込んだ作品に仕上がっている。グループの来歴から新作の内容まで、メンバーの三宅亮太と丸山素直に話を聞いた。

“カッコ悪い”と思っていた1980年代のイメージにあえて挑戦すること

——CRYSTALの活動はいつ頃からどのように始まったのでしょうか?

三宅亮太(以下、三宅):もともとは僕と丸山の他に、大西景太さん、今映像を担当している佐藤晋哉さんらと2007年頃から活動を始めました。当時はちょうど1980年代リバイバルの波が来始めたばかりで、メンバー間の共通の認識としては、むしろ1980年代はどちらかというとダサいという印象がありました。けれど、あえてそういう“カッコ悪い音楽”をやろうと思ってCRYSTALを結成したんです。

丸山素直(以下、丸山):私は最初、ドラマーとして入りました。ただ、両親がクラシック音楽の教師で、実家がピアノ教室ということもあって、3歳からずっと鍵盤を弾いていたので、他のメンバーが抜けたあとは鍵盤のパートを演奏するようになりました。

2015年にリリースした前作『Crystal Station 64』のあと、私と三宅のデュオになりましたが、楽曲は三宅が作り続けていたので、編成が変わっても音楽性が大きく変わることはなかったように思います。

『Crystal Station 64』に収録されている「No Fun」

出発点となった「Red Bull Music Academy」とマリンイメージの意味

——新作『Reflection Overdrive』は1993年に発売されたビデオゲーム『エコー・ザ・ドルフィン』からインスピレーションを得たEP『Ecco Funk』(2020)が出発点になっていますが、なぜこのイルカのゲームを取り上げたのでしょうか?

三宅:イルカをテーマにする前から『Ecco Funk』のデモ曲は作っていて、もともとは1980年代のジャネット・ジャクソンやガイのような、ニュー・ジャック・スウィング風にしようと思っていたんです。それが、2016年にカナダ・モントリオールで開催された「Red Bull Music Academy(以下、RBMA)」に参加した時に、スタジオ・チューターを務めていたサンダーキャット(ステファン・ブルーナー)から「何か作りかけの曲はない?」と言われて、「Ecco Funk」のデモ曲を聴かせたんですね。そしたら気に入ってベースを弾いてくれて。

——なるほど、「RBMA」が今回のアルバムでのコラボレーションにつながったと。

三宅:はい。ステファンだけではなくて、今回のアルバムでゲストに参加してくれた他のメンバーも全員、「RBMA」で知り合った人達です。「Ecco Funk」のデモ曲はしばらくそのままだったのですが、ステファンが来日した時に滞在しているホテルの部屋に呼ばれることが何度かあって。彼はゲームが大好きじゃないですか。それで子どもの頃よく遊んだ『エコー・ザ・ドルフィン』を一緒にプレイしました。彼のおかげで「Ecco Funk」を仕上げていくことができたので、制作途中に一緒にプレイしたイルカのゲームをテーマに歌詞を書いて完成させました。

——『エコー・ザ・ドルフィン』はBGMが凝ったアンビエント・ミュージックのようでおもしろいですよね。

三宅:特に最初の場面、エッコがジャンプする時の水しぶきのSEがBGMと合わさって、プレイしていて心地が良いですよね。ただ、今回のアルバムに関して言うと、『エコー・ザ・ドルフィン』のゲーム音楽から直接的にインスピレーションを得たわけではないんです。OPNの『Chuck Person’s Eccojams Vol. 1』やヴェイパーウェイヴの流れとも違っていて。CRYSTALはもともと、さっきお話ししたようないきさつで始まったのですが、いつの間にか1980年代リバイバルが本格化してきた中で、「Institubes」というフレンチ・エレクトロのレーベルからデビューしたので、やはり「1980年代リバイバルの影響を受けたエレクトロ・バンド」としてスタートしたグループなんだと思います。

——ヴェイパーウェイヴやアンビエント・ミュージックの文脈ではなく、幼少期の原体験やステファン・ブルーナーとの交流からイルカのモチーフにたどり着いたと。

三宅:そうです。イルカだけではなくて、1980年代的なもののヴィジュアルとして、マリンイメージが象徴的に使われるじゃないですか。例えば1986オメガトライブのロゴにカジキマグロが使われていたり。そういう当時流行ったことへのオマージュという思いもありました。富裕層の象徴でもありますよね、マリンブルーの海に釣りをしに行くというイメージは。クリスチャン・ラッセンのマリンアートもバブル期の日本で流行りましたし。

東京の表象としての1980年代的な歌謡曲とファンクのマリアージュ

——前作『Crystal Station 64』と比べると、今作では歌の比重が増えましたね。

三宅:前作とは違う切り口で1980年代的なものを取り上げようと思って、そこで1つのアイデアとして歌謡曲が出てきたんです。あとはファンクっぽいノリの音楽。最初は歌モノのアルバムとファンクのアルバムで2枚に分けようかと思っていたんですが、結果的には1枚の作品としてまとめることになりました。ファンクについては、「RBMA」では1人でライヴをやらなければならなくて、そのための曲をどうしようかと考えた時に、“日本っぽいもの”をやろうと思ったんです。“日本っぽいもの”というと1980年代のYMOをはじめとしたテクノポップかなと。それは海外のファンクやフュージョンを日本的に解釈して近未来的に組み立てるという試みでもあって、そういうリズム感を意識した曲を作ろうと思いました。

——海外のミュージシャンの反応はどうでしたか?

三宅:「東京っぽいサウンドだ」と言っていただけることは多かったです。海外から見た東京のイメージを鳴らしている、と。やっぱり1970年代後半から1980年代にかけてのテクノポップ周辺のニューウェイヴが“東京っぽいもの”の1つの象徴になっているようです。

——洋楽も含め、1980年代的なサウンドの良さはどこに感じていますか?

三宅:学生時代はどちらかというと嫌いで、大げさでニセモノみたいに感じていました。当時は時代の流れもあってアシッドフォークやサイケ、ジャーマンプログレなどを中心に聴いていたんです。けれどCRYSTALを始めてから1980年代の音楽を聴き続けていったら、そうした大げさなサウンドがどんどん好きになっていきました。

丸山:幼少期の記憶みたいなところもありますよね。ノスタルジーがあるというか。それに今聴いたらダサいかもしれないけど、当時はみんな本気で一番かっこいい音楽だと思っていたわけだし、そういうのを今の時代に再現したらおもしろいかなと。

——ミュージシャンでいうと誰が好きでしょうか?

三宅:僕はジャン・ミッシェル・ジャールの『Zoolook』(1984年)が大好きで、CRYSTALの前作は、ボイス・シンセサイザーの音色やメロディーでとても影響を受けました。今作の制作時にも、このアルバムが持つファンクネスに改めて気付かされました。あとこの時代のファンクということで言えば、やっぱりハービー・ハンコックですね。特に『Future Shock』(1983年)や『Sound System』(1984)の頃のドラムの音はどうやって作られているのだろうと思いながら、今回改めて集中的に聴き返しました。歌謡曲で言うと、やっぱりカルロス・トシキが在籍していた頃のオメガトライブとか、高橋幸宏と鈴木慶一のビートニクス、寺尾聡、一風堂、あとは一時期の米米CLUBですかね。

丸山:私はイタロ・ディスコが好きなんですけど、ドイツのファンシーという歌手を繰り返し聴いています。あとはニュー・オーダーやテレックス、クラフトワークも好きです。

リバイバルで取り残された1980年代のかけらを継承する

——ニュー・オーダーをはじめとしたニューウェイヴは1980年代の音楽ではありますが、同時期に流行した音楽で近年リバイバルしているシティポップのスマートな感じとはやや異なりますよね。

三宅:そういう意味で言うと、ニュー・オーダーの他にも、例えばアート・オブ・ノイズやペット・ショップ・ボーイズ、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの影響を受けていた頃のデペッシュ・モードといったあたりもそうですね。どれもすごく好きです。

丸山:今の1980年代リバイバルはシティポップをオシャレで懐かしいものとして聴いているけど、CRYSTALはそういうものではない、当時のダサい側面を継承しているというか(笑)。

三宅:ダサいというか、今っぽく昇華されていない感じでやりたいというのはありますね。洗練された耳触りの良いサウンドではなくて。

——山下達郎や竹内まりやではないと。

三宅:自分達がああいった驚異的な声量で歌えないというのも大きいですけど(笑)。シティポップって、僕にとってはすごくプロっぽい音楽なんですよ。コード進行は難しいしギターのテクニックも優れているし。器用ですよね。僕はギターなんか練習したらダメだとさえ思うこともあって、ある種パンクなもののほうに親近感を抱いているんです。

——なるほど、シティポップのリバイバルで取りこぼされた1980年代的なものにフォーカスしていると言えばいいでしょうか?

三宅:そうかもしれないです。シティポップのスマートさの真逆というか。学生時代に1980年代的なものを受け入れられなかった理由の1つは、テクニカルで精神性が見えないような気がしたからなんですよね。当時はフュージョンよりもギターからノイズを出したほうがカッコいいと思っていて。ニール・ヤングがグチャグチャに弾くみたいなのに憧れていました。その反動でCRYSTALを始めてから、1980年代的なものに夢中になっていったんです。

——今後、スマートさを脱ぎ捨て、完全にノイズ・ミュージックに振り切ることはないのでしょうか?

三宅:単にノイズを出せばパンクというわけではないと思っていて、それよりも学生時代にダサいと思っていた音楽に向き合っていることのほうが、よほどパンクだと思っています。もちろんCRYSTALのライヴで曲の途中にノイズだけになるような演奏をすることはあるんですけど、できるだけ振れ幅はあるほうが良くて、ポップなサウンドとノイズの両極端が共存しているのが理想です。

CRYSTAL
三宅亮太と丸山素直によるシンセサイザーデュオ。フレンチ・エレクトロを牽引したレーベル「Institubes」からデビュー。テキ・ラテックスやアイコニカとのコラボレーションを経て、2015 年には日本の「FLAU」からファースト・アルバム『Crystal Station 64』をリリース。過去3度のパリ公演では、パラ・ワン、シャトー・マルモン、ボーイズ・ノイズらと共演した。近年はサンダーキャットの全米ツアーや、スペインの「Sonar Festival」、日本の「Taico Club」「Rainbow Disco Club」などに出演。2020年11月にはフライング・ロータス主催のライヴ配信企画「Brainfeeder THE HIT」にスペシャルゲストとして登場した。三宅亮太はソロでSparrowsとしても活躍し、2019年にはフェザーデイズやケイシーMQらをフィーチャーしたアルバム『Berries』を発表。
flau.jp/artist/crystal

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author:

細田 成嗣

1989年生まれ。ライター、音楽批評。編著に『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(カンパニー社、2021年)、主な論考に「即興音楽の新しい波──触れてみるための、あるいは考えはじめるためのディスク・ガイド」、「来たるべき「非在の音」に向けて──特殊音楽考、アジアン・ミーティング・フェスティバルでの体験から」など。国分寺M'sにて現代の即興音楽をテーマに据えたイベント・シリーズを企画、開催。 Twitter: @HosodaNarushi

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