『恋せぬふたり』脚本家・吉田恵里香インタビュー 「知って、気づいて、直す」ことが世の中の理解につながるのではないか

岸井ゆきのと高橋一生がダブル主演をつとめ、話題を集めたよるドラ『恋せぬふたり』(2022年1〜3月放送、NHK総合)。他者に恋愛感情を抱いたり、性的に惹かれたりしない「アロマンティック・アセクシュアル」というセクシャリティを自認する2人を主人公にしたセンシティブなテーマながら、その丁寧な心理描写でドラマはギャラクシー賞(第59回テレビ部門特別賞、2022年3月度月間賞)を受賞。脚本家の吉田恵里香はテレビ界唯一の脚本賞である第40回向田邦子賞を受賞した。

そんな、『恋せぬふたり』の小説版がNHK出版から発売された。脚本家の吉田さん自身が書き下ろし、ドラマではあまり描かれなかった高橋(高橋一生)の心情や、2人を取り巻く登場人物それぞれの内面が深く掘り下げられ、新たなシーンも加筆。物語をより多角的に楽しめるものになっている。今回は吉田に、ドラマ・小説と長い時間を過ごした『恋せぬふたり』を通じて、「アロマンティック・アセクシュアル」に対する学びや自身の変化について話を伺った。

当事者だからこそ抱える葛藤や社会への苦しさを物語にすることを第一に書く

——まずは向田邦子賞、ギャラクシー賞の受賞、おめでとうございます。ドラマの反響をどのように感じていましたか?

吉田恵里香(以下、吉田):放送開始前は、スタッフさん達と「全否定される可能性もある」と恐れていたところがありました。なので、好意的な意見を多く耳にして、嬉しかったですね。役者さん達に助けられた部分もおおいにあったんですけど、「アロマンティック・アセクシュアル」(以下、「アロマ・アセク」)というテーマで評価をいただけたことは、挑戦して良かったと感じました。

——「アロマ/アセク」の当事者からの反応はありましたか?

吉田:考証の方から「こんなアロマ・アセクはいない、という声がなくて良かった」という話を聞いて、安心しました。NHKの掲示板に当事者の方が書き込みしてくださって。その方はカミングアウトをしていない方で、お母さまがこのドラマを見てくださったそうなんです。そうしたら、お母さまの空気感が何となく変わったと。そんな風に、当事者の方が少しでも生きやすくなっていたらいいなと思います。

——これまでドラマで描かれてこなかった「アロマ・アセク」をテーマに書くことは、不安もあったと思います。もともと、このテーマを題材にドラマを書きたいと思われていたんですよね?

吉田:「アロマ・アセク」という言葉を知ってから、ドラマにできたらと思い、何度か企画書を出したことはありました。私の企画内容がイマイチだったせいもあるんですが、そもそも言葉の説明から難しくて、なかなか受け入れてもらえなかったですね。

——念願かなってのドラマ化だったんですね。テーマを扱う上で気をつけられたことは?

吉田:一番大切にしたのは、当事者のみなさんを傷つけないようにすること。ドラマの登場人物として「アロマ・アセク」を描くと、一歩間違えればネタっぽく感じられたり、ドラマを盛り上げるための“道具”に見えたりしてしまいます。それだけは絶対に避けたかったので、登場人物がアロマ・アセクである必然性がわかるように書くことを意識しました。

——必然性、ですか。

吉田:万人が抱えている悩みや息苦しさにつながる内容もありますが、当事者だからこそ抱える葛藤や社会への苦しさを物語にすることを第一に書きました。そのために、アロマ・アセクを自認する3人の方に考証に入っていただき、当事者ならではの視点を細かく指摘いただきました。また、ドラマの製作に入る前に私は10人くらい、プロデューサーさんはもっと多くの当事者の方にお会いして、いろいろとお話を聞きしました。

このドラマをきっかけに、初めて「アロマ・アセク」という言葉を知る方も多いと思います。もしかすると、この作品の印象が彼ら・彼女らのイメージを作ってしまう可能性もある。なので、当事者が誤解を受けて困るような状況や嫌な気持ちにならないように、全員が最大限の努力をしました。

——セリフの1つひとつも、すごくリアルでした。妹のみのりが姉の咲子(岸井ゆきの)にかける「恋愛に悩まなくていいからお姉ちゃんは楽でいいね」という発言を聞いた時は、相当ショックを受けました。

吉田:大事なセリフの多くは、当事者の方々が実際に言われて傷ついた言葉ばかりです。私も「そんなひどいこと言う人いるの?」とショックでしたが、事実なんですよね。思い出したのは、学生時代に友人と「早くおばあちゃんになって、恋愛から解放されたいよね」と話していたこと。何気ない会話ですが、もし、その場にアロマ・アセクの方がいたら傷つけている可能性があって。その、傷つけるつもりはなくても傷つけている、状況が日常的にあることは書きたいと思っていました。

傷ついている人達に標準を合わせて、書く

——当事者の方々とのやりとりを通じて、「アロマ・アセク」に対して気づいたことは?

吉田:取材をしている中で言われたのが「吉田さんが会えるのは、自分自身のセクシャリティを話せる人だけ」と。世の中には、話題にしたくない当事者もいて、この取材がすべてだと思わないでほしいと最初に言われました。

仰る通りで、性にはグラデーションがある。それはきっと、どんなセクシャリティにも同じことが言えます。接触の加減だけじゃなく、考え方そのものにも違いがある。例えば、作中に登場する「早く運命の人に出会えるといいね」というセリフ。私は、この言葉がどれくらい当事者を傷つけるのか深い部分で理解したかったので、お会いした方々全員にどう思うか聞きました。そうすると、半数は「絶対に傷つく」と断定したけれど、あと半数は同意されていて。それは、自分のセクシャリティが10年後変わっている可能性を踏まえて、「運命の人に出会うかもしれない」と仰っていました。今回に関しては、苦しんでいる人達に標準を合わせようと決めていたので前者の視点で書きましたが、どこか「必ず傷つくもの」と決めつけてしまっていた自分を恥じました。改めて当事者の方々にお会いして、性のグラデーションを理解できました。

——主人公2人も、同じアロマ・アセクでも随分と性的嗜好が違いましたもんね。

吉田:そこは意識しました。2人というケースしか書けないことは難しかったんですけど、なるべくアロマ・アセクのグラデーションを表現できるように。ただ、考証の方に言われたことが言葉として理解できても頭で理解できないこともあり、第1話から第3話までは筆が止まってしまうこともありました。日々勉強を重ねて、だんだんと理解して、後半はスムーズに書けたかなと思います。

——考証の方と何度もやりとりされた、思い出深いシーンは?

吉田:第2話の、咲子の実家に行くシーンですね。高橋と咲子が手をつなぐ・つながない、のやりとりをするのですが、最初は「無理をしながら手をつなぐ」というシーンにしていました。我慢が続いた高橋を見て、咲子が「普通って何?」と怒るシーンにつなげたくて。この作品が、当初はラブコメの“あるある”を示しながら「あるあるが苦しい人もいる」ことを伝える想定だったこともありました。ですが、考証の方々に「そもそも手をつなげないのでは」と言われてしまって。話の流れとキャラクターとして難しいこと。そのあんばいを何度も話し合った結果、努力はするけれど手はつなげない、というシーンに落ち着きました。結果的には、高橋の息苦しさを伝えるために必要な描写だったと思います。

——小説では、無邪気に駆け寄ってきた姪っ子が、高橋の手を握って戸惑うシーンがありました。こういうのも辛いのか、と納得して。

吉田:ドラマでは尺の関係でカットされたシーンです。子どもとの接し方にも苦しみを抱く方は多いので、必ず書きたいと思っていました。

——小説版には、ドラマでカットされてしまったシーンやセリフが多く登場していました。「小説はドラマと違う難しさがあった」とコメントされていましたが、具体的には?

吉田:ドラマは良くも悪くも“行間”のような、視聴者に考えを委ねる部分があります。その余白が良い方向に働いたドラマなんですが、小説だとその余白を言葉にしなきゃいけない。高橋が咲子に「家族になってほしい」と言われた時、家に訪れる人が増えた時、どう思っていたのか。センシティブな内容が多いですし、セクシャリティにまつわる誤解が生まれないか不安で、気をつけて書きました。

——小説を通じて、人物像を深く理解できました。特に無口な高橋の考えを知ることができたこと、ラストシーンの回想や彼にとって祖母の存在の大きさなど、気づきも多かったです。

吉田:物事の多面性を書きたいんです。一見完璧に見える高橋も、実は祖母の言葉や過去の恋人に縛られて、自分で自分に呪いをかけている。その部分を際立たせるために、小説では祖母の存在を色濃く書きました。

——ドラマよりも丁寧に書かれたシーンは?

吉田:全体的に、千鶴(咲子の親友)に対する描写を増やしました。登場シーンが少ないので、咲子が変わっていく上でどれだけ重要な人物なのか伝えきれていない。千鶴以外も、カズくん(松岡一、咲子の同僚)やみのり、咲子の母などサブキャラクターにまつわるシーンを加筆して、より血の通った人物にできたらと思いました。

——カズくんやみのりは、いわゆるマジョリティ側の人間。彼らのエピソードはどのように追記していったのですか?

吉田:カズくんに関しては、変わっていくことができる、気遣いのできる人間であることを強調して書きました。咲子を心配するシーンや、高橋との距離を縮めていく過程などを書き足して。

みのりはシスヘテロで、子どもがいて、マイホームがある。いわゆる“普通”とされる人生を歩んできた人が、踏み外してしまった時の葛藤を丁寧に書きたいと思いました。やっぱり外れることへの恐怖は大きいし、無理してでも普通に戻るべきか彼女は葛藤します。でも、彼女には帰れる場所があるんですよね。だったら別に、彼女が思う“普通”にとらわれなくて良いし、姉妹じゃなくても誰かと支え合って乗り越えることができるかもしれない。そういうことを語れる存在にしようと思いました。

——最初みのりは、理解のない失礼な人物に見えていましたが次第に変わっていきますよね。

吉田:基本的な考え方は変わっていないけれど、姉と口論した後に「言いすぎたわ」と言えるようになっていくなど、小さな変化を重ねていきます。カズくんのように、自らアロマ・アセクの本を読んで理解する人って多くはないかもしれませんが、みのりくらいの歩幅で理解を示す人が増えたら、世の中は良くなるんじゃないかと思っています。

「自分の幸せは自分で決めていい。誰にも文句を言われるものではない」

——たびたび登場する「普通」「恋愛がすべてじゃない」という言葉について、吉田さんの考えを伺えますか? 

吉田:ドラマのテーマとして、「自分の幸せは自分で決めていい。誰にも文句を言われるものではない」を目指しました。「恋愛」は幸せの象徴として語られがちですが、そうじゃない人もいる。「恋愛がすべてじゃない」ということは絶対に言いたかったんです。

みんなが軽々しく使っている「普通」という言葉も、万能な言葉ではない。少なくとも、今の世の中ではそうです。社会の理解が進んで、LGBTQの方だけでなく世の中に溢れるマイノリティの方、すべての人に当てはまる「普通」がある世の中になったら使えるかもしれないけれど、今はこの言葉に暴力性があります。言葉の違和感に気付いてもらいたいと思って、使いました。

——何気なく使っている言葉でも、傷つく可能性がある。ドラマを見ながら「よくあるシーンだな」と思っている時点で、自分の私生活に溢れる暴力性を感じ、冷静に考えを整理できました。

吉田:高橋が両親と仲が悪く、セクシャリティもマイノリティであることを、他者が「不幸だ」と決めつけるシーンがあります。それは絶対に許せなくて。悪意なく言葉を発していたとしても、気をつける意識を持ってほしいです。

わからないなら「?」のままで、考え続ければいいと思う

——問題提起という意味で、「家族のあり方」についても言及されていました。例えば、第1話で咲子が高橋と共同生活を提案する際、「一緒に住みましょう」ではなく「家族になりましょう」とあえて「家族」という単語を使われています。

吉田:家族は、大きなテーマの1つでした。みんなが思う「家族」というあり方は正解ではなく、人は恋愛感情抜きでも特別な関係になれるかもしれない、ということを書きたかった。なので、違和感があるくらい「家族」という単語を意識的に使いました。

——「家族(仮)」という考え方が素晴らしかったです。考証のなかけんさんも、別のインタビューで「(仮)という考え方に救われた」と仰っていました。

吉田:セクシャリティは流動するものなので、自分の中では変えていい。わからないなら「?」のままで、考え続ければいいと思うんです。それは、家族も恋愛も同じこと。1回決めたことを曲げちゃいけない空気感がありますよね。高橋と咲子も家族になることに固執した時期もあったけれど、(仮)という道を選んだ。一度進んでみて、ダメならもう一度考えたり目標を変えたりしても、当事者がベストだと思うならそれでいいと思うんです。他者が意見することだけは、受け入れられないけれど。

——そこから、「自分の幸せは自分で決めていい。誰にも文句を言われるものではない」という言葉に行き着くんですね。

吉田:このドラマは、アロマ・アセクという用語を紹介するだけのものでも、恋愛を否定する趣旨でもない。自己選択した幸せを受け入れてくれる社会になることが、アロマ・アセクの人をはじめ、全てのセクシャリティの人にとって大事なことだと思います。この作品を通じて、言葉を覚えてもらったり、理解したり、知らない人に「恋人いるの?」と聞くことが人によっては暴力につながることがわかってほしい。結婚や恋愛について簡単に聞いてくる親世代の人達も、考えるきっかけになったら嬉しいです。

——最後に、ドラマ・小説を経て、ご自身の変化を伺えますか。

吉田:無意識に、傷つけたり配慮がないことを書いてしまったりしたことがありました。考証の方に指摘いただいて学びながら何度も直して、小説を書く時もドラマでは説明不足だった描写を反省して、書き直しました。この、「知って、気づいて、直す」ことが世の中の理解や生きやすさにつながるのではないかと思っています。

——ドラマを見て、自分も誰かを傷つけたかもしれないと思い、どう反省したらいいのかと不安になりました。

吉田:間違いを認めないことは良くないけれど、間違いに気づけたことは素晴らしいですよね。誰もあなたを責めていないし、怒っていない。学校でも教えてくれないことで、知るチャンスがないんですよ。なので、悪気のない言葉を発しないようにこれから気をつけていけばいいし、気づけたあなたは最高だと、私は伝えたいです。

吉田恵里香

吉田恵里香
脚本家・作家。1987年生まれ。代表作にTVドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』『花のち晴れ~花男 Next Season~』、映画『ヒロイン失格』『センセイ君主』などがある。小説『脳漿炸裂ガール』シリーズは累計発行部数60万部を突破するなど、映画、テレビドラマ、アニメ、舞台、小説等、ジャンルを問わず多岐にわたる執筆活動を展開している。
https://www.queen-b.jp/posts/2362876?categoryIds=611894
Twitter:@yorikoko

『恋せぬふたり』

■『恋せぬふたり』

「恋愛や性的な話を振られてもよくわからない。でも愛想笑いをしていれば大丈夫……」。
咲子は、そんなもやもやとした気持ちを家族や友人、同僚に理解されないまま、恋愛や結婚を促され続け、居心地の悪さを感じていた。そんなある日、「アロマンティック・アセクシュアル」というセクシュアリティを自認する男性・高橋と出会い、驚くと同時にどこか救われた気持ちになる。誰にも恋愛感情を抱かず、性的にも惹かれない2人が、自分達なりの生き方を模索すべく始めた共同生活は、家族、同僚、元彼、ご近所と周囲に波紋をひろげていく。その生活の先にある、それぞれの「幸せ」のあり方とは!?

著者:吉田恵里香
発売日:2022年4月28日
出版社:NHK出版
価格:¥1,760
判型:四六判
ページ数:312ページ
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000057232022.html

Photography Mayumi Hosokura

author:

羽佐田瑶子

1987年生まれ。ライター、編集。映画会社、海外のカルチャーメディアを経てフリーランスに。主に映画や本、女性にまつわるインタビューやコラムを「QuickJapan」「 she is」「 BRUTUS」「 CINRA」「 キネマ旬報」などで執筆。『21世紀の女の子』など映画パンフレットの執筆にも携わる。連載「映画の中の女同士」(PINTSCOPE)など。 https://yokohasada.com Twitter:@yoko_hasada

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