着物インフルエンサーのシーラ・クリフと古今東西から見つめ直す着物の新しい魅力

近年ファッション業界ではリユースやアップサイクルの動きが盛んになっており、日本の着物は“持続可能”というキーワードを体現する存在として世界から注目を集めている。ただ現代の日本人の多くは着物のことをよく知らないのも事実。そこでそんな現状に一石を投じるべく、イギリス出身で東京在住の着物インフルエンサー兼着物研究家であるシーラ・クリフにインタビューを行った。自身を「着物のトレンドハンター」と表現し、SNSにアップするファッショナブルなコーディネートで注目を集める彼女だが、長年にわたって着物に関するあらゆる企画やイベント等に貢献し、2002年には民族衣裳文化普及協会の「きもの文化普及賞」を受賞する等、その多彩な活動が国内外で認められ、存在感を発揮している。日本を愛し、着物の素晴らしさを後世に繋いでいくための活動を続けていく中で、彼女が改めて感じた着物の魅力や知られざるエピソードを聞いた。

着物=窮屈というのは思い込み。目的や体形の変化に順応する汎用性が魅力

――まずは日本に来たきっかけから教えてください。

シーラ・クリフ(以下、クリフ):日本に初めて来たのは24歳の時。当時イギリスで新体操を習っていて、その先生が夏休みに日本で練習してみないかと誘ってくれたのがきっかけです。実際に来てみたら日本っておもしろいな、もうちょっといたいな、帰りたくないなという思いが強くなっていって……。着物に出合ったことでその思いが確信へと変わり、帰れなくなってしまいました。

――初めて着物を見た時のイメージや購入した時のエピソードは覚えていますか?

クリフ:日本に来てから骨董市に行くのがすごく楽しくて。最初は焼き物とか器に興味を持ってよく見ていたんですけれども、次第に色鮮やかでしなやかな絹の着物に目を奪われていきました。初めて自分で買ったのはきれいな赤い着物。後からそれは長襦袢(ながじゅばん)といって着物の下に着るものだということ、赤いのは紅絹(もみ)と呼ばれていることを知りました。なので、正式な着物を買ったのはもう少し経ってからのことです。ある百貨店の着物コーナーで店員さんに勧められるがままに試着させてもらったら、つい衝動買いをしてしまったんです。その時はそんなにお金を持っているわけではなかったので、後からすごく大変でしたね。着物の値段って書いてあるものにプラスして裏地の値段、仕立ての費用がかかるんです。当時は着物のことをよく知らなかったし日本語もあまり理解していなかったので仕方ないのですが、想定していた倍の金額を3週間後に支払うとなった時にはさすがに途方に暮れました。でも着物自体はすごく気に入っていましたし、そこからは気持ちを切り替えてお金の工面をして……(笑)。

――その時買った着物は今どうしているのでしょうか?

クリフ:もちろん今でも大切にしていますし、購入した後に着付けをしてもらって撮った写真も残っています。そしてこの時、こんなに頑張って買ったので自分で着られないのはもったいないなと思って着付け教室に通う決心をしました。まずは2ヵ月のビギナーコースに通って、振袖や留袖を人に着せるコース、教え方……気がついたらすべてのコースを制覇して免許まで取得して。最初は自分で着られるようになるだけで十分だと思っていたのに、学ぶたびにどんどん着物の世界に魅了されて止まらなくなってしまったんです。同時にそこで日本語もぐっと上達しました。

――着物は自分で着るのが難しいことに加えて動きづらく窮屈というイメージを持っている人もいますがそのことについてはどう思われますか?

クリフ:それは着物だけではなく、洋服でも起こり得ることなので考え方次第ではないでしょうか。例えば、タイトなデニムパンツで正座するのって難しいですよね。Yシャツとネクタイだって窮屈に感じることがありますし、コルセット等、締めるつけるようなアイテムを身につけて何か動作をするのも大変だと思います。苦痛を感じた時に洋服は脱いだり外したりすることしかできませんが、着物は自分の体形や体調の変化に合わせて、帯の巻き加減を調整することができるので逆に汎用性が高いアイテムなのではないかと。自転車に乗ったり、よりアクティブに動きたい時はもんぺを合わせてアレンジをするとすごく快適なんですよ。

ファッションが好きで何かを表現したい人にとって着物は最高のツール

――改めてシーラさんが思う着物の魅力について教えてください。

クリフ:ファッションが好きで何か表現したという人にとっては、これ以上ない楽しいツールだと思います。最近街中にいる人達の着こなし見ていると黒、白、ベージュ、ネイビー……柄があったとしてもチェックやストライプぐらいしか、バリエーションがなくて制服のような印象を受けることがあるんです。決してそれが悪いということではないのですが、物足りないと感じている人もきっといるはず。人間は本能的にものを飾っていく生き物なので、そういう感覚がまた盛り上がっていく時、着物の魅力に気付く人がもっと増えるのではないでしょうか。着物は時を経ても形が変化しないアイテムなので、色と模様のバリエーションがとにかく豊富なんですよ。だから眺めているだけでもアイデアやストーリーがどんどん浮かんできます。

――着物に缶バッジをプラスしたりとルールにとらわれないシーラさん流のミックスコーディネートが生まれる背景についても知りたいです。

クリフ:あまり人がしない組み合わせを楽しんでいるので、突飛なことをしているようにも見えるかもしれませんが、私は基本的には着物のルールを守って着ているんですよ。でも、ルールだけに縛られるのはおもしろくないので「こんな可能性もありますよ、こんなファッショナブルにも楽しめるんですよ」というメッセージを込めてスタイリングをしているつもりです。缶バッジをつけたのは木綿の着物なのですが、目が粗い生地だからこそ傷みをあまり気にせずにできる、ちょっとした遊び心だったりします。そして私がこだわっているのは色や模様の組み合わせ。難しいと思われがちですが、基本的に3つの色を使ってコーディネートすると誰でもうまくできると思います。あとは自分でストーリーを膨らませて、そこから着こなしを考えるのも楽しいですよ。例えば、私は昔の映画が好きなのですが「オードリー・ヘプバーンになりたい」という気持ちからインスピレーションを得たり、ロマンティックなムードにしたいなと思って、そこから具体的なイメージを考えてみたり。部屋中にお気に入りの着物や小物を広げてあれこれと考える時間は、私にとってすごく優雅でぜいたくな時間です。

――Instagramでも日々の着こなしを発信されていますが、著書「SHEILA KIMONO STYLE」ではシーラさんのインスピレーション源等がより具体的に記されていて興味深かったです。

クリフ:着物の着こなしについての本はたくさんあるのですが、流派で分けられていたりするので、ハードルが高く感じてしまうのも事実。ですので、私はファッション誌のような感覚で手にとってもらえるものをイメージしました。1冊目を出して大きな反響をいただく一方、「コーディネートをもっと詳しく知りたい」という声もいただいたので2冊目では使用したアイテムも撮影して説明的な要素もプラスしました。写真を見るとよくわかるのですが、着物は洋服と違って足し算の文化ということもあり、組み合わせでコーディネートの可能性が無限に広がるんです。私は小物に関してはジャンルに関係なく心が惹かれるアイテムを積極的に取り入れているのですが、そういった自由さも着物をもっと身近な存在にしてくれている気がします。例えば、普段使いするバッグは着物専用の小さなものより、機能的でモダンなデザインを選んでみたり。小物類は古着店で探すことが多くて、倉庫みたいな大きなところで宝探しするのが大好き。時には気に入ったパーツをアレンジしてアクセサリーにしたりすることもあります。

――洋服だとタキシードジャケットにデニムを合わせたり型破りとも言えるスタイリングが存在し受け入れられていますが、着物においてもそういう表現はありえると思いますか?

クリフ:フォーマルなシーンであれば、正装を選びます。でも、別の場所で着るのであれば、同じ着物をファッションとして自由にアレンジしていいと思いますよ。私の本でもちょうどそのような内容を扱っていて、“エレガント”というテーマのもと帽子や靴などをプラスしたトータルコーディネートのアイデアを紹介しています。洋服と着物のミックスを楽しむのも素敵ですよね。私もタートルネックのトップとデニムパンツに着物を羽織って、足元はブーツという着こなしがお気に入りです。

着物から浮かび上がる西洋との繋がり、知られざる日本の歴史

――和と洋の親和性が楽しめるのも着物の魅力ということですね。諸説ありますが着物自体が西洋の文化からすごく影響を受けているのでそれは必然的とも言えることなのでしょうか?

クリフ:そうです、着物は西洋の歴史と繋がりがとても深いんです。2020年にロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開催された欧州最大規模の着物展『Kimono:Kyoto to Catwalk』でも、そのような歴史について細かく取り上げていました。例えば、徳川家の着物はフランス・リヨンの絹を使って作られていた話だったり、もっとさかのぼるとインド更紗を真似て江戸更紗が誕生したとも言われています。着物に限った話ではないのですが昔から日本とヨーロッパはお互いに影響を与え合ってきたんですよね。トヨタ自動車も元は自動織機を作っていて、トヨタが機会化した織機の特許権を英国の紡織機メーカーであるプラット・ブラザーズが買い取ったことことが、後の自動車産業の発展に繋がった話は有名です。そして、歴史を知ることで、また新しい着物の魅力を知ることができるので研究を続けています。最近ですと、唐桟(とうざん)という木綿の織物を復活させようとしている、川越の人達と連携して歴史を調べているんですよ。マンチェスターで作られた唐桟の糸が見つかって、国際貿易の一躍を担っていたことも証明されました。

――シーラさんは日本人以上に日本の文化や歴史に関しての造詣が深い方ですが、逆に日本に来て改めて故郷のイギリスの良さを感じることはありますか?

クリフ:イギリスのいいところは緑が豊富なところ。そしてビールがおいしいこと(笑)。古いものを大切にするところも好きです。今日身につけているベレー帽とグローブはイギリスのアンティークショップで購入したものなのですが、そのお店は古い木綿工場を再利用した建物の中に入っていました。すごく広い場所で、他にはクライミングジムなども併設されていましたし、一部のスペースでは木綿工場だった時代の歴史を学べるようになっていて。いつか取り壊されてしまう建物を有効活用するところにイギリスの良さを感じました。

サステナブルという観点から広がる着物の新しい可能性とは

――最近ではサステナブルというキーワードから着物の存在が見直され出していますがそのことについてはどう思われますか?

シーラ:着物は体形が変わっても楽しめますし、時を経てもデザインが変わらないので、サステナブルという観点においても理想的ですよね。そして、このムーブメントの背景にはファッショントレンドの移り変わりの激しさに疲れてしまったり、ファストファッションに飽きた人達の存在も大きいのではないでしょうか。いずれにせよ、古いものを大切にするのはすごく大切なことです。私はヴィンテージの着物が好きでいろいろ持っているのですが、古いものだとサイズが合わないものも当然あって。それらを全部ほどいて洗って仕立て直すと高額になってしまうので、そのまま着てちょっと変わったバランスも楽しんだりしています。日本人だと自宅に着物が眠っているという人も少なからずいますよね。私は「箪笥開きプロジェクト」という活動を通して、いろんな方の自宅にある着物を見せてもらうことでいろいろなエピソードを聞くことを続けているのですが、すごく興味深いです。

――若者達の間でもSNS映えする着物が再び人気を集めているようですが、そのことをシーラさんはどう分析していますか?

シーラ:次世代の勢いは私も感じています。本を出版している方、新しい帯の結び方を提案している方、私とはまた違った個性でミックスコーディネートを発信している方等、新しいアプローチで着物界を盛り上げてくれる若い人達の存在はすごく頼もしいです。そして、確かに最近はファッションとして着物を楽しんでいる人も昔に比べて増えてきたと思います。特に京都では着物レンタルが普及してきていて、おしゃれな着こなしを楽しんでいる人をたくさん見かけるようになりました。私が日本に来たばかりの頃は、街中で着物姿の人をほとんど見かけなくて、それがすごく不思議だったんですよ。中には着物には興味があるけど、上手に着れないという理由で踏みとどまってしまう人もいると思います。私がそういう人達に伝えたいのは、上手になるために下手から始めるというのが大切なプロセスだということ。誰も他人の着こなしに対して口出しをする権利なんてありませんので、“着物警察”みたいな人達の言うことに耳を貸す必要がありません。まずは下手に着ていいんです。これだけいろんなものが溢れている現代だからこそ、楽しくないと着物を選ぶ意味がないじゃないですか。だからこそ、着物にしかない特別な楽しみをインフルエンサーとしてもっともっと広めていくのが自分の使命だと思います。

Photography Masashi Ura

author:

武内 亜紗

東京都生まれ。『RUSSH JAPAN』でアシスタントエディターを経てフリーに転身。2013年にフリーペーパー『花座論』をローンチ。現在はファッション誌やウェブメディア、広告をベースにエディターおよびライターとして活動中。 twitter:@asatakeuchi Instagram: @a_s_a_

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