パリと東京のスピリットでさっそうと走る、フランス発のサイクリングブランド「ジテンシャ」

Kimono(着物)、Bento(弁当)、Matcha(抹茶)……。日本の伝統文化が海外でも浸透し、世界共通語となるケースが増えている。そこに新たに加わりそうなのが“自転車”である。最も早く日本の自転車に目をつけたのが、フランスのブランド、その名も「ジテンシャ(Jitensha)」。ブランドを創設したニコラ・バルクとフランソワ。長年の友人であるパリジャンの2人は日本の文化に魅了され何度も来日してきた。ニコラは仕事の関係で2年間東京での暮らしも経験したほどだ。その時に最も影響を受けたのが、日本の美意識“わびさび”に通ずる自転車のミニマルなデザインだったという。「素朴な美という純粋なスピリットと、カスタムによる独自のデザインを提供するアイデアに強く惹かれた」と2人は語る。

1970〜90年代のアンティーク自転車を愛するフランソワがデザインなどクリエイティブを担当し、ニコラがビジネスを主導する形で2016年にカスタム可能なアーバンライフ向け自転車ブランド「ジテンシャ」をパリでスタートした。コンセプトやデザイン、機能性の高さが評判を呼び、新型コロナウイルスのパンデミックを機に、移動手段として自転車を愛用する人が増えたパリでますます需要が高まっている。今回は共同創設者の2人に、日本の自転車や文化の魅力、「ジテンシャ」創設の経緯などを聞いた。

東京の街中で見かける自転車のあるアーバンライフスタイルに感化

――日本の文化に興味を持ったきっかけは何でしたか?

ニコラ・バルク(以下、ニコラ):表面的にはフランスと日本のデザインは全く異なるのだが、本質的な美意識では似ていると感じたこと。建築、食、プロダクトデザイン、ファッションなどすべてにおいて、パリで生まれ育った僕らにとって異文化のエキゾチックな魅力を持つが、その芯にあるスピリットはフランスと通じるものがあり共鳴できます。“違うけれど同じ”という他にはない不思議な感覚が僕らを魅了し続けています。

――中でも、日本の自転車に最も魅力を感じたのですか?

ニコラ:僕は2014〜16年に東京で暮らしていました。たまにタクシーに乗るくらいで、移動は主に自転車。競輪のようなロードバイクから日常使いのママチャリまで、日本で見た自転車全般のデザインが洗練されていて好きです。妻は東京で乗っていたママチャリをフランスに持ち帰って、今でも乗っていますよ。東京での暮らしは本当に楽しいものでした。敬意を示し、親切心を大切にする日本人の美徳に感銘を受けました。

フランソワ:僕も何度も日本を訪れて、東京の街中で見かける自転車のあるアーバンライフスタイルに感化されました。自転車はシャープでミニマルかつ洗練された日本の美意識を感じるデザイン。そして、そんな自転車に乗るスタイリッシュに着飾った日本人の姿は、僕にとって衝撃でした。自転車だけに限らず、詩的な美しさや精巧な製品、芸術とライフスタイルすべてに刺激を受けます。

――自転車だけでなく、それを含む東京のライフスタイル全体に魅了されて「ジテンシャ」を始動したのですね。

ニコラ:自転車が主要な移動手段として広まっているオランダやデンマーク、ドイツなどに比べると、フランスの市場は小さいながらも急成長を遂げていて、パリのような都心では優れた移動手段であり、市場の広がりは潜在的な可能性を持っています。特に、パンデミックを機に密を避けられる移動手段として自転車を選ぶ人が増えているし、環境的な観点から政府が自転車利用を促進している流れもあって、10〜20%売り上げも伸びています。バイクレーンと駐輪場も整備されて、フランスではますます自転車利用者が増えていくんじゃないでしょうか。

ハンドル両脇のブランドロゴは日本の“はんこ”から着想

――カスタム可能な「ジテンシャ」のコンセプトはどこから来たのですか?

ニコラ:表参道のキャットストリートにあるオーダーメイドの自転車店のコンセプトに強く惹かれて、フランスでの展開を検討したんですが、輸入の関係で難しいことがわかり、自分達で「ジテンシャ」を立ち上げました。

フランソワ:「ジテンシャ」はカスタムによって個々の好みに合った特別な自転車を作るというコンセプトと無駄をそぎ落としたミニマルなデザインという日本の自転車に強くインスパイアされたブランドです。

――デザインにおいて大切にしていることは何ですか?

フランソワ:現代と伝統の融合。これは東京を訪れた時に感じた日本の美学の一つです。フランスの自転車はレース用としての歴史が古く、トライアングルフレームの自転車が主流です。フランス人にとって馴染みのある伝統的なフォルムを踏襲しながらも、細部の装飾やデザインは現代的でミニマリズムな要素を持っています。

カスタムの基本の形となるフレームは、またぎやすく姿勢を真っすぐにして乗る“PARIS”と、日本の競輪の自転車にインスパイアされた“TOKYO”の2つ。機能面ではサイズとシングルスピード・ダブルスピード・電動を選択することができます。フレームの色は抹茶、栗、コンクリートなど6〜7種類から選べて、金具の色、ハンドルの形、サドルとグリップ、タイヤも選ぶことが可能です。カスタムはオンラインのオーダーですが、パリのショールームではサンプルを試乗することができますし、電話で顧客と直接コミュニケーションも取っています。すべてのパーツの在庫があれば僕らが組み立てて、オーダー後2〜3週間程度で納品しています。「ジテンシャ」のシグネチャーは、ハンドルの両脇のブランドロゴ。これは日本のはんこから着想を得ました。

――機能面でのこだわりは何ですか?

フランソワ:とにかく軽量で快適に乗れること。特に電動自転車は今の自転車市場で最も軽量(約3kg)で、バッテリーが切れても通常の自転車と同じくらいの力で乗り続けることができます。それでいて、見た目はミニマルで電動自転車には見えない。バッテリーは取り外しではなく、自転車のコンセントで充電をする方法です。すべての自転車はシンプルで効率的なテクノロジーと高品質なパーツによって、最低限のメンテナンスで長く乗り続けることができるように設計しています。パーツは世界中から厳選して、取り寄せていますので、故障や紛失があっても新しいものに取り替えることが可能です。

――創設してから4年、顧客の反応はどうですか?

ニコラ:満足して喜んでくれていることが僕らの喜びにつながっています。自分用に購入した後、家族やパートナーのために選んでくれる顧客もいて、家族の美しいストーリーを聞くこともできて本当に嬉しいです。

――今後の展望を教えてください。

ニコラ:「ジテンシャ」のネットワークは安定して広がり続けているので、このまま多くの方に自転車を届けていきたい。また自由に旅行に出られるようになったら、日本へ行って他の製品も展開したいと思っています。日本では21_21 DESIGN SIGHTで美術鑑賞をしたり、根津美術館の庭園へ行ったり、大好きな餃子をたくさん食べたりと、やりたいことがたくさんあります。

フランソワ:日本のキッチン用品、ウイスキー、本など僕らが気に入っている製品をフランスでもっと展開できればと思っています。そのためにも、旅行が再開できることを楽しみに待っています。

ニコラ・バルク
パリ生まれ・パリ育ちの生粋のパリジャン。日本を含め世界中の多くの都市で暮らし、多彩な文化に触れてきた経験を持つ。インターナショナルなブランドを経営する実業家で、2016年に友人フランソワとともに「ジテンシャ」を創設。

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author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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