時に芸術は、時代と国境を超越して、言語にも勝るコミュニケーションツールとなる。現代の芸術家は過去の芸術家の作品からインスピレーションを受けて新たな作品を生み出し、やがてその作品が未知なる未来の芸術家の創造性を触発する。そんな芸術家の呼応を垣間見る展覧会がパリのマレ地区にあるギャラリーRuttkowski;68で開催された。「蛸と海女の夢」という展覧会のタイトルは、葛飾北斎の春画の名作から引用され、エロティシズムをテーマとした22人の国際的なアーティストの作品が飾られた。キュレーターはアメリカ出身でロンドンを拠点に活動するスティーブン・ポロックで「アメリカ社会と比較すると日本社会は秩序を重んじ、結束力が強いように見える。その反面、春画、アニメ、漫画などのサブカルチャーでは超現実主義的な非凡な創造性を表しているところが、西洋文化からはとても魅力的に映る」と日本文化の魅力を語る。
神道のアニミズムと汎神論、西洋の一神教の思想に接近する春画
浮世絵は世界中で愛され、パブロ・ピカソやアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック、オーギュスト・ロダンなどにも影響を与えたことで知られているが、今回の展覧会でポロックは春画にのみ焦点を当てている。
「桜や風景画など、息をのむ美しい浮世絵作品とは対照的に、春画には日本人の狂気が滲み出ている。特に『蛸と海女の夢』で2匹の蛸と性交渉を行うというアイデアには日本人独特の感性があり、神道のアニミズム(生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、もしくは霊が宿っているという考え方)と汎神論、そして西洋の一神教の思想に近いものを感じる。私の理解するところでは(もしかしたら間違っているかもしれないが)、北斎が生きた江戸時代後期〜幕末は日本の秩序が崩壊し始め、生活様式も大きく変化した。抑圧された生活の裏にある無秩序な世界観を春画で表現した。北斎が描いた超現実主義な春画は、サルバドール・ダリと同じくらい革新的で、現代のアーティストにも影響を与えている」。
春画は、江戸時代に庶民の間で流行した、性風俗の様子を赤裸々に描いた浮世絵作品。蛸のような実存する生物だけでなく幽霊や妖怪との性交渉や女装して体を交わる同性愛者、性のテクニックを指導する売春宿の風景、浮気相手との行為を見られてしまった修羅場、情事を覗き見する若い娘など、エロティシズムとユーモアが過激な描写とともに描かれている。19世紀中期から春画はタブー視され法律で禁止されたが、同時期に浮世絵はヨーロッパで“ジャポニズム”として評価を得て、印象派画家にも影響を与えた。春画に関しては、19世紀後半にフランスの美術批評家エドモン・ド・ゴンクールが「蛸と海女の夢」を紹介して以来、ヨーロッパの美術界では広く知られてきた。現代においても、芸術作品は国内外で異なる評価を受けることがあるが、春画もその1つである。海外では2000年代から春画の芸術的、文化的な価値が再評価され、フィンランドやスペインなどで展覧会が開かれてきた。最も話題になったのは、2013年にロンドンの大英博物館で開催された「大春画展」だった。
今回ポロックがキュレーターを務めた「蛸と海女の夢」展は春画そのものではなく、その作風が後のアーティストにどのように影響を与えたのかに着目し、現代のエロティシズムを解釈、展示した。その影響が顕著なのは、1970年代にポップアートの先駆者として知られるニューヨークのラリー・リヴァーズの作品。1970年代に独自の春画シリーズを制作した彼の作品の中から、“Erotic Japanese Detail”が展示された。ポロックは「美術批評家ゴンクールは『蛸と海女の夢』を風景画のようであると評した。そしてリヴァーズの作品には共通する点がある。性器が交わるところをクローズアップしたこのエロティックな作品は、見方によっては女性の体が丘の上の岩のようにも見え、毛は岩の上に生えた海藻、したたる精液は白い滝のようである」と同作について説明を加えた。
春画を社会の制約と倦怠感を取り払うための不浄なマントラとして提示
イギリス出身のアーティスト、ペニー・スリンガーのセピア色の写真では、花嫁と花婿の格好をした2人の女性が男性器を模した性具を共有している。1973年のこの作品は、1970年代当時盛んだった女性解放運動の中で生み出された作品だが、現代のジェンダーレスな意識改革を求める社会の動きとも共鳴しているようだ。スリンガーは、2019-20秋冬オートクチュール・コレクションで「ディオール」とコラボレーション作品を制作し、夢想や性の解放をテーマに創作を続けるフェミニストの代表格である。
クリー族(北アメリカの先住民族)のアーティスト、ケント・モンクマンは植民地の力関係を象徴的に絵画で表現した。羽根で飾られた大きな民族衣装のヘッドピースとピンヒールのニーハイブーツを履いた先住民の男性の性器を、カナダ騎馬警察のユニフォームを着た男性がひざまずいて舐めるという過激な様子が鮮やかな色彩で描かれている。人種、支配、欲望を破り、モンクマンは新世代の歴史画を描くアーティスト。
アメリカ出身のロバート・ホーキンスは絶滅鳥ドードーの交尾や、旧人類ネアンデルタール人の性交渉の様子を風景画とともに描いた。北斎との共通点について、ポロックは「空想か現実か曖昧である点」だと結んだ。イギリスの美術評論家で画家のマシュー・コリングスは、1950年代ジャクソン・ポロックがペギー・グッゲンハイムのホームパーティで暖炉に放尿する様子などをコミカルな作風で描き、アンディ・ウォーホルが1960年代に生み出した小便絵画にオマージュを捧げている。また、縛りアーティスト、マリー・ソバージュは天井から吊るした着物を着たミューズを縄で縛るライブパフォーマンスを披露した。縛りの文化は“Shibari”として海外でポップなアートとして解釈され始めている。
展覧会でこれらのエロティックな夢は、社会の制約の殻と倦怠感を取り払うための不浄なマントラとして提示された。至福、エクスタシー、飽くなき欲望……。性交渉に付随するのは性的な快楽だけではなく、親密さ、触れ合い、安らぎといったコロナ禍で最も人々が求めたものである。抑圧されたパンデミックを過ごした反動で、夢想をさらに膨らませたアーティストは多いかもしれない。「蛸と海女の夢」は、これからも人々の創造性を掻き立て、新たな作品を生み出す潤滑剤となりそうだ。