「アーティスト・ミューズ」岩月美江に学ぶアートとの向き合い方、新時代の美について

NYのペインティングの巨匠アレックス・カッツやアメリカを代表する写真家のロバート・フランクをはじめ、さまざまな著名アーティスト達のアーティスト・ミューズを務め世界中から注目を集めている岩月美江。日本ではまだ聞き慣れないその存在について、また多様化する現代においての美意識や概念について語ってもらった。

アーティストにとってインスピレーションをもたらす存在であるミューズ。これまでミューズと呼ばれた女性達に対して世間が注目したのは外見的な美しさやアーティストとの関係性など、どちらかと言えば表面上のものばかりであったと思う。しかしアートという共通言語を持ってアーティスト達と対等な関係性を築き、自らも発信力を持った唯一無二のミューズが岩月美江だ。そんな彼女の原動力になっているのはアートに貢献したいという強い思いだという。

アートから生まれるコミュニケーションの重要性

――岩月さんが拠点にしているNYに比べると日本はアートを楽しむ姿勢が随分消極的な気がします。そのことについてどう思われますか?

岩月美江(以下、岩月):日本ではアート=ハードルが高いというイメージがありますよね。例えばキュレーターという言葉ひとつとっても直訳すると“学芸員”と仰々しい感じになってしまう。キュレーターって海外だともっとライトな感覚なんですよね。そういった固定観念みたいなものがなくなり、もっとファインアートが一般的に広まってほしいと常々思っています。

――改めてアートの魅力を教えてください。

岩月:アートというのは表現を通して人々がどう社会的な問題に直面しているか、現在どういった予定があるのかをタイムリーに伝えられるものなんです。政治はもちろん、ジェンダーやダイバーシティについてもそう。言葉がなくとも人と人がコミュニケーションできる手段でもあり媒体としての役割も果たしているといいますか。NYではアーティストステイトメントこそがすべてなんです。

――日本ではまだまだアート=ビジネス的側面が強いのかもしれません。

岩月:NYのアートマーケットにもマネーゲームの側面はもちろんあります。でもだからといってアートが一部の人だけのものかといえばそうではなく、多くの人が関心を持っているんですよね。こちらではNPOの団体がたくさん存在していて、アートのイベントが頻繁に開催されています。アーティストに触れることができる場がカジュアルに設けられることでアートのことを学びたい、テクニックや考え方、テーマについて知りたいという人達が参加してさまざまなコミュニケーションが生まれるんです。

――そもそもアートに目覚めたきっかけはなんだったのでしょうか。渡米した理由も知りたいです。

岩月:幼い頃から純粋にアートや描くことが好きだったんです。もともとアメリカにはアーティストになるために来たのですが、そこで厳しい現実に直面しまして。でもこれだけアートが好きな自分だからこそ、たとえアーティストにはなれなくてもアートの世界に関わって生きていくことはできるだろうと方向転換することにしました。実際大学を卒業してオークションハウスやギャラリーなどアートが身近にある環境で働きながらアートが好き、アートのことをよく知っているとなると自然とアーティストの友達が増えるんです。キュレーターという仕事も友人や才能あるアーティストを助けたいという思いから始めるようになりました。

アートにより深い視点をもたらすアーティスト・ミューズという存在

――自身がアーティスト・ミューズになるきっかけを作ったというアレックス・カッツとの出会いもそういったアートの現場で生まれたのでしょうか?

岩月:はい。当時勤務していたアートギャラリーでアレックス・カッツのトークイベントが開催されたんです。自分が油彩を専攻していたこともあり、彼の素晴らしさというものはよく知っていました。筆を使ったテクニックが出尽くしてしまったと言っても過言ではない現代においてまだ新しい技法を生み出している。世界がテクノロジーに向かっている中、2面の世界で勝負し続けているなんてすごくチャレンジングで素晴らしいですよね。自分がどれだけ尊敬しているかということを実際に伝えるチャンスだと思ったのでイベント終了後に話しかけてみたんです。そうしたら彼の顔がガラッと変わってすごく厳しい目線になり「あなたのことを描きたい」と言われて。そこからモデルをすることになり、10ポートレートほど描いてもらいました。気付けばその作品が美術館でも飾られるようになって……いまだに信じられないんですけれども。

――なぜ1回だけではなく何度もモデルをすることになったのだと思いますか?

岩月:私が本当にアートを好きでそれが伝わったからだからだと思います。アーティストとコラボレートする時はアートに関するさまざまなことをお互いに話して盛り上がるんです。アレックスさんはファッションも好きでそういった話もしましたね。そういえば彼はモデルが必要な時、写真で選んで呼んだりすることはないとおっしゃっていました。自分の心に繋がりがある人じゃないとインスピレーションにならないと。

――興味深い話ですね。他のアーティストとのエピソードもぜひ教えてください。

岩月:写真家のロバート・フランクとご一緒することになった時、事前に彼のことや写真について勉強していたら彼の作品がフランスの哲学者アレクシ・ド・トクヴィルの概念と比べられているという記述を見かけたんです。そのことを本人に質問してみたら「まったく関係がないことだ」とおっしゃって。さらに話を聞くと「周りの人達がそう見ただけのことだ。でもそういう評価も1つの大切なことであるんだ」と。その言葉にすごく心を打たれましたね。彼は自分の周りの環境に興味があって写真を撮っているけれども、その現在というのは常に変わっていっている。そのこと自体が大きなステートメントであると私は感じたんです。

――お互いにインスパイアし合う関係性なんですね。改めてアーティスト・ミューズとはどんな存在なのでしょうか。

岩月:アート界のシャーマンみたいな存在、ですかね。私はこれまで自分の目でたくさんの素晴らしい作品を見てきましたが、その題材であるモデルこそが一番のウィットネスなのではないかと思っていて。それなのにそのモデルの声というものを知る術がどこにもない、ということに大きな疑問を持っていたんです。そのアーティストにどう出会いどういう対話をしてこの作品に至ったのか。その時どんなカラーの口紅で、どんな洋服をまとっていたのか。キャンバスはどんな匂いがした? どんな音楽や音が聞こえたのか……そういった制作の裏側を知ることができたら、作品のもっと深い何かを鑑賞する側にも与えられるのではないかと。そしてそれができるのは、アートに精通していてモデルもできる自分しかいないと思いました。

――35人のコンテンポラリーアーティストとコラボレートした「MIE 35人のポートレート展」のカタログでは作品と一緒に岩月さんの書いたストーリーが掲載されたそうですね。

岩月:これはライフワークとして続けていることなのですが、アーティストとコラボレートする時は必ず作品を作る過程で起こったことや感じたことを物語という形にして書き留めておくんです。こうして一部お披露目しているものもありますが、いつか自分で書いたものをすべて本にまとめて日本で出版するのが私の夢です。

欧米と東洋で異なる美の捉え方、そこから得る気付き

――モデルとしての顔を持つからこそ、昨今問題視されている被写体の消費について思うことはありますか?

岩月:時には私も商品としてのモデルを務めることがあります。そのことについては悪いことだとは思いません。ただ自分をブランドとして見ることはすごく大切だと教わったので、案件に対してはきちんと理解して納得した上で受けるようにしています。あとは数々の素晴らしいアートを自分の目で見てきているからこそ、現場にいてわかるものがあるんです。フォトグラファーもそういった目線を持っている方が多いので撮影する時はあうんの呼吸じゃないですけれどもスムーズに進んでいくことがほとんど。自分がいかにきれいに写るかではなく、大切なのはあくまでフィーリング。いい写真があがればそれがすべてだと理解しています。フォトグラファーに信頼してもらっているからこそ、写真のセレクトを任せられることもあるんですよ。

――深いコミュニーケーションが瞬時にとれることが岩月さんの強みなんですね。お互いを尊重した上で作品を作るという流れは本来あるべき姿ですし一番理想的な気がします。その他にクリエイターを魅了するご自身の魅力はどこだと思いますか?

岩月:自分ではあまり意識していないところなんですけれども、目の表情が印象的みたいです。目を合わせて話をしていると吸い込まれそうになると言われます。あとはメイクアップですごく顔が変わるところでしょうか。こちらではアジアンビューティへの需要がすごくあるんですよね。最近だとその勢いがヘイトに繋がっている部分も少なからずあるとは思うんですけれども。

――美しさの規準みたいなものも日本と欧米では異なりますよね。

岩月:そうですね。基本的にこちらはダイバーシティが歓迎されているので、外見や性的なことに関してはとにかく多様です。マーケットもしっかり確立されていますし。日本も最近ではかなり昔と違って女性が自立して強くなっていると聞きますが……実際にはどうですか?

――新しい価値観に目が向けられる一方で画一的な美への意識も根強く残っている気がします。

岩月:私も10代までは日本で過ごしていたので、みんなが同じ路線を目指すような風潮は実際に肌で感じた経験があります。美に関してだけではなく、なかなか個性が育ちにくいシステムですよね。でもそういったことも考え方によっては個性につながっているのかもしれません。実際NYで生活していると西洋人が抱く日本への憧れというものを感じる機会がたくさんあります。伝統文化はもちろんですし、恥ずかしがるという日本人の習性などもミステリアスに感じられるみたいです。

――変わることばかりに目を向けるのではなく、まずは知ることから始めるべきですよね。

岩月:もっといろんな情報をキャッチするための媒体や存在が増えるといいですよね。日本では情報を得るためのメジャーな存在がテレビだと思うのですが、偏ったプログラムしか放送されていないのが現状かと。私自身は歴史や哲学などいろんな学びや気付きをアートからもらい続けているので、その素晴らしい存在がもっと日本に広がることを願っています。そのためにできることをこれからもしたいですね。

岩月美江
NY在住のアーティスト・ミューズ、モデル、キュレーター。老舗オークションハウスのクリスティーズやSOHOのアートギャラリーでキャリアを重ね、キュレーションや翻訳などアートにまつわる幅広い活動をこなす。2005年から2010年にかけてNYを代表する巨匠アーティストのアレックス・カッツ氏のモデルとして起用されたことでアーティスト・ミューズとしての活動をスタートし、瞬く間にアート界の注目人物となる。2012年に開催された『MIE 35人のポートレート展』では35人のコンテンポラリーアーティストとコラボレート。展覧会の売り上げの一部は東日本大震災のために寄付される。
Instagram:@mieiwatsuki

Edit Jun Ashizawa(TOKION)

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author:

武内 亜紗

東京都生まれ。『RUSSH JAPAN』でアシスタントエディターを経てフリーに転身。2013年にフリーペーパー『花座論』をローンチ。現在はファッション誌やウェブメディア、広告をベースにエディターおよびライターとして活動中。 twitter:@asatakeuchi Instagram: @a_s_a_

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