アーティスト春野がEP『25』をリリースして「今思うこと」、そして「国境を越える音楽活動」について

今年2月、約1年半ぶりにEP『25』をリリースしたアーティストの春野。自身の楽曲の他「ずっと真夜中でいいのに」「空音」のサウンドプロデュースをするなど、マルチな才能を発揮するネット発のシンガーソングライター・プロデューサーとして活動。今作では、プロデューサー・ギタリストのShin Sakiuraとコラボした「Angels」やシンガポールのR&Bバンド「brb.」とコラボした“cash out”、yamaとコラボした「D(evil)」など、全8曲を収録。タイトル『25』に至るまでの春野の過去のリアルな想い、そして今の死生観・人生観と深く向き合うことで生まれた作品群となっている。

今回、「brb.」とのコラボで海外とのコーディネーターを務めた竹田ダニエルが聞き手となり、『25』のリリース後の思いから、顔出しの理由、日本の音楽シーンの課題、海外アーティストとのコラボまで、多岐にわたるトピックスを語ってもらった。

竹田ダニエル(以下、竹田):今日は2月にリリースしたEP『25』について触れつつ、インターネット上での活動をメインとしているアーティストとして、音楽をやる理由について、表層の話だけじゃなく、内面的な理由についても話が聞けたらいいなと思っていて。まずは大きなエネルギーを費やして『25』を世の中にリリースして、出す前と出した後での気持ちの変化ってあったりする? 

春野:EPのタイトルの『25』は自分の実年齢から付けたんだけど、これまでの自分の過去を包括しつつ、これから先の将来について、よりポジティブに考えたいっていう気持ちの区切りとしてこのEPは位置付けていて。リリースして今はすごく晴れやかな気持ちなんだよね。

作品ってリリースしたら、自分で後から手を加えることができなくて、完全に自分の手から離れて、他者のものになった感じがしていて。だから作品について振り返ることもなくて、もう僕は次に進んでいて、これから先のことを考えているという感じかな。

竹田:パーソナルな経験を作品に反映して、その作品をリリースすることで、その経験が他者の一部になっていくような感覚がアーティストにはあると思うんだけど。

春野:そうだね。リリースすることで、作品に込めた僕の体験や思いが他者のものになった感じはあるね。僕のパーソナルな経験が供養された、という感覚に近いのかな。

竹田:私はインタビューで「ネットで届いている実感が湧くか湧かないか」って質問をよく聞くんだけど。例えば自分の場合だと、SNSで「記事を読みました」みたいなツイートがあるよりも、実際の知り合いとかに「読んだよ、こういう気持ちになった」と言われるほうが、「本当に届いているんだな」って実感するんだけど、春野君みたいにネット上でしか活動していない場合、「届いている」っていう満足感はどこから得ている?

春野:僕の場合、満足感みたいなのは、割と自分の中で生成できていて。個人的にファッションブランドの「サカイ(sacai)」が好きなんだけど、「サカイ」は半年に1回、毎シーズンコレクションを発表していて。それはシーズンのテーマと時世とファッションとを、どう絡めて見せていくか、ということの1つの到達点だと思っている。そういう認識は自分の作った音楽に対してもあって、作品を作ることで、「自己の表明の提示」っていう1つの大きな役割を果たしている。もちろん受け取ってもらって広がっていけばいいけど、自分が良いものを作って提示しているって自覚があるから、リリースしたことですでに役割は果たしていて。だから、他者の評価とかは気にならなくて。

僕はライブをすることがないので、感想や評価はネットでの口コミとかに頼ることが多いんだけど、そこに評価軸を置いてないから、もしかしたら強くいられているのかもしれないね。

「劣等感から顔出しをするにことした」

竹田:春野君はこれまで顔出しをせずに活動をしてきたけど、そういう匿名性があるからこそ、実験的なことができたり、「こういう風に見られたい・ありたい」っていう理想が作れてきたという感覚はある?

春野:もともと僕自身は外見にコンプレックスがあったから、人前に出たくなくて。でも、そういう人間でも本名や顔を出さずに何かしたいっていうところが根本にはあって。1990年代とか2000年代とかだと、何かを表明するには、自分の顔と名前を明かすことが大前提だったんだけど、YouTubeやニコニコ動画が出てきて、どんどん実名じゃない、何かしらテーマをもった人間達が増えてきた。そこに僕も可能性を感じて、2017年の1月からボカロPとして音楽を作り始めたんだよね。匿名ということは良くも悪くも自分が責任を負わないまま何かを表明できるし、やり直しができるから、僕としては都合が良かった。

竹田:そんな考えだった春野君が今回のリリースに合わせて顔出しをしようと思ったきっかけは何だったの?

春野:『25』は、これから先、自分とどう向き合っていくか、自己の尊厳をどう高めていくか、ということを考えていくための作品だったんだけど、自分が憧れているジャスティン・ビーバーやアリアナ・グランデ、マック・ミラーと、自分を比べた時に、やっぱり顔出ししないで匿名でやっていることに対して劣等感があって。それって結局、僕がボカロPを始めた2017年1月頃の「コンプレックスがある」ってことと何も変わってなくて。いろいろと作品を通して自己の表明をして、武装して、強くなってたつもりだったけど、憧れている形に対しては劣等感があった。それに対して、自分はどうなっていきたいかを考えた時に、もっと自分を出すこと、顔出しをすることにためらいはなかった。

竹田:それは大変な覚悟だったと思う。でも年齢とか見た目とかの属性で、どういう人間かをジャッジする大きな要素になるのって日本独特だなと思っていて。例えばMoe Shop(モエ・ショップ)やぷにぷに電機みたいに、アニメの女の子をイメージとしてまとっていて、アーティストと二人三脚で表現を作っているアーティストも結構いる。それはすごく日本的だなと感じていて。V-Tuberとかもそうだけど、日本人の「別の人になりたい」みたいな欲は強いよね。やっぱり、日本社会は規範が強くて、自分がどういう人であるかっていう属性からとても逃れにくくて、どこの大学行ったかとか、家族がどうとかが常にジャッジされていて、なかなか自分(本体)を変えることはできないからだと思うんだよね。ネット上だったら別の人になれるっていう変身願望、逃避欲がすごくあるような気がする。

春野:僕もたぶんその1人だと思うんだけど、どういう属性を身にまとってるか、みたいなものを「やり直し」をした人達が、今はいろんなシーンにいる感じはするよね。

竹田:属性の話からは少し外れるかもしれないけど、春野君や『25』に参加したShin Sakiura、A.G.Oとかって、ビートメーカーとしていろんなアーティストに楽曲を提供している。でも、それって相当コアなリスナーじゃないと知らないことだと思う。日本ではいまだにバンドとかシンガーソングライターじゃないと、広く認識してもらえないっていう風潮があると思うんだけど、春野君はどう感じている?

春野:確かにシンガーソングライターとか、バンドのボーカル、バンドのギターとか、そういう属性みたいなものってなぜか日本では大きな割合を占めている気がしていて。そんな中でも、ビートメーカーってトピックとして小さく見られがちだなとは思う。

『25』にはA.G.O君にトラックを作ってもらった曲が2曲あるんだけど、それって本当はもっと認知されるべきことなんだよね。そういったワークスに対する興味関心って、日本だとメディアも含めてあんまりないなって思っていて。僕の場合、最初にボカロPからスタートしているからこそ感じることなんだけど、ボカロPとビートメーカーってやっていることはそんなに変わらない。作詞しないボカロPがいたとしたら、ポップシーンで活躍しているビートメーカーと何ら変わりないんだけど、「ボカロP」ってだけで、注目されるシーンがあって、それをディグっているコアなファンがたくさんいる。自分としては、もっとビートメーカーが認知されるべきだと思うし、それは今の日本の音楽シーンの課題のような気もしている。今回、ミックス・マスタリングをいろんな人にやってもらったり、A.G.O君にトラックを作ってもらったり、さまざまな人に関わってもらう中で、それはより感じた。

海外アーティストとのコラボ

春野:「cash out feat. brb.」っていう曲でシンガポールのbrb.とコラボして、ありがたいことに注目してもらえているんだけど、こういうコラボって日本だとまだ多くないなって思ってて。SpotifyやApple Musicが普遍的になってからというもの、音楽って国境ないじゃないですか。だけど日本は国内だけで市場が回るから、まだまだ内向きなアプローチが多い気がする。そういうのもあってこの間、¥ellow BucksがØZIとやっているのを見て、驚いたし、これから先のシーンのためにも自分達の手でも進めていかなくちゃいけないなって思ったんだよね。それでもやっぱり、海外アーティストとのコラボは難しくて、今回のbrb.とのコラボは竹田さんの仲介があったからこそ無事に作品もリリースできたし、すごく感謝している。

竹田:ありがとう。そう言ってもらえるとすごく嬉しい! 例えばシンガポールとか台湾とかのアーティストは、自国の音楽シーンが小さいから、日本の音楽シーンがまだ国内だけでもそれなりに成立しているのを見て、すごく豊かだと思っている人が多くて。彼らは日本の音楽業界をリスペクトしているし、日本人のアーティストとコラボしたいって人もいるにはいるけど、それを仲介できる人がまだ少ないなと思う。

コラボして音楽を作ることは、すべてのやりとりが価値観の共有で、ちょっとでも齟齬が生じると作品に大きく影響する。人と人が、無から有を作っているからこそ、すごくそのコミュニケーションはセンシティブだし、仲介する人やそのプロセスもすごく作品に影響を与えるんだよね。

だから海外のプロデューサーとかアーティストに頼む時は、相手の国のカルチャーを理解しているかとか、曲作りの背景とかを理解できているのかどうかがすごく重要で、今後それがすごく試されると思っていて。コロナもあって、オンラインでしか会話ができないからこそ、コミュニケーションの質だったり、異文化コミュニケーションがすごく大事だなって感じている。

春野:そこはすごくエネルギーを使う作業だし、大変なことだとやってみて感じた。コロナ禍になってからの2年くらいで、僕も含めて日本のシーンとして、海外アーティストやクリエイターとのコラボに対して着実に前に進もうとしていると感じていて。ここから先はより海外のシーンに対しての理解度だったり、誠実さが試されていくから難しいことだと思うけど、そこの歩みは止めないで、より深く知ろうとする姿勢は続けていきたいと思っている。だからこそ、竹田さんみたいにちゃんと理解してくれている人は重要だと思うし、評価されるべきだと思う。

僕は自分のSNSをファッションブランドのアカウントみたいな気持ちで運営していて「SNSでは自分の意見を言わない」ことにしているんだけど、それは音楽っていう僕の意志の表明をすることができる大きな手段があるから。でもやっぱり竹田さんとか、A.G.O君とかには本来はもっと名前を出して「ありがとう」って大きく言うべきなんだよね。こうやってインタビューでは発言しているんだけど、それだけだとまだまだ十分じゃないなと感じていて。これから先、自分がどうなっていきたいかのか、課題として残っている。

竹田:私がインタビューすると、毎回反省会になるね(笑)。

春野:『25』は、これから自分がどうなっていきたいかを模索していくためにこれまでの人生を包括する作品だから、それこそ課題を見つけることとか、自分自身に問題提起することはとてもポジティブな作業だと感じていて。今回、こうやって竹田さんと話して立場を表明していくことは、僕にとって有意義だった。やっぱり、こういう機会をもらうことでしか自分を見つめ直すことって、なかなかないじゃないですか。もしかしたら、こういうメディアで話をすることで自分の認識を確かめようとしているのかもしれない。

春野
作詞・作曲・トラックメイキングまで自身で行うなど、マルチな才能を発揮するネット発の次世代シンガーソングライター・プロデューサー。これまでに自身でストリーミングサービスやYouTubeなどを中心にオリジナル楽曲を発表・リリースし話題を呼び、2020年に発 表したEP『IS SHE ANYBODY?』がiTunesおよびApple MusicのR&Bチャートで1位を獲得。2022年2月にEP『25』をリリース。
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竹田ダニエル

竹田ダニエル
カリフォルニア出身、現在米国在住のZ世代。ライターとしては「カルチャー × アイデンティティ × 社会」をテーマに執筆。インディペンデント音楽シーンで活躍する数多くのアーティストに携わり、「音楽と社会」を結びつける社会活動も積極的に行っている。現在、「群像」にて「世界と私のA to Z」連載中。
Twitter:@daniel_takedaa

「HARUNO #25-26 ONEMAN LIVE」

■「HARUNO #25-26 ONEMAN LIVE」  
【東京】6月25日 / 表参道WALL&WALL 
【大阪】7月16日 / 梅田NOON+CAFE  
開場18:00 / 開演19:00 ※2公演共通 
https://eplus.jp/sf/detail/3624640001?P6=001&P1=0402&P59=1

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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