写真家デニス・モリスがリー・ペリーの姿とともに各時代の音楽シーンを振り返る

1973年、ボブ・マーリーとの出会いを機にイギリスツアーに同行し、フォトグラファーの道を切り開いてきたデニス・モリス。1977年にセックス・ピストルズ(以下、ピストルズ)のオフィシャル・フォトグラファーを務め、以降はマリアンヌ・フェイスフルやパティ・スミス、ザ・ストーン・ローゼス、オアシス、レディオヘッド等、錚々たるアーティストがそのキャリアを彩ってきた。そして、昨年、逝去したリー“スクラッチ”ペリーを40年間撮り続けた写真をまとめた『SUPER PERRY -The Iconic Images of Lee Scratch Perry-』を6月に上梓。原宿・「ブックマーク」での展覧会のために来日したデニス・モリスに写真家としてのキャリアとリー・ペリーを追い続けた同作の背景を聞いた。

「リー・ペリーはこれまで僕が撮影してきたあらゆるアーティストを1つにまとめたような存在」

−−今回『SUPER PERRY -The Iconic Images of Lee Scratch Perry-』を出版したきっかけを教えてください。

デニス・モリス(以下、モリス):まず、リー・ペリーの作品を作ることが何より重要だった。ボブー・マーリーの撮影に参加したことと同じように、僕は若い頃からずっと彼の音楽を聴いていたんだ。実際に1976年に会うことができたんだけど、瞬間にお互いを理解したような気持ちになって、すぐに友達になった。写真を観てもらえればわかると思うけど、当時からの僕等のフレンドシップを感じてもらえるはずだよ。

−−どのくらいリー・ペリーを追い続けていたのでしょうか?

モリス:1976年から2016年までだね。

−−サブタイトルに“The Iconic Images of Lee Scratch Perry”とありますが、デニスさんが考えるリー・ペリーのアイコニックなイメージとはなんだと思いますか?

モリス:う〜ん……。スタジオの写真を通じて人となりがわかると思うし、それがそのまま彼のイメージに繋がるはず。楽器や機材等も今観ると興味深いものばかりだし、レコーディングも楽しくて。彼の気の向くままに行われていたことが、本当におもしろかったことを思い出すよ。

−−印象に残っているスタジオでの出来事はありますか?

モリス:たくさんありすぎるね(笑)。スタジオで撮影していると、とにかく予想していなかったことがいろいろ起こるんだ。写真のスタジオの雰囲気を観ればわかるよね。あちこち動き回ったり、ジャンプしたり「ホホホホー」って叫んだり、機材のボタンを無造作に押してみたり。僕は彼が音楽界の(サルバドール・)ダリだと思っている。

−−これまで、多くのアーティストを撮られてきましたが、被写体としてリー・ペリーの魅力はなんですか?

モリス:彼はこれまで僕が撮影してきたあらゆるアーティストを1つにまとめたような存在。レゲエもパンクもニューウェイヴもあらゆる要素を彼が持っていたってことが重要だね。音楽に関して言えば、ジャンルのボーダーはなかったと思うよ。

「ジャーナリズムは常に意識しているし、僕の写真はすべてルポルタージュ」

−−ボブ・マーリーから始まって、ピストルズで本格的な写真家としてのキャリアのスタートされました。以降、レゲエやダブ、パンク、ニューウェイヴ、ヒップホップあらゆるジャンルの音楽を体系的に触れてきたデニスさんにとって、音楽の力を教えてください。

モリス:その答えはシンプル。みんながあらゆる垣根を越えて1つになることができること。音楽が心に作用することは誰でも知っていると思うんだけど、その色とか人に関係なく、みんなが1つになれる。そこには“愛”とか“楽しさ”“喜び”もあって。落ち込んでいる時に悲しい曲を聴くと救われたような気分になるよね。ある意味で音楽は人間の“鼓動”みたいな存在なのだと思う。

−−写真家として音楽からどのような影響を受けましたか?

モリス:あらゆる影響を受けたね。撮影のたびにいろいろな場所を旅していたので、そのたびに新しい気付きがあったと思う。ライヴを見に行って感じ取ることもたくさんあるし、僕が撮影した作品で感じてもらえることもある。僕の人生にとって音楽は大きな意味を持つんだ。

−−もともとフォトジャーナリストを目指していたと、あるインタヴューで読みました。ポートレイトを撮影する際にジャーナリズムを意識することはありますか?

モリス:ジャーナリズムは常に意識しているし、僕の写真はすべてルポルタージュなんだ。昔、戦場写真家に影響を受けて、ベトナム戦争の実像を撮影したいと思ったこともあったけど、当時の僕では若すぎたんだよね。

戦場写真で有名な写真家のティム・ペイジは、ドアーズのジム・モリソンが亡くなった後にベトナムに渡った。僕は戦争の現場には行けなかったけれど、ボブ・マーリーやピストルズを撮影することができたから。ある意味でこれが僕にとっての“闘い”だったと思うよ。特にピストルズの撮影は常にカオスな状況だったからね(笑)。

−−ジョン・ライドンとシド・ヴィシャスの関係等、ピストルズに密着している中で特に思い出に残っているエピソードはありますか?

モリス:ピストルズのイギリスツアー中にシドが落ち込んで、酔いつぶれた時があって。ロンドンのホテルの部屋が僕の隣だったんだけど、ずっと壁に何かが当たったり、つぶれるような音が聞こえていてんだよね。その後、彼の部屋に行くと、テレビが粉々になっていて、もうめちゃくちゃで(笑)。もちろん、その写真も撮ったよ。当時はアーティストのエネルギーがあり余っていることを過激に表現するような話をいくつも聞いていた時代でもあったんだ。

−−ストーンズのドキュメンタリー映画で、キース・リチャーズがテレビをホテルの窓から放り投げているシーンを見たことがあります。

モリス:そうそう(笑)。

「撮影する時には誰とでも“心を通わせる”ことを意識している」

−−デニスさんのポートレイトは、プライベートに限らずリラックスした雰囲気のイメージが多いと感じます。アイコンを撮る時の心構えは何ですか?

モリス:撮影する時には誰とでも“心を通わせる”ことを意識している。そのためには距離感を縮めなくてはいけないんだけど、もともと僕に備わっていた能力だと思うんだ。リハーサルを重ねて得られるものではないからね。撮影では被写体にリラックスしてもらうことがとても重要だし、この写真集を観てもらうことで心を通わせることもできると思う。

もう1つ、誰しもが必ずマスクをしているんだ。心が通じれば、そのマスクを外してくれるんだよ。その時に本当の顔が見られるということ。ボブ・マーリーの写真もそうだけど、僕を信頼してくれていたからこそ普段では見せない表情が撮れたわけ。

−−どうやって“心を通わせる”能力を養ったんでしょうか?

モリス:それはギフトとしかいいようがないので説明できないね。世界中を旅したとしても、僕がすべての言語を話せるわけではないけど、コミュニケーションが取れるのは、言葉がコミュニケーションのツールでしかないからだよね。心が通じ合っていれば言葉はいらないと思う。

1つ言えるとするならば、赤ちゃんとコミュニケーションするような感覚に近いかもしれない。赤ちゃんは言葉を話せないけど、居心地が悪いと感じると泣いてしまうし、心地よければ笑ってくれるでしょう。

−−言語が不要なコミュニケーションは音楽も写真もそうですね。

モリス:本当にそう。海外で展覧会をする時、いくら話をしても理解してもらうのに時間がかかることが多いけれど、作品やパフォーマンスを観てもらえれば、こちらの思いもすぐに伝わるからね。

−−常に身近なアーティストを撮影することばかりではないと思うのですが、被写体との距離感、自然体な表情はどのように引き出していますか?

モリス:もちろんテクニックはあるよ。カメラを使って遊びながら撮るように見せることもあるし、その流れで新しい動きや表情を引き出したりもする。例えば、子どもと遊ぶ時には彼等の目線になることが大切だと思うんだ。そうするとおもしろいと感じてもらえるから。誰に対しても同じことが言えるはずだよ。

−−最近注目しているミュージシャンはいますか?

モリス:ジャック・ホワイトはおもしろいね。すごく革新的でクリエイティヴ。まだ、仕事を一緒にしたことがないけど、ぜひ一度彼を撮影したいと思う。

−−最後に、今年で東日本大震災から11年が経ちました。デニスさんは、当時日本に滞在されていましたが、今また、コロナ禍やウクライナの問題等、違う意味での世界的な危機でもあります。改めてこの状況で見た東京の街や人について何を思いますか?

モリス:日本人が1つのコミュニティを作る一体感に驚いた。他の国であれば、さらに混沌としていたと思う。海外では“Me(自分)”という考え方が強いけれど、日本人は“Us(我々)”という意識が強い。当時、僕は家族と一緒にいたんだけど、皆さんの結束力に包まれて家族の愛情も深まったと思う。ものすごく影響を受けたね。

そして、これからはもっと日本で展覧会をしたい。これまでとは違ったイメージの写真展だね。僕は音楽に関わる写真以外も撮影しているので、社会性のあるドキュメンタリー作品も展示できたら本当に嬉しいね。

デニス・モリス
1960年生まれ。1973年にボブ・マーリーと出会い、ツアーに同行する。1977年にピストルズのオフィシャルフォトグラファーとして撮影をスタートする。以降、パブリック・イメージ・リミテッド(P.I.L)のアートワークを手掛けたり、ヴァージンレコードのレゲエレーベルの立ち上げに協力。写真集として『Bob Marley』、ピストルズの『A Rebel Life; The Bollocks』等が出版されている。テート・ブリテン、メトロポリタン美術館、ロックの殿堂などで作品が展示されている。6月に昨年逝去したリー・スクラッチ・ペリーの晩年の姿までを収めた写真集『SUPER PERRY- The Iconic Images of Lee Scratch Perry-』を上梓した。

Photography Kazuo Yoshida

author:

芦澤純

1981年生まれ。大学卒業後、編集プロダクションで出版社のカルチャーコンテンツやファッションカタログの制作に従事。数年の海外放浪の後、2011年にINFASパブリケーションズに入社。2015年に復刊したカルチャー誌「スタジオ・ボイス」ではマネジングエディターとしてVol.406「YOUTH OF TODAY」~Vol.410「VS」までを担当。その後、「WWDジャパン」「WWD JAPAN.com」のシニアエディターとして主にメンズコレクションを担当し、ロンドンをはじめ、ピッティやミラノ、パリなどの海外コレクションを取材した。2020年7月から「TOKION」エディトリアルディレクター。

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