カップルも両親も家もすべて真空パックに。“LOVE”を包み込むPHOTOGRAPHERHALとは

あらゆる被写体の“LOVE”を包み込む写真家、PHOTOGRAPERHAL。布団圧縮袋で被写体を真空パックにして包み込んだ『FLESH LOVE』シリーズは、海外でも高い評価を受けており、「PHOTOGRAPHERHALに撮ってほしい」というメッセージが世界中から彼の元に寄せられている。

その彼が6月に、最新写真展「Ayarl(アヤール)」を開催した。本展では、妻と生まれたばかりの子を被写体にした作品を展示しており、これまでとはまた違った“LOVE”を写し出している。

今回は、彼はどのような人物で、どのようにして作品が生まれているのかなど、アイデアやルーツといった複数の視点から、PHOTOGRAPHERHALの魅力に迫る。

PHOTOGRAPHERHAL
写真家。1971年東京都生まれ。2004年からカップルを被写体にした作品を撮り始める。これまでに、写真展「Couple Jam」(2009)、「Flesh Love」(2011)、「YOKO」(2019)、「Washing Machine」(2021)、「Ayarl」(2022)などを開催する。
Instagram:@photographerhal

「失敗したら死ぬかも」でやめるのではなく「どうやったらリスクなくできるだろう」と考える

写真集『雑乱』(2014)より

——PHOTOGRAPHERHALさんといえば、真空パックの写真が印象的です。まずは、あの写真がどのように誕生したのか聞かせてください。

PHOTOGRAPHERHAL(以下、HAL):2009年に『Couple Jam』(バスタブの中でカップルが抱き合う姿を撮影した写真集)を撮影していて、「バスルームよりも、もっとぎゅうっとできないかな」と考えるようになったんです。しかも撮影用の専用機材とかでなく、日常にあるもので。で、その時に思いついたのが真空パックだったのですが、布団圧縮袋を使ってみたところ「これはスゴいぞ!」って。

写真集『Couple Jam』(2009)

——その真空パックのようなアイデアは、すぐに出てくるものなんですか?

HAL:作品を制作していると次のアイデアが自然発生してくるんですよね。真空パックの時も、他にいっぱいチャレンジしました。けれど、あれ以上のものはなかったですね。最近発表した洗濯機(2021年に開催した個展「Washing Machine」)もこの頃のアイデアだったのですが、当時は全然うまくいきませんでした。そういうのはアイデアとしてストックしておいて、何年かたった時にもう1回やったりします。するとうまくできることもあるんですよね。2016年に発表した『FLESH LOVE RETURNS』のようなロケーションでの真空パックも、最初はうまく撮れなかったのですが、真空パックの撮影をたくさん経験したあとに試してみたら、外の世界での2人だけの空間というストーリーを出せるようになったんです。

写真集『FLESH LOVE RETURNS』(2016)より

——作品『FLESH LOVE ALL』シリーズでは建物ごと真空パックをされていますよね。

HAL:建物ごと真空パックにするアイデアには、外の社会ともつながっているというメッセージがあります。

——どのように建物を包み込んでいるのですか?

HAL:さすがに建物を真空パックにはできないので、風でシートがピタッとなるタイミングを狙って撮っているんですよね。そうすれば空気を抜かなくても張り付きます。でも、風向きが悪い日を選ぶと張り付きが甘くて、風船のように膨らんでしまいます。風向きが良くなくて丸1日台なしにしたこともあります。ベストはカメラを向けている後ろから微風が吹いている時ですね。

——家を包むシートはどのように用意しているのですか?

HAL:自作です(笑)。ポリプロピレンを溶かすことができる接着剤を使って内装工事用のシートをつなげているんです。なので、包む家の寸法を測るのも、家にシートを被せるのも全部、自分でやっています。

——えっ!? シートを被せるのも自分でやっているのですか? てっきり撮影チームに建築関係の人がいるのかと思いました……。

HAL:確かに5人程度のチームではやりましたけど、いるのは撮影アシスタントの人達だけです。屋根に登る作業はハーネスをつけて全部自分でやりました。屋根の雨漏り修理の動画をYouTubeで観て、登り方や屋根の上での作業を覚えました。

——危ない、怖いとは思いませんでしたか?

HAL:どこからどこまでが危ないことか、始める時はわかっていないんですよね。なので気が付いたら危ないことをやっていた、という感じですかね。あと、「失敗したら死ぬかも」でやめるのではなく「どうやったらリスクなくできるだろう」と考えています。

——高齢のご夫婦も撮影されています。高齢の方に作品のコンセプトを理解してもらうのは大変では?

HAL:あれは、僕の両親と妻の両親なんですよね。奥さんの両親を撮影したのは結婚したばかりの時だったんですけど、陶芸家の方で表現活動に理解があったので、「愛を表現したいんです!」と作品のコンセプトを伝えたら、おおらかに受け入れてくれました。一方で僕の両親にはあまり理解されなくて、写真集を見せても「気持ち悪いからやめて!」って拒絶されていました。でも、妻の両親が被写体になってくれたのを見て「それならうちらもやらないわけにはいかない」と思ったようです。

『FLESH LOVE ALL』シリーズより

広告も自分の写真も撮り続けていたら自分独自の進化を遂げられるんじゃないかなと

PHOTOGRAPHERHALがこれまでにリリースしてきた写真集

——HALさんの写真の原点を聞かせてください。

HAL:僕は大学生の時にバックパッカーをしていたのですが、その旅の記録として写真を撮り始めました。それから写真にのめり込んでしまい、専門学校が社会人向けに開催しているワークショップに参加していろいろなことを覚え、森山大道さんの作品のように街をグラフィカルに切り取った写真が好きになって、旅の記録以外も撮るようになりました。そして、大学卒業後には広告制作のプロダクションに入ってアシスタントとして経験を積み、自分でも広告の写真を撮るようになりました。

——これまでの作品を見ていると、広告写真でキャリアをスタートさせているのは意外です。

HAL:仕事をしながら個人的な写真も撮り続け、駆け出しのヘアメイクやスタイリストと一緒に作品撮りをしていましたよ。クラブで抱き合っているカップルを撮影するようになったのもその延長線上で、戸川昌子さんがやっていた渋谷の「青い部屋」などで撮影させてもらっていました。昼間は広告の仕事があったため、夜しか作品撮りができなかったですし、自分もクラブが好きだったので、クラブでの撮影はぴったりだったんですよね。

写真集『Pinky & Killer』(2004)より

——広告写真はあくまで仕事で、いずれは自分の作品だけを撮りたいと?

HAL:それが、そうでもないんです。先輩には広告1本でやっている方や広告をやりながら個展もやっている方もいたりと、いろいろなスタンスの方がいましたし、広告も自分の写真も撮り続けていたら自分独自の進化を遂げられるんじゃないかなと僕自身も思っていました。

——では、広告の仕事はしばらく続けたのですか?

HAL:制作会社には20年間勤めました。今もフリーのカメラマンとして活動していく中で、その会社ともお付き合いを続けています。

——真空パックの撮影や、海外のイベントに参加するようになった頃も会社員だったのですか?

HAL:そうですね。海外に行く時は有給を使っていたんですよ。なので会社を辞めたのも、海外に行く機会が増えて有給が足りなくなってしまって、どちらか1つに絞るしかなくなったからで、イヤで辞めたわけではないですし、ずっと居続けてもよかったと思っています。

——話は変わりますが、正式なお名前はHALさんではなく、PHOTOGRAPHERHALさんなんですよね? これはどうしてですか?

HAL:自主制作で写真集を作った時に表紙に本名を載せたらインパクトがなかったので、「DJ 〇〇」のようにPHOTOGRAPHERHALにしました。最初はPHOTOGRAPHERとHALの間を半角空きにしていたんですけど、それだと海外では写真家のHALとされてしまうので、くっつけてPHOTOGRAPHERHALにしました。あとは(漫画)『プロゴルファー猿』っぽいなと(笑)。

一時期、「東京に行ったらHALに写真を撮ってもらう」というのが外国人観光客の中ではやっていたみたいです(笑)

——先ほどもお話がありましたが、作品は海外でも人気です。きっかけはありますか?

HAL:「Paris Photo」という毎年パリで開催されている国際的な写真展があるのですが、2008年に日本特集を行いまして、『PINKY & KILLER DX』(クラブでカップルが抱き合っている写真集)を出展したんです。そのきっかけは、「Paris Photo」のスタッフが日本で写真家を探して回っていた時に、僕の作品集を出版している冬青社のギャラリーにも来て、オーナーが渡した作品の中に僕のも含まれていたことなんですよね。

写真集『PINKY & KILLER DX』(2007)

——このイベントがきっかけで「コレット(Colette)」でも販売されたんですよね?

HAL:そうです。「コレット」のサラさんが「おもしろい!」と気に入ってくれて、『PINKY & KILLER DX』を仕入れてくれました。その後も僕の作品を取り扱ってくれましたし、このイベントをきっかけに広がっていきましたね。

——HALさんの写真にはいろいろな作品がありますが、海外の方が食いつくのは?

HAL:真空パックですね。「どうやって撮っているのかわからない」という人が多いみたいで。

——海外にはきっと布団圧縮袋がないからでしょうね。

HAL:そうですね。ただ、SMグッズで似たようなものがあるんですよね(笑)。それはヨーロッパにもあるはず。でも、僕の作品とは結びつかないみたいです。

——海外で撮影する時はどうされているのですか?

HAL:イベントで海外に行く時には機材も持っていて、いつでも撮影できるようにしています。現地で知り合った人に「撮ってほしい」「撮られたがっているカップルがいる」と言われることもあるんですよね。あと、海外の方からDMで連絡をもらうことも多く、僕に写真を撮られるためにドイツから来てくれたカップルもいましたし、「今、日本に観光で来ているんだけど撮ってくれないか」と連絡が来たこともありました。一時期、「東京に行ったらHALに写真を撮ってもらう」というのが外国人観光客の中ではやっていたみたいです(笑)。

——今後、海外のイベントに出展の予定はありますか?

HAL:来年、ミュンヘンで『FLESH LOVE ALL』シリーズを出展する予定です。前回の個展から、家ごと真空パックの撮影はできていないですし、ミュンヘンのスタッフが制作のメイキング動画を撮りたいと言っているので、今年中に撮り足したいと考えています。今までは現代的な住宅で撮ってきたので、これからは日本ならではの古民家を撮影したいんですよね。

“LOVE”を包み込んでいるのは、母親が子どもを包み込むのも真空パックも同じ

——最新作「Ayarl」は、これまでの作品とは雰囲気が異なりますね。

HAL:最初はクラブで抱き合っている2人の“LOVE”から始まり、それから“LOVE”の形を変えながら撮ってきているのですが、最新作では他者に向けての愛という意味を込めています。実は今年1月に子どもが生まれ、妻から母親の雄大さ、包み込むような優しさを感じていて、母親と景色を同化させた写真を撮りたいと考えて、母性愛という“LOVE”をテーマにしました。真空パックではないですけど、“LOVE”を包み込んでいるのは、母親が子どもを包み込むのも真空パックも同じと考えています。なので作品としては、ずっと地続きになっているんですよね。

——これはどうやって撮影されているのですか?

HAL:今回は撮影の手法を公開しないようにしているんですよ。見る人が見たらすぐにわかるとは思うんですけど、完成した作品だけを見て何かを感じ取ってもらいたいです。ただ、母親と景色のスイートスポットを探していく、非常に感覚的な作業になりましたね。すごく狭い範囲なんですけど、シンクロする瞬間があるんですよ。

——撮りながら次のアイデアが浮かぶとおっしゃっていましたが、次に撮りたいものは決まっていますか?

HAL:まだぼんやりとしていますけど、母親と息子の関係性がおもしろいなと感じています。異性の親子って、きっといろんな段階を経ると思うんです。息子に物心がつく、異性を意識する。母親もかわいい男の子から感情が変わってくるなど。僕は男親で、2人のように抱き合ったり頬擦りしたりをずっとすることはできないので、1歩引いてカメラを撮っていきたいと思っています。

——母と子で真空パックになることはありますか?

HAL:自分で意思表示できる年齢になった時に「やりたい」って言ってくれるかどうかですよね。やってくれるなら、欠かせませんね(笑)。

Photography Shinpo Kimura
Text Kango Shimoda

author:

相沢修一

宮城県生まれ。ストリートカルチャー誌をメインに書籍やカタログなどの編集を経て、2018年にINFAS パブリケーションズに入社。入社後は『STUDIO VOICE』編集部を経て『TOKION』編集部に所属。

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