連載「時の音」Vol.17 「歩く、見る、撮る、だたそれだけ」写真家・森山大道が語る「記録」と写真

その時々だからこそ生まれ、同時に時代を超えて愛される価値観がある。本連載「時の音」では、そんな価値観を発信する人達に今までの活動を振り返りつつ、未来を見据えて話をしてもらう。

今回、登場するのは写真家の森山大道。コンパクトカメラを片手に路上を歩きながら撮影するスナップショットの世界的大家だ。「歩く、見る、撮る。ただそれだけ」と自身の仕事を語るが、その1歩から始まる1ショットがいつも世界をしびれさせてきた。

そんな森山が「これがあるから1歩が踏み出せる。電気やガスと同じライフラインのようなもの」と形容するのが1972年に始めた私家版写真誌「記録」である。1973年にオイルショックの煽りを受け休刊するが、2006年に第6号を出版し復刊。以降継続的に展開し、今年、第50号を刊行した。それを記念してAKIO NAGASAWA GALLERY GINZAでは、50号分の写真を複数画面のスライドで観せる展覧会が開かれている。会場では「記録」に収録されたすべての写真が撮影された場所、時間を超えてランダムに投影されていく。

「確かに僕が撮った写真だけど、新しくその写真に出会ったような感覚がある」。その光景を前にして、森山大道が語った「記録」のこと、そして「写真」について。

「僕の日常は、すべて『記録』に反映されている」

――「記録」は「撮影したものをすぐに焼いて、近くの人たちに手渡しで見せる最小限のメディア」として始められた。その動機とはどんなものだったのでしょうか。またタイトルに「記録」という言葉を選んだ理由は?

森山大道(以下、森山):ありていにいえば、僕の本当の日常の断片を印刷して見てもらいたい。そう思って始めたのが「記録」。だから撮りためたものを選んでまとめるような写真集とも少し違って、片っ端から撮ったものをプリントに焼いて、それを1冊の中に全部入れてしまう。そして、なるべく早く印刷して人に見てもらおうというのが「記録」。タイトルに関しては、本当に単純で、「写真は『記録』だよね」ということ。もちろん「記念写真」というように、写真は「記念」であり、また「記憶」でもある。「記録」を含めて、単純にその3つで写真は成立していると思っていたんだけど。だた、「記念」っていうのもなんだし、「記憶」というのも違うなと思って、一番素朴な「記録」にしただけです。だからそこまで深い理由はないです。

――1972年に「記録」の第1号がスタートして、一度休刊されています。

森山:1973年にやめたのであっという間に休刊(笑)。というのも、73年にオイルショックがあって、印刷代がかなり高騰したんですね。続けたかったけど、お金がなくて僕には無理だと。

――第1号を出版した1972年から、今年がちょうど50年。半世紀になります。「記録」を振り返って、その間「大きく変わった」と実感されることはありますか?

森山:「記録」というのはある意味、僕のパーソナルなメディアだがら、僕自身がそういうことを振り返っても仕方がないとも思うんだけど。ただ2006年に、AKIO NAGASAWA GALLERYの長澤章生さんが「また『記録』をやりません?」と声をかけてくれたことは大きかった。それで「記録」が復刊したわけだけど、それまでずっと僕の記憶の中にあって、ずっと気にはなっていた「記録」のありようが、その時、ふわーっと蘇ってきたわけ。その時点から、また僕の日常は、すべて記録に反映されていっているんです。例えば、東京にいる時の日常だけでなく、ふと外国に写真を撮りに行く時も、僕にとっての狭い意味での、1回限りの日常。その日常の断片をそのまま見てもらうというのはずっと変わっていない。あれこれ考えたりせずに、ただ見てもらう。それが「記録」。その中には、いつも記念という気持ち、記憶というかたちもないまぜになってあるわけだけど。

――「記録」のあとがきに、東松照明さんや中平卓馬さんらのお話が出てきます。ないまぜになっているというのは、記録を作り続ける上で、そういった記憶が出てきてしまうということでしょうか?

森山:「記念」「記憶」「記録」ははっきりと別々になったものではなく、ないまぜになって自分の時間の中にあると思うんだよね。だから「記録」は、そういった時間みたいな概念をメディアを通して見てもらう。僕も見せてもらうというところもあるし、見たいという思いもある。

――僕も見たいというのは、やはり、撮っている時と「記録」になったあとでは違う何かがあるということでしょうか?

森山:みんな違うんです。一番はっきりした例が、今回の展示。あの中に囲まれながら、僕自身も改めて写真を見て、その写真にまた新しく出会うというか−−確かに僕自身が撮った写真ではあるんだけど、そういう感覚がある。それが写真たる所以だよね。写されたものは一瞬の事象だけど、それが次々と新しい時間の中で循環していく。その循環の中に僕がいるわけ。すると自分も循環されていくような感覚がある。それが今回の展覧会のとてもおもしろい部分。

――それは、50年前に撮ったものの中に今を感じるものだったり、今撮ったものの中に1970年代に撮ったもののように思えるということでもあるのでしょうか?

森山:『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』というタイトルの僕のエッセイ集もあるけど、そういう感覚にさせるのが写真なんだろうね。言葉にするとキザだけど、昔に撮った写真だから古いというような見方をしてはダメ。過去に撮ったものであれ、これから撮るものであれ、全部が一緒になって1つの写真になる。

――「記録」の第33号は、その1日だけで撮影した写真だけで1冊を作っていらっしゃいます。第50号は1人の女性だけを撮影している。そのアイデアはどのように生まれているのでしょうか?

森山:第50号の女性の写真は、「今、女の子を撮ってみたいんだよね」と長澤さんと雑談していて撮ったんだけど、「どこでやる?」「じゃあここでやろう」という感じでギャラリーの表に出て、銀座、有楽町で撮った。それくらいのこと。第33号の時も、なんかそうしてみようと思った。テーマ意識みたいなものとも違う。だた、今を撮る。そうやっているうちに、第50号までできてしまったということなんだけど。

「歩かないと見えないし、撮れないし、考えられもしない」

――今を撮るということについて、過去のインタビューでは「歩く、見る、撮るだけ」。そういった日常を「きわめてシンプルな日々」とお話しされています。アイデアは、そういった日々の中に、ただ生まれてくるものということでしょうか?

森山:それは、「記録」以前から変わっていないことですが、歩かないと見えないし、撮れないし、考えられもしない。他の写真家は別だけど、僕の場合は歩かないとダメ。歩く以上は、見る。見る以上は、カメラマンだから撮る。それ以上に必要なことはないと思う。それはなぜかずっと変わらないことですね。よく「同じ写真ばかり撮っているよね」とも言われるけど、僕自身も毎日少しずつ変わっていると思うし、1歩外に出れば、それまでとは違う世界がある。新宿にしても、池袋にしても、歩いている人も違う、僕も違う、みんな違うという中で撮っているわけですから。それしかない。やっぱり、撮らないと自分もわからなくなるし。

――森山さんでもわからなくなることもあるんですね?

森山:もちろん。また、撮ることでわからなくなることもある。それでもいいからまた撮っていくと、見えてくる。やっぱり、家を出れば外はあるわけだし、外は生きているわけ。街っていうのは本当に生きているから。そのなかに、どうやら僕も1匹生きていて、その中に紛れ込んで写す。

――この数年、コロナの影響で外を歩きにくかったのではないでしょうか?

森山:2日間くらいは家の中で撮っていたけれど、僕は、外に出ないとどうしようもないので。どんなにクローズされていても、それも今の街。そういうコロナの街という風景が見えるわけ。確かにバスに乗っても人は少ないし、街にもほとんど人がいない。でもそれはそれでリアリティでもある。カメラマンとしての僕は、そのすべてが一種のリアリティを感じるわけです。第50号は自分の気持ちがそうだっかたら女性の写真を撮ったけど、第51号からはまた街へ出ようと。と言っても、もう撮り始めているんだけど。だから同じことをずっとやり続けるんだよね。僕自身、いい歳になったから昔みたいにスタスタ歩けないけど、足があるうちは、街があるから撮る。それで良いと思っている。

――外に出た時、何が撮りたいと思わせるのでしょうか?

森山:あまり理由みたいなものはない。面倒くさいことを言うと、僕という人間の体質生理みたいなもの。それしか言えない。1枚1枚には理由みたいなものはないけど、その全てには自分の生理、肉体、気持ちがあり、その中には記憶もあるし、記念すべき気持ち、記憶する思いがある。撮っている時って、そういったことがすべて一緒になっているんだと思う。自分の生理、肉体、その日の気持ちをひっくるめて、まず歩く。見る。撮る。それが日常、僕の本当の日常。

◾️記録
会期:9月3日まで
会場:AKIO NAGASAWA GALLERY GINZA
住所:東京都中央区銀座4-9-5 銀昭ビル6F
時間: 11:00〜19:00(土曜のみ13:00〜14:00はクローズ)
休日:日〜月曜、祝日
入場料:無料
Webサイト:https://www.akionagasawa.com/jp/exhibition/record/
AKIO NAGASAWA GALLERY AOYAMAでは、6月9日より「記録」第50号の写真を中心にプリント作品を展示。またすべての「記録」(在庫がある号のみ)も販売予定。

◾️記録
会期:8月6日まで
会場:AKIO NAGASAWA GALLERY AOYAMA
住所:東京都港区南青山5-12-3 Noirビル2F
時間: 11:00〜19:00(13:00〜14:00はクローズ)
休日:日〜水曜、祝日
入場料:無料

Photography RiE Amano
Edit Jun Ashizawa(TOKION)

author:

松本 雅延

1981年生まれ。2004年東京藝術大学美術学部卒業、2006年同大学院修士課程修了。INFASパブリケーションズ流行通信編集部に在籍後、フリーランスに。雑誌やカタログなどの編集・ライティングを行う。現在は、ニューヨーク・タイムズ社のスタイル誌「T」の日本版「T JAPAN」のウェブマガジンなどで主にアート記事を執筆。

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