街の歯医者の裏の顔はグリルズ職人。歯を治すのではなく“カスタム”するカルチャーとDr.ZARA

グリルズ、それはアメリカのヒップホップカルチャーから生まれた“歯”のファッション。ひと昔前までは、ネックレスやリングなどと同様、成功者のステータスシンボルとして一部でのみ知られていた。それがどうだ。ここ日本でも、若者を中心にじわじわと認知を広げているというではないか。

そのシーンの真っただ中に、歯科医とグリルズ職人という2つの顔を持ち、活動する男がいる。彼の名はDr.ZARA。なぜ歯科医師がグリルズを? そして歯のファッションは、どのように認知され進化しているのか。SNSで注目を集める男が歯に衣着せず語るのは、歯のファッションの現在地とその先。

Dr. ZARA
歯科医師として勤務する一方、紹介制でグリルズやトゥースジェムの施術を行っている。その強みは、本業での経験と技術に基づいた安心感と安全性、そしてハイクオリティな仕上がり。インスタグラムや口コミから注目が集まり、ラッパーやバンドマン、モデルにインフルエンサー、ファッション関係者を中心に着実に顧客数も増加中。
Instagram:@grillz_by_dr_zara

グリルズ職人は基本的にみんな我流だと思う

——まず初めにDr.ZARAさんの経歴を教えてください。

Dr.ZARA:某大歯学部に入学し、卒業後は歯科医師の免許を取得し、同歯科大学病院のペインクリニック科に所属していました。歯科に来院する患者さんの痛みの99%は、虫歯や歯周病といった歯科疾患が原因なのですが、残りの1%にそれでは診断がつかない人がいます。その原因として考えられる脳や筋肉、神経、心因性の問題を取り扱うのがペインクリニックです。要は街の歯医者さんでは診断できない特殊な痛みを見つけ出す専門の科で、勤務と研究をしていました。

——裏を返せば、専門性が高いということですね。なぜそこからグリルズを作り始めるように?

Dr.ZARA:ある日、彫刻をしている高校時代の友人から「グリルズって作れる?」と聞かれたのが最初のきっかけでした。作ったことはないけれど、作り方としては銀歯の被せ物と変わらないと思ったので引き受けてみました。ちょうど大学院の卒業時期で、また何か新しいことを始めたいなと思っていたタイミングと、手伝っていた実家の歯科医院にグリルズを製作するには申し分ない設備があったというのが重なった結果ですね。

——製作を始めて、今で何年目ですか?

Dr.ZARA:約3年ぐらいだと思います。僕のグリルズは1人で製作しており、日中は通常の歯科診療をしているため、数があまり作れないことから紹介制にしています。最初のクライアントは、先ほど話した彫刻とダンスをしている中高時代の友人2人でした。そこから人づてで増えていったという感じです。

——ではグリルズについてもう少し詳しく教えてください。

Dr.ZARA:勘違いされる方が多いのですが、あくまで歯の表面に被せて装着するので基本的に脱着は可能です。なので、はめたままでの日常生活も問題ありません。指輪と同じようなものと思ってもらえればいいかと思います。

——どのような経緯で生まれたカルチャーなんですか?

Dr.ZARA:時代的には1980年代後半から1990年代にアメリカで登場したようですね。もともとは差し歯のように、なんらかの理由で歯を失った人のためのものだったのが、ブリンブリンなネックレスやリングと一緒でヒップホップカルチャーにおける成功者のステータスシンボルになっていったものと言われています。

——素材はシルバーとゴールドが基本なんですね。ちなみにデザインで人気が高いのはどんなものですか?

Dr.ZARA:素材としては他にはホワイトゴールドなどもあります。次にデザインですが、プレーンタイプを並べて2連にするのが最もオーダーが多いですね。

——数の単位は1つ、2つ……なんですか?

Dr.ZARA:海外だと“キャップ”が多いです。なので2個だったら2キャップスといった感じ。スニーカーをキックスと呼ぶ感覚が近いのかもしれません。グリルズも正式名称というよりは、気が付いたらそう呼ばれるようになっていたというニュアンスが正しい気がしますね。そういった曖昧な定義もカルチャーから生まれたものである証左なんだろうなって。

——今さらですが、誰にでも装着は可能なんでしょうか?

Dr.ZARA:その人の歯型を取って製作するので可能です。

——ひと口にグリルズと言っても、タトゥーのように施術者ごとの特徴があったりするんですか?

Dr.ZARA:そもそも専門書がないので、基本的にみんな我流だと思います。ですがデザインで言えばある程度のフォーマットは存在していて、その中でも施術者ごとのカラーはあります。

日本ですと、「Grillz Jewelz」秋山哲哉さんと「Fangophilia」の英太郎さんという、僕的には日本の2大グリルズのレジェンドがいらっしゃいますが、お2人ともそれぞれの世界観があっていつも勉強になっています。

——それで言うと、Dr.ZARAさんのカラーは?

Dr.ZARA:僕のカラーは“これだ”ってのは自分的にはなくて、来てくれたり見てくれたりしているみなさんが感じて決めてくれればいいと思っています。クライアントにはクリエイティブな気質で人と同じものがイヤな方々が多く、「こういうのは可能ですか?」と自らアクションを起こしてきてくれるので、こちらもできる限りその声に応えるようにしています。ちゃんとした歯科知識がある分、安心して任せてもらえていると感じています。

カルチャーとして拡散されていく必要はないと思っています

——よくシルバーアクセを自作する人っていますよね。グリルズでも可能ですか?

Dr.ZARA:歯型さえ自分で作れれば可能ですが、歯型を取って石膏で模型に起こすという作業を自分で行わなければなりません。僕らは日常的に行っていますので、その手間を惜しまずに安全で高いクオリティを実現することができます。

——素材を持ち込むケースはありますか? 愛用のゴールドリングを溶かして作ってほしいというような。

Dr.ZARA:できないことはありませんが、リングに使われている量では、溶かしてもグリルズを作るのに必要なグラム数が足りないかもしれませんね。

——あと、最近はトゥースジェムというものもあると聞きました。

Dr.ZARA:海外セレブの間では新たなトレンドになっています。こちらはグリルズと違って歯の上に被せるのではなく、歯の表面にスワロフスキーなどを貼り付けるタイプなので、気軽にトライしやすく人気も上がってきていますね。

——カスタマー層としては男女問わずでしょうか?

Dr.ZARA:男女差で言うとグリルズは男性に、ジェムはネイル文化の延長線上にあると捉えられていることもあってか、傾向的には女性に人気ですかね。ただ今の時代、ジェンダーで分けて語るのはナンセンスだと思っているので、僕は男性にも積極的におすすめしています。ラッパーのマシン・ガン・ケリーがジェムを付けているし、逆にリアーナやブラックピンクのリサがグリルズを着けています。それが現代のスタンダードだと思います。

——ネイルのように、通常はサロンで施術してもらうのですか?

Dr.ZARA:海外ではトゥースジェム専門サロンはありますが、その形態は日本だとほぼ見かけず、僕と同じく歯科医でやっているところが複数あります。このカルチャー自体も日本では最近と思われがちですが、10年以上前に歯のアクセサリーとしてのジェムは歯科材料として売られていたんです。今ほどの認知度もなく、売れずに製造されなくなったと歯科材料の問屋さんから聞いたことがあります。

——口の中を施術するっていうのが、医療行為に近いイメージだからですかね。

Dr.ZARA:そもそも、ちゃんと施術しないと簡単に取れちゃうからというのは理由としてあるようです。実際、ネイリストの子が自分でやってみたら、すぐに取れてしまったという話は聞きました。たぶん、接着剤が医療用のではなかったのかなと。僕の場合は、歯科用接着剤を使用しているので、歯磨きをしても取れることはありません。施術後1年以上キープできているクライアントさんもいらっしゃいます。

——施術後のアフターサービスも気になります。

Dr.ZARA:そういった点も踏まえ、うちではジェムを付ける前に虫歯など歯自体の治療もします。最近ではジェムのお客さんが、歯の治療のみで来院するケースも増えましたね。それで定期的なクリーニングと一緒に新しいジェムのデザインに変えていく方もいらっしゃいます。

——歯科医としての信頼ゆえですね。矯正器具を使ったものも見かけましたが、こちらもグリルズの範疇になるのですか?

Dr.ZARA:これは「歯の矯正器具を着けたアメリカの女の子みたいになりたい」というリクエストがあったので、本物の歯の矯正器具とグリルズを合体させて製作しました。なので矯正機能は備えておらず、カジュアルに取り外すことができます。

——おもしろいですね。アイデア次第でいろいろな可能性を秘めていて。

Dr.ZARA:そういったリクエストに対して、歯科医としての知識で応えられるのが僕の強みです。

——歯科業界は縦社会とも聞きますが、歯科医とグリルズ職人の2足のワラジについて、周囲の同業者からの反応は?

Dr.ZARA:以前所属していた大学病院の教授には秘密にしていますが、誰かに怒られたりバッシングされたりはないですし、「変なことやってるなぁ」ってくらいじゃないですかね。周りはおもしろがってくれていますよ。

——今後、Dr.ZARAさんが挑戦したいことがあれば教えてください。

Dr.ZARA:最近実際に施術したケースですが、グリルズではなく歯の被せ物にダイヤを埋め込むという試みをしました。通常の歯科治療で行う被せ物と要領は変わりませんが、唯一異なる点は、歯の前面にダイヤが敷き詰められているというところです。一見、グリルズのようで食事も可能ですし、歯磨きも必要になります。正式名称はないようですが“パーマネントグリルズキャップ”と海外では呼んでいるケースもあるそうです。挑戦というよりは、自分の技術やライセンスでしかできないことをクリエイティブな方々と今後一緒に試行錯誤できたらなと思っています。

——グリルズやトゥースジェムというカルチャーは、今後日本でも広がっていきそうですか?

Dr.ZARA:広がっていくとは思いますが、僕は拡散されていく必要はないと思っています。カウンターカルチャーがメインカルチャーになったら意味がないじゃないですか。こういったカルチャーは、あくまでマイノリティな存在だからいいと個人的には思います。ただ、世間に知られること自体は歓迎です。その上で“存在を知っているけど自分はやらない”という選択肢が、普通にある社会が理想ですね。また、そうなることでファッションやカルチャーの底上げになるのかなと思っています。お隣の韓国なんかでは、ジェムがもうあたりまえですからね。

——最新のファッションやヒップホップカルチャーを掘っている人の間では、もはや常識なのですね。

Dr.ZARA:僕の体感的にはコロナ禍のマスク社会になって、ジェムのファン層が少し変わりました。ダンサーやラッパーさんだけではなく、会社勤めの方々も増えたなと。

——なんだか興味が湧いてきました。

Dr.ZARA:それくらいの感覚でいいと思います。知っておいて損はないと思いますので。

Photography Shinpo Kimura
Text Tommy

author:

相沢修一

宮城県生まれ。ストリートカルチャー誌をメインに書籍やカタログなどの編集を経て、2018年にINFAS パブリケーションズに入社。入社後は『STUDIO VOICE』編集部を経て『TOKION』編集部に所属。

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