折り紙には未来がある 折り紙作家/手漉き和紙職人の有澤悠河インタビュー 後編

折り紙と聞いてまず思い浮かぶのは「折り鶴」だろう。この他「やっこさん」「風船」等に代表される昔懐かしの伝承折り紙と、ここ数十年でブームになっている現代折り紙は、ともに1枚の紙を扱う点は同じ。ただし、伝承折り紙が作者不詳であるのに対し、現代折り紙には作品ごとに「作家」の存在がある。

では、折り紙作家とはどんな人々か。クリエイティヴな職業の多くがそうであるように明確な定義はないが、1ついえるのは著作があるかどうか。書籍やメディアで公開された創作作品(とその構造を示す展開図、あるいは折り図)があれば、その作者が作家といえる。日本では現在、名前の知れた折り紙作家が数十人はいる。

有澤悠河もその1人であり、さらに紙づくりから手掛けている点でユニークな存在。奈良時代から続く紙の名産地、岐阜県美濃の工房で手漉き和紙職人として活動する顔も持つ。現代折り紙の系譜と彼独自の創作スタイルに迫った前編に続き、後編では紙づくりのアングルからそのこだわりとキャリアについて話を聞いた。

紙のエネルギーに応える

−−難度の高い作品を折るのに、市販の折り紙だとサイズや強度などがネックになりますよね。

有澤悠河(以下、有澤):僕の場合、中学生の頃にその壁にぶつかって文房具屋をまわる中、札幌にある「紙のめぐみ」というお店にたどり着きました。坂本直昭さんという和紙染描家の紙を扱う店です。坂本さんは世界中の紙漉きの現場を訪ねていて、その場所の空気を感じながら紙を染めるというエネルギッシュな活動をされています。ご本人は東京在住で「紙舗直」というお店を白山(文京区)に構えているんですけど、「紙のめぐみ」はそんな彼の作品を専門に扱う全国唯一のお店で、たまたま僕の地元にありました。すごくかっこよくて、お小遣いを貯めて1枚買って、部屋に飾っていました。

−−そんな紙との出合いで、折り紙の取り組み方も変わった?

有澤:坂本さんの紙を眺めているうちに、何かに見えてきたんです。爬虫類とか動物とか。紙がなりたい姿がある気がして、その連想から形を考えて折るようになりました。

−−折り紙作家としてはめずらしいパターンですよね。

有澤:そうかもしれません。

−−自然が持つエネルギーに惹かれるのでしょうか。紙もまた本来自然のものですから。

有澤:紙のエネルギーは確かにあります。自然もそうだし、多くの人の手を経たストーリーもある。江戸時代までの日本は、すべての紙が100%自然でした。僕が今つくっている紙は、江戸時代の紙と限りなく近いです。この手法で手漉きをしている工房は現在、全国でも数十軒あるかどうか。

本来の紙を1つの選択肢に

−−コルソヤードの紙づくりについて、少し教えてください。

有澤:紙の原料としてパルプをよく聞くと思いますが、パルプは木の幹を砕いて繊維を集めたもの。日本古来の伝統的な紙は、幹ではなくて木の皮を使います。剥いだ皮をふやかして、表面の黒皮と甘皮を削ぎ落として、煮てアク出しをして、残ったチリや硬い繊維を手作業で取り除いて、柔らかくほぐれた繊維だけの状態にします。ここまでの下準備に約2週間。紙を漉く段階で、トロロアオイという植物のとろみを加えます。これがローションの役割となり、繊維と繊維がくっつかず、均一な紙を漉くことができます。このとろみはネリと呼んでいて、紙になった時はなくなっています。

−−日本古来の紙は、純粋に木の繊維100%でできている。

有澤:そうなんです。トロロアオイのとろみの弱点として雑菌にすごく弱いというのがあって、昭和に入るとホルマリンやクレゾールなどの保存殺菌剤を混ぜて紙を漉くのがスタンダードになりました。現在は手漉き和紙でも、工房によっては何らかの薬品を使っているところのほうが多いと思います。ただやっぱり明らかに人間にとって不自然な成分だし、うちでは廃止することにしました。代わりに冷蔵庫のマイナス温度で保存することで鮮度を保っています。

−−モノとして、ナチュラルな紙はどんな特長がありますか。

有澤:いいところはたくさんあります。不純物を含まない紙は、呼吸するほどいい紙になります。時間が経つほど強く、色はより白くなります。

−−そうなんですか?! 古紙は黄ばむイメージがありました。

有澤:黄ばむのは、紙に含まれている薬品が焼けるからです。繊維100%の障子紙なら、太陽の光で漂白されて3〜5年後により白くなっていきます。あと、湿気を吸ったり吐いたりするうちに繊維同士の水素結合が強くなって、年数を重ねるほど強度も増します。障子なら10年以上、いいコンディションで使い続けることができる。それが本来の紙の姿です。

例えば中世ヨーロッパの聖書なんかはボロボロに崩れていますよね。ヨーロッパの紙は昔からいろいろ混ざっているからです。そこでいうと日本の紙は究極。繊維しかない状態だから、劣化しても腐ることはほとんどありません。江戸時代の紙職人は、どんなに使い古した紙であっても漉き直していたようです。ナチュラルだと、無限にリサイクルできます。

−−紙づくりが機械化された現代において、ナチュラルな紙は贅沢品といえます。そのニーズや可能性をどこに見出していますか。

有澤:欲しい人に届けばいいなと思っています。今、ひと月に紙漉きするのは2〜3回。だいぶ少ない方だと思いますが、そのくらいのペースで漉く方が、道具も長持ちするし、原料もたくさん使わなくて済みます。江戸時代も、紙は高級品でした。

手漉き和紙工房コルソヤードでの紙漉き風景。1分強で紙1枚を漉くペース

折るレザー、3D折り紙

−−折り紙専用の紙を開発していますね。

有澤:紙に選択肢があることを知ってほしいと思う時、1つの需要として折り紙は合致します。今日漉いている「FO-01」という紙がそうなのですが、紙の原料である楮(コウゾ)と雁皮(ガンピ)をオリジナルの比率で混ぜてあります。簡単に説明すると、コウゾの繊維は空気の層を持つので強くて厚い紙がつくれるけれど、フワッとしていて毛羽立ちやすい点が折り紙の細かい作業には不向き。一方のガンピは繊維が緻密でフラットだからパリッとした紙がつくれるけれど、厚さが出せないので薄過ぎて折りづらい。それぞれを適切な配合で混ぜることで、強いのに毛羽立ちが少なく、シャープな折り筋をつけることのできる紙になります。

−−どんな人が買いますか?

有澤:漉いたままの全紙(約64×98㎝)で販売していた最初の2年間は全く売れませんでしたが、15㎝、30㎝角にカットして種類別にパックすることで、オンラインを中心に売れるようになりました。イベントに持っていくと「FO-01」は大人気です。折り紙好きの小学生が親御さんと一緒に買いに来てくれたり。若い世代が興味を持ってくれるのはすごく嬉しい。

−−折り紙を起点に創造する仕事。紙以外のもので設計することもありますか?

有澤:あります。例えば神戸牛の皮。レザークラフトには不適格な皮の使い道に困っているという話が神戸レザー共同組合からあって、折り紙に活用できる薄い革を一緒に開発しました。昨年は、ユナイテッドアローズが展開する「スティーブン・アラン」のプリーツスカートのデザインをしました。直近だと、バンダイとの取り組みで、僕の折り紙作品が3Dスキャンのガチャになっています。ネコやゾウなど5種類あって、バンダイのHPではそれぞれの折り図を公開しています。

−−ガチャの折り紙、折ってみましたが、かわいい見た目に反して難しすぎて、最後まで折れなかったです……。

有澤:笑。僕の本のタイトルのママ(『カワイイ! けれど難しすぎるおりがみ』)で嬉しいです。

−−海外からのリアクションもありますか?

有澤:折り紙作家としてはやはり本が動いています。中国からまとめて十数冊のオーダーがTwitter経由で入ったり。最近、韓国も折り紙がすごく活発で、若手の作家達が仲間内で本を出したりしています。韓国の紙も折りやすいんです。

−−紙漉きと折り紙。二足の草鞋はいろいろ踏み出す先がありそうです。

有澤:手漉き和紙のニーズがあるうちは、紙の仕事をしっかりしていきたい。提灯やうちわの職人さんなど、納品先もまた紙を使うプロの方々です。だからクレームを頂くこともありますが、そういうやりとりの中でスキルは伸びます。この2年で紙漉きから出荷まで僕1人でやるようになりましたが、注文数は落ちていない。プレッシャーの中で成長できたと思います。その傍らで全く別業界の企業からは折り紙のオファーが来て、紙づくりの合間に設計して、夜は自宅で本を書いて……毎日大変ですが、改めて気付くのは、折り紙はまだまだ仕事として未開拓だなということ。だからこそ折り紙には未来があるぞと思っています。

有澤悠河
1997年北海道札幌市生まれ。幼稚園の時に折り紙と出合い、12歳から難解な折り紙に取り組み始め、創作活動をスタート。高校卒業後の2016年、美濃手漉き和紙工房「Corsoyard(コルソヤード)」に弟子入りし、折り紙と手漉き和紙の両方を生かした商品開発や設計を行う。著書に『おりがみ王子のカワイイ!けれど難しすぎるおりがみ』(2019年/KADOKAWA)、『折り紙王子の凄ワザ!折り紙』(2020年/河出書房新社)、『折り紙王子の凄ワザ!折り紙 ジャポニスム』(2022年10月発売予定/河出書房新社)。なお「折り紙王子」の呼称は「マツコの知らない世界」出演時の命名をきっかけに定着。バンダイ、明治、ロールス・ロイス、ユナイテッドアローズ他、さまざまな企業とのコラボ多数。

Photography & Videography Shin Araki

author:

合六美和

フリーランスエディター/ライター/ディレクター。2003年よりコレクション取材記者としてキャリアをスタートし、ファッション、ビューティ、カルチャー分野で活動。2019-21年ウェブメディア「The Fashion Post」編集長を経て、2022年独立。編集・執筆・制作・校正を行うエイリ代表。 Instagram:@miwago6

この記事を共有