「明日を楽しみにするために」ニューヨーク在住アーティスト西川裕子が語るプロセスと感情の交差点

アーティストの西川裕子の作品は、カラフルで幻想的なイメージを作り出す。その背景には、建築やインテリアデザイン、工芸といった幅広い経験が垣間見える。2002年にニューヨークのファッション工科大学(FIT)を卒業、インテリアデザイナーとして活動した後、2018年からデザイナー、アーティストとして活動を始める。これまで絵画や木造キャビネット、ガラス作品を手掛けてきたが、陶器と粘土作品にも取り組み始める。「カルバン・クライン ホーム」とコラボし自身初となる粘土のコレクションを発表。現在は照明とインスタレーションにフォーカスしている。ニューヨークを拠点とするに至った理由と多岐にわたる作品群の背景について訊く。

現在の作風のきっかけとなるフィラデルフィアでの経験

−−まずは、生い立ちについて教えてください。

西川裕子(以下、西川):母の故郷である仙台で生まれて茅ヶ崎で育ちました。茅ヶ崎では、富士山が見える海辺でいつも遊んでいました。北海道の函館という港町にも住んでいたことがあります。両親からは、自分の意見を持って行動に責任を持ち、自立した人間になるように育てられました。そして、1人で楽しく遊べる子にも育ててもらったと思います。誰かに答えを聞いたり、助けを求めたりするのではなく、自分でなんとかできる人になってほしかったみたいです。子どもの頃は、ピアノやバイオリンを弾いたり、画家のアトリエで絵を描いたりしていました。洋服やバッグ等、欲しいもは買うのではなく、まず作ってみようと考えるような家庭環境でしたね。

最近は自分が親によく似ていると思うようになりました。父は新しいことに挑戦する人で、40代からスキーの入門書を読んで未経験のまま挑戦してしまうような人。ものを1つだけでなく複数買う癖があります。自分も同じ形やアイデア、技法で苦痛に感じるまで作品を作り続けるんです。そして、また次の反復に移る。そうやって自分の作品は発展していきます。一方、母は料理が得意でレシピ通りに作るのが嫌な性格。さまざまなレシピを組み合わせて、そこにオリジナルの食材を加えて、誰も再現できないメニューを作る人。私も似たような方法で仕事をしています。まず、部品や材料を算段するためにスケッチを描きますが、それはスタート地点にすぎないと意識しています。制作過程では、スケッチにあるアイデアを組み合わせたり、横や縦にしたり、省いたりしていきます。

−−今でも音楽はやっていますか?

西川:はい。スタジオのビルの搬入口で見つけたアンティークピアノを持っています。それから趣味でウクレレやギターも弾きます。よく考えるのは、ミュージシャンは聴く人の身体も心も動かすことができ、何百万もの人を楽しませることができるということです。音楽は、時間を巻き戻すこともできる。自分の作品で同じようなことができないかと方法を模索しています。他の人にも私の作品に参加して自分の一部だということを理解してもらいたいです。

−−アメリカに移住したのはいつですか?

西川:日本の高校を卒業した1995年にフィラデルフィアに来ました。もともと、ニューヨークに行きたかったんですが、両親は危険だと反対していました。だから最寄りの町であるフィラデルフィアに行くことにしたんです。英語を学びながら、そこで3ヵ月間滞在しました。あの時の思い出や出会った仲間達は一生の宝物です。その後、日本に帰国しましたが、翌年の夏からニューヨークに移り住み、それ以来ずっとここに住んでいます。

−−これまで経験した仕事の中で、思い出深いものがあれば教えてください。

西川:2007年から約10年間、アメリカの家具ブランド、「ドンギア(Donghia)」で家具や照明器具のデザインを担当しました。その間、ムラーノガラス、鏡作り、椅子作り、木工、金メッキ、金属加工等、各分野で世界最高峰の職人達と一緒に仕事をしていました。その経験を通して、職人達から多岐にわたる仕事のプロセスを学ぶことができたんです。

−−精巧なモビールを作り始めたのはいつ頃ですか? 作品を作る上で、何か影響を受けたものがあれば教えてください。

西川:2020年の初頭、ダンサー達とのグループ展の準備中にぶら下がるセラミック作品を作ったんですけど、初めからモビールを作ろうと思っていたわけではないんです。天井からの縦のラインによって重力を強調し、落ちてくるような感覚を与える作品というより、むしろカラフルな要素を多く取り入れて、水平のラインで広がりや浮遊感といった視覚効果を演出し、吊るポイントをできるだけ少なくすることで、ぶら下がりながら動くような彫刻を作りたかった。そして、時間が経ってモビールの形に落ち着いたという感じです。

パンデミックが始まった時、もっと躍動感や立体感、質感等、普段の生活から消えてしまった要素を表現したいと思いました。それでなくとも、デジタルの体験がフィジカルの体験に代わったことで、自分達を取り巻く世界はより静的で平坦、間接的な関わり方になっています。春先に始まったパンデミックの時、若返るような感覚を与えてくれる植物や花を切望している自分がいました。ロックダウンが起こって世界が止まったような気がしたから。ピンクやグリーンを欲したのも、それらの色が成長や生命、時の経過を感じさせてくれる植物や果物を連想させたからです。

その頃にはもう陶芸のスタジオに行くことはありませんでしたね。アパートで絵を描き始めて、1日1枚を完成させるペースで100日間を過ごしていました。絵の多くはカラフルなピンクやグリーンが使われていたんです。モビールは絵画を立体的に解釈したもので、さらにいろいろな要素を吊り下げるために、セラミックのような強い構造ではない、壊れにくく、焼く必要のない軽い素材を探しました。試行錯誤の後で紙をリサイクルして紙パルプを作ることを思いついたんです。それを使った軽量で質感が豊かで、なおかつ深みがありながらなおかつ親しみやすい色彩の紙粘土を作ったんです。

ものづくりの理由や定義の在り方

−−今後、予定している展示はありますか?

西川:来年1月に東京で初めての展覧会が「キュレーターズ キューブ(CURATOR’S CUBE)」で開催します。ニューヨークと日本で作った作品、両方とも展示するつもりです。 ニューヨークにはもう26年以上もいて、私の中身はニューヨークのカルチャーに染まっている部分もあるので、日本で少し時間を過ごしてそこから何が生まれるのか見てみたいですね。ギャラリーに細長い空間があるので、その空間を展示の要素として使ってみたい。今はまだ抽象的なことしか考えていませんが、ニューヨークと日本、こっちの家とあっちの家、今と昔という、かけ離れた2つの概念を結びつけるような優しさを表現する展覧会にしたいです。

今考えているのは、振動で声を伝えられる糸電話のようなイメージです。作品がどのようなものになるかはまだわからないんですけどね。もしかすると全く違う形になっているかもしれません。日本に行くまでフレキシブルに考えたいと思っています。

−−これからどんな活動をしていきたいですか?

西川:明日を楽しみにするためにものづくりをしないといけないと思っています。ワクワクすること、楽しいこと、おもしろいアイデア、驚き、冒険心、遊び等、自分の人生で体験したいと思う作品を作りたい。楽しいものはもう世の中に溢れていますが、本当の意味でおもしろいものを手に入れるには、自分が作らなきゃいけないと思うんです。

また、人間の不思議な部分、他の動物や自然と重なる部分にも興味があります。結果として、作品を作っているんだと思うんです。真摯さと遊び心を持って作品を発展させ続けて、人々の感覚や感情に訴えかける作品を作っていきたいと思っています。

私達は言葉で理解できる以上のことを、感情や感覚で経験することができます。例えば、視覚や身体を通した関わりで、温度や質感、形に触れて、それを感じとれること。私はものに触れるのが好きなので、何でも口に入れて理解しようとする子どもと似たような感覚があるんですよ。物理的世界における、子どもが抱くような好奇心。「甘すぎるので、もう少し酸味を加えたい」とか「温かすぎる感じがするから、少し冷ましたい」とか「スパイスを少し加えたい」等、味に関する言葉で作品のことをよく形容します。一方で、自分の行動に対して理由は必ずしも必要ないと思っています。私にとっての理由や定義とは、前から決まっているものではなく、後から自分自身を納得させるものなんです。

−−これから参加する展示は?

西川:今ブルックリンにある「Penny」という新しいホテルのために、2つのモビールを制作しています。この秋、ニューヨーク州のカトナにある「Yellow Studio」で、もう1つモビールのインスタレーションがオープンします。ここはギャラリーとアーティストのスペースが複合した施設で、クリエイティヴな女性を支援するというテーマで今年オープンしました。

この秋には、台湾の高雄市政府文化局が主導する「PAIR」というレジデンス・プログラムに参加します。台湾デザインエキスポと連動するプログラム。最後に、2023年1月に東京の個展の準備を兼ねたレジデンス・プログラムに参加するのを楽しみにしています。

author:

James Salomon

ニューヨークにあるAchille Salvagni Americaのディレクター。ニューヨークとハンプトンズにギャラリーを持ち、アメリカ国内で数多くのアートプロジェクトをプロデュースしてきた。また、さまざまなアートやライフスタイル誌に写真や論考を寄稿している。

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