世界で最も成功したインディレーベル「クリエイション・レコーズ」のアラン・マッギーが成功と破滅の先に見たもの

オアシスやプライマル・スクリーム、ジーザス&メリーチェイン、ティーンエイジ・ファンクラブ、フェルト、パステルズ……1980年代から1990年代にかけて、世界最大のインディ・レーベルとして数多くのバンドを抱え、さまざまな記録を打ち立てた「クリエイション・レコーズ」。創設者のアラン・マッギーの波乱万丈な人生を描いた「クリエイション・ストーリーズ〜世界の音楽シーンを塗り替えた男〜」が10月21日に公開される。製作総指揮にはダニー・ボイルを迎え、「トレインスポッティング」のクルーが映画化した。

先日サマーソニックで来日したプライマル・スクリームのボビー・ギレスピーとアンドリュー・イネス等との出会いから「クリエイション・レコーズ」との邂逅。レーベルの破綻に関わるマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの傑作「ラヴレス」のレコーディングのエピソードやオアシスとの運命的な出会いまで、ブリットポップの歴史をたどる作品といえる。

出来損ない扱いをされた田舎の青年が、本能の赴くままに生き、メジャーに匹敵する影響力を持った世界一のインディ・レーベルにまで上り詰め、成功と破滅の先に見たものとは何か。

CREATION STORIES

フィクションとドキュメンタリーの間で

−−本作はドキュメンタリーではなく、あくまでも実話を元にしたフィクションであることが冒頭に明示されてます。とはいえ、作品を観た多くの人はそこで描かれていることをすべて信じてしまうかもしれません。主人公のモデルであるあなたから、内容について何か制作者へのオーダーのようなものはあったのでしょうか? 例えば「あのことについては触れてくれるな」というような。

アラン・マッギー(以下、アラン):いや、アーヴィン・ウェルシュという天才が脚本を書いてくれたわけだから、そこに僕が意見を挟んで編集しようなんて夢にも思わなかったよ。それに、正直言って、スクリプトを読んでかなり気に入ったんだ。確かに、ここで描かれていることの半分は事実ではない。でも、そんなことはどうでもいいくらいおもしろかったし、なにより自分の役は実際の自分よりもかっこよかったしね(笑)。

−−プロの役者、しかもあの「トレインスポッティング」のスパッドを演じたユエン・ブレムナーのような優れた役者が自分を演じているのを見るのはどういう気持ちでした?

アラン:単純にとてもうれしかったよ。ユエンのことは大好きだしね。

−−映画の中のあなたは、ジーザス・アンド・メリー・チェインやプライマル・スクリームといった自分のレーベルのバンドのTシャツを着てました。当時を知る1人として「そんなことなかったんじゃ?」と思ったんですが。

アラン:ああ、それは映画の中だけのうその設定だね。他にも、そういうでっちあげられた話や設定はいくつもあるよ。

−−脚本のアーヴィン・ウェルシュとエグゼクティブ・プロデューサーのダニー・ボイルは日本でもよく知られているクリエイターです。アーヴィン・ウェルシュとあなたは共にグラスゴー出身でもありますが、2人それぞれ、あなたとはどんな関係で、どのような価値観を共有しているのでしょうか?

アラン:作品を実現させるためにアーヴィンがダニー・ボイルに声をかけたんだけど、実はダニーとはまだ会ったこともないんだ。でも、ダニーがエグゼクティブ・プロデューサーを務めてくれたおかげで資金が集まったわけで、彼の力には本当に驚かされたよ。で、アーヴィンとは長いこと親友だ。

−−アーヴィンと自分との共通点は何だと思いますか? また、意見が合わないところがあるとしたらそれはどういうところですか?

アラン:アーヴィンは共産主義者で僕は資本主義者だから、根本的にものの考え方がまったく違う(笑)。でも、彼は自分にとって親友だし、真の天才だと思う。わかるだろ? 友達であることと、お互いのイデオロギーは関係ないんだよ。

−−わかります。『クリエイション・ストーリーズ』ではあなたとボビー・ギレスピーの若い頃からの友情について多くのシーンが割かれてますよね。彼は作品を観たんですか?

アラン:もちろん。楽しんでくれたみたいだよ。「笑える」って言ってたな。

−−作中には「クリエイション・レコーズ」に所属していた多くのミュージシャンが登場してますが、ボビー以外のミュージシャンのリアクションで何か興味深いものはありましたか?

アラン:みんな笑って楽しんでたみたいだよ。だって、作品を観ればわかるよね?

−−はい(笑)。リアム・ギャラガーを演じた役者が、当時の彼にものすごく似ていることに驚いたんですが。

アラン:そりゃそうだよ。あの役者はリアム自身が選んだからね。

−−そうだったんですか!?

アラン:リアムから「もし俺の役が出てくるなら役者を選ばせてくれ」って言われてさ。

−−ちなみにノエル・ギャラガーを演じた役者は全然似てないような(苦笑)。

アラン:ノエルは自分で選んでないからね(笑)。プロデューサーのシェリー・ハモンドがノエルにそっくりな役者達の写真をたくさん送ってくれたんだけど、最後になって「この役者に決めました」って彼の写真が送られてきて。僕は「全然似てないだろ!」って言ったんだけど、彼女は「鼻をちゃんと作るから大丈夫」って。だから、作中で彼はノエルに似せた人工の鼻をつけてるんだよ。それでも、やっぱり全然似てないよね。いい役者ではあるんだけど。

世界最大のインディ・レーベルに上り詰めた先にあったもの

−−『クリエイション・ストーリーズ』でも描かれているように、「クリエイション・レコーズ」はある時期を境に深刻なドラッグやアルコールの問題を抱えるようになり、それはミュージシャンだけではなくレーベルのボスであるあなたも同様でした。しかし、例えばオアシスはその渦中でも商業的に雪だるま式に大きくなっていきましたが、その一方で同時期にあなたはレーベルの実権を失っていきました。それは、ロックスターならば乗り越えられる問題も、ビジネスマンにとっては難しかったということなのかもしれないとも思ったのですが。

アラン:いや、ロックスターだからとか、ビジネスマンだからとかは、全然関係ないと思う。ただ、自分の中にドラッグやアルコールを断つ覚悟があるかどうかの問題だよ。それができる人もいれば、できない人もいる。当時の自分はそれができなかっただけだよ。

−−レーベルの経営をしていれば大きな決断を求められる時もありますよね? そんな時にシラフじゃなかったら、判断を間違ったりすることもあるんじゃないかと……。

アラン:まあ、そうだね。でも、重要なのは、その時に自分がシラフでいたいと思っていたかどうかで、それが全てなんだよ。それに、こうして映画の題材になったとしても、人は他人の人生の全てを知ることはできない。女王だってアルコール依存症だったかもしれないよ? そうではなかったと誰も言い切ることができないのと同じだよ。

−−「クリエイション・レコーズ」の経営をしている時にもっとちゃんとシラフでやっていれば大富豪になっていたはずなのに、みたいな後悔をすることはありませんか?

アラン:本心から言うけど、それは全くない。だって、僕はお金のために仕事をしたことなんてないからね。まともな仕事がしたくなかったからバンドをやって、レーベルを作って、たまたまそれである時期だけちょっと稼いだというだけだよ。

−−あなたもよくご存知のように、「クリエイション・レコーズ」が発掘したバンドやミュージシャンは、当時はもちろんのこと、現在も根強く日本で人気があります。その一番の理由はなんだと思いますか?

アラン:日本人はセンスがいいんだよ。僕たちはみんな日本が大好きだ。プライマル・スクリームはどこの国よりも日本で人気があったからね。

−−でも、不思議に思いませんか? ご存知のように日本は社会的にも法律的にもドラッグに非常に厳しい国で、今もマリファナでさえ国内で解禁されることなんて考えられないような状況です。そんな国で、レーベルのボスからそのアーティストまでドラッグアディクトばかりのレーベルの音楽の人気があったことが。

アラン:みんな隠れてやってたと思うよ(笑)。

−−(苦笑)。

アラン:それは冗談として(笑)。東京には数えきれないほど行ったことがあるけど、東京の街にいるだけでアシッドをキメたような感覚になるから、日本人にはドラッグは必要ないのかもしれないね。

−−その回答を採用させてください(笑)。あなたが手がけたバンドで最も成功したバンドは言うまでもなくオアシスですが、他のバンドとオアシスの最も大きな違いは何だったと思いますか?

アラン:ヒット曲だね。彼らはヒット曲をいくつか作った。

−−才能だけでなく運もあったと。

アラン:いや、運もあったかもしれないけど、それだけじゃないよ。彼らの曲がヒットしたのはいい曲だったからだ。

−−あなたは自身でもバンドをやっていたわけですが、これまで一緒に仕事をしてきた中で最もその才能に嫉妬したのはどのバンドですか?

アラン:テレヴィジョン・パーソナリティーズだね。

−−やっぱり(笑)。今回の映画は、そこの部分に関してはとても正確に描いているわけですね。リーダーのダン・トレーシーをフィーチャーしているだけでなく、後年はレーベル運営のビジネスパートナーでもあったエドワード・ボールのこともちゃんと描かれていて、当時彼らのファンだった1人として、ちょっと目頭が熱くなりました。

アラン:僕はダンやエドワードのことが本当に大好きなんだ。でも、彼らと比べて自分に才能がなかったなんて思ったことはないよ。もしこの映画を観てそう思ったなら、それはアーヴィンの創作の部分だ。僕にも才能はあった。それが、ミュージシャンとしての才能ではなかったとしてもね。イギリスでは、有名になるだけだったら才能がなくてもなれるけど、音楽業界で人から尊敬される存在になるには才能は必要だ。

−−本作のクライマックスではトニー・ブレアの新労働党との苦い体験、そして巨大資本に飲み込まれたインディの敗北が描かれています。あれからもう25年以上が経ったわけですが、現在の英国の状況、そして音楽シーンの状況も、そこから大きくは変わっていないように見えます。あなた自身の認識として、そこから好転したものがあるとしたらそれは何でしょうか? あるいは、さらに状況は悪くなっている?

アラン:まあ、ブレグジット以降は特に、政治的には間違いなく悪くなってるね。でも、この映画のクライマックスにはアーヴィンの主義や主張がかなり入っていることはわかっておいてほしい。実際のところ、僕はこれから残りの人生を抵抗勢力として生きるつもりはないんだ。

−−もしタイムマシーンである特定の日に戻ることができるなら、あなたはいつに戻って、何をやり直したいですか?

アラン:自分の人生の特定の時期に戻るってこと? うーん、それは特にないな。そりゃ、誰にだって後悔してることの一つや二つはあるだろうけど、こうすればよかった、ああすればよかったと思いながら生きていくなんて悲しすぎるよ。僕はただ今日のために生きているだけだ。今61歳だから、多分、人生はあと20年くらいしかない。だから、やりたいことだけをやって残りの人生を楽しむだけだよ。要するに、僕はヒッピーになったってことさ(笑)。

アラン・マッギー
スコットランド・グラスゴー出身。1983年に「クリエイション・レコーズ」を創立。同級生でもあるボビー・ギレスピーのプライマル・スクリームやジーザス&ザ・メリーチェイン、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ティーンエイジ・ファンクラブ、オアシスと契約し、1980~1990年代のインディ・ロック・シーンの中核を担う。その後、メジャーに匹敵する影響力を持ち「世界で最も成功したインディ・レーベル」とも言われる。「クリエイション・レコーズ」を閉鎖した後も新レーベル「ポップトーンズ」を立ちあげるなど、精力的な活動を行ってきた。

Edit Jun Ashizawa(TOKION)

author:

宇野維正

映画・音楽ジャーナリスト。1970年、東京生まれ。著書に『1998年の宇多田ヒカル』『小沢健二の帰還』『2010s』など。YouTube番組「MOVIE DRIVER」を配信中。

この記事を共有