マイ・ブラッディ・ヴァレンタインが日本の音楽シーンに与えた影響とは

シューゲイザーの代表格バンド、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインのサブスクリプションが解禁され、5月には新装盤のCD/LPもリリースとなる。これを機として、同バンドの軌跡と革新性を振り返り、日本の音楽シーン・アーティスト達に与えた影響を探るべく、『シューゲイザー・ディスク・ガイド』(共著)や『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』を著書に持つ黒田隆憲に寄稿を依頼。後続に絶大な影響を与え、今に引き継がれるサウンド・美学の接続線をたどり直していく。

ブライアン・イーノやパティ・スミスも絶賛したシューゲイザー・バンド

アイルランド出身の男女4人組バンド、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン(以下、マイブラ)がDomino Recordingに電撃移籍を果たし、過去にリリースした4枚の作品(『Isn’t Anything』『loveless』『m b v』『ep’s 1988-1991 and rare tracks』)のサブスクおよびダウンロード販売を解禁。さらに5月には新装盤CD / LPをリイシューすることが決定した。

「シューゲイザー」と呼ばれる音楽スタイルの代表格であり、1991年にリリースしたセカンドアルバム『loveless』によって、ロックの金字塔を打ち立てたマイブラ。彼らの作り出すそのサウンドは、ブライアン・イーノをして「ポップの新しいスタンダード」と言わしめ、パンクの女王パティ・スミスも「生涯で最も影響を受けた」と絶賛するほど革新的だった。他にも、アイスランドの至宝シガー・ロスをはじめ、モグワイやレディオヘッド、テーム・インパラ、カニエ・ウェストなどさまざまなジャンルの第一人者に大きな影響を与えている。

また音楽シーンのみならず、アートやファッションにもマイブラは強い影響を与えてきた。昨年4月にはSupremeが彼らとのコラボコレクションを発表し、話題になったのも記憶に新しい(数年前にはカニエがマイブラTシャツを着用、彼らのヴィンテージTシャツが高騰する騒ぎもあった)。カルチャーの分野においてもカリスマ的な人気を誇りながら、ソニーUKとの契約解除により一時はサブスクリプション・サービスから姿を消していた彼らの音源が、再び多くの人の耳に触れるようになったのは嬉しい限りだ。

革新的なサウンドを奏でたバンドの軌跡

1983年、ダブリンにて結成されたマイブラ。活動初期はガレージロックやポストパンクに影響を受けたサウンドを奏でていたが、メンバーチェンジを経てビリンダ・ブッチャー(Vo, Gt)、ケヴィン・シールズ(Vo, Gt)、デビー・グッギ(Ba)、コルム・オコーサク(Dr)という現体制になると飛躍的な進化を遂げる。

1988年、ジーザス&メリーチェインやプライマル・スクリームらが所属し、のちにオアシスを見出すレーベルCreationからファーストアルバム『Isn’t Anything』をリリースすると、ノイジーなギターサウンドとポップなメロディを組み合わせたその音楽スタイルによって、シーンに大きな衝撃を与えた。

My Bloody Valentine『Isn’t Anything』

それからおよそ3年後に発表したセカンドアルバム『loveless』(1991年)では、輪郭が曖昧になるほど幾重にもレイヤーされたフィードバックギターや中性的な男女ボーカル、それらが等価で配置されたサイケデリックかつエクスペリメンタルなサウンドスケープを展開。前述の通り、今に至るまで数多くのフォロワーを生み出し続けている。

My Bloody Valentine『loveless』

日本の音楽シーンでいち早く応答したフリッパーズ・ギターとスピッツ

『loveless』リリース当時、メインストリームではさほど話題にはならなかったものの、コアな音楽ファンからは熱狂的な歓迎を受けていた。ここ日本でも状況は同じで、1991年11月に行われた初来日ツアーは川崎クラブチッタで急遽「昼の部」が決まるなど大盛況を博している。本稿では、そんな日本のミュージックシーンにおいて、マイブラがどのような影響を及ぼしてきたのかを振り返ってみたい。

当時、彼らのサウンドを日本で早速取り入れていたのはフリッパーズ・ギターだ。1991年7月にリリースされた彼らの通算3枚目にしてラストアルバム『DOCTOR HEAD’S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-』には、マイブラの「to here knows when」に触発された「AQUAMARINE/アクアマリン」という楽曲が収録されている。吉田仁(SALON MUSIC)のプロデュースの下、サンプラーに取り込んだフィードバックギターを何度も重ねることによって、ヒプノティックなサウンドスケープを生み出すことに成功。「to here knows when」が収録されたEP「Tremolo」をマイブラがリリースしたのは同年2月だから、その反応は驚くべきスピードである。

フリッパーズ・ギター『DOCTOR HEAD’S WORLD TOWER -ヘッド博士の世界塔-』

同じ頃、スピッツの草野マサムネも当時マイブラやライド、スロウダイヴといったシューゲイザー・バンドに深く傾倒しており、『loveless』と同月にリリースしたセカンドアルバム『名前をつけてやる』では、メンバー曰く「ライド歌謡」というコンセプトのもと、シューゲイザーと歌謡曲を融合したサウンドを作り上げていた。

スピッツ『名前をつけてやる』

独自のサウンド・美学は、オルタナ勢からヴィジュアル系まで幅広く影響を与えた

ところで、ギターの新たな可能性を押し広げたマイブラの最大の発明は、「グライドギター」と呼ばれるケヴィンのプレイスタイルだ。変則チューニングをしばしば用いながら、ギターのアームを持ったままコードをかき鳴らすことでサウンドを変調させ、さらに「リヴァース・リヴァーブ」と呼ばれるエフェクトをかけることで、唯一無二のサウンドを作り上げる。このグライドギターに魅せられ、自らの楽曲に導入するアーティストは後を絶たない。日本でも、例えばDIPの「My Sleep Stays Over You」(1992年)や、SPIRAL LIFEの「ネロ」(1995年)といった楽曲に用いられている。そう、ケヴィンが生み出したグライドギターは「ジャンル」ではなく「スタイル」であり、さまざまな音楽に応用できるところも、その影響の大きさの理由の1つと言えるかもしれない。

DIP『love to sleep』
SPIRAL LIFE『FLOURISH』

マイブラの持つ美学は、いわゆる「ヴィジュアル系」のバンドにも受け継がれた。例えば1993年に結成されたPlastic Treeが、ライブのSEでマイブラ の「Only Shallow」を使用していることはファンの間では有名な話。また、彼らの通算9枚目のアルバム『ウツセミ』(2008年)は、メンバーが共通してフェイヴァリットに挙げるマイブラの影響を深く受けたサウンドを展開していた。一方、LUNA SEAのギタリストSUGIZOもケヴィンからの影響を公言しており、ソロ名義でリリースしたアルバム『音』(2016年)収録の「Decaying」では、まるでケヴィンとノイバウテンがコラボしたようなサウンドを作り上げている。

Plastic Tree『ウツセミ』
SUGIZO『音』

MBV遺伝子を継承し「今の音」として進化させるアーティスト達

シューゲイザーという90年代のムーヴメントそのものはあっという間に収束し、マイブラも長らく「活動休止」状態が続いていた。が、その遺伝子は2000年以降も確実に受け継がれていく。くるりが2014年にリリースしたアルバム『THE PIER』には、その名も「loveless」という楽曲が収録されていた。ただ、この曲はホーンを導入したいわゆるオーガニックなバンド・アンサンブルで、マイブラからの直接的な影響下にあるのはむしろ、2001年のアルバム『TEAM ROCK』に収録された「LV30」だろう。“ツタタタ”というドラムフィルから始まるイントロは、言うまでもなく「Only Shallow」(『loveless』収録)のオマージュだし、浮遊感たっぷりのサウンドスケープはマイブラを連想せずにはいられない。

くるり『TEAM ROCK』

『loveless』リリースからおよそ15年、マイブラが奇跡の再始動を果たすとそれに呼応するかのように、彼らに影響を受けた新世代のアーティストが次々と登場する。例えば、1960年代〜1990年代の主にUKロックから影響を受けたラブリーサマーちゃんが、2016年にリリースした『LSC』には、マイブラの轟音を彷彿とさせる「天国にはまだ遠い」という楽曲がある。また男女4人組バンドLuby Sparksは、マックス・ブルーム(ヤック)とロンドンで共同制作したデビューアルバムで、初期マイブラが内包していたジャングリーポップを「今の音」として鳴らしていた。

ラブリーサマーちゃん『LSC』
Luby Sparks『Luby Sparks』

他にもTHE NOVEMBERS、羊文学、For Tracy Hydeといったバンドの中に、マイブラ〜シューゲイザーの遺伝子は受け継がれている。『loveless』リリース直後は、そのあまりにも強烈なサウンドの影響をダイレクトに受けた作品が、国内外からたくさん生まれていた。が、あれから30年が経った今、マイブラや『loveless』の呪縛から解き放たれたアーティスト達は、そのサウンドを抽象化し「スタイル」として取り込み、各々のオリジナリティと融合しながら新たなカタチへと進化させているように思う。 マイブラによる現時点での最新作は、2013年にリリースされた『m b v』。あれからすでに8年もの月日が流れている。今回のサブスク解禁〜新装盤CD / LPのリイシューによって、初めてマイブラに触れた未来のアーティスト達は、その意思をどのような形で受け継ぎ新たな作品を生み出すのだろうか。

My Bloody Valentine『mbv』

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author:

黒田隆憲

大学卒業後、90年代後半にロックバンドでメジャーデビュー。その後、フリーランスのライター/エディター/カメラマンに転身を果たす。世界で唯一のマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン。2018年にはポール・マッカートニー、2019年にはリンゴ・スターの日本独占インタビューを務めた。著書に『シューゲイザー・ディスク・ガイド』(共同監修)、『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』、『メロディがひらめくとき』など。 Twitter:@otoan69

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