「道の真ん中に謎の鍋が置いてあったら、絶対蓋を開けちゃう人間だから」 『23区23時』からあふれるピエール瀧の「旅人力」

ピエール瀧
1967年、静岡県出身。1989年に、石野卓球らと電気グルーヴを結成。音楽活動の他、俳優、声優、タレント、ゲームプロデュース、映像制作などマルチに活動を行う。著書に『ピエール瀧の23区23時』(2012年、産業編集センター)などがある。
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ピエール瀧が東京23区それぞれの街を夜中にブラブラ歩く様子が記録された新刊『ピエール瀧の23区23時 2020-2022』。この文字面だけ見るとありきたりな「街ブラもの」にも思えてしまうが、そうはいかない。

一応ルールや企画は用意されているものの、気の向くままに横道にそれ、気になったら立ち止まり、突然ラーメン屋に入ったりする。まさに「行き当たりばったり」であるが、トラブルを起こすようなことはもちろんなく、街へのリスペクトは欠かさない。自身のYouTubeチャンネルでも日本のみならず海外へも足を延ばし、面白いものを求めて歩きまわっている。

『23区23時』を入り口に、音楽や演技などさまざまなフィールドを飄々と旅人のように渡り歩く瀧の不思議をのぞいてみよう。

「俺が災いを呼び寄せてるんじゃないか」

——単行本で600ページを超えるとなると、実物はかなり迫力がありますね。

ピエール瀧:俺も単行本は今日初めて見たんだけど、武器にもなるし防具にもなる厚さだよね。これを突き破れる出刃包丁はそうそうない(笑)。拳銃の弾も口径によっては貫通できないかも。

——胸ポケットに偶然『23区23時』が入っていたから助かったっていう(笑)。

ピエール瀧:この本か聖書ぐらいだよ。

——今回の『23区23時』は10年ぶりの第2弾ですが、どういったきっかけでこの企画がまたスタートしたんですか?

ピエール瀧:暇だったからです。

——(笑)。

ピエール瀧:ちょうど2020年のコロナが世間を賑わし始めた頃で、外に出る企画がやりたいなと思ってたこともあって。時間はたっぷりあるからちょうどいいなと。ライターのカルロス矢吹くん達と一緒に月に1、2回集まってウロウロしはじめました。

——確かに、あの時期はただ外に出るだけでもはばかられる雰囲気がありました。

ピエール瀧:「人に会うなんてもってのほか」みたいな感じだったから、夜中の1時くらいに家族3人で車に乗って多摩川の河原の方まで行って、誰もいない場所に車停めて歩いたりしてたから。子どももずっと学校休みだったし。いろんなことが重なって、「歩くこと」自体にどんどん意味が出てきちゃったというか。

——最初の「江東区編」ではオリンピック会場予定地を見に行ってますし、そういった時代の空気感が記録されてますよね。

ピエール瀧:1冊目で江東区を歩いた時は、ちょうどスカイツリーが建設中だったんですよ。真下から眺めて「なんかすごいことになってきたね」なんて話して。東日本大震災も起こって、品川区の商店街は節電で真っ暗だった。「でも、この暗さも悪くないじゃん」って思ったり。

それで久しぶりに2回目をやったらコロナ禍でしょ。俺が災いを呼んでるんじゃないかって(笑)。YouTubeでやってる『ユアレコ(ピエール瀧 YOUR RECOMMENDAITIONS)』も、新シーズンが始まると緊急事態宣言が出るっていうジンクスがあるから。

——『ユアレコ』でロシアにも行かれてましたけど、今大変なことになってますもんね。

ピエール瀧:本当だよね。もうウラジオストクとか行けないもん。

ピエール瀧 YOUR RECOMMENDAITIONS

——前回から引き続き、「23時になったら写真を撮る」、「100円自販機を見つけたら味見する」という2つのルールがありますね。

ピエール瀧:何かしらの縛りがないと、とっ散らかっちゃいますからね。最初に『23区23時』っていうタイトルが浮かんだんですよ。語呂もいいし、ちょっと不思議な感じもするじゃないですか。だから23時になったら何かしようと思って、写真でその時の状況を記録しようと。野良犬にカメラをくくり付けて、23時になったら遠隔でシャッター押してる感じだよね。「あ、川で水飲んでる!」みたいな(笑)。ちょっとした実験ですよね。

100円自販機で売ってる飲み物はコンビニでは見かけないし、独自ルートで流通してるたくましさがあるじゃないですか。そういうのをどんどん味見していく楽しさっていうかね。

——23時だから夜の街歩きになっているのも、他の街ブラ企画と違いますよね。街の素顔というか、本質が見えるというか。

ピエール瀧:夜歩くと、街を貸し切りっぽく楽しめるっていうのはあるよね。みんな家で寝てる時間だし。あと、夜だと遠くの景色が見えないから、近いところだけ見て判断するようになるんですよ。サーチレーダーの半径が小さくなって、その分近くにあるいろんなものを発見できるようになるっていうか。

——視界の情報量が減って、集中力が高まるんですかね。

ピエール瀧:そうそう。角を曲がったら真っ暗で、「この先に何があるんだろう」って興味が湧いたりして。うっすらした肝試しみたいな。あと、毎回けっこうな距離を歩いてるんだけど、昼間だったら途中でくじけてる気がするんだよね。「気づいたらこんなところまで歩いてた」っていうのは、夜だからだと思う。まあ、ほとんどお店が閉まってるっていうデメリットもあるけど。

——テレビの街ブラ企画だといろんな店に行って、人に会って、何かサプライズが起こることを期待すると思うんですが、そういう下心が一切ないのがすごいなと。

ピエール瀧:その代わり、何も起きない時は本当に何も起きないから(笑)。でも、それが夜の徘徊の本質というか。なんでもない街角でも楽しめちゃうからね。「杉並区のレンタルスペースを巡る」みたいに企画がある時もあるけど、それも取っ掛かりなんですよ。僕と矢吹くんとカメラマンのヨコちゃん、編集の松本さん、マネージャーの藤森の5人だったんだけど、この小さなグループで夜中にコソコソ歩いてるっていう共犯関係というか。それ自体が面白いんだよね。

変化し続けるのが東京のスタイル

——一番印象的だった街はどこですか?

ピエール瀧:いろいろあるんすけど、一つ挙げるなら千代田区かなあ。総理官邸とか国会議事堂とか、あの辺りの夜中のピリつきぶりがもう本当にすごくて。昼ならそんなことないと思うんだけど、バシッと監視されてるというか。

——夜歩いているだけなのに。

ピエール瀧:そうそう。善良なる市民が歩道を歩いているだけなのに。あ、善良じゃないやつも混じってたか。当時は執行猶予中だった(笑)。でも、10年前はこんな感じじゃなかったと思うんですよ。国会議事堂ももうちょっと人懐っこかった気がする。政治ゾーンと市民ゾーンの溝が広がっちゃったというか。

——「渋谷の街もずいぶん変わった」という話題も出てきますし、街の変化を察知するというのは非常に大事な感覚だなと思いました。

ピエール瀧:今回歩き回ってわかったけど、東京はずっと変わってるんですよね。俺らが勝手に設定した「あの頃の渋谷」と比べるから「変わっちゃったなあ」と思うけど、その前からもずっと変化してるっていう。それこそ一瞬の夢っていうか、ずっと移ろってるものなんだよね。

渋谷に限らず、下北とかもすごく変わったじゃない。ああいうふうに街ごとリニューアルするところもあれば、目黒区とか世田谷区みたいな住宅地の家がどんどん建て替えられてるし。常に変化して、それが入り組んでるのが東京のスタイルなんだと思う。

——街が新陳代謝を繰り返してるというか。

ピエール瀧:そうですね。逆に江戸川区の小岩とか、変わらない街の方が貴重だしこの先価値が出るかもしれない。住んでる人にしてみたら「変わらなくてつまんねー」って感じかもしれないけど。

——「若返ってもう一度上京するなら墨田区の両国辺りがいいかも」ともおしゃってました。

ピエール瀧:あの辺りって国技館があるから相撲のイメージもあるけど、そういう江戸の香りもしつつ、浅草ほど観光地っぽくないというか。お線香の匂いとか、人力車が走ってるわけではないじゃない? 浅草は街自体がイメージに寄せていってるところがあるよね。

——「みんなの期待に応えなきゃ」っていう。

ピエール瀧:そうそう(笑)。両国はそれがなくて、のびのびしてる感じだよね。ちゃんこ鍋センターとかどじょう鍋ビルとか、ラーメン博物館のノリでそういうのが建ち始めたらヤバいけど(笑)。ちょっと調べたら芥川龍之介の生家とかもあるし、でも「まあ、あるっしょ」って感じで。京都の端っこに近い感じっていうのかな。

そういう場所で若い頃を過ごしたら、もう少ししょうゆ味っぽい生活ができたかもしれない。渋谷とか下北だと、チーズ味って感じになっちゃうから(笑)。

——サブカルチャーじゃない方の東京ですね。

ピエール瀧:東京の東側、江戸ゾーンってよそ者は入れない感じがしてたんだけど、もっと飛び込んでみてもよかったなっていう。

ハイパー野次馬野郎

——『ユアレコ』でモンゴルに行く瀧さんと、本書で東京を歩き回る瀧さんが全く同じテンションなことに気付いて改めて驚愕したんです。普通は海外の方が多少は浮かれた感じが出そうなものですが、全くフラットで。

ピエール瀧:あ、そう?(笑)。なんなんすかね。もしかしたら、何かを得ようと思ってやってないのかもしれない。「少なくともこれくらいは持って帰らなくちゃ」みたいなことは思ってないというか。本当に行き当たりばったりだから、何もなかったらそれはそれで楽しいし。だから、どこに行っても変わらない感じなんでしょうね。

——確かに、「もっと何かないんですか!?」というスタンスだとみんな疲れてしまいますけど、瀧さんが常にそういう感じなので、周りの人は「これもあるよ?あれもあるよ?」とやる気が増していくと思うんですよ。何か食べて「うめー!」って言ってる時も、おべんちゃらではないことが伝わるというか。

ピエール瀧:「こいつにこれ食わせたら何て言うかな?」みないな感じ?(笑)

——旅人がふらっと現れて、村人を魅了しもてなされて、また去っていくような。類いまれな「旅人力」を感じました。

ピエール瀧:なるほどね。めちゃくちゃ得な能力じゃん!ありがてぇ。

——先日、高木完さんのラジオに出演された時に「役者のオファーが来はじめた時は、いろんな現場が見れて楽しいしいいなと思った」というようなことをおっしゃってました。常に「外からの視点」を持っている、旅人力が瀧さんのベースにあるのかなと思うんですが。

ピエール瀧:旅人力って言ってもらえるとありがたいけどさ、野次馬とも言えるよね。

——「あっちで何かおもしろそうなことが起こってるぞ!」みたいな。

ピエール瀧:そうそう、ハイパー野次馬野郎(笑)。何だって見てみたいし、体験してみたいんだろうね。道の真ん中にさ、謎の鍋が置いてあって蓋がしてあるとするじゃない。それを開ける人と開けない人でパッキリ分かれると思うんだけど、俺は確実に開けると思うもん。

——その蓋を開けてめちゃくちゃ臭かったとして、「開けなきゃよかった……」と思う人と、「臭っせー! ゲラゲラゲラ」と大爆笑する人にも分かれると思うんですけど、瀧さんは爆笑する側ですよね。

ピエール瀧:たぶんそうだと思う(笑)。楽しいほうに考えたほうがいいじゃないですか。考え方次第でどうにでもなるっていうか。元々そういうタイプの人間なんだと思う。

——そのスタンスが、電気グルーヴのお2人の関係性にも繋がっているのかなと思ったんです。卓球さんがどんなものを持ってきても、瀧さんが「すげーいいじゃん」と打ち返すという。

ピエール瀧:ああ、作る人と食べる人みたいな?(笑)。そうかもね。

散歩にハマる電気グルーヴ

——また10年後に3冊目の『23区23時』が出る可能性はありますか?

ピエール瀧:夜にフラフラするのは相変わらずやってるんで。それが形になるかならないかっていうだけですからね。「来月からまた連載してください!って言われたらすぐ3周目スタートしますよ(笑)。

——3目でもまだ面白いものは見つかりますかね?

ピエール瀧:街も変わってるけど、人も変わってるから。本の中でも言ってるけど、全然タバコの吸い殻とか落ちてないじゃない?

——歩きタバコしてる人を見かけたらギョッとするようになりましたもんね。

ピエール瀧:そうだよね。1冊目の頃の自分を振り返ると「野蛮だなー」と思うし、逆にあの頃の俺が今の自分を見たら「どうしたの?丸くなっちゃって」と思うだろうし。街と人の変化、その組み合わせで考えると、「来月から全く同じルートを歩きます」って言われても全然違うものになると思う。車では通ったことある道でも、歩いてみたら印象が違うしね。ちょっと角度が変われば、まだまだ発見があるってことがわかったんで続けていきたいです。

——半年前に卓球さんにインタビューしたことがあって、今ハマっていることをお聞きしたら「犬の散歩!」とおっしゃっていました。お2人とも散歩にハマっているなんて、かつてないくらい健康的な電気グルーヴなんだなと。

ピエール瀧:どんどん文明から離れてる(笑)。僕も卓球くんも体験主義というか。一回やってみないと気が済まないっていう。「犬飼ってみたら、めちゃくちゃおもしれー!」って感じなんだと思う(笑)。そういうところは似てるんだろうね。

Photography Masashi Ura

ピエール瀧の23区23時 2020-2022

■ピエール瀧の23区23時 2020-2022
著者:ピエール瀧
判型:B6判
ページ数:600ページ
定価:¥2,530
発売日:2022年10月13日
出版社:産業編集センター
https://www.shc.co.jp/book/17589

author:

張江浩司

1985年北海道生まれ。居酒屋店主、タレントマネージャーなどを経て、2020年よりフリーランスのライター、司会、バンドマン、オルタナティブミュージック史研究者など多岐にわたり活動中。傍目からは「あの人何して生活してるの?」とよく言われる。レコードレーベル「ハリエンタル」主宰。Twitter: @hariental

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