坂本慎太郎インタビュー 苛烈な社会の中で紡がれた「明るく抜けが良く、それでいて嘘じゃない音楽」 

坂本慎太郎が新作アルバム『物語のように (Like A Fable)』をリリースする。アルバムとしては前作『できれば愛を』から6年ぶり。2020年にリリースされた「好きっていう気持ち/おぼろげナイトクラブ」「ツバメの季節に/歴史をいじらないで」という2枚のシングルは、パンデミック拡大当初の混沌とした社会の様相にも通じるヒリヒリとしたムードも感じさせたが、「明るく、フレッシュで、抜けがいい感じにしたかった」と坂本自身が語る新作アルバムにはこれらの楽曲は収録されてはいない。レトロなアメリカン・ポップの雰囲気にも通じる表題曲など、甘くメロウなテイストを持った楽曲が並んでいる。「それは違法でした」や「君には時間がある」など、不思議と心に引っ掛かる余韻を残す歌詞の表現も巧みだ。前作同様、ドラムに菅沼雄太、ベース&コーラスにAYA、フルート&サックスに西内徹という坂本慎太郎バンドのメンバーを中心にレコーディングされた本作。時にユーモラスで、かつ研ぎ澄まされたその美学は変わっていないが、2019年のアメリカツアーなどの経験も経て、最近では海外アーティストとの同時代性も感じているという。新作の制作背景や感じている状況の変化について、語ってもらった。

海外ライブ経験から感じた「離れていても遠くない人達」の存在

――アルバムはどんなところから作りはじめたんでしょうか?

坂本慎太郎(以下、坂本):前のアルバムを出してからちょこちょこ曲を作りためていて。2019年くらいからずっと、できればアルバムを出したいなとは思っていたんですけれど。

――2020年に出したシングルの4曲はアルバムには入っていませんね。

坂本:そうですね。全曲新曲にしたかったので。ずっとMTRでデモテープみたいな形で作りためていたんですけど、そこから歌詞ができたものをシングルとして出して、その後に残っていたものと作り足したもので構成しました。

――前作アルバムからの変化としては、ライブを行うようになったことも大きかったと思います。改めて振り返って、どういう体験でしたか?

坂本:2017年からライブをやりはじめて、あっという間に3年ぐらい経って。そうしたらコロナになった感じなんですけど、その前にはいろんな国にも行ってやっていたので。直接的にはわからないですけど、影響しているのかもしれないと思います。

坂本慎太郎『物語のように (Like A Fable)』
坂本慎太郎『物語のように (Like A Fable)』

――海外でのライブは、振り返ってみてどんな経験でしたか?

坂本:YouTubeとかSpotifyのおかげなのかもしれないですけど、今はお客さんが曲を知っていてくれるんですよね。ゆらゆら帝国の頃に海外でやった時は、「どんなもんかな」って見ているお客さんが最後にはノッてくれるみたいな印象だったんですけれど。今はもう、最初から歓迎ムードで。なんなら日本語もわからないのに一緒に歌ってくれるような人が一杯いて。びっくりしましたね。

――坂本さんの追求しているサウンド感やグルーヴ、音楽の好みを共有している海外のオーディエンスが増えてきているのではないかと思います。

坂本:そうですね。アメリカには自分と音楽的にもそんなに遠くない感じの人もいるので。決して主流ではないんですけど、いろんな国に一定数そういう人達がいて、離れててもダイレクトにたどり着けるような感じになっている。それは今っぽいと思います。

――坂本さんが追求している感覚、主流ではないけれどいろんな国に共通している感覚って、どういうものなんでしょうか。

坂本:すごく平たく言うと、やっぱり古いレコードが好きなんで。昔っぽい音が好きなんです。そこにはもちろん懐古趣味も入っているかもしれないけれど、でも、そうなり過ぎない。今の感じでさらっとやっている人が増えているように思います。

――今回のアルバムの方向性に、そういう海外との同時代性の影響はありますか?

坂本:好きな音は変わらないので、ずっと今まで通り好きな質感のサウンドを作っているんですけど。今回はソウルっぽい感じよりも、もうちょっとロックっぽい感じ、昔のロックンロールとかオールディーズみたいなニュアンスを入れたいなと思いました。ただ、それは世の中の流れではないし、あえてブームから離れようっていうのでもない。あくまで、今はこういうのが面白いんじゃないかなっていう個人的な気分です。

「過酷な社会の中で、自分が明るくなれる曲を10曲作った」

――表題曲の「物語のように」も、レトロなアメリカン・ポップのテイストがありますし、そういうタイプの曲がアルバムの軸になっていますよね。

坂本:今回はちょっと明るい感じにしたいなっていうのがありましたね。フレッシュで、抜けがいい感じにしたかった。60年代のガールズ・コーラス・グループとかは昔から変わらず好きなんですけど、そういう感じとつながっているのかもしれないです。

――明るいものにしたいという気持ちは、どういうところから生まれたものだったんでしょうか。

坂本:やっぱり、この世の中が過酷すぎるので、ちょっと耐えきれなくなってきたのはあるかもしれないです。そこから逃れられるような、自分なりにちょっとでも気持ちが明るくなるようなものを追求した感じです。とはいっても、応援されたりポジティブなことを言われたりしてもかえって落ち込むタイプだし、スピリチュアルな感じも気持ち悪いと思うので。そうじゃなくて、自分が明るくなれる、一番好きな感じの曲を10曲作って、それを集めてアルバムにした感じです。

――2020年にリリースされたシングルの4曲は、社会の苛烈さやしんどさがダイレクトに反映されているが故に、アルバムのムードにはそぐわなかった感じもありますか?

坂本:それはちょっとあるかもしれないですね。もうちょっと突き抜けた感じにしたかったのかもしれないです。

――アルバムを作っていく上で、最初にできた、もしくは、この曲ができたことである程度の方向性が見えたと思える曲はどれでしたか。

坂本:曲だけだいたいあって、歌詞がなかなかできずに苦労していたんですけど。最初に歌詞ができたのは「物語のように」ですね。この曲の歌詞がさらっと書けて、歌詞ができる前は「まあ、いいかな」と思っていた曲が急に輝きだしたような感覚があった。で、次のアルバムはこんな感じがいいなって思える曲ができたのは「君には時間がある」です。これはすごくいい曲ができたと思っていたんですけれど、ハマる歌詞がなかなか見つけられなくて。軽い歌詞にしたかったんですけれど、曲の雰囲気を壊さないで日本語にするのに、すごく苦労をしました。

坂本慎太郎「物語のように」

――前にもおっしゃっていたんですが、歌詞を書く作業はどんどん難しいものになってきてるんでしょうか。

坂本:そうですね。人に提供する曲だとすぐにできたりするんですけど、自分で歌うとなると、なかなか難しいですね。やっぱり、架空の話といっても、自分が書いて自分が歌うとなると、思ってもないことを歌えない。あとは、例えば若い女の子が歌ったらいい曲かもしれないけれど、自分が歌うと気持ち悪いんじゃないか、とか。そういう、いろいろなことがありますね。

――今の苛烈で閉塞感がある社会の中で明るく抜けのいいものを作りたい、それでいて噓じゃないもの、自分が歌って虚ろでないものを書くという、そこの難しさもあったりするのではないでしょうか。

坂本:そうです。そこがメインの難しさですね。

独自の詞世界をかたちづくる言葉たちはどのように浮かび上がってくるのか

――このアルバムの中では「それは違法でした」が、最も社会的で、ある種の寓話としての鋭さを持つ曲だと思うんですが、この曲はどういうふうにできていったんでしょうか。

坂本:歌詞は最後の方にできたんですけど、曲自体は最初にあったくらいのものですね。シングルの時のインタビューで言ったと思うんですけど、古いリズムボックスの音が好きで、自分でもリズムボックスを使った宅録アルバムを1枚作ろうかなと思って作業していた時にできた曲で。他の曲は全部バンドで練習して録り直したんですけど、この曲だけはデモテープをそのまま使いました。歌詞は、なんというか、ぽろっとハマったんですよね。普段から「こういう曲を作ろう」とは考えず無意識のうちに言っちゃったことみたいなものから発想するようにしていて。そう、「言っちゃった」みたいな感じですね。

――「ある日のこと」も寓話的で余韻のある歌詞になっている気がするんですが、この曲は、どういうふうに作ったんですか。

坂本:これは最後の方に明るい感じの抜けのいい曲もほしいなと思って作っていって。曲も詞もするっとできました。歌詞は自分でも「これはなんだろう?」みたいな感じだったんですけど、できたんで、そのまんま歌うしかないみたいな感じですね。歌詞が曲にバチッとハマっちゃうと、もう動かしようがなくなっちゃうので。

――坂本さんはよく「消去法で歌詞を書く」とおっしゃっていますよね。例えば、こういうことを書いたら自分としてNGになるという基準はありますか?

坂本:それは曲によって違うんですけど。たとえば陳腐なフレーズでも曲によっては切実に響く場合もあるし。かと言って、いいことを言っている感じだとつじつまが合い過ぎてつまらなかったり、曲のスピード感がゆるく聴こえたりする場合もある。基本は、鼻歌で歌って、バチってハマった言葉に対して、いいか悪いかをジャッジする感じです。

――まずは、リズムと譜割と、声に出してみた時の気持ちよさがある。

坂本:そうですね。

――その上で、わかりやすくて、おさまりがよ過ぎると余白のないものになってしまうのを避けるというジャッジもありますか?

坂本:ありますあります。そういう微調整みたいなものを延々とやっている感じですかね。最初は無の状態で浮かぶのを待ち、ワンフレーズがハマって曲のイメージが湧いてきたら、あとは、浮かんだイメージを形にするためにいろいろやっていく感じです。

意味も音も両方ちゃんとやりながら、海外ともつながっていく

――ちなみに、英語で歌うっていう発想は最初からなかった?

坂本:そうですね、はい。やっぱり、意味をそのまま訳したとしても、その言い方がかっこいいのかどうか微妙なニュアンスがわからないですし。そうすると自信が持てないので。

――でも、実際に日本語圏以外でも坂本さんの音楽の良さがきちんと伝わっているわけですよね。このあたりは、ご自身としてはどんなふうに捉えていますか?

坂本:そこは、完全に音としてかっこよくできていれば、伝わるんだなと思いますけどね。僕たちが英語とかポルトガル語とかスペイン語とかの音楽を聴いてもいいなって思うのと同じで、日本語がわからない人が聴いてもいいものはいいって感じるんだと思っています。日本語の意味に縛られて、そっちを優先しちゃうと、リズムとかサウンドの気持ちよさが犠牲になりがちじゃないですか。そこを上手くやりたいとは思っていますね。だからって、何を歌っているかわからない節回しで歌うようなことをするわけでもなくて。意味も音も、両方ちゃんとやりたいなって思います。

――この先また海外でライブをしようという計画もありますか?

坂本:行けたら行きたいですね。でも、状況に応じてじゃないですかね。

――先程の話にもありましたが、坂本さんの音楽は国境に関係なく届くポピュラリティがあると思います。

坂本:そこは変わりましたよね。昔は海外でリリースしてツアーをやらないと知ってもらえなかったですけれど、今は良ければ聴いてもらえるので。好きな感じの人達も増えてきましたし。

――ちなみに、坂本さんが同時代性を感じている、もしくは趣味が合うと思っているアーティストには、例えばどんな方がいますか?

坂本:ボビー・オローサとかアーロン・フレイザーとか、レーベルで言うとビッグ・クラウンとかコールマインから出ている人達あたりですね。あとは、再発レーベルですけど、シカゴのヌメロ・グループはうんと古い、今俺が聴きたい感じのレコードを出してくれるので、シンパシーを感じてます。あとは、アメリカツアーの時にオープニングアクトをやってくれたブラジルのセッサという人も、すごくよかったし。他にもいろいろいますね。前は新譜に乗りきれない自分がいたんですけれど、そのあたりも変わってきた感じがします。そんなに追いかけているわけではないですけどね。

――そういう同じ感性を持ったミュージシャンが国境を超えてつながっているようなことって、以前はあまりなかったように思います。時代が変わってきた感じがしますね。

坂本:そうですね。そういう人の曲を僕がレコード屋で買って聴いていたりすると、向こうも自分の曲を聴いていたりする。そうすると「なんだ、お互いに聴いていたのか」みたいな友達感覚になる。会ったことはないけれど、親近感が湧くというか。世界は狭いなって思いますね。

坂本慎太郎

坂本慎太郎
1989 年、ロックバンド、ゆらゆら帝国のボーカル&ギターとして活動を始める。2010 年ゆらゆら帝国解散後、2011 年に自身のレーベル、“zelone records”にてソロ活動をスタート。今までに3 枚のソロ・アルバム、1 枚のシングル、9 枚の7inch vinyl を発表。2017 年、ドイツのケルンでライブ活動を再開し、2018 年に4 カ国でライヴ、2019 年にはUS ツアーを成功させる。今までにMayer Hawthorne、Devendra Banhart とのスプリットシングル、ブラジルのバンドO Terno のアルバム「atras/alem」に1 曲参加。2020 年、最新シングル『好きっていう気持ち』『ツバメの季節に』を7inch / デジタルで2 か月連続リリース。2021 年、Allen Ginsberg Estate (NY) より公式リリースされる、「Allen Ginsberg’s The Fall of America: A 50th Anniversary Musical Tribute」に参加。様々なアーティストへの楽曲提供、アートワーク提供他、活動は多岐に渡る。 
オフィシャルwebサイト:www.zelonerecords.com

Photography Kazuo Yoshida
Special Thaks Time Out Cafe & Diner

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柴那典

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、各方面にて音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は「AERA」「ナタリー」「CINRA」「MUSICA」「リアルサウンド」「ミュージック・マガジン」「婦人公論」など。日経MJにてコラム「柴那典の新音学」、雑誌「CONTINUE」にて「アニメ×ロック列伝」、BOOKBANGにて「平成ヒット曲史」、CINRAにてダイノジ大谷ノブ彦との対談「心のベストテン」連載中。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。 ブログ「日々の音色とことば」http://shiba710.hateblo.jp Twitter:@shiba710

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