ラッパー、IDがアルバムに込めた思いと、自分なりのフリースタイルラップ

日本において、この10年で認知度が一気に広がったフリースタイルのMCバトル。現在その渦中にいる1人として挙げられるのが、IDだ。

日本語と英語を織り交ぜたリリックと巧みなフロウでフロアを沸かし、数々のMCバトルで実績を残してきた実力者であり、テレビ番組『フリースタイルティーチャー』にもレギュラー出演している。

そんな彼が満を持して1stアルバム『B1』をリリースした。約2年の制作期間を費やし、自分を追い込みながら、さまざまな苦悩や葛藤を乗り越えて作り上げた1枚だという。幼少期からラッパーとして活動し始めた当初を振り返ってもらいながら、フリースタイルラップや『B1』の制作について話してもらった。

ID(アイディー)
高知県出身。2015年頃から音楽活動を開始。従来のセオリーにとらわれない独自のラップスタイルで注目を集める。さまざまなMCバトルに参戦し、国内最大規模の大会「戦極MC BATLLE」で優勝を飾るなど、確かなスキルで全国にその名を轟かす。テレビ朝日の番組『フリースタイルダンジョン』の3代目モンスターに抜擢され、現在放送されている『フリースタイルティーチャー』にレギュラー出演中。
Instagram:@kaisaka3960

家庭内で磨かれた音楽性

——まず、音楽の原体験から教えてください。

ID:最初にいいと思った音楽は、ジャミロクワイ(Jamiroquai)の「Virtual Insanity」。確か、4歳くらいだったはず。知らない曲なのに、聴いたことあるような気がしたことを覚えています。

——小さい頃から音楽が好きでしたか?

ID:その当時から、好きなものといえば音楽でした。だから、初めてイヤホンをゲットした時は革命的でしたね。大きめの音を出すとじいちゃんとばあちゃんに怒られたし、外でも聴けるようになって嬉しかったです。

——ジャミロクワイとの出会いは?

ID:母が好きだったんですよ。他にもブラックミュージックとか、いろんな音楽がずっと流れているような家でした。

——お母さんからの影響は大きかったですか?

ID:子どもの頃は母が持っているCDを、片っ端から聴いていました。父の記憶はほとんどなくて、母に育てられたので性格も似ていると思います。相手が大きくても挑んでいくし、納得できないルールにはあらがう。僕のそんなところは、母親譲りだと思います。

——その性格はブラックミュージックとリンクするように感じます。

ID:僕は地元の水が合っていたわけじゃなく、どちらかといえばマイノリティーな立場でした。限られたコミュニティーでは僕のことを理解してもらえたけど、全体的に認められていない感覚で。それを肯定してくれるようなブラックミュージックに、無意識で共感していたかもしれません。

——いつから自発的に音楽を掘っていくようになりましたか?

ID:小学生くらいで、もっといい音楽を聴こうと、CDをジャケットで選んでレンタルするようになりました。聴いていたのは、ゴリラズ(Gorillaz)や日本語ラップなど、ジャンルはさまざま。それと家で流れていた音楽がミックスされていったので、音楽の感覚は、地元っていうより家庭内で培ったものだと思います。

仲間と腕を競って磨いたフリースタイル

——では上京したのはいつですか?

ID:18歳です。特に目的はなかったけど、東京に出なきゃいけない使命感があったんですよ。狭い地元じゃ何も始まらないと思い、ノープランで出てきました。

——地元に希望を見出せなかったと?

ID:今となっては相手の気持ちもわかるけど、10代では地元の人達と理解し合えませんでした。10の話をしているのに、1の段階で滞っちゃうような保守的な考えが、あまり合わなくて。みんな、何を怖がっているんだろうって思っていて、勢いで上京したんですよね。

——上京後にラップを始めたそうですが、そのきっかけを聞かせてください。

ID:上京して3日目に、クラブの「池袋bed」に行ったんですけど、まだ18歳だったから入れなかったんです。周辺をうろうろして、話しかけたのがデカイチっていうDJ。仲良くなって、彼がバーを始めるというからバイトをさせてもらっていました。ある日の営業後、流していたインストで「ラップしてみてよ」と言われて、やってみたらラッパーを勧められました。漠然とおもしろいことをしたいと思っていたので、ラップで飯を食えるようになりたいって意気込んだわけじゃなくて、楽しいからやってみることにしました。

——その当時からフリースタイルラップをされていたんですか?

ID:僕にとってフリースタイルは、バトルより遊びの感覚が強いんです。渋谷の「オルガンバー」で先輩とセッションするのが楽しかったんですよ。先輩とのサイファーは、バトルの比にならない洗練されたラップと言霊を込めた言葉が要求されました。韻を踏まなくても人の心をつかむフリースタイルもあれば、芸術的なフリースタイルもある。バトルに求められるのは前者であって、僕は後者のほうがラップを始めた当初から身近にあって、今も探求しています。

——「オルガンバー」が活動の拠点になっていたんですか?

ID:はい、店長のBEARくんと一緒にレギュラーイベントに出させてもらっていましたし、前の店長の大仏さんも、駆け出しだった僕を受け入れてくれました。

——地元の頃には感じなかった、自分の居場所のような居心地のよさを感じましたか?

ID:そうですね。でも、集まっていた仲間全員が、その環境に満足していなかったと思います。みんな仲良かったけど、少し緊張感が漂っているのが良かった。「オルガンバー」に集まっている仲間だけど、それぞれが上を目指していました。

——当時からMCバトルによく出場されていましたね。

ID:知名度を上げてライヴをするために、よく出させてもらっていました。いろいろ勉強になったし楽しかったけど、尊敬する仲間と「オルガンバー」でやっていたフリースタイルのほうが好きです。

——現在のMCバトルのシーンを、どう見ていますか?

ID:もっと広がってほしいと思うし、これくらいの規模でいいとも思う。何が正解かわからないけど、それもまたヒップホップらしくていいんじゃないですかね。議論がなくなったら進歩していないってことなので。でも、バトルで僕を知った人が、今まで聴かなかった新しい音楽にアクセスすることもあると思うので、バトルに出場する意味はあると思っています。『フリースタイルダンジョン』に出演してから、街で声を掛けてもらえることが増えたので。

2019年にリリースした「10000ft」のMV。この時期に、一気に知名度が上がった

今までの自分にけりをつけたアルバム

——今回リリースしたアルバム『B1』は、まさに音楽への好奇心を刺激するものだと思います。2年の制作期間を振り返ってみて、いかがですか?

ID:修行でした。自分が作りたいものを過不足なく実現させようと思いを込めて制作しましたね。

——ニューエイジヒップホップやシカゴハウス、ドラムンベースなど、多彩なジャンルを取り入れた楽曲が収録されています。各曲をフロアと見立て、地下から地上へ向かう仮想空間のクラブを1枚で表現していますが、なぜそのコンセプトを設定したのですか?

ID:僕が作る音楽はいろんなテイストを取り入れているから、1枚のアルバムに統一性を持たせるのは少し難しい気がして。でも、フロアが違えばテンションが違ってもいいし、曲と曲をひもづけるキーワードがあればうまくつながって気持ちよく聴けると思い、このテーマにしました。

——タイトルにもなっている1曲目の「B1」。実際に制作しているスタジオが地下1階にあるそうですが、どのような思いが?

ID:「B1」に街の環境音を入れているんですけど、地下で聴くようなこもった音にしています。最後の曲「1」にも環境音を入れていますが、そっちはクリアな音。つまり、外に出たということ。制作を始めたくらいの時期は、やりたくないこともやっていて、割り切っていたつもりでもめいっていました。あの時は地下に閉じ込められて、周りの音がこもって聞こえるような感覚。このアルバムの制作期間は、それをクリアな音で聴こうと、あがいた2年でした。完成した今は、気持ちがすごく晴れましたよ。遺恨がなくなった気分で、理想の自分に近づけたと思う。あとはアルバムは、全体的に聴く人に希望を持ってもらえるようにリリックを書きました。

アルバム『B1』のリード曲「B1」

——どんなリリックを意識しましたか?

ID:感動する言葉とか強いパンチラインじゃなくて、意味を理解すれば気付きがあるリリックを意識しました。ダイレクトに伝えるんじゃなくて、言葉をひねったフレーズです。直接的過ぎる表現は昔から好きじゃないんですよ。でも、キザになっちゃダメ。なんの匂いもしないのはつまらないから、人間らしさを残しています。だから、リリックをしっかり聴き込んでもらいたいですね。聴けば満足してもらえる自信があります。

——もう次の作品の構想はありますか?

ID:『B1』を制作した2年間の内訳は、態勢を整えるのに1年、楽曲のトライ&エラーに1年。この期間でレベルアップできたので、ここからの制作は早いと思います。まだどんな内容にするか定まっていませんが、年内にもう1つ発表しようと考えているし、今後は海外で制作することも視野に入れています。

——今後の活躍も楽しみにしています。

ID:とにかく、曲がダサけりゃ話になりません。ドープな音じゃないとダメだと先輩達から教わったし、僕もそう思っています。その考え方のルーツは、母親から受け継いだものでもあります。これからも尊敬する人達を納得させる“クロさ”を追求していきたいです。

Photography Kazushi Toyota

author:

コマツショウゴ

雑誌やウェブメディアで、ファッションを中心としたカルチャー、音楽などの記事を手掛けているフリーランスのライター/エディター。カルチャーから派生した動画コンテンツのディレクションにも携わる。海・山・川の大自然に溶け込む休日を送るが、根本的に出不精で腰が重いのが悩み。 Instagram:@showgo_komatsu

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