2022年の私的「ベストブックス」 映像ディレクター・上出遼平が選ぶ今年の3冊

素晴らしい本と出会い、その世界に入り込む体験は、いつだって私達に豊かさをもたらしてくれる。どんなに社会や生活のありようが変わっていこうとも、そんなかけがえのない時間を大切にしたいもの。激動の2022年が終わろうとしている今、映像ディレクター・上出遼平がこの1年間に出版された数多くの本の中からお気に入りの3冊を紹介する。

上出遼平
1989年東京都生まれ。ディレクター、作家。ドキュメンタリー番組『ハイパーハードボイルドグルメリポート』(Netflixで配信中)シリーズの企画から撮影、編集まで全工程を担う。同シリーズはPodcast、書籍、漫画と多展開。現在は文芸誌「群像」(講談社)にて小説『歩山録(ぶざんろく)』を連載中。
Twitter:@HYPERHARDBOILED
Instagram:@kamide_

『BAKA IS NOT DEAD!! イノマーGAN日記 2018-2019』イノマー(国書刊行会)

2019年、癌で逝去したオナニーマシーン・イノマーが病床で書き続けた3冊の日記をそのまま1冊の書籍にしたもの。書かれていること以上にその筆跡の変化が、過酷な日々を過ごすイノマーの心や体を物語っていく。全部曝け出して生きてきた男の、最期の曝け出し。
ここまで正直な心の声を聞くことは、後にも先にもないだろう。決して気持ちのいい読み物ではない。だけど確かな重みがある。この本がこの世界に残されたことには大きな意味がある。

イノマーのパートナーであるヒロさんが、コンビニで日記全ページをスキャンして送ってきたのはいつだっただろうか。この本の編集作業を1つの区切りにしようとしているヒロさんの気迫と、そして少々ネジの外れた編集者との邂逅が、この稀有な本を生み出した。
買って損はない。保証します。

『祈り』藤原新也(クレヴィス)

「人生を変えた一冊はなんですか?」
今年も8回ほどインタビューで聞かれた。年末は特にこの手の質問が増える。
いつも同じじゃつまらないしな、などと思って、10冊くらいをローテーションさせて回答している。

けれど本当は“この一冊”というのがある。
藤原新也の『メメント・モリ』だ。
川の中州で犬に食われている人間の遺体の写真に、「人間は犬に食われるほど自由だ」と添えられている。
学生時代、このページが妙にストンと腑に落ちた。
以来、心の中にいつも「俺は犬に食われるほど自由なんだ」がこだましている。
その響きは僕の人生を幾分軽やかにしてくれた。
そしてそれは「もっと自由に、真剣に生きろ」とも響き続けた。
「死」から目を背けて、どうやって「生」を歩めようか。
僕は「死」を通して世界を見るようになった。

そして今年『祈り』なるものが刊行された。
「メメント・モリ(死を想え)」と「メメント・ヴィータ(生を想え)」が1冊にまとめられた、バイブル。
写真の強いコントラストと、曖昧な生と死とが相克する。
100冊買った。

『ぞうのマメパオ』藤岡拓太郎(ナナロク社)

買ってもないし読んでもないのですが、間違いなく面白いのがこちら。これまでの藤岡拓太郎が紛れもなく凝縮されている、とんでもない名著。可愛さの陰に隠された狂気。MAD絵本。逆に自分がなぜ買っていないのかが理解できない、それほどの強度を持ったマメパオ。

表紙を見る限りでは、ニコニコご機嫌な女の子と、ちょっと困り顔の仔象との話らしい。誰がそんな設定を思いつくだろうか?(いや、誰も思いつかない)
想像してみよう。
ある深夜の動物園。
飼育員達は寝静まり、アメリカの映画に出てくるようなダラシのない警備員は、やっぱり退屈そうにテレビを見ている。監視カメラのモニターの端を、小さな影がささっと横切る——象大好き女の子、ミミだ。ミミはこの動物園のスター雌象ジュリアンが昨夜、元気な仔象を産んだというニュースをもちろんチェックしていた。そうでもなければ、賢いミミはこんな馬鹿げた行動を起こすわけがない。ミミの通信簿は「大変良い」で埋め尽くされているのだから。
そしてミミは、象が本当に好きだから、こうやって夜陰に乗じて、仔象を盗みにきたのである——。

やっぱり実物を読まなきゃ。
明日青山ブックセンター行ってきます。

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TOKION EDITORIAL TEAM

2020年7月東京都生まれ。“日本のカッティングエッジなカルチャーを世界へ発信する”をテーマに音楽やアート、写真、ファッション、ビューティ、フードなどあらゆるジャンルのカルチャーに加え、社会性を持ったスタンスで読者とのコミュニケーションを拡張する。そして、デジタルメディア「TOKION」、雑誌、E-STOREで、カルチャーの中心地である東京から世界へ向けてメッセージを発信する。

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