NFTやAIがアート界にもたらす変化とは? アート起業家の施井泰平に聞く

施井泰平(しい・たいへい)
スタートバーン代表取締役、アートビート代表取締役、東京大学生産技術研究所客員研究員。美術家、起業家。2001年、多摩美術大学卒業後「インターネットの時代のアート」をテーマに美術制作を開始。現在世界中のNFT取引で標準化されている還元金の仕組みを2006年に日米で特許取得するなど、業界トレンドの先手を打っている。2014年、東京大学大学院在学中にスタートバーン株式会社を起業し、アート作品の信頼性担保と価値継承を支えるインフラを提供。事業の中心である「Startrail」は、イーサリアム財団から公共性を評価されグラントを受ける。東方文化支援財団理事、一般社団法人Open Art Consortium理事を現任。東京藝術大学非常勤講師、経済産業省「アートと経済社会を考える研究会」委員などを歴任。作家として、個展やグループ展などで作品を発表すると同時に、「富士山展」(2017~2020年)、「SIZELESS TWIN」(2022年)、「ムーンアートナイト下北沢」(2022年)などの展示を企画。主な著書に平凡社新書『新しいアートのかたちーNFTアートは何を変えるか』(2022)などがある。
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NFTの登場によってアートはどう変わるのか。そんな疑問に応えてくれる新書『新しいアートのかたち: NFTアートは何を変えるか』(平凡社)が昨年9月に出版された。著者は現代美術家で、スタートバーンとアートビートの代表を務める施井泰平。美術家として「インターネットの時代のアート」をテーマに制作してきた彼が、NFTやAIによってアート界がどのように変化すると考えているのか。彼の思想の根幹にある「価値転倒」への興味も踏まえて、話を聞いた。

■『新しいアートのかたち: NFTアートは何を変えるか』 著者:施井泰平

■『新しいアートのかたち: NFTアートは何を変えるか』
著者:施井泰平
判型・ページ数:新書版・272ページ
出版社:平凡社
https://www.heibonsha.co.jp/book/b609801.html

「価値転倒」へ興味

——『新しいアートのかたち』の山峰潤也さんとの対談で「価値転倒」に興味があるとおっしゃっていたのが印象的でした。本書で取り上げているNFTアートは既存のアートとは異なる基準やスピードで価値が決まっていくように感じます。そうした「価値転倒」へ興味がそそられた原体験などありますか?

施井泰平(以下、施井):うーん、はっきりと原体験として印象的な出来事などはないですが、幼少期にアメリカと日本を行き来していた頃に感じたカルチャーギャップが影響しているのかもしれません。例えばアメリカに住んでいた頃に慣れ親しんでいたギャグが帰国したら通じなかったことがあって。そうした体験からコミュニティが場所固有の価値を醸成する力を持つ一方で、排他的になる力も感じたんですよね。なので、なんでも価値が転倒すれば嬉しいというより、その背後にあるコミュニティ内の言語が醸成しすぎることに危うさを感じる裏返しに興味が湧くのかなと思います。

——インターネットは場所固有の境界線がもはや存在しない自由な場所のように捉えていますが、どのように見ていますか?

施井:インターネットもある種、1つの国のようなものでみんなが共有できるコミュニティとして存在しているんじゃないかなと思っています。同時代性のコミュニティを共有しているところもあるので、日本で言えばアニメや漫画など自国のカルチャーを素材として使いながら代弁しているような作家とは相性がいいと思います。彼等の活躍はもちろん尊敬していますが、一方で僕の原体験としては、1つのコミュニティに所属して表現することにどこか違和感や危機感を覚えますね。

——2001年に大学卒業後、インターネットの時代を1つのテーマに活動し始めた経緯について教えてください。

施井:在学中は絶対卒業したらアーティストとして活動すると思って生きてきたのですが、いざ卒業してみるとギャラリーとツテがあるわけでもレールがあるわけでもなく、この先50年間どのように活動していこうかと真剣に悩みました。その時に、歴史に名を残しているアートは時代の技術や変化を象徴する活動や作品を残していることに改めて注目して、当時、社会を大きく変えようとしていた技術であるインターネットをテーマに選びました。今でもインターネットで起こるカルチャーや現象よりも、インターネットがもたらす人類全体の生活や価値変化の可能性に興味があります。

——その後、2006年には実際に作品が二次流通した際に作家に還元金が支払われる仕組みの特許を日米両国で取っていますよね。インターネットをテーマにした作品制作や展示発表というよりも、インフラ作りに着目した経緯はどのような意図だったのでしょうか?

施井:卒業後は、森美術館のプレイベントとしてインターネット上で行う新俳句プロジェクトに合わせて実空間での展示も行ったんですが、会場に設置したプロジェクトサイトへのアクセス数は少なかったんです。時代を変える作家であればもっとアクセス数が多いはずだろうと感じて、リアルスペースで展示する方法を見直したんですよね。そうした時にインターネット時代を喚起するような展示を発表しつつも、新しい潮流に対して価値づけができて作家全員に関わってくる根底に携わるようなインフラ作りに取り組むべきなんじゃないかと思い、インターネット時代のアート流通のあり方を考えるようになりました。その流れで、二次流通した時に作家に還元金が送られる仕組みを発明しました。

——2006年当時となると、まだ現在よりも現実とインターネットの境目があったような気がしますが、当時のご自身の活動へのリアクションはどのようなものでしたか?

施井:2003年にYouTube、2006年にTumblrが出てきて、SNSもmixiに次いでTwitterができた頃なので、ある程度大枠としては、インターネットについてみんな理解していました。インターネット自体が伸びていくだろうという確信を持ち始める人も増えていったような。でも一番難しかった部分はインターネットへの理解というよりも、アートそのものへの理解でしたね。一般的にアートといえば絵画や彫刻であると考える人が99%なので、インターネットが普及する中でアートはどのように変わっていくのかという話はそもそもの段階で全く通じないんです。そしてアートに詳しい人はテクノロジーに興味がない。

例えば、単にインターネットで絵が見られるようになっても、アートがインターネットの時代になって価値が変わったとは言えないですよね。インターネット以前から、どんなに人気でも漫画やアニメやイラストが美術館に収蔵されない理由がきちんと言える人が少ないので、新たな変化への想像がしづらかったように思います。

——還元金の考え方自体は、ある意味NFTの仕組みと似ている部分があるかと思います。NFTの登場は、当時から予想されていましたか?

施井:全くしていなかったですね。先ほどお話しした還元金の仕組みを作った時点で、どこかで技術的な発展をする可能性は感じていたのかもしれないですが、世界的なカルチャーとしてここまで普及する仕組みが生まれるとは予想していなかったです。結局のところ、僕の興味関心はアートにしかないんです。だから現代美術家の目線として、アートと伸び代のある仕組みを組み合わせることを常に考えているといった感じですかね。

——組み合わせるという考え方であれば、アートにこだわらずさまざまなジャンルにもビジネスとして応用できそうですが、アートに軸を置く熱量とは一体なんなんでしょうか?

施井:根源的な熱量はどこから来るんですかね……。ある意味、厨二病みたいな精神で歴史に爪痕を残したいという気持ちが強いかもしれないです(笑)。社会の中で作品が評価されなくとも、作品が生き続ける仕組みを作ってしまえばいいんだって発想かもしれないですね。

——現在の活動において影響を受けた先人達はいますか?

施井:美術家を目指すきっかけになったのは、レオナルド・ダ・ヴィンチです。ちょっといつも言うのが恥ずかしいんですけど(笑)。中学生の時に将来の進路を決める授業が図書館であって、もともと理系志望だったこともあって、アインシュタインなど理数系の天才達のなど伝記本をよく見ていたんですよね。その中でレオナルド・ダ・ヴィンチだけ、さまざまな学問や活動に柔軟に取り組んでいるように見えて、1つの学問における天才達よりもいろいろな要素を含むことができる芸術家の姿に惹かれたことが作家活動へのきっかけになりました。しかも、彼の場合は当時を象徴する人物としてあらゆるものを網羅していて、世界を掌握したいというサディズムのような気持ちがあるんじゃないかなと感じたんですよね。答えが1つしかないものを追求するというよりも、いろいろな手段や活動を組み合わせて時代に対峙して世界を作りたいというある意味、サディズムと厨二病を感じたというか(笑)。

——サディズムと厨二病……!(笑)これまでのお話を聞く中で印象的な「現代美術家」と「起業家」の視点のバランスはどのように保っていますか?

施井:もともとその2つの境目は、あまり自分の中でないかもしれないです。空間構成から作品展示まで、なんだったらお客さんが来場するまでの導線もプロデュースしたいタイプなんです。やっぱり作品鑑賞において環境ってすごく重要じゃないですか。もし鑑賞する前に何か映画を観てから来たら、作品を考える時も多少影響を受けるだろうし。過去を遡れば、例えば千利休にしてもピカソにしても作品を作るだけじゃなくてそれが流通、評価される構造から作っていたり、環境創造に意識的だったクリエーターも多くいます。新しい時代に対して、新しい問いを作るという気持ちで作品を制作する時点で旧世代の制度にのっとっていたらスムーズにはいかないと考えています。

近年のアートの潮流

——NFTを軸に近年起きているここ数年のアートの潮流をどのように見ていましたか?

施井:そもそもNFTアートといっても2種類あると思っています。1つはNFTを活用するクリエイティブがコミュニティを形成し発展していったタイプの「NFTアート」、もう1つは既存のアート業界から新しいメディアとしてNFTを扱う「アートのNFT活用」です。いま顕著に「NFT」の盛り上がりとしてニュースになっているのは、前者の「NFTアート」だと思います。そしてこの盛り上がりにより、後者がヒントを得て既存のアート業界でのアートのあり方も進化している側面があるかと思います。

とはいえ、実際は両者とも似たようなことをやっているようにも思っています。例えば古くからある有名ギャラリーなんかでも作品購入者のみをパーティに招待したり、コレクターのコミュニティを形成して価値を高めるようなことをしていたので、NFTアートで行われているコミュニティ作りや特典の提供などは、従来のアートの世界にあったブラックボックスをインターネット上で可視化しただけのものだと思ってます。

——冒頭の話に戻るようですが、日本とグローバルの中間地点というのはこれから見つけられるのでしょうか?

施井:それもYESでありNOですね。日本人には意識的にアジアの中でマーケットを引っ張るような国民性が特にあるわけではなく、あったとしても経済的に弱くなっちゃったので今更な形になってしまいそうです。一方で、先ほどお話したように世界の価値づけに依存してしまい、どこかで自国のものをちゃんと自分達で価値できていない危うさを感じている側面もあると思います。

例えば、コミケやワンダーフェスティバルのようなイベントに起きる圧倒的な盛り上がりは、海外からの評価に伺いを立てずに自発的にできたものに誇りを持っているからなのかなと。そうすると気にしてなくても海外から国内で流行っているものが欲しいという動きが自然発生するんですよね。だからといって、個人的にはシンプルに応用できないNFTの複雑さも感じていて……。

——複雑さというと……?

施井:冒頭で話したようにインターネットにおけるNFTはある意味、1つのコミュニティでカルチャーが起きている状態なので、日本にとっては既存のアートマーケットが分断を起こしている中、新たなダイナミックなマーケットが生まれたというイメージにしかなっていないと思います。その間に、例えばいま盛り上がりを見せているNFTプロジェクトの「Azuki」なんかは、日本インスパイアの海外発プロジェクトとして世界で人気を得ています。彼らの賑わいを見ていると、もともとNFTが持つボトムアップで何種類ものキャラクターを生成する特性と日本のカルチャーと相性がいいはずなのに機会損失しているように感じますね。そのような状況に対して行動している「新星ギャルバース」チームにはリスペクトを感じます。

——『新しいアートのかたち』の冒頭で挙げているリチャード・プリンスの「New Portraits」シリーズに対してNFTアートとして起きたアクションもボトムアップ精神ですよね。

施井:そうですね。2022年5月にリチャード・プリンスの「New Portraits」シリーズに無断で自分のポートレイトを使われたことに怒ったモデルによる作品『Buying Myself Back: A Model of Redistributiion』がクリスティーズでNFTアートとして販売され、17万500ドルで落札されています。これまでアートマーケットであった階級やコミュニティとは関係なく、NFTは本来そうした従来の価値制度を覆すポテンシャルを持っているんですよね。

これからのNFTの可能性

——アートバブルが起きている中で、コレクションの意義も捉え直されているように思いますが、どのように考えていますか?

施井:難しい質問ですね……(笑)。というのも、作品へのマーケットの評価はほとんどの場合内容だけではなく、作品を取り巻く情報を前提にしているんですよね。例えば納屋にあった絵をただ単に古い絵だと思って十数万円で買ったとして、その後よく調べたらダ・ヴィンチの作品だった場合、値段は億円単位で変わってきますよね。そうした価値評価の現実を考えると、感覚よりも作者含めた情報をみんな頼りにしているんじゃないかと思っています。でも一方で、そういった情報なしに作品が持つ力も重要です。NFTでも誰も目をつけていなかった作品をいち早くコレクションしている方々がいるため、情報だけでは価値が生まれたり永続しない側面もあるかと思います。NFTの世界にはまだ価値評価を大きく変えるような権威が生まれていないので今は本当の意味での慧眼を試せる機会なのかもしれません。

——NFTが登場する以前からもSNSの加速するスピードによって、短期的な目線で作家活動を評価する流れもあったかと思いますが、そのあたりは作家目線としてもどのように感じていましたか?

施井:NFTに限らず、現実的には短期的な市場以外は見えにくい世界だと思います。例えば草間彌生さんも70歳を過ぎた頃にようやく作家として市場でも高く評価され始めましたが、それまでは今と比べると作品価格はそこまででもなかったわけで、現在の高騰については一部の目利き以外は予想していなかった。だからいま、僕のできることは長い目で見て、決していま売れてなくても諦めずに30年後に残る作品を作ろうというメッセージを自分の活動を通して伝えるしかないと思っています。でも短期的にめまぐるしい変化が起きる中で、その考え方を押し付けるつもりはなくて、しばらくして実績が出てきた時に「施井が言ってたこと正しかったな」って思い返してくれたらいいんです(笑)。

——近年では、NFTとフィジカルの作品のすみ分けや融合点なども議論される場面がありましたが、今後どのような関係性になっていくと思いますか?

施井:究極的にはこの先20年もすればデジタルとフィジカルの境がなくなり、作品自体も現実にあるのかデジタルの世界に存在するのか区別がつかない程にテクノロジーが進化すると思います。そうした時に、人の手で作られたフィジカルな作品に宿っていた「念」のようなものに対しての扱い方が議論になってくると思うのですが、「唯一性」の確認技術があることで解決できるのかなと考えています。

例えば、亡くなった友人との過去のLNEのやりとりを見た時に、それが何かコピーや他人からのメッセージではなく、相手と自分の間だけで行われたということが大事だと思うんですよね。NFTの根源も同じく、コピーではなく唯一性とひもづくことが重要なので、モノなのかデジタルなのかということはあまり関係なくなってくるかなと。むしろ、物理的なものの方が実際にモノを見ることでしか判断できないというマイナス要素の方が阻害要因になって、合理的にデジタルへ移行していくと思いますね。そうした動きは、既にさまざまな場所で観測できるようになってきていると思います。

——そうした意味では、人間の手で作られた唯一性の対比としてAI作品についても語られ始めています。AIとアートの関係性はどのように進化していくと思いますか?

施井:2016年に17世紀の画家・レンブラントの過去作品を機械学習させて新作を発表したニュースが話題になっていましたが、著作権の問題やプログラマーこそがアーティストなんじゃないかという議論などが生まれたんですね。最終的にいろいろな意見が出る中で結局最初の作品は歴史上重要だったからアートになったけど、それ以降の類似コンセプトのものはそれだけではアートにならないと感じる人が多い印象です。現状のAIは視覚的な精度を上げることはできても、そもそも単純に絵が上手ければ良いアートという話でもないので、AIを使った作品に関しては絵画史の歴史における議論に戻るだけのような気がしています。

ただ、現時点でAIに可能性を見出すとしたら作品制作のほうよりも、作品購入において可能性があると思います。例えば、いまNFTアートは世界に何百万点もありますが、1点ずつ自分で見ていく代わりに自分の審美眼を学習させたAIを使えば、寝てる間でも全部見ていくことができますよね。現状、人間vs AIの関係性でネガティブに捉えられがちですが、見方を変えてAIによって価値が上がるものという視点で今後も注目していけばいいんじゃないかなと考えています。

——最後に、今後NFTはどのような方向に可能性を広げていくと考えていますか?

施井:NFTを含めたアートバブルの盛り上がりで期待したいところは、グローバルを前提として、日本の中から自分達で価値づけと発信ができるようになっていくことですね。これまでは海外の権威が認めることが日本で評価される一番の要因になっていたのですが、このアートバブルの流れでストリートや一部の国内ギャラリーで出来た日本独自のマーケットも賑わい始めています。一部の美術関係者は、変なビオトープができ始めたと危惧していますが、過去にも美術商団体や日本画の画壇など日本国内で作家や作品価値を醸成する仕組みがありましたが、結局のところグローバルマーケットまで広がらなかったんです。だから、個人的には自国のアートを自分達で評価して国際発信する動きはポジティブに捉えた上で、価値形成が出来る人達を巻き込んで世界に発信できるところまでいってほしいと思っています。

例えば若手の作家が作品をNFT技術を活用して公開することで、長期的に支援してくれたコレクターとの関係性が証明でき、価値がついた時には双方に特典や循環が生まれますよね。その仕組みがうまく運用できると、次世代の作家を率先して応援する潮流も生まれやすくなると思います。作家にとっても長い目で作品制作する意欲も湧いてきますし、絶対的な個数が両方増えていけばマーケットとしてもポジティブな盛り上がりができていくんじゃないでしょうか。

author:

倉田佳子

1991年生まれ。国内外のファッションデザイナー、フォトグラファー、アーティストなどを幅広い分野で特集・取材。これまでの寄稿媒体に、「Fashionsnap.com」「HOMME girls」「i-D JAPAN」「Quotation」「STUDIO VOICE」「SSENSE」「VOGUE JAPAN」などがある。2019年3月にはアダチプレス出版による書籍『“複雑なタイトルをここに” 』の共同翻訳・編集を行う。CALM&PUNK GALLERYのキュレーションにも関わっている。 Twitter:@_yoshiko36 Instagram:@yoshiko_kurata https://yoshiko03.tumblr.com

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