アート連載「境界のかたち」Vol.10 現代美術家のサイモン・デニーが語るブロックチェーンがもたらすアート界の未来

ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクター等が、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第10回はハンブルグ美術大学でも教壇に立つアーティスト、サイモン・デニーが登場する。彼は技術的な実験をマルチメディアのインタラクティブなインスタレーションに変換させた作品で知られている。今回は「ブロックチェーン」という概念や、アートの役割と未来について話を聞いた。

「2021年に行ったNFTの実験は、歴史や過去についての考え方や過去の作品を技術的、芸術的にどのように現在に生かすか」

−−まずはNFTについて教えていただけますか?

サイモン・デニー(以下、デニー):NFTとは「Non-Fungible Token(非代替性トークン)」のことで、独自の金銭的価値を、公開レジストリ内にあるデジタルファイルに恒久的にリンクさせることができる暗号通貨トークンです。NFTは、どのウォレットアドレスがデジタルオブジェクトを作成、販売、所有するかを記録していて、アーティストはネットワークにアクセスして、デジタルファイルを作品として販売することが可能になりました。このフォーマットの普及により、それ以前には困難だったデジタル作品のための市場が生まれました。

−−NFTアートは、単一のデジタルファイルの形でコレクターの手に渡るのですか? ビデオやgifの他にどのような種類のファイルがあるんでしょうか?

デニー:NFTになるかどうかは、ファイルをどのようにブロックチェーンに接続するかによって異なります。ブロックチェーンやプラットフォームによって、フォーマットは変わります。ですので、NFTは実際のファイルが保存されている場所へのリンクを含む、公開スプレッドシート上にまとめられた情報項目と考えた方がいいかもしれません。ほとんどの場合、ファイルは、ブロックチェーンではない別のプラットフォームにあります。技術的には、リンクが可能なあらゆる種類のファイルが対象になるので、ファイルによっては、現在普及しているプラットフォームの範囲内で閲覧や取引がしやすい作品もあります。「jpg」や「png」、「svg」、「mp4」やシンプルな「html」ファイル等は、既存の一般的なNFTの販売プラットフォームでうまく機能する、一般的で人気も高いファイル形式です。また、ブロックチェーン自体のレジストリシステムの限られたコードスペースの中で動作するNFTもありますが、あまり一般的とは言えませんね。

−−買い手はどのようにNFTの代金を支払うのですか? NFTと暗号通貨の関係についてよく目にしますが、どのような関係なのかを教えてください。最先端の技術に興味がある人達がこの2つを一緒に考えているのでしょうか?

デニー:NFTそのものが暗号通貨の一種ですし、どちらの資産もブロックチェーンをベースにしています。ビットコインやイーサなどの暗号通貨は、「Fungible Token (代替性トークン)」で、レジストリが価値を持っています。しかし「Non-Fungible Tokens」とは異なり、それぞれのトークンの価値は同等です。よく例に挙げられるのは、1ドル札と絵画の比較ですね。どちらも金銭的な価値を持つものですが、あなたと私がそれぞれ手に持った1ドルを交換しても1ドル札の価値自体は変わりません。1ドル札は実質的に他の1ドル紙幣と同じ価値を持っていて代替性があるからです。一方で、あなたがピカソの作品を、私がカーロの作品を持っていて、交換したとするとそれぞれの絵画の金銭的価値も交換されることになります。この場合、作品の資産は「非代替性」と見なされます。唯一存在する作品として、価値が上がったり下がったりするんです。

また、NFTはイーサのような代替性トークンを使って売買されます。これらは同じインフラの一部で、価値が同じブロックチェーンで管理されているため、それらの通貨で売買をすることが簡単なんです。一部のセカンダリープラットフォームでは、ドルなど特定の国の通貨を使ってNFTの売買が可能ですが、このようなプラットフォームのほとんどは、NFTを購入する時にドルを暗号通貨に変換するサービスを提供しているにすぎません。現状では、NFTの最大のブロックチェーンはイーサリアムであり、プラットフォーム内で使用されている代替性トークンあるいは暗号通貨であるイーサで、一番多く売買が行われています。

−−NFTの作品にはどのようなテーマがあり、どのような内容で表現されているんでしょうか? また、NFTは一点ものなので作家と買い手しか見ることができないと推測しますが、それは正しいのでしょうか?

デニー:まず、NFTの作品は作家と買い手しか見ることができないというのは正しくありません。むしろその逆です。NFTは、暗号通貨やそれを保管するウォレットと同様に、インターネットにアクセスできれば、誰もがいつでも閲覧することができます。これは、ブロックチェーンの重要なメリットの1つです。また、誰もがいつでもNFT作品が購入、保有、作成し、その価格も閲覧することができます。興味深いのは、NFT作品の所有権を得るために高額な対価を払う人がいる一方で、NFTを閲覧したり、そしてNFTの画像を複製したりすることが誰でもできることです。例えば、誰もが閲覧できるということは、個人や国家が所有するパブリックアートと大して変わらない側面があります。大規模な公共文化財のために資金提供をした人の名前は、プレートに記されていることが多いですよね。これは、NFT作品の所有権の仕組みに少し似ています。誰でも作品を閲覧できますが、誰が所有しているかもはっきりわかるのです。

私はこれまで、NFTをベースにしたさまざまなプロジェクトを手掛けてきました。さまざまな形態や素材を通して価値が移り変わる様子に着目したり、インターネットの歴史や美学、時間について考察した作品等があります。2021年に行ったNFTの実験の多くは、歴史や過去についての考え方、過去のものを技術的、美学的にどのように現前させるかといったことに取り組んでいました。作品はレジストリに永久的にタイムスタンプされますが、それ自体がイベントとして、プロセスとしての持続性を保っています。ブロックチェーン上の取引とエントリーを承認するには、われわれが主導するコミュニティと自動化されたシステムによる社会的な承認プロセスが必要です。これは複雑ですが詩的な部分もあると思っています。そこで、私はこのメディアの過去を見直そうと思いました。

Dotcom Séance」というプロジェクトでは、媒体としてのインターネットについて熟思しました。インターネットを通じて浮き彫りになったアイデアと、インターネットの使用によって広まった美学の両方を再解釈して、再構築を試みたんです。インターネット上のビジネスアイデアは、時間とともに変化していく技術的、社会的枠組みの中で、しばしば繰り返されます。2001年にうまくいかなかったことが、2010年には別のチームと技術的パラダイムで、うまくいったかもしれない。例えば、「Ecircles.com」(1998~2001年)は、ユーザーが非公開のグループ内で、写真をシェアできる画像共有ソーシャルネットワークでした。当時は、非公開のグループであったことと、携帯電話にカメラが付いてなかったことを除けば、インスタグラムにかなり類似したビジネスモデルでした。私は、「Ecircles」のように、2001年に倒産した企業20社を選び、AI画像メーカー「Cosmographia」の“Clip”を使って、企業に関する説明に基づいて独自にロゴを作成しました。それらのアウトプットを、ERC721(NFT)トークン・プロジェクトとしては、最も早い段階で大規模に成長した「クリプトキティ」を支えたアーティスト、ガイルに渡しました。彼は私が作り直した各企業のロゴをひとつずつ選び、自分のお気に入りのAIアウトプットに基づいて、彼なりのバージョンを制作してくれたんです。中でも「Pets.com」は最も有名な企業で、2001年の“ドットコム・バブル”崩壊の象徴的な存在でした。特にガイルの作品と組み合わせることで、インターネットにまつわる歴史の興味深い合流点が生まれると思ったんです。言ってみれば、ゾンビのように今なお生き長らえている過去のインターネット(Web1.0時代)上のアイデアを、最先端の機械学習画像生成ソフトを駆使して、暗号通貨やブロックチェーンに対応したWeb、つまりはWeb3.0時代のアイコンとして、再構築しているわけですから。

−−NFTアートを美術館や博物館で展示することはありますか? また、どのように一般公開するのでしょうか?

デニー:私は、NFTや暗号通貨の作品を美術館やギャラリーで展示するだけでなく、オンラインでも公開しています。僕が協力したプラットフォームやマーケットプレイスの一部は「Dotcomseance」「folia」「SuperRare」等です。ネットワーク上のデジタルファイルとして、市場の側面も媒体の一部を成しているため、このようなプラットフォームを使うことが、最も理にかなっていますし、NFTに興味を持つ多くの人々が閲覧をするわけです。もちろん、こうしたサイトには、美術館の集客よりもずっと多くの人々が集まりますが、私は美術館やギャラリーで取り組むことにも価値を感じているんです。これらの作品を空間的、物質的な形に変換していくことは、これまでも行ってきました。私が制作したNFTの中には、実物と結びついているものもあります。コレクターがNFTを購入すると、作品の実物が送られてくるシステムです。例えば「Voice」では、私が制作したラグマットとそのイメージのシリーズがありますが、ホワイトハウスのギフトショップで販売しているラグマットをスクリーンショットで撮影し、そのスクリーンショットをジャカード織りのラグマットに仕上げ、再び写真に撮ってNFTとして販売したんです。NFTを購入したコレクターには、現物のラグマットも送りました。また、ローマの美術館とデンマークの美術館のために、前述した「Dotcom Séance」の一部をキャンバスにプリントした作品を制作していて、美術史を連想させるようなプリントの仕方、展示方法を考えています。

また、NFTに取り組む他のアーティストの作品のキュレーションも行っています。2018年にはシンケル・パビリオンで「Proof of Work」という展覧会を開催しましたし、昨年はハンブルクの「クンストフェライン」で、NFTや暗号通貨の特別プロジェクトを含む、資産やテクノロジーに取り組んだ過去40年の芸術作品を集めた展覧会を開催しました。この2つの展覧会は、アートと暗号通貨を、モノとデジタル作品の間で扱うプロジェクトも含まれていたので、物質性が非常に高く、観客の空間体験を重視していました。1つには、文字通り現金を燃やして暗号通貨を発行する作品が展示されていましたし、もう1つは研究者たちにテクノロジーに関連するオブジェクトを選んでもらい、それをトークンの要素を使って販売する市場を提示するものでした。

他にも、美術館でデジタル作品がスクリーンに映し出されることがあります。この場合、私は特注の正方形のスクリーンを使うのが好きです(私のNFTデジタル作品のほとんどが正方形であるため)。このような場合、多少おもしろみに欠けることが多いのは事実ですが、うまく機能することは間違いないですし、ギャラリーや美術館ではスクリーンベースのNFTの展示も増えています。

「コンセプチュアル・アートの歴史をNFTの現在地を説明する基準につなげたい」

−−NFT作品の価格帯はどのくらいですか? ギャラリーが作品の提示価格を設定するのでしょうか?

デニー:僕はこれまで、伝統的な画廊やオークションハウスと協力して高額な作品のオークションから、NFT専用のプラットフォームやウェブサイトでの直接販売等、比較的手に取りやすい価格帯でのコレクションも行ってきました。どの手法にも可能性やメリットがあります。その中でより自然と感じるのは、「Dotcomseance」で用いたモデルです。このモデルでは、数百点のシリーズ作品の初期価格を、数百ドル程度に低く設定しました。これによって予算が少ない新参のコレクターや、アーティストも作品を購入することができますし、プロジェクトの周辺に生まれるネットワークを利用することもできるようになります。そして、プロジェクトを支援する幅広いネットワークが形成されやすくなりますし、プロジェクト全体の物語や他のコレクター、そして個々の作品にも関心を持つ人たちが集まりやすくなります。このシリーズでは、作品が小さなグループにまとめられ、そのグループの一部が、作品に関するアイデアを基にしたプライベートチャンネルや他のプロジェクトを立ち上げるきっかけになりました。こういうことは、オークションを通じて1人のコレクターに作品を売るよりもおもしろいですよね。NFTでしか起き得ないことですし、集合的な作品群とブロックチェーンの取引記録、つまりは関連性によって可能になる、他にはない繋がりあった所有のあり方なんです。

−−NFTは一点ものである限り、他の芸術作品と同様の条件と言えます。とは言ってもNFTはデジタルファイルでもあるため、容易に複製される可能性があります。購入者以外の人に複製され、流通するのを防ぐにはどうしたらよいでしょうか?

デニー:端的に言えば、作品の出自に関わる話ですね。ブロックチェーン上の取引記録は、誰でも閲覧可能なので、どれが芸術的、金銭的価値につながるファイルなのかは簡単にわかります。これらのレジストリに繋がっていないファイルはその価値を持ちません。ただし、誰でも、スクリーンショットやコピーで、作品の芸術性や美的価値を楽しむことはできます。絵画や版画の写真を印刷するのと同じですね。芸術的な『アウラ』は、社会的な価値、ネットワークの中での位置付けによって変化します。ネットワークというメディアのために作られた作品は、ネットワークから削除されると、それはもう作品ではなくて、記念品や土産品のようになってしまいます。

−−将来性は感じますか? それとも、短期的な流行に過ぎないんでしょうか?

デニー:未来を予見することはできないですが、暗号通貨は、NFTを通じて多くの新しい人々をアートに導いています。コンセプチュアルかつネットワークベースのアートは、私達の世界においても今日的な意義を持ち、重要な価値があります。暗号通貨が構築したインフラは、今後も存続する可能性が高いでしょう。また、暗号通貨に価値を置く既存の富は、すでに一般経済にかなり統合されてしまったので、そのまま消えてしまうことはないと思います。つまり、それ自体でNFTの価値がある程度維持されることになるでしょうね。金銭的な価値はデジタルであれなんであれ、アートに関心をもつことへの緩衝装置になると思います。

−−まだ、NFTの歴史は浅いですが、NFTを通じて取り上げられたり、検証されたりしている共通のテーマにはどのようなものがありますか?

デニー:まず、美術史がどこから始まるのか、誰が定義しているのかによって変わってきますよね。コンピューターを使って作られたアートを起点にすれば、少なくとも70年以上の歴史があります。1990年代のインターネットアートは、現在NFTでも活躍している作家のものを含む、素晴らしい作品群が存在していました。私は、コンセプチュアル・アートの歴史を、抽象画や機械に触発された初期モダニズムのアヴァンギャルドと同じように、NFTの現在地を説明する規範につなげたいと考えています。NFTを使ったアートが扱うテーマやアイデアに関しては、その枠組み自体がそれほど役に立つとは思えません。NFTは他のアートと同じように、すべてであると同時に無でもあるんです。

author:

エドワード・ M・ゴメス

美術評論家、美術ジャーナリスト、キュレーター。ニューヨークと東京、スイスを拠点とし、日本の現代美術やアール・ブリュットに深く関わってきた。最近は、アメリカの美術文化誌『Hyperallergic』に「ヨコハマトリエンナーレ2020」についての記事を寄稿した。

この記事を共有