アート連載「境界のかたち」Vol.11 NFTがもたらしたアート界のミッシングピースとは? 山峰潤也×施井泰平×スプツニ子!によるクロストーク -前編-

ビジネスからサイエンスに至るまで、アートの必要性を説くシチュエーションが激増している。コロナ禍で見える世界は変わらないものの、人々の心情が変容していく中で、その心はアートに対してどう反応するのか。ギャラリストやアーティスト、コレクター等が、ポストコロナにおけるアートを対象として、次代に現れるイメージを考察する。

第11回は、“NFT”について。仮想通貨の世界だけではなく、アート業界においてもブロックチェーンの技術を活用したNFTアートがマーケットの新風になっているのは言わずもがな。でも、NFTの実態と機能を的確に理解している人は少ないのではないだろうか。当然の話で、ブロックチェーンもNFTも成熟の途中にあるからだ。今回は美術館キュレーターの経験からメディアや企業とアートの社会的可能性を実証実験する山峰潤也と現代美術家でアートにおけるNFTの活用を事業化したパイオニアの施井泰平、2月に代表作「生理マシーン、タカシの場合」のNFTが50ETH(当時約1,500万円)でコレクションされた、アーティスト・スプツニ子!とのクロストークが実現した。前編はNFTアートの可能性を実例をもとに語ってもらう。

情報時代に即した巨大なミッシングピースの爆誕

スプツニ子!:施井さんから今のNFTの状況を聞きたいです。

施井泰平(以下、施井):ある意味、暴力的な意見、あまりに抽象的で上から目線の話になってしまうんですけど、情報時代に即したマーケットや流通がアートの世界にも求められるだろうと思っていたし、その気配は感じていたものの、ずっとメインストリームになっていかない状況にここ15年くらい、ヤキモキしていたんですよね。だから、いきなりまとめから入りますけど、NFTの一連の盛り上がりについては情報時代に即した巨大なミッシングピースが爆誕したみたいな感想を持っています。「NFTをなんで買うの?」と言う人はそもそもアートを買うという行為に疑問を持ってる人で、普段からアートを買ってる人からすると、NFTは比較的理解しやすいかと思います。開口一番言っちゃいますけど、来たるべき情報時代のアートっていうのが今来ていると。もちろん、アートが急速に大衆化してしまったことによっていろいろ違和感を感じることもあると思いますが。

山峰潤也(以下、山峰):ちょうど僕が美術館から離れたのがコロナのパンデミックの始まりの頃で、その後、日本のコレクターが急増するという現象があったと思うんですけど。そこで美術館ではなくてマーケットとアカデミーとのつながりを考えた時に、アートがコモディティ化する部分と一方で市場が生まれることでアートを支える、ベースの力が育つことが同時にある。社会的にアートの注目度が増していくことによって多様化する作品への期待が膨らみ過ぎることで、ある種の混乱も起こっているけど、時間とともに適正化されていくと思っています。

NFTに関しては客観的に見ていたり、いろいろな相談も受けますけど、実践的なことはこれから。今の単体ではなく、もともとリアルにあったコンテクストと接続していくように、点ではなく面のアクションというか、そういうサイクルを生み出していくんじゃないかということと、そう期待しています。

スプツニ子!:私はこれまで作家として「なんだかアート界に何かが足りない」という気持ちをずっと抱えていたんですよ。今はインターネットで私の作品を知ってたり、観てる人が増えているし、実際にオンライン上で仕事したり、コミュニケーションする機会が現実の世界より多いですよね。なのに、これまで私が作品を売ろうとするとデジタルではないリアルな世界、トラディショナルなギャラリーやアートフェアの物理空間を必ず通さないといけない、ということにモヤモヤした違和感を感じていたので、NFTによって“ミッシングピースが爆誕”っていう言葉が本当に正しいと思う。NFTは2021年に突然やってきて嵐のようにすべての問題を解決していきました。

昨年の秋に施井さんの「SBIアートオークション」で《THE MOON WALK MACHINE》のNFTを販売したんですが、自分にとっては革命が起こった感覚がありました。山峰さんが言う通り、今のアート界はカオス期でもあると思うんです。“.comバブル”の加熱のような、得体の知れないものが突然やってきて、あらゆる憶測が行き交うところはあるけど、“ミッシングピース”は確実にありました。でも、オンライン上でアートをコレクションして、メタバース上で展示するインフラが現れたことで、今後のアートの在り方が変わるのは間違いないです。今のNFTマーケットの不安定さは確かにありますけど、確実にドットコムバブルを乗り越えてインターネットは成長しましたよね。ただ、日本は始まっていない状況なので、アメリカと比較するとキュレーターもアーティストもこれからっていう印象かな。お互い様子を見ている感じですかね。自分で失敗したくないっていうアーティストやギャラリーもいると思いますけど、私は逆にどんどん進んでいきたいですね。

施井:僕もSBIアートオークションを通じて、スプさんのメンタルに触れるっていうか、アーティストが作品を発表する場に立ち会わせていただいたことが本当に貴重な体験でした。時代を切り開いていくのは、こういうメンタリティの人なんだなって改めて気付かされました。スプさんは慎重なところがあって、ものすごくリサーチするけど、あるタイミングで「エイッ!」と突き進むようなたくましさも感じました。

スプツニ子!:ありがとうございます。施井さんはいろいろなアーティストと仕事をしているし、客観的に見られているので、話をしたいなとずっと思っていました。これまでのアートを取り巻く状況とNFTにどんな違いがあるのかとか。ちなみに私はリスクっていう言葉に疑問があるんです。慎重でありたいしリサーチもするけど、NFTはリスクではなく重要な判断という。

施井:そうですよね。

スプツニ子!:リスクを取ってる感覚ではないっていう。

施井:イノベーターって言う方が正しいですね。切り込み隊長。

スプツニ子!:切り込んでみないと何もわからないから。

施井:ちなみに僕等が最初にNFT発行を手掛けた最初のデジタル作品は池田亮司さんなんです。彼は全くマーケットの人じゃないし、バブルに興味はお持ちでないけど、現状のテクノロジーのパラダイムシフトを見て「みんなが使うようになる前に自分が先導して始めようと思った」って仰った時に、すごく意識的だなと感じたんですよね。あと、プッシー・ライオットっていう、ロシア人の反プーチンアクティビスト集団がいて、口座が凍結されてたんですが「FOUNDATION」というNFTマーケットプレイスでNFTの販売を通して活動資金の調達をして注目を集めたんです。池田さんはプッシー・ライオットの活動を見た時にNFTの可能性を感じたとも仰っていたんですけど、その辺がスプさんの活動にも重なると言うか。そのような感じで心あるアーティストのNFT活用事例が重なっていくと土台ができていくと思います。

スプツニ子!:私ももともとプッシー・ライオットが好きなんです。フェミニストパンク集団、ミュージシャンでもあるし、かっこいいですよね。最近、プッシー・ライオットは「ユニコーンDAO」っていう女性やLGBTQのアーティストを支援するDAO(分散型自律組織)を立ち上げたんですが、私が彼等のキュレーターの1人に就任することになって、ちょうど明日も「ユニコーンDAO」と話をします。彼女達って今はNFTアーティストの中心的、シンボリックな存在ですけど、以前はマーケットとは程遠いアンダーグラウンドでクールな存在でした。

施井:有名になったのってワールドカップの決勝に乱入した時ですよね(笑)?

スプツニ子!:そうそう! 私は反プーチンのパフォーマンスで逮捕された時からファンだったけど、もしかして日本ではあれで有名になったかも。さっきお話ししていた、「FOUNDATION」で高額で作品を販売することでファンドレイズして、一部をDV被害者女性のためのシェルターに寄付していました。彼女達のインタヴューでも「ポリティカルなステイトメントを持っているアーティストが資金調達できる」って話してました。NFTってビジネスっぽい感じでしょ! っていう偏見を持ってる人がいるなら「違うよ」って伝えたい。

施井:むしろアナーキズム(無政府主義)的な要素も大きいですよね。

山峰:日本ではまだ、そういった部分が認知されていない。日本だとバブルなイメージ、アートシーンだと経済系と強く結びついているような見え方があって、そこが二の足を踏ませているんだと思うんですけど、僕は可能性を感じています。DAOとアナーキズムでいうと、美術の世界は権威的な構造によって守られているので、そのラインがあることで価値が決まったり、流通してきたわけですよね。あとは、海外での売買がベースになるので、映像出身の僕としてはマーケットの中で社会的なアクションをしているアーティストは生きづらいと感じてはいました。

スプツニ子!:わかってくれる側で嬉しいです(笑)!

山峰:特に、アナーキズムっていう中央集権から自由になる思想からコミュニティを立ち上げて、経済圏を作れるようになったことは、アーティストから見るとチャンスですよね。自分達でコミュニティを作っていく意味でも素晴らしいことですけど、そこに到達するまでの事例がもっと国内で発信できるといいなって思います。

スプツニ子!:そうそう。「ユニコーンDAO」の事例を共有すると、NFTの有名アートコレクター達がトークンを買う形でDAOを立ち上げていて、プッシー・ライオットがコアファウンダーの1人なんです。このDAOはテクノロジーやクリプトの世界が白人男性中心という事に警鐘を鳴らしていて、女性やLGBTQのアーティストの作品をみんなでコレクションしてプロモーションするというミッションを持っています。コレクションしている作品の一つに、粘土で女性器のようなオブジェを作ってOpenSeaに投稿してるコレクションがあるんですけど、おもしろいですよ。

施井:これ、いいな。買おうかな。

スプツニ子!:こういう作家を見つけてきて、DAOでコレクションするとコレクターの注目が高まって価値が高くなるんですよね。アジア圏だとスプツニ子!の活動も注目してくれていて、「ユニコーンDAO」の新しいコミッションや作品の話をしています。彼女達はNFTでお金が集まるようになったけど、私腹を肥やそうと思っているわけではないんです。むしろ利益を分配しようとしてる。

施井:仕組みとしてはファンドレイズする時にDAOを使って、ヴォーティング(投票)で何を買うか決めていく感じなんですか?

スプツニ子!:DAOのメンバーで何を買うかを決めます。DAOとして買うことで作品の価値が上がって、ファンドみたいにもなるんですよ。自分達で買えば、価値も上がるしコミュニティもエンパワーできる、という考え方です。

山峰:陶芸作品のようにリアルで作っているアーティストとか、リアルなアクティビスト、パフォーマンスをやってるようないろいろなタイプの方がいるんですね。

スプツニ子!:私もこのDAOにどんな人が集まってくるんだろうという気持ちで見ています。こういう流れをもっと知ってほしいですね。

地域性を超えた、共感だけで人が集まる場所が作れる可能性

山峰:この事例もそうなんですけど、施井さんに聞きたいのが、コミュニティを作る過程で、売りづらいけど社会的な意義のあるアーティストってすごくいたと思うんです。ただ、生息ができなかった。でも、そういうアーティストこそ語られるべきだと思っていたんです。ヴェネチア・ビエンナーレに出てくるようなアーティストでも、社会的な発信力はあるけど、マーケットだと売りづらいので、なかなか難しい状況が続いていた。それが価値観ベースで思想やスタンスに共感している人達が集まれる、共感的なナラティヴ(物語)を共有するためにNFTを買っているような気がするんです。これまで生きづらかったアーティストが出ていく場所になると感じています。あと、文化財がデジタルコンテンツ化していくことでリアルに存在するものを守れる状況が作れるでしょうし、あらゆる解決策になるような可能性をすごく感じます。その上で、DAOとNFTとメタバースをどう考えているのか、その関係性の中でできることは何なのかということ。

施井:マイノリティのアートというか、もともと市場で評価されにくかった作品がDAOやメタバースで押し上げられる状況はあると思います。最初に、情報社会に対する課題の解決策としてNFTが爆誕したと話したんですけど、そもそもコロナがトリガーになってるんですよね。最初に情報社会と話した理由はNFTってただの技術ですけど、何を価値化するかというところが重要です。情報社会は、ダイバーシティを共有するリゾーム型の社会を実現できるものだと思うんです。でも、コロナ前のアートマーケットのデータでは、黒人アーティストの取引内訳が80%近くが(ジャン=ミッシェル・) バスキアでしたし、草間彌生さんも女性でなければ取引額の桁が違ったという話も聞きます。

間接的な話になるんですけど、コロナが発生して間もない時にある識者が、差別が大きな社会問題になると予見していた通り、BLM(ブラック・ライブズ・マター)の運動が起きました。その後はグッゲンハイムのチーフ・キュレーターに黒人が就いたり、何でもかんでも黒人を採用したら良いのかという話になって。#me too運動もそうですけど、差別反対運動なんかは情報社会と密接に関係しているんですよね。だからコロナで情報社会が大きく前進したと同時にそれとシナジーのある社会構造も表出したと。そういった状況の中でちょっとおもしろいと思ったのが、クリプトパンクス。10,000個のキャラクター画像の6割が男性、4割が女性で、9体だけエイリアンパンクがいたり、数体だけ帽子をかぶっていたり。リアルな世界とは異なり、クリプトパンクの経済圏では、マジョリティな男性キャラクターの価値が一番低いんです。DAOにしてもその考え方を推し進めるというか、メジャーじゃないもの、つまり“レア”なものに価値や力を与えるのかなと。SBIアートオークションで初のNFTセールをする時にスプさんに声をかけた理由としては、当時、世界中の男性起業家が月に行ったり、企画をしていた時に、月にハイヒールの足跡を残す《THE MOON WALK MACHINE》はすごく時代に即している感覚もありましたし、何よりセールのステイトメントにも合う。ポストヒューマン的な思想もタイムリーでした。NFTが注目される前から、作品のコンセプトの中心にNFTのポテンシャルが潜んでいたスプさんが適切というか、グッときたっていうか。全体的な答えを言うとDAOもNFTもメタバースもそういう世界観と相性がいいのかなって思います。

山峰:言語の問題はありますけど、英語が使えるコミュニティだと地域性を超えた、共感だけで人が集まる場所が作れると思うんですよね。国や地域、分野とか、これまでできなかった垣根を越えられるのはおもしろいと感じます。そこに経済がついてくるという期待値はあると思います。

スプツニ子!:これまでもアートやカルチャーをパトロンする人達って、ルネッサンスも産業革命時代も、それぞれの時代の富裕層だったわけで。でも、ここ20年はテクノロジー・ビリオネアの時代だったにも関わらず、テックビリオネアがアートをパトロンするためのインフラが十分になかったんですよね。NFTは彼等がアートやカルチャーを支援するために相性がいいシステムだと思います。でも、従来のアート業界側から見るとテクノロジー界が搾取しにやってきているように見えるのかな……ナップスターとかSpotifyみたいなプラットフォームがCD中心の音楽業界を衰退させた歴史もありますし、そういったテクノロジーによるパラダイムシフトがアート業界にも起きる感覚はありますね。

山峰潤也

山峰潤也
キュレーター、NYAW代表取締役。東京都写真美術館、金沢21世紀美術館、水戸芸術館現代美術センターで、キュレーターとして勤務した後、六本木にあるANB Tokyoの企画運営に携わるほか、エイベックスが主催する「MEET YOUR ART FESTIVAL」等、メディアや企業によるアート事業の企画・監修を行う。主な展覧会に「The World Began without the Human Race and It Will End without It.」(国立台湾美術館)等。
Photography Ittetsu Matsuoka

施井泰平

施井泰平
現代美術家。スタートバーン、アートビート代表取締役。少年期をアメリカで過ごす。東京大学大学院情報学環・学際情報学府修了。2001年に多摩美術大学絵画科油画専攻卒業後、美術家として「インターネットの時代のアート」をテーマに制作、現在もギャラリーや美術館で展示を重ねる。2006年からスタートバーンを構想、その後日米で特許を取得。大学院在学中に起業し現在に至る。2020年にアートビート代表取締役就任。講演やトークイベントにも多数登壇。

スプツニ子!

スプツニ子!
アーティスト、東京藝術大学デザイン科准教授。ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学部を卒業後、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)で修士課程を修了。2013年からマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ助教としてデザイン・フィクション研究室を主宰。RCA在学中から、テクノロジーによって変化する社会を考察・議論するデザイン作品を制作。2018年より東北新社フェロー。著書に『はみだす力』。共著に『ネットで進化する人類』(伊藤穣一監修)等。

author:

芦澤純

1981年生まれ。大学卒業後、編集プロダクションで出版社のカルチャーコンテンツやファッションカタログの制作に従事。数年の海外放浪の後、2011年にINFASパブリケーションズに入社。2015年に復刊したカルチャー誌「スタジオ・ボイス」ではマネジングエディターとしてVol.406「YOUTH OF TODAY」~Vol.410「VS」までを担当。その後、「WWDジャパン」「WWD JAPAN.com」のシニアエディターとして主にメンズコレクションを担当し、ロンドンをはじめ、ピッティやミラノ、パリなどの海外コレクションを取材した。2020年7月から「TOKION」エディトリアルディレクター。

この記事を共有