フェニックスが語る最新作『Alpha Zulu』の制作背景と細野晴臣〜YMOからの影響

フェニックス(Phoenix)
トーマス・マーズ(Vo.)、デック・ダーシー(Ba.)、ローラン・ブランコウィッツ(Gt.)、クリスチャン・マザライ(Gt.)による4人組のロックバンド。パリ近郊ヴェルサイユで幼馴染として育った4人で結成。2000年デビュー・アルバム『United』を発表すると、エールやダフト・パンクと並び新世代パリ・シーンを代表するバンドとして一躍有名となる。2009年に4作目のアルバムとしてリリースした『Wolfgang Amadeus Phoenix』は、第52回グラミー賞で「最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム」を受賞。2022年11月、最新作『ALPHA ZULU』をリリースした。
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2022年11月にリリースされたフェニックス(Phoenix)の5年ぶりのニュー・アルバム『Alpha Zulu』。『United』や『Wolfgang Amadeus Phoenix』といった自身の代表作も引き合いに出されるなど、高い評価を得ている。華やかなダンス・ビートやエレクトロが彩るエクレクティックなロック・サウンドは、それこそThe 1975やテーム・インパラに先駆け、“ジャンル・フルイド”な冒険を実践してきた彼等の真骨頂を示すものだった。

一方で、『Alpha Zulu』はこの5年の間に彼等が経験したさまざまな出来事が影を落とした作品でもある。パンデミックの混乱、そして何よりバンドを長年支えてきたプロデューサー、フィリップ・ズダールの死による影響は大きく、テクニカラーのサウンドとは裏腹に深いメランコリーが複雑な余韻を醸し出している。「僕は生計を立てようとしている/君はそれが気に入らない?/これが僕達の人生に起こり得たことだと思いますか?」(「Winter Solstice」)。ロックダウンの中で、初めて自分一人で書いたという曲でヴォーカリストのトーマス・マーズはそう歌い、アルバムでは悲劇や将来への不安、老いることの恐れ、社会の不確実性といったテーマが思慮深い筆致で綴られている。

この3月に4年ぶりとなるジャパン・ツアーのため来日したフェニックス。バンドにとって“救い”だったというニュー・アルバム『Alpha Zulu』の裏側、盟友フィリップ・ズダールとダフト・パンクのこと、そして日本の文化や細野晴臣〜YMOへの愛について、トーマスとベーシストのデック・ダーシーが話してくれた。

「職人」と「芸術家」の違い

——今回の来日に合わせて、バンドが日本の酒造メーカーと造った日本酒が発売されるそうですね。クリスチャン(ギター)いわく、お酒と一緒に聴いてほしい音楽は、ニュー・アルバムの『Alpha Zulu』に収録されている「Winter Solstice」とか。

トーマス・マーズ(以下、トーマス):あの曲は、アルバムの中でもっとも内省的でポエティックな曲だから。それに、とても視覚的な曲でもあると思う。メンバーが離れ離れになっていた状況で書かれた曲で、だからこそ僕達にとって深い意味を持っています。あの曲のおかげで僕達は多くのことを乗り越えることができたと思います。パンデミックがあったこの数年間で経験したことをもっとも反映している曲で、ライヴで演奏している時も何か神聖(sacred)なものを感じるんです。

——フェニックスは来日経験も豊富で、これまでにさまざまな日本の文化やアートに触れる機会があったと思います。今回の日本酒もそうですが、その中で感銘を受けた日本の文化や職人技、クラフトマンシップはありますか。

トーマス:たくさんありますが、中でも温泉が大好きです。実は今回、少し前から日本に来ていて、いろんな場所を訪れました。毎回、日本に滞在するたびに、フランスと日本の繋がり、文化や職人技術(craft)の架け橋みたいなものを感じます。本当に素晴らしいです。

デック・ダーシー(以下、デック):僕は世界中のいろんなところから子どもに絵はがきを送っていて。中でも日本の“切手”は最高にクールだね(笑)。

——今回のニュー・アルバムはルーブル宮内の美術館でレコーディングされたそうですが、例えば「職人」と「芸術家」を対比した時、前者は伝統への敬意や技術の継承が大切とされ、後者はむしろ、それに反したり抗うことで新たなものを創出する――と大雑把ですが言えると思うんですね。どちらのマインドも大事で、そのバランスは難しいところだと思いますが、フェニックスの場合はどうでしょうか。

トーマス:僕達の酒造りの責任者である黒田(利朗)さんは、職人(artisan)と芸術家(artist)の違いについて、「職人的(artisanal)なものとは、同じものを正確に再現することに敬意を払うことだ」とおっしゃっていました。例えば日本に来ると、寺院が新たな場所に建てられたり、別の場所に移設されたりするのを目にして驚かされます。でもアートは違っていて、その(再現の)プロセスにおいて“間違い”が起きた時に生まれるものなんだと思います。

それはDNAやRNAのように、細胞が複製される時にミスを犯すことで新しいものが生まれることと似ています。その目新しさがアートなんです。だから僕達は常に、意図せずに起こる間違いや偶然を探しています。ただ“再現する”だけでは意味がないからです。それを自分達自身のものにしなければならない。そしてレコーディングでは多くのことを試す中で、“幸せな間違い”が起こることを願っています。その間違いがなんらかの形に変化することで、新しいものが生まれるんです。

——今回のアルバムの制作中にも“幸せな間違い”は起きましたか。

デック:アルバムを作ったこと自体が“幸せな間違い”だった(笑)。結局のところ、自分達の行動を自分達でコントロールすることなんてできないわけで。こうしてテーブルを囲んで話し合うとの同じで、メンバー4人それぞれの心の模様が交錯し、そのカオスな思考の組み合わせから、時に興味深いものが生まれるんだ。すべては偶然で、だから僕達は自分の創造力にもっと謙虚になり、ランダムが僕達の“最高の友達”であることを受け入れようとしていた。そうすることで何か新しい視点を持てたり、新鮮なものを作ったりすることができるんです。

『Alpha Zulu』の制作について

——その『Alpha Zulu』ですが、一方でバンドにとっては、バンデミックの不安や、そしてフィリップ・ズダールの死といったさまざまな困難の中で生まれた作品だったと思います。アルバムを完成させて聴き返した時にどんなことを感じましたか。また、その思いは時間が経つことで変化はありましたか。

デック:これまでのどのアルバムも、何かしらダークな時間というものをくぐり抜けて生まれたものだったと思う。けれど今回のアルバムでは、今まで誰も経験したことがないような出来事があり、また僕達にとって家族のような存在であり、自分達を導いてきてくれた人もいなくなってしまった。だから、確かに何かが起きていたんだと思う……でも、アルバムを完成させることができてホッとしたのが正直なところかな。とても厳しく、タフなプロセスだったから。作業中はとても集中していて、あっという間に時間が過ぎた感じだった。

トーマス:アルバムは、その時々の僕達の状態を写し出した、いわば自身のポラロイド写真のようなものです。だから時間が経てば経つほど、振り返った時に僕達が何者であるかを明らかにし、自分自身をよりよく理解する手助けをしてくれる。僕達は“コンセプチュアル”なアーティストではないし、何か強いアイデアを求めているわけではない。作家のボルヘスの好きな言葉に「テーマは探すのではなく、向こうからやってくるものだ」というのがあって。だから僕達も、コンセプトを探したり何をやりたいか考えたりする必要はなかった。パンデミックの時期やその他の時期に僕達に訪れた出来事、自分達の心の中にあるものをただ表現すればよかったんです。

——ええ。

トーマス:自分にとってこのアルバムは、どちらかというと“救い”だったんです。このアルバムの制作は、僕達にとってほとんどセラピーのようなもので、自分達を解放するような作業でした。僕達4人はコミュニケーションをとることで自分達の感情を吐き出し、心の中にあるものを手放していきました。それはある種の儀式みたいなもので、時間が経って振り返った時に「ああ、あの時はこんなことを表現したかったんだ」と気づくことができるのかもしれない。

デック:今回のアルバムはパリのルーブル美術館でレコーディングしたんだけど、それはルーブル美術館を訪れたことがきっかけで、(アルバムを制作したことは)その結果でもあった。つまり、アルバムを制作するためにはその時々の自分達のライフスタイルと紐づいたセットアップが必要で。アルバムを作るにはその瞬間のための生活を送る必要があり、そして次のアルバムではまた別の場所に移動して、そこでその時期だけの新たなライフスタイルを築く。自分達にとってそれはとても重要なことでで、その過程を記録したかったんだ。

——今回の『Alpha Zulu』は、バンドが初めてゲスト・ヴォーカルを迎えた曲として、ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・クーニグをフィーチャーした「Tonight」が収録されているのもトピックです。ちなみに、そのヴァンパイア・ウィークエンドとのシンクロニシティを物語るエピソードとして、ローラン(ギター)が細野晴臣さんのサンプル(「花に水」)をバンドに持ってきたその直後に、ヴァンパイア・ウィークエンドが同じサンプルを使った曲(「2021」)をリリースした、なんてことがあったそうですね。

トーマス:そうそう、まさに同じタイミングで同じアイデアでシンクロニシティを起こしたんです。でも、エズラに先を越されてしまって(笑)。確かマック・デマルコもホソノさんと一緒に何かやってましたよね(※スプリット7インチ『Honey Moon』の制作)。実は明日のショー(※3月16日のZEPP HANEDAでのライヴ)にホソノさんを招待しているんです。

——へえ。

トーマス:来てくれたら嬉しいですね。でも今回、エズラとのコラボレーションはとても快適でした。それはきっとお互いに影響を受けたものや、目指す方向性について多くの共通点があったからだと思います。「Tonight」のミュージックビデオを制作した時も、彼はコンセプトをすぐに理解し、積極的に関わってくれました。その時、彼は日本に 6ヵ月間滞在していて、東京で生活していたんです。そういえばこの前、クレイロとレコーディングしたんですが(※「After Midnight」の新バージョン)、彼女のデビュー・アルバムは(元)ヴァンパイア・ウィークエンドのロスタムがプロデュースしていましたよね。そこにもシンクロニシティを感じるし、だからいろんな縁を通じてお互いのことを少しだけ知っているような関係だったんです。ただ正直、ヴァンパイア・ウィークエンドのアルバム(『Father of The Bride』)であのサンプルを聴いたは時「やられた!」って思いましたね(笑)。

細野晴臣、YMOの魅力

——ちなみに、細野さんの音楽、細野晴臣というアーティストについてはどんな印象をお持ちですか。

トーマス:ホソノさんの魅力は多様性、作風が多様なところですね。それはつまり、彼が残してきた遺産が膨大であるということで、彼の作品を聴くと、その度にまるで全く新しい何かを目の当たりにしたような驚きを感じます。そして、そんな彼の音楽について興味を持っている人が世界中にいて、何年経っても多くのリスナーの期待や関心をそそり続けているがすごい。彼は常に最高の状態にいて、ますますエキサイティングであり続けている。僕達も彼のように、新しいことを試みて、興味深いものを創造する必要があるし、最高の状態でいることを目指して、新しいことに挑戦し続けていたいと思っています。

——YMOについてはどうですか。

トーマス:僕達がYMOと初めて出会ったのは、シンセサイザーに夢中になっていた頃でした。それでシンセサイザーを買うたびに、その機種について調べるようにしていたんです。そうしたらどのシンセサイザーを見ても、必ずと言っていいほど「Yellow Magic Orchestraが使用した」と書かれていて(笑)。ウルトラヴォックスやタンジェリン・ドリームの名前が書かれていることもありましたが、それで「ああ、自分の好きな楽器がすべてこのバンドで使われているなら、チェックしてみよう」と思い、実際に彼等の音楽を聴いてみたんです。

——へえ。

トーマス:それでYellow Magic Orchestraの音楽に触れ、影響を受けるようになりました。それと、彼等のライブ・パフォーマンスのやり方にも影響を受けたことを覚えています。ライブ・パフォーマンスの際にはファンジンや冊子を配布するなど、現在ではあまり見られないようなアイデアを彼等は取り入れていました。今ではストリーミングでたくさんの音楽を手軽に聴けるのはいいことですが、Yellow Magic Orchestraのようにファンジンや冊子を通じた情報発信のようなものがないと、何かが欠けてしまうように思う。僕達は、彼等がどのように楽曲や楽器を制作したのかを説明する小冊子を買い求め、そこにフェティシズムのようなものを感じていました。それが、僕達が大事にしている音楽のロゴス(哲学)の一部なんです。

——フェニックスをはじめ、ダフト・パンクやエール、そしてフィリップ・ズダールと、今挙げたアーティストの間にはロックやポップ・ミュージックという枠を超えて受け継がれてきた価値観や美意識があったように思います。そうした価値観や美意識を引き継ぐことができる新しい世代は、お2人の目から見て今のフランスにいますか。

トーマス:僕達が音楽を作り始めた頃は多くのミュージシャンが良いサウンドを出そうと苦労していて、それにはプロダクションの技術だけでなく才能も必要でした。しかし、今ではフランスだけでなく多くの人が良いサウンドを作る方法を知っています。YouTubeやGarageBand、Abletonで技術を学ぶことができ、実際に多くの音楽は本当に良いサウンドになっていると思う。ただ、今のフランス音楽について唯一、批判する点があるとするなら、それはノスタルジアに駆られているように見えることです。時にはノスタルジアで良いものもありますが、ただのノスタルジアだけでは、そこに進歩的なものは期待できません。ただもちろん、こうしている今も、そうした“良いもの”とされているものを否定し、矛盾するようなサウンドを作っている人がいることは確かです。

デック:パリはヒップホップのシーンも面白いしね。あと、Flavien BergerやDodi El Sherbiniも素晴らしい。とてもコンセプチュアルな音楽をやっていて、彼等の音楽へのアプローチはとても興味深いよ。

ダフト・パンクのトーマからのアドバイス

——ちなみに、今回のアルバムの制作では、クレジットはされていませんが(元)ダフト・パンクのトーマの助言も大きかったと聞きます。それまでフィリップ・ズダールがバンドに果たしてきてくれた役割を引き継ぐものだったそうですね。

トーマス:ええ。ただ、そのアプローチは全く異なるものでした。フィリップは、スタジオで不安になっている時に励まし、後押ししてくれるような人でした。彼はスタジオに入ると、僕達がやりたいことや進むべき方向性を理解し、自信を高めてくれます。そして彼がスタジオを去る時には、僕達が高みにいると錯覚させてくれて、自分達は何だってやり遂げられると思わせてくれる存在でした。

対して、トーマの音楽へのアプローチは天才的な映画の編集者のようです。トーマは僕達にとって大切な存在で、彼はあらゆるものを巧みに使いこなし、すべての要素を見て頭の中で素早く再編成することができます。それに、たった2秒程度のサウンドでも妥協することがない。すべての要素が音響的に正しい位置にある場合、彼は『これはアルバムに必要な曲だ』と言います。逆に正しくない場合は、『この曲にはもう少し作業が必要だ』と判断します。それは、映画で言うところのカラーコレクションのようなもので、彼はすべての色が揃っているか、何かが欠けていないかを見極めます。「よし、これで映画を作るには十分だ」「あと数シーンが足りない」といった具合に、つまり彼には全体像が見えているんです。彼がもたらしたのは、そうした編集作業における重要なアドバイスでした。スタジオではたくさんの曲をレコーディングしたんですが、僕達はホワイトボードに曲のタイトルを書き出し、その中でレコードに入れる必要があると思ったものにトーマは「V」のスタンプを押していました。全部で16曲あったのですが、そのなかで12曲に「V」が押されていたので、そこから最終的に10曲を選びました。そうして僕達に“承認印”を押してくれたんです。

——もしもトーマのサポートがなかったら、どんなアルバムになったと思いますか。

トーマス:全く異なるものになっていたと思います。彼は何らかのコンセプトを求めるタイプの人です。一方、僕達にとってはケミストリーが大事なんです。だから僕達の場合、部屋に4人が集まって、自分達がどこに向かっているのかわからないと考え込んでいると、結果“セラピー”のようなものができあがるんです。それが僕達のやり方なんです。逆に、彼の場合、何かをやめるとなった時には、そこにどんな原因があるのか、あるいは具体的な解決策を見つけ出す必要がある。例えば、彼が最近手がけた作品にバレエ音楽(※『Mythologies』)がありますが、あれはフランスで有名な管弦楽のオーケストラと劇場で上演するという、明確な意図と目的があって制作されたものでした。つまり、彼にとっては常に目的や目標が必要なんです。

——いつかトーマと本格的にコラボレーションした作品を聴いてみたいです。

トーマス:映画の『ファントム・オブ・パラダイス』みたいな感じかもしれないですね。映画ではプロデューサーの「スワン」が「パラダイス(劇場)」を管理していて、バンドは彼のマネジメントのもとで演奏している。となると、トーマが「スワン」のキャラクターである可能性もあり、僕達が「フェニックス(※女性歌手)」とリード・シンガー(※「ビーフ」)の両方を演じるのか、「ファントム」役はどうするのか……いや、ファンはどんな反応をするでしょうね(笑)。いつかブロードウェイで一緒にオペラをやるのもいいかもしれない。多くの人が試みてきましたが、うまくいった例を見たことがない。大きな挑戦ですね。

Photography Takuroh Toyama

author:

天井潤之介

ライター。雑誌やウェブで音楽にまつわる文章を書いています。 Twitter:@junnosukeamai

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